CULTURE | 2021/05/25

「日本の気候変動対策」は不十分?EUの政策と比べて見える現在地【連載】オランダ発スロージャーナリズム(34)

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5月10日の日経新聞に「ドイツ、緑の党が支持率首位 二大政党は後退」という...

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もうひとつの大問題「食」がビッグイシュー

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さて、これまた人口減少、高齢化が進む日本では、少しピンと来ないかと思うのですが、この環境危機においては「食」がビッグイシューです。日本ではコロナ禍でも密かに進行している貧困により、日々口にする「食」にアクセスできない人たちの問題が表面化しつつあります。

これが実は世界でも大きな問題になっています。ただ少しだけ背景が違うのは、人口増加でしょうか。世界では増え続ける人口が都市部へ集中し続けており、ここに気候変動、環境危機や土壌劣化、農薬などの問題が絡み、近い将来深刻な食糧危機が予想されています。また、食においてはロジスティクス、パッケージ、食品ロス、ゴミ問題なども関連します。

有名な話ではありますが、2011年に中東・北アフリカで起こった一連の民主化運動「アラブの春」が背景として、気候変動を原因とする一大穀倉地帯の不作により小麦価格の高騰が起こり、それが貧困層の困窮や、若年失業率などと結びついたことが挙げられているのです。

おそらく、今後は毎年のように今までは考えられなかった猛暑になり、巨大台風やハリケーンが我々を襲い大規模災害が頻発していくのだろうと思います。オーストラリアの大規模な山火事などもすでに人類にも大災害を引き起こしていますし、ブラジルアマゾンや東南アジアの熱帯雨林の不法伐採なども、多大な影響を及ぼしています。もちろん、これらは「食」への影響だけではないのですが、もはや「食」は輸入などに頼ることはできなくなっているのです。

そこでEUでは、2019年末に発表された「グリーン・ディール」という今後のEUの成長戦略においても、「ファーム・トゥー・フォーク戦略」というように重点政策として取り上げられており「食」や「農」は注目トピックです。オランダや特に北ヨーロッパではビーガンやベジタリアンが非常に増えており、特に若年層を中心に環境配慮から肉の消費量は大きく減っています。10代前半の子どもたちにも肉を食べない層が増えており、親が肉なしの料理レシピがなくて困っている、なんてことも起きています。

ファーム・トゥー・フォーク戦略では、「人々が健康であること、社会が健康であること、地球が健康であることは別々に分けて考えることはできない」という認識に基づいて、「農と食の諸問題に包括的に取り組む」とされています。また、「世界の温暖化ガス排出量の約30%は食と農のあり方に起因している」とし、その課題解決方法として「農薬や抗菌剤への依存を減らすことと、肥料の使用量を減らすこと、そして有機農地を拡大すること」が明記されています。そして、目標として2030年までに「EU全土において有機農業を25%まで増やす」というのです。

つまり、SDGsという広範囲な目標をカバーするのではなく、地球温暖化を防ぎ、生物多様性を維持するために、温暖化ガス排出を下げるということに徹底的にフォーカスする。そのために「食」の分野でもこうした目標を設定して全産業にシフトを促す。こうしたこと、なかなか縦割り行政ではできない感じもします。もちろんEUであっても、その実行や徹底は難しいとは思いますが。

実は日本でもつい先日、農水省から発表された「みどりの食料システム戦略」というプログラムがあります。目的は「食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する」というものです。

農水省「みどりの食料システム戦略(参考資料)」より

その上で「みどりの食料システム戦略」では、2050年までに目指す姿として主に以下の目標を掲げています。

1:農林水産業のCO2ゼロエミッション化の実現
2:化学農薬の使用量をリスク換算で50%低減
3:化学肥料の使用量を30%低減
4:耕地面積に占める有機農業の取組面積を25%(100万ha)に拡大
5:2030年までに持続可能性に配慮した輸入原材料調達の実現
6:エリートツリー等を林業用苗木の9割以上に拡大
7:ニホンウナギ、クロマグロ等の養殖において人工種苗比率100%を実現

一見すると、EUのファーム・トゥー・フォークと近しいものを感じるものの、その実、かなりの違いや疑問点があることが農業関係者やジャーナリストから指摘されています。

例えば、2の「化学肥料の使用量をリスク換算で50%削減」の「リスク換算」の算定方法が曖昧だったり、日本で現状0.5%しかない有機農業面積をたった30年でどのように25%まで増やすのかが不明瞭だったり、EUやニュージーランドでは禁止しているゲノム編集作物を推進しようとしていることがうかがえる点などに批判・懸念の声が上がっています。ゲノム編集とは「特定の遺伝子を破壊することで生物のバランスを壊して新品種を作るという遺伝子操作技術」です。そのため「結果的にはEUの推進するオーガニック化とは大きく異なるのではないか?」という指摘があります。

実際に、わずか2週間の間に募集されたパブリックコメントは1万7265件に及び、そのうちゲノム編集・遺伝子組み換えの問題に関する懸念が全体の約96%、1万6555件にも上っているのです。ここからも人々の関心の高さが伺い知れます。

EUにおいては、「2018年時点でゲノム編集の技術で作られた作物については、遺伝子組み替え作物と同じ規制を適用する」という欧州司法裁判所の判決により、現状では禁止されています。ただし、ゲノム編集作物に関してはEU内でも様々な動きがあるようで、米国、中国も巻き込みながら、イノベーションの観点や、マーケティングの観点、はたまた世界の食糧事情なども関連しながら様々な攻防が行われているようです。

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