EVENT | 2019/10/25

新井浩文が問われる「強制性交罪」の決め手とボーダーラインは?【連載】FINDERSビジネス法律相談所(16)

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日々仕事を続ける中で、疑問や矛盾を感じる出来事は意外に多い。そこで、ビジネスまわりのお悩みを解決するべく、ワールド法律会計事務所 弁護士の渡邉祐介さんに、ビジネス上の身近な問題の解決策について教えていただいた。

渡邉祐介

ワールド法律会計事務所 弁護士

システムエンジニアとしてI T企業での勤務を経て、弁護士に転身。企業法務を中心に、遺産相続・離婚などの家事事件や刑事事件まで幅広く対応する。お客様第一をモットーに、わかりやすい説明を心がける。第二種情報処理技術者(現 基本情報技術者)。趣味はスポーツ、ドライブ。

(今回のテーマ)
Q.公判での生々しい供述が話題となっている、強制性交の罪に問われた元俳優・新井浩文の事件ですが、男女間での「する/しない」といったやりとりはグレーゾーンであり、どこまでがOKでどこからがNGなのか、線引きを教えてください

法改正により「強姦」の罪名が「強制性交」に変わり、厳罰化

自宅でマッサージ店の女性従業員に性的暴行を加えたものとして強制性交等の罪に問われている元俳優の新井浩文さんの公判で、検察側は懲役5年を求刑しました。一方、この裁判の中で新井さんの側は「合意があった」として無罪を主張しています。

そもそも、強制性交等の罪とはどういう罪なのでしょうか。「強制性交罪」とは、少し前までは「強姦罪」と呼ばれていた犯罪です。法改正で強姦罪から強制性交罪へと罪名も内容も変わりました。

刑法第177条は、「十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。」として強制性交等の罪を定めています。

この刑法第177条の条文は、平成29年の改正前までは、「暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。」という条文で、強姦罪とされていました。

強姦罪から強制性交罪に名称が変わったのは、暴力等によって相手の同意なく行われる性行為というものが、必ずしも男性から女性に対するケースのみではないからです。また、「姦淫」という行為が広がり、従来は強制わいせつとされていた性交類似行為としての肛門性交や口腔性交も対象とされた上で、懲役「三年以上」が「五年以上」に引き上げられ、総じて厳罰化されたといえます。

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「強制性交罪」はどんな場合に成立するのか?

強制性交等罪等が成立するには、① 「性交等」があること、② 「暴行又は脅迫」行為によること、③ 「故意」があることが要件となります。

そして、この事実について立証責任を負っているのは、有罪を立証していく検察官の側にあります。立証内容について合理的な疑いが残る場合、刑事裁判では無罪推定の原則にもとづいて、無罪判決とすべきことになります。

新井さんが強制性交罪等で有罪とされるには、①新井さんと女性従業員との間で性交等の行為があり、②新井さんの女性従業員に対する暴行又は脅迫行為があり、③新井さんに故意があることについて、検察官の側で合理的な疑いを超える立証がなされる必要があります。

①「性交等」があることについては、検察官側と被告人側とで争いはありません。本件公判で争点となっているポイントは、② 「暴行又は脅迫」行為によること、③ 「故意」があることの部分です。

争点は、「暴行」「脅迫」の内容次第

ここでの「暴行又は脅迫」は、判例上の解釈で「相手方の反抗を著しく困難ならしめる程度のもの」であることが要件とされます。こうした暴行の具体例を挙げるならば、殴る蹴る、手足を押さえる、羽交い絞めにする、押し倒す、首元に刃物を突き付ける、といったような行為がこれにあたります。脅迫については、被害者の弱みを握って黙らせる、殺人を予告するといった行為があてはまるでしょう。

なお、これらの行為は典型例で、そのほか、行為それ自体が程度の弱い暴行や脅迫であっても、犯行に使った部屋が施錠されていた、周囲に人影がないような状況だった、集団で取り囲んだ、体格差があった、などという状況が考慮要素となることで、暴行や脅迫行為が相手方の反抗を著しく困難ならしめる程度のものである」と判断されることもあります。

強制性交における「故意」とは何か?

故意とは、端的に言うと、罪を犯す意思のことをいいます。つまり、本件では、強制性交等の罪に当たる行為を行うつもりであったと言える場合、故意があることになります。強制性交等罪の故意犯は、故意がなければ犯罪は成立しません。

新井さんの公判では「合意」の有無に焦点があたっています。これは故意の有無との関係で争点となっています。つまり、「合意があった」という言い分は、無理やり性交しようという意思がなかったという場合の典型的な主張なのです。

もっとも、「相手も合意していると思っていた」と言えばそのように判断してもらえるというものではありません。

行為時の状況をはじめ、その前後の経緯や当事者間でのやりとりなど、客観的な諸事情から2人の間に合意があったといえるかどうか、少なくとも被告人からすれば合意があると思ってしまうような状況があったのかどうかについて、慎重に判断されることになります。

新井さんの公判での内容が、生々しいとしてニュースやネット上などで話題になっていますが、そのように生々しい状況を証言させる背景には、そもそも合意があったのかどうか、または、合意があったと思ってしまうような状況があったのかどうかを判断する必要があるためです。

合意の有無はどうやって判断されるか?

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では、性交時の合意の有無について考えてみましょう。たとえば、見知らぬ相手の家に侵入して性交行為に及んだり、通りすがりの相手を夜道で押し倒して性交行為をしたりした場合、そこに相手の合意があったとは一般的に認め難いです。誰がどう見ても、合意があったと思えるような状況があるとは考えにくいからです。

しかし、ふたりで遊びに行った流れで起きた場合や、友人や同僚といった顔見知りの間で事件が起きた場合は、それが果たして無理やり行った性交行為だったのか、それとも一定の同意があってのことだったのか。こうした人間関係のある当事者間での出来事となると、第三者から見ると、強制性交なのかどうかはなかなか判断しづらいものです。互いに意見が食い違うときは、ほとんどがこのケースにあたります。

事後に「合意なんてなかった!」と言い出すのはよくあるケース

残念なことに、性行為当時には同意があったにもかかわらず、色々なケースで、後になってから「性行為時には同意はなかった」という主張をして相手を訴えようとする人も、少なからずいるのも事実です。

よくあるケースは、交際のもつれによるものです。たとえば、女性側からしてみれば、交際しそうだったから体を許したのに、交際に至らなかったという場合。女性は男性から否定されたような気持ちになり、その反動で、相手に反撃しようという心理が働いて、当時は合意があったにも関わらず、後から「無理矢理だった」と言われてしまうケースです。

また、相手が酒に酔っていたというのも多いケースです。「お酒の勢いで性交渉をしてしまった」というケースでは、後から後悔し、その事実を自分の中で認めたくないという思いから、「強制的に行為に持ち込まれた」というストーリーに置き換えることで、後悔から解放されようという心理が働きます。

また、飲みすぎた場合などで記憶を失って、「そもそも記憶にない」というような場合も「強制的にされた」と言われてしまう可能性があります。

そのほかで多いのは、性交渉を行った相手に交際者・配偶者などのパートナーがいるケースです。浮気行為がパートナーにバレた時に、その言い訳として「無理矢理だった」という主張をするのです。

また、実は風俗店でこうしたトラブルが多いのも実態です。たとえ風俗店であっても、お金を対価としたいわゆる本番行為は違法です。そのことがお店にバレて、従業員がお店からそのことを追及された時に、「お客に無理矢理された」などと言い逃れるために主張するケースがあります。

社会的地位があり、経済的に裕福な相手の場合、示談金目当てで「性交渉の同意はなかった」という主張を利用する人も、残念ながら少なからずいます。

社会的地位がある人ほど、「刑事事件になったら大変だ」という思いは大きいので、事実はどうあれ、なんとかお金で解決してしまいたいと思うもの。そういう心理に付け込んだ主張だと言えるでしょう(なお、今回の新井さんのケースがこれらのいずれかにあたるという趣旨ではありません)。

どこまでやったら強制性交罪なのか?

では、強制性交等罪等にあたるかどうかという観点からは、どこからがNGなのでしょうか?

その線引きで言えば、やはりあくまでも、前述した① 「性交等」、② 「暴行又は脅迫」、③ 「故意」の要件を充たすかどうかです。具体的には、実際の性交に至るまでに相手との合意があったかどうか、そして強制的な手段で性交などに及んだのかどうかが、判断を分ける大きな要素になります。

もっとも、最終的に裁判において強制性交等の罪が成立するかどうかはさておき、相手方から強制性交等罪だと主張されてしまうような状況をはじめから避けるようにするのが一番です。つまり、上で述べた「よくあるケース」を避けることです。

交際関係にない相手との性交渉、お酒に酔った相手との性交渉、パートナーがいる相手との性交渉、風俗店での本番行為などを避けるだけで、いわれなき強制性交等罪等とされてしまうリスクはかなり防げるでしょう。逆に言えば、強制性交等でトラブルになってしまう人は、ほぼこのどれかのケースに当てはまると言っても過言ではありません。

新井浩文の判決のゆくえは?

判決言い渡しが12月2日とされた、新井浩文さんの強制性交裁判。その判決の行方が注目されています。強制性交等罪の構成要件事実が十分に立証されたという認定がされるのか。刑事裁判における無罪推定の原則という建前の中で、判断が難しい本件で、果たして有罪の認定がなされるのか。

有名人による裁判で世間が注目する事案であるだけに、仮に無罪ともなれば、同様の状況での性犯罪も増えてしまうという可能性もある中で、無罪の認定がなされるのか。世間からの注目が大きい裁判であるだけに、本件判決が世間に与える影響も非常に大きなものになるでしょう。


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