東京の早稲田といえば、かの有名な大学の学生街で知られる場所である。このあたりは単身者も多く住んでおり、飲食店やスーパーもたくさんあってちょっとしたオアシスだ。
鬱蒼と生い茂る樹木を眺めながら歩くと学生時代を思い出す人も多いだろう。ここに「HIGH FIVE SALAD」というオシャレなパワーサラダの専門店がある。知らない人のために説明すると、パワーサラダとは「アメリカでトレンドとなっている、野菜、フルーツ、たんぱく質食材、トッピングを組み合わせたサラダ。ひと皿で食物繊維、ビタミン、ミネラル、たんぱく質等、さまざまな栄養素を効率よく摂取できる」(キユーピー HPより)とのこと。
ちなみにパワーサラダを商標登録し、積極的にプッシュしているのはキユーピーで、フルーツも入っているところに特にこだわりがあるのだとか。そう話すのはこのHIGH FIVE SALADのCEO・水野裕嗣氏だ。
この水野氏、飲食未経験で日本テレビ系の情報番組『ZIP!』のディレクターだったという異色の経歴を持っている。どのような経緯でHIGH FIVE SALADにたどり着いたのか。話を聞いた。
高見沢徳明
株式会社フレンバシーCTO
大学卒業後金融SEとして9年間勤めたあと、2005年にサイバーエージェントに入社。アメーバ事業部でエンジニアとして複数の案件に従事した後、ウエディングパークへ出向。システム部門のリーダとなりサイトリニューアル、海外ウエディングサイトの立ち上げ、Yahoo!などのアライアンスを担当。その後2012年SXSWに個人で参加。また複数のスタートアップ立ち上げにも参画し、2016年よりフリーランスとなる。現在は株式会社フレンバシーにてベジフードレストランガイドVegewel(ベジウェル)の開発担当。
低カロリーだけどボリューム満点のサラダ
店内のサラダバーとメニュー
サラダの注文は店内に入ってカウンターから行う。9種類のサラダとドレッシングをまず選択して、フジッリパスタかグレインズ(雑穀米)のどちらをつけるか更に選択する。お好みでトッピングやサイドメニューも選べる。
今回取材するにあたって食べてみたのは「合鴨の燻製とハニーナッツのサラダ」(税抜1080円)。先述の通りパワーサラダは肉などのたんぱく質が摂れる食材とフルーツが盛り込まれているのが特徴で、ボリューム満点なのに食べ飽きない工夫がなされている。ローストされた合鴨とレタスに加えて入っているナッツの食感も良かった。自社でこだわって作っているドレッシングも酸っぱすぎず甘すぎずでちょうど良かったし、雑穀米がまたこれらの食材にマッチしていた。そして気になるカロリーも、パスタやグレインズ、サイドメニューのパンを入れても1食200~400kcal程度に収まっている。
野菜は食感や見た目を特に大事にしているとのこと
男性・単身者からの支持も徐々に獲得
HIGH FIVE SALADの利用者は主に30代〜40代女性で6、7割を占めているが、男性比率も徐々に増えてきている。「みんなマクドナルドでサラダも食べたいと言っていたのに、いざメニューに導入したら全く売れなかった」というようなエピソードも今は昔。吉野家がライザップと共同開発し今年5月に販売開始した米無しのメニュー「ライザップ牛サラダ」が発売から76日で100万食を突破したというニュースも記憶に新しいし、2016年ごろからサラダ専門店を特集するテレビ番組や雑誌、ウェブメディアも徐々に増えている。
また、現在出店している地域(奥神楽坂、市ヶ谷、牛込神楽坂、早稲田)は前述の通り単身者の割合も多く、昼だけでなく夜の売上も一定数あるのが特徴だ。もちろんテイクアウトもあり、今年3月からはナチュラルローソンでも販売しているので必ずしも店内飲食だけの売上ではないが、肥満や健康を気にする層が晩ごはんにパワーサラダをチョイスしているということは言えるだろう。
しかし、こうしたサラダの専門店は基本的には値段が高めである。筆者が以前表参道で仕事をしていた頃に南麻布のクリスプ・サラダワークスに行っていたが、ランチ平均で1500円ほどかかっていた。ちなみにHIGH FIVE SALADのメニューはなるべく多くの人にサラダを味わってほしいというポリシーのもと、サイドメニューやトッピングを頼まなければ980円から注文できる。都心部サラリーマンの平均ランチ金額はコンビニ弁当派が500円未満、外食派でも800円程度というマクロミルの調査もあるが、筆者の肌感覚としてもこのぐらいが平均だと思うので、1000円超のランチはどうしても「予算オーバー感」が出てしまう。こうした中でいかに外食の選択肢に入れるかが課題となってくるだろう。
ロッキー青木に憧れて飲食で起業
テレビ業界で働き飲食未経験だった水野氏が起業を志したのは、ロッキー青木の影響を受けたからだという。
ロッキー青木は世界的な鉄板焼のチェーンで有名なBENIHANAのオーナーだった人物だ。大学時代にレスリング日本代表となり、渡米。全米選手権に出場して優勝経験もあったが米国の市民権がないので米国代表になれなかった。しかし、学生時代に移動アイスクリーム屋をやって成功するという経験があり、商売でもその才能は抜きん出ていた。大学卒業までに1万ドルを貯めて、25歳で米国に鉄板焼の「BENIHANA」を出店。両親が洋食屋の「紅花」をやっていたことが由来となっている。共同経営者だった父のアイデアで鉄板焼にパフォーマンスを取り入れたことで大成功を収め全米に年商300億円という巨大レストランチェーンに展開した。
ボードゲームのバックギャモンの世界チャンピオンになったり、海のF1と言われるパワーボートで世界2位になったこともあるマルチタレントでもあった。気球のレースに挑戦したり、最後は冒険家だった。瀕死の重傷を負ったこともある。うまくいくこともあったが失敗もあり、HARD THINGSを地で行っていた人物である。
TV制作の現場に就職から渡米、そして帰国
ロンドンオリンピック取材の様子
先述の通り、水野氏はロッキー青木に憧れて起業家を志していたものの、大学卒業後、地元のテレビ制作会社である中京テレビ映像企画に就職。しかし起業の夢を諦めきれず、米国に渡ることにした。制作会社で退職の意志を告げたときは上司は快く送り出してくれた。このとき32歳。2006年だった。
アメリカで長期滞在するには学生ビザが有効だ。そのために大学に行こうと考え、専攻は自身の経歴からジャーナリズムを志向した。そのためにジャーナリズム発祥の地ミズーリ大学を受験するが不合格に。紆余曲折を経て隣の州であるカンザス大学に行けることになる。
現地での仕事についてはNTVインターナショナルで職を得た。松坂大輔がメジャーでの初登板日に普通に観客として観に行き、その場でテレビのインタビューに応えたところ、その番組を見ていた日本テレビのディレクターが水野氏であることに気が付いた。日本テレビにはNYに支局があり、ちょうど現地在住のディレクターを探していたので水野氏に白羽の矢が立ったのである。早速コンタクトがあり、アメリカで働くというベースが出来た。
ニューヨークでは世界中の料理が楽しめるが、水野氏のハートを捉えたのは意外にもパワーサラダだった。いかつい大男が客の注文をもとにわしづかみでサラダを作って提供していく姿は、日本にはない新しさを感じた。起業するならこれでやろうと思ったきっかけだったという。その後しばらくするとリーマンショックもあり日本へ帰ってくることになる。
いよいよ起業。パワーサラダの第一人者へ
2016年9月、東京メトロ有楽町線の江戸川橋駅近くにHIGH FIVE SALADの1号店となる奥神楽坂店をオープン。ほぼ同時期にシンガポール発のパワーサラダ専門店「SALADSTOP!」がオープンし、相乗効果もあって早速いくつか取材を受けるとことになる。パワーサラダブームがにわかに訪れた。
ただ、始めたばかりの頃はまだまだ店舗の運営は厳しく、昼間はCChannelで動画制作の仕事をしながら、夜はHIGH FIVE SALADに戻ってサラダ作ったり、皿洗い・清掃などをやっていたという状況だった。1年間この状態は続いたが、どちらも中途半端になってしまうと考えCChannelを辞める決断をした。
CChannel時代の水野氏。右はCEOの森川亮氏。
始めたばかりのHIGH FIVE SALADの運営は水野氏いわく「文化祭レベルだった」だったが、飲食業界出身で現在のCOOとなる倉本真美氏がジョインしたことでプロフェッショナルなサラダショップに引き上げてくれたという。そうして集まってきた仲間の支えもあってこの9月で4年目を迎えることができた。
いくつか同業の店も出来ては潰れていった中、HIGH FIVE SALADは生き残り、いつしかパワーサラダといえばHIGH FIVE SALADというところまでたどり着いた。
アメリカはNY発祥のサラダ専門チェーンのsweetgreenという企業がある。「Farm to Table」というコンセプトで全米に77店舗(2017年)展開しているが、最近シリーズHで2億ドルを調達したという。間違いなくユニコーン(評価額が10億ドル以上の未上場企業)であるが、水野氏曰く日本にもこの流れは来ると予想している。
先述したナチュラルローソンでのサラダ販売のケースにもあるように、HIGH FIVE SALADの商品はただ店舗で販売しているだけではない。最近ではWeWorkやNY発のカフェ「ブルックリンロースティングカンパニー」でもサラダの販売を始めたり、SoftBank World 2019などでのイベント販売や、Google、スマートニュースなどへの企業向けケータリング販売も積極的に行っている。また今年5月にはソフトバンク系列の株式会社ビューンによる店舗向けサブスクサービス「Sub.(サブ)」にも参加し、月額3000円でスムージーが1日1杯飲めるというサービスを展開し、新しいビジネスモデルも積極的に模索している。
今後の展望を楽しそうに語る水野氏
HIGH FIVE SALADは今後、「Casual Wellness」をテーマに、食・ウェルネス・エンタメをかけ合わせたさまざまな取り組みを展開していく。直近では早稲田大学交響楽団とのカジュアルなインストアライブイベントを皮切りに、色々と仕掛けていくという。コラボ企画のネタは常に募集中ということなので、読者の中でこういった取り組みに興味のある方はコンタクトをお勧めしたい。
水野氏の野望は「ファストフード的にカジュアルにサラダを食べる時代を作って100年後も存在し続けるNo.1企業にしたい」というものだ。今後の発展に期待したい。