EVENT | 2021/03/04

AIの進化でビジネスはどう変わるのか!? AI研究の第一人者、松尾豊氏に訊く「AI研究×ビジネス」の最前線

文・構成:神保勇輝
日本最大のIT・ソフトウェア関連業界団体である一般社団法人コンピュータソフトウェア協会(以下、CS...

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文・構成:神保勇輝

日本最大のIT・ソフトウェア関連業界団体である一般社団法人コンピュータソフトウェア協会(以下、CSAJ)では、刻々と進化を遂げる技術革新や時代の流れに対応すべく、「セキュリティ」「人材育成」「国際展開」といった課題に取り組むさまざまな委員会を立ち上げ、その活動を通じ日本のコンピュータソフトウェア業界の発展に貢献してきた。

その中で、CSAJが近年注力している「地域IoT推進委員会」は、DX時代を迎えるにあたって危惧されている都心部と地方の技術格差などの課題に取り組み、会員の交流会や勉強会、ビジネスマッチング機会の創出といった活動を展開し、CSAJの取り組みを日本全国に拡げる役目を担っている。

そしてこの度、地域IoT推進委員会では、地方においても当然キーテクノロジーとなる「AI」についてさらなる知見を得るべく、東京大学大学院の松尾豊教授を迎え、CSAJ会長の荻原紀男氏(株式会社豆蔵ホールディングス 代表取締役会長兼社長)、CSAJ副会長/地域IoT推進委員会 委員長の豊田崇克氏(ネクストウェア株式会社 代表取締役社長)、地域IoT推進委員会の下で、顔認証ビジネス研究会 主査を務める高村徳明氏(リアルネットワークス株式会社 アジア太平洋地区副社長)が参加し、CSAJフェロー 齋藤和紀氏(エクスポネンシャル・ジャパン株式会社 代表取締役)がモデレーターを務める座談会を開催した。

ここでは、松尾教授に伺ったAIの最新動向やその役割、課題、将来への展望などを中心に紹介したい。

松尾豊氏

東京大学大学院工学系研究科 教授

1997年、東京大学工学部電子情報工学科卒業。2002年、同大学院博士課程修了。博士(工学)。同年より産業技術総合研究所研究員。2005年よりスタンフォード大学客員研究員。2019年より現職。2017年日本ディープラーニング協会代表理事に就任。

松尾豊氏(東京大学大学院工学系研究科 教授)

AI研究はどこまで進んでいるのか?現状の課題は?

齋藤CSAJフェロー(以下、齋藤):早速松尾先生にお聞きしたいのですが、AI研究の最終的なゴールというのは「人間の知能に限りなく近い存在を作り上げること」とよく言われますが、そのゴールに向かって現在の研究はどのあたりまで進んでいるのでしょうか?

また、AIに関する衝撃的な出来事もあれば、ぜひ教えていただければと思います。

東京大学大学院 松尾教授(以下、松尾):飛行機の開発にあたって「鳥が飛ぶ仕組みを真似ようとした」という話と、AI開発はよく対比して議論されます。鳥が飛ぶ原理と飛行機が飛ぶ原理は具体的にはそれぞれ違うものの「いかに揚力を得るか」という根本の原理は一緒だということで、AIの場合も同じだと思います。原則論で言えば「人間の知能の原理が解明されれば、それを工学的に作ることもできる」というわけです。ですが、現時点の技術開発では、人間の知能の深淵さから比べると相当距離があると思います。ただ研究者の立場としては、まだまだいくつかのブレイクスルーは必要だと思うものの、近い将来、脳科学の知見と組み合わさってかなり整合的に「こういう風になっているんじゃないか」という説明ができる段階ではないかと期待を持っています。そこに対し、私自身も大きな貢献をしていきたいと思います。

「衝撃的な出来事」では、イーロン・マスクなどが設立したAIを研究する非営利団体OpenAIが、2020年に文章生成AIツール「GPT-3」のAPIを公開し商用化したというニュース(同年10月にマイクロソフトが独占ライセンスを取得)がありました。

これは、WEB上の4兆以上の単語データを学習させると、翻訳・要約など様々な自然言語処理が可能となるものです。たとえば、記事を執筆するための種となる部分を少し書くと、残りの全文を補ってくれるというものです。人間の書いたものとほとんど違わず、なんでも応用ができます。発表のレジュメや履歴書など、ちょっと書くと後はそれっぽく書いてくれる。あるいはExcelで「東京都の人口が何人」「神奈川県の人口が何人」と埋めていくと、県名を入れるだけで勝手に補ってくれるといったような活用もできることから、非常に衝撃だったわけです。

CSAJフェロー(モデレーター)
齋藤和紀氏(エクスポネンシャル・ジャパン株式会社 代表取締役)

齋藤:今の松尾先生のお話しを受け、CSAJの皆さんはAI技術の進化がビジネスにどのようなインパクトを与えていると感じてらっしゃいますか?

荻原CSAJ会長(以下、荻原):当社は産業用ロボットを作ってきましたが、これまでは「ロボットの作業レーン」「人間の作業レーン」と明確に分かれていたのが、これからはロボットと人間が共同で働くことになり、もっと言えば人間がロボットの手伝いをするような時代になると思いますので、AI搭載型のロボット開発にかなり注力しています。

豊田CSAJ副会長(以下、豊田):日本のディープラーニング技術に対するバイアスがかかってきているのではと危惧しています。例えば「AIの知見が日本人の財産にならないといけない」という発言を実際に耳にしたことがありますが、オープンソースがこれだけ発達した社会で、知識を一国だけで囲え込んでしまうのは逆効果だと思います。

松尾:個人情報の問題だと、例えばアメリカでもいくつかの都市で顔認証の利用がかなり制限されていますし、世界中でもそうした懸念は高まっていると感じます。「企業が自分の知らないところで勝手にデータを収集しているのではないか」という懸念は第三者機関が認証しないと払拭できないと思います。

これはぜひCSAJさんにやっていただきたいと思いますが、一旦データを第三者に送り、そこで特徴を抽出して個人情報が入っていないと保証した上で利用するという仕組みを日本でも整えていく必要があるのではないでしょうか。

CSAJ副会長/地域IoT推進委員会 委員長 豊田崇克氏(ネクストウェア株式会社 代表取締役社長)

日本は遅れている!? 顔認証技術の最新技術動向

顔認証ビジネス研究会 主査 高村徳明氏(以下、高村):私はリアルネットワークスで顔認証ビジネスを行っています。日本に加えインド、東南アジア、オセアニアの顔認証ビジネスをこの2年ほど見てきましたが、日本は遅れていると感じます。例えばインドでは駅で顔認証技術が使われていて、犯罪者や不審者の検出、迷子を探す、認知症の方を検出するといった取り組みが行われています。

日本もようやくマイナンバーカードが健康保険証として利用できるようになり、これには顔のデータが入っていて顔認証ができますので、やっと進み始めたという印象です。既にオーストラリアやシンガポール、マレーシア、インドネシアなどでも「Digital KYC(デジタル本人確認)」の技術が非常に多く使われ始めています。

齋藤:顔認証はディープラーニングの中でも非常に大きな分野だと思うんですが、日本と海外とでその精度、あるいは投資規模はどれくらい違うものなのでしょうか?

松尾:私の感覚としては、日本でも中国・アメリカのトップ層とほぼ変わらないぐらいの精度を出すところはあります。現段階では精度よりもむしろ応答速度とか、UIの方が大事だという段階に入ってきているのではないかと感じます。

投資の面では、中国が非常に巨大な資本を投下していますし、ディープラーニング技術が大学・高校の学習カリキュラムに入るなど、国を挙げて取り組んでいるので、物量という面では大分差があると感じています。

豊田:「AI技術を用いた顔認証以外の認証方法」は現在どの程度進化しているのでしょうか?

松尾:基本的な認証あるいは異常検知の仕組みは、顔認証の場合、静止画だけだと限界があるのですが、動画になると立ち振舞いや歩き方も分析できるので精度が上がります。「AIを用いた顔認証」というのは、コンピュータの中でAIが「この人が正しく本人である」ということを確認するためのモデルを持っていて、そのデータと観測したものを適切に照合できるかということなのです。

人がバッグを持って歩いていて、その形状はこうで、裏から見れば多分こうなっているだろうな、ということを実世界で色々な物を観測して学習しているので、例えば「スーツの裏地が違う柄だということはあまりない」ということを知っているわけですね。そうした大量の観測~学習を経てモデル化していくわけです。

画像認識がどうやって分析しているかというと、画像から特徴量を抽出していくわけです。顔の輪郭や目、鼻などのパーツを検出し、最終的に顔を判別する特徴量を得るのですが、これを時間方向に広がりを持たせた時に、歩き方に相当する特徴量とか、表情に相当する特徴量とか、こういうものを上手く取り出すことができると、その人の行動、時間的な遷移を正しくモデル化することができ、現実と照らし合わせて正しいのか判定することができます。ただその「時空間に広げた時の特徴量の作り方」というのが、まだちょっと難しいんですよね。

高村:松尾先生がおっしゃったことは非常にホットなトピックスでして、顔認証の一つの弱点として「なりすまし」の問題があります。例えば私が松尾先生の運転免許証を持って研究室の入口の顔認証ドアロックにかざすと開いてしまいます。現在、世界中でその課題を解決するための研究が進んでおり、当社もなりすましをソフトウェア的に解析して判定するシステムを今年前半には出そうと動いています。

顔認証ビジネス研究会 主査 
高村徳明氏(リアルネットワークス株式会社 アジア太平洋地区副社長)

「国の研究費をもらうのは一切やめました」研究費はすべて企業から。事業の成長にコミットした共同開発を行う理由

齋藤:今回の座談会は、CSAJの中で地域の企業の活性化を目指す「地域IoT推進委員会」の活動の一環なのですが、地域の企業が松尾研究室と一緒に何かやりたいと思った場合、どういう風に始めれば良いのでしょうか?

松尾:松尾研はわりと会社っぽいんです(笑)。実は10年ぐらい前から、国の研究費をもらうのをやめて、企業からのお金で運営しています。IT分野は若い人が戦力なのに、大きなお金を扱えるようになるまで時間がかかるのはナンセンスだと思いまして、国のお金をもらうのを止めないとそこを乗り越えられないとずっと思っていました。

それまで毎年4000万円ぐらい研究費を国からもらっていましたが、止めた年は某企業からの150万円だけで運営しました。国のお金をもらう場合は報告書を出すだけなので楽なのですが、その案件はすごく大変でした。一方で東大生は外資系コンサルに就職する人も多いわけですけど、そこでは3カ月で1億円の案件があるという話を聞くと、「その価格差って何なんだろう」と疑問に思ったわけです。

その価格差は、「相手の課題を解決しているか」というところで生じていて、今までは自分の好きなこと、興味のあることを主張していただけで、それに気づいてからは考え方を変え、企業の事業が成長することにどれだけコミットするかで共同研究の資金をいただく体制に変えました。今ではいろいろな企業とお付き合いがあって、東京じゃない地域もかなり多いです。学生は出張でいろんな地域に行くのも社会勉強になります。

萩原:感動しました!国のお金をもらわないというのは私も正解だと思います。どうしてもスピードが落ちて成長の妨げになるので、民間と一緒にやるのは非常に意味があると思いますし、私たちも松尾先生に貢献できる時代になってきたなと(笑)。

CSAJ会長 荻原紀男氏(株式会社豆蔵ホールディングス 代表取締役会長兼社長)

AIビジネス発展のためには「失敗事例」こそが重要!?

齋藤:そろそろまとめに入りたいと思いますが、この一年、新型コロナウィルスは大きなインパクトを社会に与え、地方はそれにより疲弊してしまったところもあるかと思います。そんな中、AIを取り巻く環境にはどんな変化があったと感じていらっしゃいますか?

松尾:新型コロナウィルスの影響はすごく大きかったと思いますが、一方で良い面もあったと思います。オンライン会議やテレワークが一気に普及したことや、東京と地方の距離的な差がなくなって、競争としては平等な環境になってきたと思います。

AIの活用ということを考えた時に、まずはデジタル化を通じていろんな業務なりデータなりをコンピュータにインプットしなければ始まらなくて、その中でプログラムを組めば簡単にできることもたくさんありますし、もう少し難しいものになりますとAIで自動化できることもありますし、という順序があると思うんですよね。この期間にその動きを少し前に進めることができたのはすごく良かったと思います。

齋藤:CSAJに対する要望などはありますでしょうか?

松尾:今後の日本はAIを用いながらDXを進めていって、新しい付加価値を生み出していくという方向に向かうしかないと思います。そのためにはCSAJの活動は本当に重要だと思いますし、私がやっているAIやディープラーニングの動きともぜひ連携させていただいて、日本全体を良くする方向に一緒に活動していきたいと思います。

萩原:産業のデジタル化があらゆる領域で広がっている一方、ソリューションを提供する日本のIT企業の実力が伴っていないという状況が生まれてしまいました。

そのための技術力をなるべく早く、多くの企業に身につけてもらうためにも、単独で事業を展開するのではなく、若い人が集まって成功体験を生む必要性を感じます。まとまって新しいことをやりたいと思います。

松尾:AIは知れば知るほど面白く、可能性を秘めていることもわかってもらえると思います。日本の強みとうまく組み合わせていくと広がりがあると思います。それを理解してもらえる活動をしていきたいですね。

高村:「どうしても日本人は100%の完璧を求めてしまうから、挑戦を恐れてしまう」というところは確かにあると思いますが、AIを作っていくうえでは失敗を繰り返しながら良いものを作っていくべきだと思います。

ぜひ松尾先生には、「こういう失敗があったけど、それを乗り越えてこんな結果を出したんだ」という、CSAJ会員企業のマインドセットを変えるようなお話しをお聞かせいただきたいと思います。

松尾:「AI=失敗する」という図式も確かに存在はしますが、良い事例・悪い事例それぞれから学習する中で、確率的に99%まで高められたとしても1%の確率で間違えるわけです。要するにどっちの事例もないと正しい学習はできないですし、人間もそれは同じだと思います。

今の世の中は失敗に対する寛容性がなくて、別の言い方をすると学習機会を奪っている、これは人権の侵害じゃないかとすら思ってしまいます。「失敗する権利」を認めるべきだと思います。なぜならAIからすると両方の事例が必要なんだから、というAI側から社会の考え方を変えることができると良いと思います。


一般社団法人コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)

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CSAJは、ソフトウェア製品に係わる企業が集まり、ソフトウェア産業の発展に係わる事業を通じて、我が国産業の健全な発展と国民生活の向上に寄与することを目的としている一般社団法人。1986年(昭和61年)に設立され、675 社・団体(うち正会員518社、令和3年2月現在)が加入する国内最大のIT・ソフトウェア関連業界団体。

CSAJ会長荻原紀男氏

株式会社豆蔵ホールディングス 代表取締役会長兼社長

1958年1月生まれ。1980年3月中央大学卒業。外資系会計事務所及び監査法人を経て、1996年、荻原公認会計士税理士事務所開業。2000年、株式会社豆蔵(現 株式会社豆蔵ホールディングス)取締役就任。03年、同社代表取締役社長就任後、19年、同社代表取締役会長兼社長就任(現任)、税理士法人プログレス開業代表社員(現任)。

CSAJ副会長/地域IoT推進委員会 委員長豊田崇克氏

ネクストウェア株式会社 代表取締役社長

1963年10月生まれ。1981年、兵庫県立芦屋高等学校卒業。1983年、日本エス・ イー株式会社入社。97年、ネクストウェア株式会社(旧 関西日本エス・イー株式会社)へ商号変更。98年、同社代表取締役社長就任(現任)。2000年、 JASDAQ(旧 ナスダックジャパン市場)上場。 18年、デジタル社会推進政治連盟 副会長(現任)。

CSAJ 顔認証ビジネス研究会 主査高村徳明氏

リアルネットワークス株式会社 アジア太平洋地区副社長

1985 年国士舘大学政経学部卒業、2018 年マサチューセッツ工科大ビジネススクール AI Imprecation for Business Strategy コース修了。 仏シュナイダーエレクトリック社にて営業、マネージメントを約 20 年担当。タイ、シンガ ポールにて 5 年海外駐在しアジア市場に知見を持つ。米国シスコシステムズ社にて日本の 中堅企業市場の事業マネージメントを 5 年担当。2017 年から現職、米国リアルネットワー クス社にて副社長としてアジア太平洋地域を統括。2018 年より CSAJ にて顔認証ビジネス 研究会の主査を務め、AI 技術の普及に努めている。

CSAJフェロー(モデレーター)齋藤和紀氏

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元金融庁職員(IFRS・EDINET担当)、日立製作所、デルにて経営企画・データ分析、世界最大手石油化学メーカー、ダウ・ケミカルのグループ経理部長を務めた後、成長期にあるベンチャー企業の成長戦略や資金調達をサポート。戦略策定や事業開発から成長期にあるベンチャーを財務経理のスペシャリストとして支える。また、自ら事業のほか、エンジェル投資やスタートアップ・スカウティングに関しても積極的に行い、エクスポネンシャル思考のプログラムやコンサルティング等を通して、企業の新規事業創造等に携わっている。主な著書に、「シンギュラリティ・ビジネス」(幻冬舎)、「エクスポネンシャル思考」(大和書房)等がある。