EVENT | 2020/10/22

腕に針を刺して血糖値を24時間測定。 #NT血糖値観察会 に見る、ホビーイノベーションの可能性【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(8)

このまま14日間センサーをつけっぱなし。長時間の水濡れなどは非推奨なので、長湯する場合は腕を上げておく必要がある。
...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

技術のまっとうな進化

自分たちにとっては初体験のツールなので、分解して中身の構造を調べることや、改造することにも興味がある。センサーの数値を読み取って仕組みを調べる、センサーと組み合わせてBluetoothで計測値をスマホに飛ばすMiaoMiaoという製品を個人輸入して試すなど、思い思いのいじり方をしている。

youtubeにアップされたセンサーの分解動画を見ながら、使われているマイコンと用途、仕様の理由を推測する。ガジェットのリバースエンジニアリングは楽しく、分解して読み解いていくことで学べることは多い。

常時血糖値(とよく似た数値になるグルコース)を計測する、「Continuous Glucose Moniterling(CGM,なので実際にはグルコースと血糖値は違うものだが、この記事では馴染みのある用語を使って、常時血糖値計測と呼ぼう)」は元々、シビアに体内血糖値を管理する必要がある、糖尿病患者や予備軍のために開発された。そうしたツールがより使いやすく、価格含めて身近になることで用途が広がってくるのは、どの技術も同じだ。

開発メーカーのアボット社も、欧州では「アスリート向け」のバージョンを発表している。日本ではまだ発売されていないが、現時点で買えるセンサーをむりやりつけて走ってみる、などの行為は、その意味で正当進化的な、使い方の広がりと言えるだろう。

常時血糖値計測では有名な、Nightscoutというシステムがある。自分で建てたウェブサーバ上にグルコースデータを継続的に送ることで、他人と共有したり、他のサービスと連携して緊急アラートを送るなど、より多様な使い方を可能にするものだ。常時血糖値計測を必要としてるエンジニアたちが開発し、オープンソースで公開している。Nightscoutは 「#WeAreNotWaiting」をスローガンに、「私たちは規制当局の許可を待たない」など、非公式のアプリケーションでも今すぐ開発して試すことへの意味やメッセージが掲げられている。今回試しはじめたメンバーの何人かは、Nightscoutをインストールして、開発のFacebookグループにも加わっている。

Nightscoutのビデオ。今もオープンソースで開発が続いている。

今回の参加者から、「アプリの出力データをより見やすくするソフトウェア」などは、すでに開発されて公開されている。

技術の「まっとうでない」進化

Nightscoutの例は「常時血糖値計測の技術の進化」という意味において、技術の「まっとうな」進化の方向性と言えるだろう。だが、本来の目的とは異なる技術やツールの使い方も、同じく人類を発展させてきた。

コンピュータはもともと大砲の弾道計算など、極めてシリアスな目的に開発されたが、今では娯楽であるゲーム開発にも使われている。スカイダイビングなど危険性があるエクストリームなスポーツを好んで行う人もいる。

コンピュータのように当初の目的を大きく超えて発展した技術では、ひょっとすると仕事でシリアスにコンピュータを開発していた人たちよりも、自発的に自分の時間で開発する、愛好家たちによる貢献の方が大きいかもしれない。

参加メンバーの一人GOROmanさんは、並行して「マリオカート ライブ ホームサーキット」というラジコンに連動して遊べるビデオゲームソフトをハックし、付属のラジコンを分解してドローンにつなげて空に飛ばした

今回も、血糖値変化のカーブでゲームを作ったり、さまざまな動機で破壊したり、本来でない使い方をしている人たちはいる。僕も他のガジェットの数値と無理やり比べたりして楽しんでいる。そうしたいじくり回す行為は、技術の可能性を広げていく。

血糖値変化のカーブをゲームに応用した宮下芳明先生(明治大学)はコンピュータのエンターテインメントへの応用が専門で、そういうアウトプットが出てくるのは研究分野にも極めて近い。

こうしたそれまでの行動から逸脱した遊びについては、「これまでと違う」ことそのものから、歓迎されないことも多い。ファッションとしてのメガネ、娯楽としてのコンピュータ、スマホやウォークマンの公共空間での使用など、新しい使い方はいつも賛否とともにある。しかし、こういう動きが多く出てくる社会の方が、イノベーションを生みやすいのではないだろうか。

現時点の常時血糖値計測は、体内に針を刺さないと数値が取れず、シリアスに必要としているユーザーが多い。これが、たとえば「カメラで顔を移せば数値が取れる」ぐらいに敷居が低くなったら、より様々なアイデアが、一見くだらないものを含めて出てくるだろう。

まっとうな進化に素人が関与するのは、特に医療や健康の分野ではエセ健康法みたいなのを生みがちでもあるので、僕個人としてはむしろこうした遊びの延長みたいな方向に期待している。「センサーつけてデータを取るのは面白いよ」とは思うが、「何をすると健康になるか」をオススメしようとは思わない。

ユーザーイノベーションの向こうはホビーイノベーション?

『世界を変えた6つの「気晴らし」の物語【新・人類進化史】』で有名なスティーブン・ジョンソンは、TEDトーク「良いアイデアはどこで生まれるか?」で、面白がって始める活動が、本来の目的を離れて様々な後世に残るイノベーションを起こす様子を説明している。

「イノベーションがどうやって起こるか」について研究しているMITのエリック・フォン・ヒッペル教授は、「ユーザーイノベーション」の好例として先程のNightscoutをとりあげている。それはこの事例が

・実際に常時血糖値計測の必要に迫られたエンジニアが自分で
・医療機器メーカーや規制当局など、それを仕事にしてる人たちによる進化を待たず
・自分たちの目的を果たすために

行われたイノベーションだからだ。

そこからさらに外れて、何かの遊びや趣味として生まれるものは、さらに細分化して「ホビー・イノベーション」と呼べるかもしれない。


過去の連載はこちら

prev