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EVENT | 2023/03/10

新たながん治療法開発に挑戦、研究者自らスタートアップを創業 大阪大学 核物理研究センター

2026年に運用開始予定の新施設「アルファ線核医学治療社会実装拠点」の完成予想図
文:荒井啓仁
世界に先駆けて「アル...

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2026年に運用開始予定の新施設「アルファ線核医学治療社会実装拠点」の完成予想図

文:荒井啓仁

世界に先駆けて「アルファ線核医学治療法開発プロジェクト」に取り組む

中野貴志氏

大阪大学 核物理研究センターは、1971年に設立された国内最大規模のサイクロトロン加速器施設を有する全国共同利用研究施設。センター長である中野貴志教授に、近年の取り組み内容や今後の展望をうかがった。

同センターは国際共同利用・共同研究拠点「国際サブアトミック科学研究拠点」として、国内外の研究者との共同研究を通して原子核物理学と応用分野の最先端研究を推進。多彩な量子ビームを駆使しながら関連大学や研究機関、企業と共同し課題解決に取り組んでいる。

同氏らによる大きな取り組みのひとつが、アルファ線放出核種のひとつであるアスタチン-211を用いた「アルファ線核医学治療法開発プロジェクト」だ。

「アルファ線は、物質中での飛程が短く(細胞数個程度)、線エネルギー付与が大きい(通過した細胞に与えるエネルギーが大きい)という特徴を持っており、生体内ではアルファ線放出核種の近くにある細胞だけに大きなダメージを与えます。つまり、標識薬剤を腫瘍に集積させることができれば、その周りにある正常な細胞に悪影響をほとんど与えることのない非侵襲性のがん治療が可能になるとして期待されています」(中野氏)

中野氏らはアスタチン創薬の社会実装と安定供給体制の構築を目指すスタートアップ「アルファフュージョン株式会社(代表取締役CEO 藤岡直)」を2021年に創業。同年には難治性甲状腺がんに対する第1候補薬剤の医師主導治験を開始、22年には難治性前立腺がんに対する医師主導治験の準備を開始している。またバイオヘルスケアファンドのD3 LLCなどを中心にこれまで総額5.5億円を調達し、外資系コンサル、大手製薬メーカー出身の人材も幹部として登用した。

「アスタチンは世界的にも入手が困難なため製薬メーカーは研究を行いにくく、また核種を製造する加速器メーカーも、製薬メーカーの出方が不明瞭なため設備投資に踏み込めない悪循環が続いていました。そこで加速器も研究能力も有する我々のような機関がハブになれば、社会実装に向けて取り組んでいけるはずだと考えたのです」(中野氏)

「アスタチンは半減期が短いため、いかに速く供給できるかが要であり、供給体制の確立が大切です。日本は他国に比べて加速器に対しての(国土の)密度が狭いので、迅速に輸送できる強みがあります。ただ良いものを作っても、アカデミアだけでは発信力が弱いのが課題だと感じていました。メガファーマにいかにつなぐかが、アルファフュージョンの課題でありミッションです。協賛企業には一番良い環境で加速器を見てもらう、という狙いもあります。半径2M程度の小規模な加速器でアスタチンを供給できるということを見てもらいたいですね」(中野氏)

大学や基礎研究には「ビジネスの可能性」が詰まっている

現在、さらに研究・開発を加速すべく、同センターの敷地内に新たな「アルファ線核医学治療社会実装拠点」を建設中だ。2026年度の稼働開始を予定しているという。今後、企業によるアスタチン製造専用の加速器を設置し、複数大学での非臨床研究と医師主導治験の実施も行っていくとしている。

「加速器施設は電気代の高騰により逆風が吹いている状況です。『潰してしまえ』という意見も見られる中、加速器の価値を最大化しないといけない。既存設備の更新も急務です。社会に対して新しい価値を生み出すために必要な人材を育成するのが役割であり、ミッションであると思っています」(中野氏)

「今後、基礎研究がどれだけ破壊的なインパクトを持っているか示したいです。今回我々が行っている研究も、それぞれの非常に高い専門性を掛け合わせた上でできたプロジェクトです。基礎研究がなければ起こり得ません。最終的にその成果はビジネスの世界に行ってしまいますが、それを産んだものは何か、とアピールしたいですね。基礎研究にはものすごいポテンシャルが詰まっているんだ、という成功例になればと思っています。次世代の研究者たちに、安心して基礎研究の世界に飛び込んでもらいたい。そのためのポストも増やしたい。いろいろな進み方があるので、各々がやりがいのあることを実践できる環境を作りたいと思います」(中野氏)

大阪大学核物理研究センターでは、今回紹介したがん治療以外にも多数の研究を行っている。何か共同でできそうなことがあれば、民間企業からのコンタクトも大歓迎だという。

「民間企業の方が手伝えそうな領域については、産学連携の窓口もありますし、大学はいろんな可能性を秘めた宝庫です。思いも寄らない発展を秘めた領域が大学にはあるので、気軽に立ち寄ってほしいですね。喜んでいろんな可能性、人材を紹介いたします」(中野氏)


大阪大学 核物理研究センター

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