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失敗を未来に活かせる組織には、失敗を教訓に変えるプロセスが備わっている。その方法を明快に説明したマシュー・サイド『失敗の科学』は、新型コロナ対策やオリンピック運営に興味ある人はぜひ読むべきだ。
高須正和
Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development
テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
Twitter:@tks
飛行機事故が減り続けているのに医療事故が減らないのはなぜか
著者のマシュー・サイドは、1970年生まれで英『タイムズ』紙のコラムニスト、ライター。卓球の元イングランド代表選手、オックスフォード大学哲学政治経済学部(Philosophy, Politics and Economics)を首席で卒業し、BBC『ニュースナイト』のほか、CNNインターナショナルやBBCワールドサービスでリポーターやコメンテーターなども務める人物。
本書は「失敗を減らして成長できる組織と、成長できない組織とは何が違うのか?」について極めて説得力のある分析を行った良書だ。失敗事例について書かれた本は多いが、その活かし方に大きく注目した点がまず面白い。
世界中で旅客機に乗る人数は急増しているのに対し、旅客機事故で死亡する人数は減り続けている。墜落して何百人も死ぬような事故は世界全体で年間1回以下になっていて、年ごとの比較では意味をなさないほどだ。それでも、長期で見ると事故を更に減らすような改善が続いている。
一方で多くのエリートが必死に取り組んでいるにも関わらず事故や不祥事が減らない組織もある。たとえばアメリカの医療事故は減っておらず、「国際的に医療事故が減っているかどうか」についてはそもそもデータ自体がない。
『失敗の科学』は、飛行機パイロット男性の妻が医療事故で亡くなった場面からスタートし、「事故が起きることはしょうがないが、検証・分析がきちんとなされずにアンラッキーで済まされるのはなぜだ。失敗を未来に活かせる組織とはどういうものか?」という疑問から、国際的な航空機組織での仕組みを説明し、医師会など一般的な組織と比較する。さらにはF1レース、スポーツなど、領域を乗り越えてさまざまな組織の「失敗の活かし方」を研究する。
個別の失敗を業界全体の問題として共有する
国際的な航空機協会に加盟している各社(国際線を飛ばす会社の多くが加入している)は犠牲者が出たか否かに関わらず、事故時のデータを協会にオープンしなければならない。そして当事者とは別の事故検証委員会が立ち上げられ、業界全体の問題として対策が検討される。この時に極力、担当企業や担当者のせいにせずに業界全体の仕組みとして検討する方向に改善が行われる。
たとえば「操作するレバーを間違えた」「パイロットが判断を誤った」などの問題が、データを元に「間違いにくいようにレバーのデザインを変更する」「パイロットの勤務体制を見直す」「トレーニングのやり方を変える」などの仕組みによる解決が行われ、その後数年間にわたって対策の効果検証をすること含めて業界全体に共有される。
なぜ責任を担当者や個別の会社のせいにしないのかというと、そうしてしまえばミスを隠蔽する方向にしか組織の力学が働かなくなるからだ。
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