EVENT | 2019/10/10

怪奇現象が次々起こる「怖い部屋」、筋トレ仕放題な「代謝の部屋」など面白すぎる「不思議な宿」企画者の佐藤ねじ氏に訊いてみた

©fushigina yado
取材・文:6PAC

佐藤ねじ
株式会社ブルーパドル代表
プランナー...

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©fushigina yado

取材・文:6PAC

佐藤ねじ

株式会社ブルーパドル代表

プランナー/アートディレクター。面白法人カヤックを経て、株式会社ブルーパドルを設立。「不思議な宿」、「アナログデジタルボドゲ」、「CODE COFFEE」、「変なWEBメディア」、「小1起業家」、「5歳児が値段を決める美術館」、「Kocri」、「貞子3D2」など、様々なコンテンツを量産中。著書に『超1ノート術』(日経BP社)。

コンセプトは「テクノロジー×エンタメ×京都らしさ」

来年の東京オリンピック開催や、観光立国を目指す政府の後押しもあってか、訪日外国人観光客は増加の一途だ。観光業界では、増加する一方の訪日外国人観光客を取り込もうとやっきになっており、新しい宿泊施設が次から次へとオープンしている。中には、他の宿泊施設と差別化した「ちょっと変わった宿泊施設」があったりする。熊本県の「阿蘇ファームヴィレッジ」、全国各地にある「変なホテル」、栃木県の「那須モンゴリアビレッジ テンゲル」、山梨県の「おいしい学校」といった名前を聞いたことがある人も多いだろう。

2019年9月、京都に新たな「ちょっと変わった宿泊施設」がオープンした。“テクノロジー×エンタメ×京都らしさ”がコンセプトの宿泊施設の名称は「不思議な宿」。

不思議な宿の外観
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怖さ調整ダイヤルのレベルごとに異なる怪奇現象が起こる「怖い部屋」、押すとさまざまな音が鳴るスイッチだらけな「多い部屋」、恋人・家族・友人など一緒に宿泊する人にメッセージを贈れる「贈る部屋」、障子から見える景色を変えられる「景色の部屋」、ボルダリングで遊べる「代謝の部屋」、各種ボードゲームが用意されている「ボドゲの部屋」、桃太郎などのお伽話の登場人物が質問に答えてくれる「お伽の部屋」といった特徴ある11室で構成されたゲストハウスだ。

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不思議な宿の1階には、音楽を注文すると店内にある様々な物が動き出す「たまに動く喫茶店」もある。

不思議な宿は、株式会社ブルーパドル、NICOホテルズ株式会社、ADDReC株式会社の3社が共同開発した。全体の企画・デザインを担当したブルーパドル代表の佐藤ねじ氏に色々な話を伺った。

好き嫌いがはっきり分かれる宿にしたい

佐藤ねじ氏
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―― 「不思議な宿」をオープンした経緯をお聞かせ下さい。

佐藤:京都には伝統的な宿・アートホテル・インスタ映えするゲストハウスなど、いろんな種類の宿泊施設が乱立しています。その中で、さらに似たようなゲストハウスを作るのではなく、1つくらいこんな違った軸の宿があってもいいんじゃないかという気持ちで、チームで企画・設計しました。

―― ターゲット層としてはどういったお客さんを想定されているのでしょうか?

佐藤:正直、明確なマーケティングはしておりません。ゲストハウスですし、若い方が多いだろうというのはありますが、かわいいホテルとか癒しの宿とかではなく、「このノリが好きな方」が泊まってくれたらいいかな、というくらいです。ただ、11部屋の種類は、ホラー好き・ボドゲ好き・歴史好きなど、いろんなクラスタに広げた設計にしております。好き嫌いがはっきり分かれる宿になればいいなと思っています。

神様・妖怪の力みたいなものをテクノロジーで実装

―― 9月12日にオープンされたばかりですが、現時点での予約状況は?

佐藤:SNSで拡散したこともあり、年内の金・土・祝日は結構埋まっております。平日は11月以外はまだ空いてます。特に、「怖い部屋」と「代謝の部屋」が人気な印象です。

和室の壁中にボルダリングのホールド(突起物)が張り巡らされた「代謝の部屋」。ダンベルや筋トレ・ヨガグッズも揃っている
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―― 11部屋それぞれが特徴のある部屋となっていますが、どういった発想でこういった部屋を企画・開発されたのでしょうか?

佐藤:ここはいろいろ話したい部分です。

まず、『千と千尋の神隠し』みたいな、神様・妖怪の力みたいなものを実装したいという想いがありました。私たちに話が来た時点で、「テクノロジー×宿」の路線で何かしようというのは決めてました。とはいえ、「変なホテル」みたいにロボットがいっぱい出てきたり、LEDがビカビカ光ったり、プロジェクションを打ちまくるような、派手なメディアアート的なものとは真逆の見せ方を意識しています。基本的には、パッと見た感じはふつうの宿。でも、その裏側にいろんな仕掛け・テクノロジーが入っていて、なぜか提灯がちょっと踊るなど、不思議なことが起こるようなのが面白いねと。『千と千尋の神隠し』の湯のシーンのような、勝手にふすまが開くような、妖力のようなことがしたいなと思っていました。

次に、「宿泊する空間だから面白くなること」を意識しました。宿ということで、「泊まる」という絶対的な体験のリーチがあるなと。障子にプロジェクションするなんていう手法は、昔からいろんな場所で行われており、全然新しくはないんですが、やっぱり自分が泊まる部屋で、音楽を変えるように、景色を変えられるとちょっと体験として面白い。これが美術館に設置されても、全然よくない。「怖い部屋」も、そんなに怖い演出ってこともないんですが、1泊すると、どういうネタがあるか分かってても、じわじわ来るものがある。そこが面白いなと。

最後は、IoT家電では絶対に製品化されないことをやるということです。「暮らし×テクノロジー」を考えると、派手なエンタメ演出は不要になりますが、1泊だけする宿なら、ちょっと濃い体験のIoTが実現可能になるなと思っていました。とくに実現したかったのは、部屋のインターフェース(スイッチ・照明・ふすま)を、見た目は変えないまま体験を変えるようなことがしたく、「怖い部屋」、「多い部屋」、「景色の部屋」、「憑依の部屋」あたりが、当初から実現しようとしていた案でした。それでどうせなら、「全部屋を特殊にしよう!」ということになり、予算もなかったのですが、うまい具合に技術を応用した部屋や、デジタルなしで体験できる部屋などが追加されていきました。

部屋中にボタンが設置された「多い部屋」。6つのSOUNDボタンを押すことでサンプラーのように演奏が楽しめる
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―― 社名のブルーパドルは「空いてる土俵」という意味だそうですが、不思議な宿も空いてる土俵を探した結果なのでしょうか?

佐藤:そうですね、ブルーパドルという会社自体が、空いてる土俵を探すということを目的にしています。その中でも、この宿は、「観光」とか「宿」とか「喫茶店」とか「サイン」とか、いろんな空いてる土俵を埋めていくような合わせ技の仕事でした。

「空いてる土俵」を限られた予算で狙うアイデア

―― 「不思議な宿」がちょうどはまった「空いてる土俵」は、素人目にはラブホテルのような価格設定とエンタメ性を、京都の町屋風建物で実現したところだったのかなという印象を受けます。

佐藤:私的にはこれから述べる3点が特に「空いてる土俵」だったと思っています。

まず、音楽に合わせて踊る喫茶店の動くトイレサイン。これは昔でいう、からくり時計・鳩時計みたいなものですが、それが店の空間全体に適用されています。ちょっと動く空間、みたいなものは、エンタメ施設にはたくさんありますが、まだまだ店・宿などのプライベート空間での事例は少ないように思います。ただこれはあまり作る必然性もないので、土俵が空いているわけですが…。

トイレサインの男女が音楽に合わせて踊る
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次に、調光ダイヤルを使って「怖さ」を調整できる演出です。すべての家電は部屋の「温度・光・音」などを変えますが、部屋の「雰囲気」を調整できるという切り口は、まだ空いてる感じがします。この手法で、もっと別の部屋も企画できると思います。

「怖い部屋」に設置されている怖さ調整ダイヤル。1から4までの設定に応じた怪奇現象が発生する。ちなみにMAXのレベル4は19時以降のみ体験可能。
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最後は、無数にある京都ゲストハウスの中で、そのどれとも少し違う「遊べる宿」×「京都」というコンセプトです。

―― 「不思議な宿」を京都という日本一の観光地で開業された一番の目的は、どこにあるのでしょうか?

佐藤:元々ここでゲストハウスを作ることは決まっていたので、「京都をあえて選んだ」みたいなことではないです。ただこれから、日本は観光で頑張っていくしかない部分はありますので、いろんな挑戦のある施設・観光を考えていく必要があると思います。

―― 京都というと外国人観光客の数が増えすぎたと言われるくらい、インバウンドの観光客がメインの観光地です。ところが、「不思議な宿」の公式サイトは日本語表示のみとなっています。インバウンドの宿泊客は想定されていないということなのでしょうか?

佐藤:単純に準備ができていないだけです。いずれ英語版と中国語版もオープンさせます。ものすごく限られた予算の中でやっているということと、あとは複雑なシステムが入っているので、段階的に客層を増やしていこうという意図もあります。ただ、日本のお客さんだけでけっこうな量の予約が埋まっているようで、この宿を運用している京都のチームは、驚いていました。

―― 1泊7000円程度という価格設定ですが、事業計画上は何年程度で初期投資を回収できる計算になっているのでしょうか?

佐藤:ここら辺は、複数のゲストハウスを立ち上げてきた運営チームが試算しているところなので、コンテンツ開発をしている僕らは、なんとも言えないですね。単純に宿代は、通常のゲストハウスの価格帯で設計しているんだと思います。

―― 「不思議な宿」は3社の共同事業ですが、京都で成功事例が確立された場合、他の地域でも「不思議な宿」のような宿泊施設を展開していく計画なのでしょうか? また宿泊施設に限らず、「たまに動く喫茶店」のようなカフェを人が多く集まる場所で展開することも可能だと思いますが。

「たまに動く喫茶店」の店内。無料で提供される全9種類の音楽を注文すると、店内のいろんなモノが踊り出す。その他にもおみくじになっている暖簾や、質問をすると前世や運勢を占ってくれる柱などギミック多数。ちなみに見学は誰でも可能だが、飲食物の提供は宿泊者限定となっている。
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佐藤:ぜひ実現したいですね。今回は、そういう他の仕事での、空間表現の実験のような場でもありました。このプロジェクトの延長でやるかは分かりませんが、「店・空間×デジタル」のちょっと変わった拡張にはいろいろチャレンジしたいと思います。

―― こうした「面白い企画」を思いつく、そして実現するために必要なことは何だと思いますか?

佐藤:アイデアを考える難易度を1とすると、それを実現していくのには10~100くらいの差があると思います。その実現をするために一番重要なのは環境です。私は、その実現のために、状況に合わせて独立したり、ギルドにしたり、環境づくりを変えていっています。

最初から面白い仕事っていうのはあまりなくて、「そんなに面白くなさそうな仕事」を、面白い仕事にマインドチェンジすることが大切かなと思います。なので、あまり「やりたくない仕事」というレッテルは貼らず、いろんなクライアントさん、仕事に関わるようにはしてます。

「不思議な宿」もそうですが、「ここが大事!」と思える仕事・状況の時には、いろんな不可能を無理矢理にでも超えていく強引さも必要だなとは思います。


「不思議な宿」公式サイト