EVENT | 2023/03/09

ソニーが展示会の装飾や什器、イヤホンのパッケージに自社開発の「紙」を使う理由

聞き手・文・写真:赤井大祐(FINDERS編集部) 画像提供:ソニーグループ株式会社
国内最大級の技術見本市「CEAT...

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聞き手・文・写真:赤井大祐(FINDERS編集部) 画像提供:ソニーグループ株式会社

国内最大級の技術見本市「CEATEC 2022」。日本を代表するテック企業たちがひしめき合うなか、注目を集めていたのがソニーだった。しかしその理由は同社がこれでもかと豪奢なブースを展開していたからではない。むしろ逆だ。ブース全体の仕切りは高い位置から吊り下げられた細長い紙製のカーテンのみ。上品だが見ようによっては簡素ともとれる。

Photo by Masaya Yoshimura

ブースの中に入ると種明かしがされる。このブースで使われているカーテンや什器は、自社開発による紙素材「オリジナルブレンドマテリアル(OBM)」によるものなのだ。

Photo by Masaya Yoshimura

もともと幅広い事業を展開するソニーだが、どのような目的、経緯でもって「素材」の開発に取り組んでいるのか。開発を行ったソニー社内のデザイン部門であるクリエイティブセンターにおいて、実装を通してさまざまな部署の橋渡しを行うクリエイティブプロダクショングループ 統括部長の川鯉卓也氏に話を伺った。

川鯉 卓也 Takuya Kawagoi

ソニーグループ(株) クリエイティブセンター クリエイティブプロダクショングループ 統括部長

グラフィックデザイナーとしてソニー株式会社へ入社。製品やメディアのパッケージデザインを担当したのち、ソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズ株式会社立ち上げ時のコーポレートブランディング導入をはじめ、ソニーグループの様々なビジネス領域でコミュニケーションデザインに従事。英国、シンガポールのデザインセンター統括を経て、現職に至る。

「人がやらないことをやる」

発端となったのは、あるパッケージデザイナーの野心だったという。

ソニーは2050年までに環境負荷ゼロを目指す長期環境計画「Road to Zero」と、そのうちの環境中期目標「Green Management 2025」の一つとして、2025年までに新たに設計する小型製品のプラスチック包装材を全廃することを目標に掲げている。これらの目標が、ソニーがとるアクションの一つの根拠となる。

通常、この手の経営目標と言えば、経営陣の唐突な判断に呆れながら右往左往する社員たち、と相場が決まっているがどうやらソニーは違ったようだ。これらの中長期目標のさらにその先の、「循環型社会」を見据え、OBMの開発を行っていたという。

「『人がやらないことをやる』というソニーの社風を改めて実感しています。開発を主導したデザイナーは、パッケージ担当として脱プラを達成したうえで、他社にできないような形でお客様と一緒に行う社会課題の解決や、地球環境の負荷低減を考え、OBMの開発に着手しました。非常に野心的に、使用する素材、さらにそれを構成する原材料まで追求したんです」と川鯉氏は話し始める。

そして製品のパッケージとして最初にOBMが採用されたのが、2021年に販売された完全ワイヤレスヘッドホン「WF-1000XM4」だ。

旧モデルである「WF-1000XM3」のパッケージが、白と黒を基調とした文庫本より一回り小さいぐらいの長方形であったのに対して、「WF-1000XM4」のパッケージは薄いグレーの丸みを帯びたケースとなっていた。そして手のひらに収まるほど小さく、体積は「WF-1000XM3」と比べて66%も減った。そしてコーティングや接着で用いる材料以外のプラスチック素材を排除し、ラベル以外のパッケージに使用されているのはOBMのみだという。箱を覆うシュリンクフィルムも取り払われ、それ自体がプロダクト然とした仕上がりになった。

画像上半分がWF-1000XM4のパッケージ、下半分がWF-1000XM3のパッケージとなっており、その差は一目瞭然

なぜ売れ筋シリーズのパッケージがこれほど劇的な変化を遂げたのか。OBMは単なる素材ではなく、製作の意図や背景をストーリーとして共有することで、少しずつ社会の意識と行動を呼び覚ますことを狙ったものだからだ。

「お客様の行動に良い影響を与えたいと思いました。ではどうすれば行動が変化するか、と考えたときに、ソニーとしての、自分たちのこだわりを知ってもらい、そこで共感をもってもらえれば、お客様の行動が変わっていくもしれない。そうして循環型社会が生まれるのだと思います」と川鯉氏。

企業がパッケージからプラスチックを排除し、環境に配慮した素材を使用したところで、それ以上の効果は得られない。しかし、そのパッケージを呼び水に、グローバル企業であるソニーに接する多くの人の行動が変化すれば、社会が大きく変わっていくきっかけになる、ということだ。

「市場から回収したリサイクルペーパー」が意外な役割を果たす

OBMの素材は「竹」、「サトウキビ」を圧搾した残りの繊維(バガス)、そして「市場から回収したリサイクルペーパー」の3種類だ。

素材は、ソニー製品の製造拠点が集まる中国、東南アジアエリアにて選ぶことから始まったという。

竹の調達は、広大な竹林を有する、中国・貴州省の3つの山が選ばれた。竹は素材強度を出すのに有効であり、プラスチックを使わずとも丈夫なパッケージを作るのに役立つという。

サトウキビ(バガス)はタイ北部のナコーンサワン県から。タイでは、天然ガスへのエネルギー依存を減らすために、国を挙げてこのバガスのバイオマス資源としての活用を推進している。「砂糖は皆様が日常的に口にするものですので、それを使うことでより身近に感じてもらう狙いもあります」と川鯉氏は説明する。

紙の原料となるパルプ材は、育ち切るまでに長い年月がかかる樹木を主な原料としている。長期間にわたってCO2を吸収する樹木を守ることが、短い周期で成長する竹やサトウキビを採用した理由の一つだ。

そして3つめが、市場から回収したリサイクルペーパーだ。「身近さを感じてもらいたいという狙いがあります。調達は製紙工場がある場所で行うことで、輸送時に発生するエネルギーを抑制するようにしています」と川鯉氏。

そして意外なことに、この古紙は素材のビジュアル面でも重要な役割を担っていると川鯉氏は話す。「グレーの風合いを出すことが、デザインで特に工夫した部分です。通常、竹とサトウキビだけだと白っぽくなるんです。ですが、真っ白にしてしまうと『環境素材である』ということがお客様の第一印象として分かりづらくなるので、あえてリサイクルペーパーを用いてグレーを再現しています」。「紙の粒子が少し見えたり、そのものの特性がデザインへ反映されるような形にもなっています」。

こうした性質の異なる素材をさまざまな配合比率で組み合わせることで、薄紙や厚紙、ある程度の硬さを必要とする成形品といった多様な展開が可能となっている。

OBMは、現在「WF-1000XM4」だけでなく、2022年発売のワイヤレスヘッドホン「WH-1000XM5」や、同年発売された5Gフラッグシップスマートフォン「Xperia 1 IV」のパッケージにも採用されている。

奥から「WH-1000XM5」「Xperia 1 IV」「WF-1000XM4」のパッケージ

「OBMの本質というのは、単なる一つの姿形だけではなく、そのフレキシブルさにあります。非常に拡張性がある万能な素材として、今後さまざまなカテゴリーの製品へ使用シーンを広げていく予定です」。

しかし、これだけの大掛かりなプロジェクト。当然コスト面などのハードルは非常に大きかったという。パッケージ1つにかけられるコストは決まっているうえに、一般的に環境材の使用はコスト増になる。

「私たちデザイン部門だけではなく、包装の設計部門など、社内の多くのメンバーと協力して、いかに前のパッケージより部品点数を減らせるか。それによってコストをどのように下げられるのかを、本当にミリ単位で調整していきました」と川鯉氏は振り返る。

社内に根付く“机の下の研究”

さて、ここで冒頭に紹介したCEATEC 2022でのソニーブースへと話を戻そう。ブースのデザインを担当したのは、クリエイティブセンター内で、コーポレートデザインを担当するスタジオ(部署)だ。川鯉氏の属するクリエイティブプロダクショングループとは別部隊であるが、実験的な形で横連携ができる風通しの良さも同社の強みだという。

社外の展示会の什器や装飾にOBMを使うのはCEATEC 2022が初めてで、ブースを特徴づけるカーテンに加え、展示を行うテーブルやパネルといった什器、さらには中央に掲げるソニーロゴまでOBMで作られていた。

Photo by Masaya Yoshimura

「ブースのテーマが『ずっと、地球で感動を分かち合うために。』でしたので、環境に配慮したOBMを扱うにはピッタリでした。さらに薄いカーテンにしたり、ハニカム構造を取り入れて什器にしたりと、柔軟に展開できることを社内外に伝える良い機会だったこともあり、全体にOBMを採用し、このブースそのものを一つのメッセージとして仕立て上げました」。

Photo by Masaya Yoshimura

しかしその一方で、会期を振り返りながら、「こうやって無事に会期を乗り越えられたことに、正直ホッとしています」と川鯉氏は漏らす。

「天然素材を原材料としている故に、湿気や日焼けの対策とか、プラスチックでは起こらないことも想定しなければいけない。それは私たち開発メーカーのチャレンジとして、そしてOBMを含む、環境に配慮した素材を扱ううえでの課題として取組むべきテーマだと思っています」

さらに同ブース内では、米の籾殻を原料とする多孔質カーボン素材「トリポーラス」も展示されていた。こちらもソニーが生み出した新素材として、アパレル分野の消臭繊維や、浄水器などで利用されているという。こういった意欲的な取り組みは、ソニーという企業の「文化」が成すものだという。

「通常の業務と別に、草の根活動のような形で、デザイナーと設計のエンジニアたちが意志を確かめ合って、個別で研究開発・先行開発を進める文化があります」「OBMもこの流れで生まれたのですが、原型を開発するだけでは飽き足らず、もっとよいものにしていこうと今も、研究が続いているんです」。

「やはり実際に実装していくことが大切ですね。ハードルはあるけれども、その分学びも多かった。やっていく意義はあったと思います。この経験をもとに次のフェーズに飛び込んでいきたいなと考えているところです」。

ソニーのようなグローバル企業が、ここまでこだわって、パッケージ一つにまで魂を吹き込んでものづくりをしている。川鯉氏は「そのことを世界中のソニー社員、そして販売店を通じて、世界中のお客様に伝えていきたいです」とインタビューを締めくくった。

Photo by Masaya Yoshimura


オリジナルブレンドマテリアル

【お知らせ】
2024年完成予定の新・Ginza Sony Park(銀座ソニーパーク)に向けたPOP-UPスペースである、Sony Park Mini(ソニーパークミニ)にて、「オリジナルブレンドマテリアル」を用いたモビールのインスタレーションが展示される。実際にOBM、そしてOBMを通して紡がれるストーリーにふれるまたとない機会だ。

『パークラボ EXPT.06』パークラボ  EXPT.06  循環する素材はどんな物語を紡ぐのか? 
期間:2023年3月17日(金)~26日(日) 
時間:11:00~19:00(予定)  
場所:Sony Park Mini(東京都中央区銀座5丁目3番1号地先 西銀座駐車場地下1階)