鹿児島大学が実施する履修証明プログラムのうち、主に社会人向けに「地域力」を高めることを目的として実施されている人材育成プログラム「かごしまルネッサンスアカデミー」で行われた、林業生産専門技術者養成プログラムの模様
文:伊東孝晃
南北600kmにわたって離島が点在。「困難な課題解決の提案」に強み
藤枝繁氏
鹿児島大学は、大学教員の研究支援を行うURAセンターと、産学界・地域との連携支援を行う産学・地域共創センターを統合して、2022年4月に南九州・南西諸島域イノベーションセンターを設立。
鹿児島大学における研究支援・産学連携の中核的組織として研究シーズと企業ニーズとのマッチングおよび共同研究の推進、研究成果としての知的財産の保護・管理、そのライセンスの推進、大学発ベンチャーによるイノベーションの創出まで、シームレスな支援に取り組んでいる。同センターの設立経緯や現時点での成果・展望をセンター長である藤枝繁特任教授に聞いた。
同センターでは、長期ビジョンとして、本学の強みであるライフサイエンス分野の研究成果の社会実装と併せて,南九州・南西諸島域の基幹産業である農林畜水産分野を中心に、関連産業である観光・エネルギー・情報通信などを含めた潜在的課題を「マイクロニーズ」と銘打ち発掘収集し、大学の持つ知的財産と地域フィールドを融合させることで問題解決とイノベーションの創出を目指している。
さらには、それらの取り組みに対応する人材育成を目的とした地域生産エコシステム「知とデータの地産地消」活動を推進。北海道に次ぐ農業生産圏であり、世界遺産を3つ所有している鹿児島県の特色を活かした取り組みに期待がかかっている。
「当センターではシーズの発掘から研究費用の獲得、企業からの相談対応を一カ所に集中させることで、スピード感のある取り組みが可能です。鹿児島県は南北600kmにわたって離島が点在しており、島ごとに異なる課題を持っているため、それぞれの地域と密に向き合うことで、大企業との連携や都心部では発掘できない課題を世界に発信できると考えています」(藤枝氏)
他では見られない「地域密着型のイノベーション」を生み出す
「徳之島におけるサトウキビ農業のIoT化によるスマート農業プロジェクト」では、町農政担当者およびサトウキビ生産関係者(生産者、製糖工場)に提供するために、島内の3役場内に「IoT先端農業実証ラボ」と位置付けたPCを設置。人工衛星によるリモートセンシングデータ、フィールドサーバーによる気象観測データ、圃場画像データを閲覧できるようにした
鹿児島大学の組織力・技術力をフル活用した当センターでは、認定コーディネーター制度,サポーター制度,ラウンドテーブル,タウンミーティング等,様々なツールを使って地域の課題を収集し,実証フィールドで多方面に派生させながらイノベーションツリーを形成。ポテンシャルの高い地域性を反映した取組には、他のイノベーション拠点と比較しても類を見ないユニークさや独自性が伺える。
「統合前から行っている取り組みでは、徳之島や沖永良部島で行っている実証フィールドプロジェクトが代表的です。徳之島ではサトウキビの栽培に特化して効率的に収穫できるシステムづくりを行ったのですが、そこから発展して位置情報収集モジュールを収穫機に取り付け、精糖工場へのサトウキビ搬入量を予測するシステムを開発。さらに位置情報精度を上げてトラクターが圃場の凹凸を検知できる機能も搭載しました。他にも与論島でのマグロ鮮度保持販売戦略や、甑島では海洋深層水を用いた複合養殖手法の開発も行っています。サトウキビについては、畑を荒らしに来るリュウキュウイノシシへの対応が現在のホットトピックです。やっかいな存在であるリュウキュウイノシシですが、実は抗疲労性物質が他の動物より多く、食べると非常においしいので鹿児島のジビエ肉として紹介しています。肉でいえば徳之島の闘牛です。戦いに敗れた闘牛は、筋肉質で硬く、動物園用のエサになってしまう。闘牛肉は、筋肉質で戦歴という文化を持つという特徴を生かし、従来の肉とは違った希少性や機能性を打ち出し、販売に繋げていきたいと考えています」(藤枝氏)
移動手段が限られる離島では、課題解決人材を育てなければインフラが止まりかねない
産学・地域共創センター教員が中心となり、鹿児島大学の共通教育科目(全学部学生対象)において、アイデアや知財を事業化するために必要な事業計画書の書き方とビジネスプランコンテスト出場に向けた講義を開講。鹿児島銀行、野村證券が講義などを提供している
学内発のスタートアップ支援にも着手しており、こちらはすでに社会実装され成果を挙げているものもある。さらには観光方面の事業でも鹿児島の特性を訴求する。
「現在、学内でバイオテック系を中心に9つのスタートアップ事業が展開されています。その中でもクルーシャル・クーリング・パフォーマンス株式会社では、冷却能力が世界一番高いLED基盤を開発し、学内のカーボンニュートラル実証フィールドで成果をご覧いただけます。またサイエンス系のみならず人文系の先生方にもマニアックな鹿児島の情報を出していただく観光支援事業『さっつん観光ナビ』も展開しています。今後も地域課題解決に先生方を積極的に引き込み、知の深化と同時に知の探索を進め、新たなイノベーションを模索していきたいです」(藤枝氏)
中長期的な優先事項は人材の育成。魚介類の養殖や家畜の生産といった産業を誇る鹿児島にとって、イノベーションを通じてこのポジションを守ることは、避けて通れない課題だ。
「離島では、課題解決の技術を提供しても、それを活用できる受け取り手がいないという課題があります。たとえば、観測機械を設置してもそのメンテナンスができる技術者が島内にいないため、台風後の復旧に人を派遣しなければならず,時間と費用がかかります。鹿児島県最南端の与論島では2021年から地域課題に自ら取組の新規事業者を10年かけて100名作ろうという事業が始まりました。当センターではこの事業に協力して人材を育て、次世代へと繋ぐ生活基盤を作って行きたいと考えています。離島の場合は交通条件が悪く、天候によって長期間孤立してしまいます。鹿児島市内と同じ社会課題でも島というだけでその解決方法は難しくなります。こういった島独自の課題を大学のシーズで一つずつ解決しながら地域の評価が上がることに貢献していきたいです」(藤枝氏)