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日々仕事を続ける中で、疑問や矛盾を感じる出来事は意外に多い。そこで、ビジネスまわりのお悩みを解決するべく、ワールド法律会計事務所 弁護士の渡邉祐介さんに、ビジネス上の身近な問題の解決策について教えていただいた。
渡邉祐介
ワールド法律会計事務所 弁護士
システムエンジニアとしてI T企業での勤務を経て、弁護士に転身。企業法務を中心に、遺産相続・離婚などの家事事件や刑事事件まで幅広く対応する。お客様第一をモットーに、わかりやすい説明を心がける。第二種情報処理技術者(現 基本情報技術者)。趣味はスポーツ、ドライブ。
(今回のテーマ)
Q.最近、悪質な「あおり運転」が頻発し、厳罰化への風向きもあります。あらためて道路交通法について教えてください。
「あおり運転」で道路交通法が厳罰化?
8月に起きた常磐道あおり運転に端を発する運転手の殴打事件は世間を大いに騒がせました。また記憶に新しいところでは、9月に東名高速であおり運転の挙句、エアガンを発射するという前代未聞の事件も起きました。さらに昨年6月には、東名高速においてあおり運転で夫婦が乗っている車を停止させたところ、後ろから来たトラックに追突されて夫婦を死亡させてしまう事件も。こうした背景を受けて、国はあおり運転を厳罰化する動きに出ています。
それから昨年9月、新潟の関越自動車道で起きた、スマホを見ながら運転していて前を走行中のバイクに追突し、バイクを運転していた女性を死亡させたという事件では、「ながらスマホ運転」に対する厳罰化の声も高まっています。
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実は道交法には「あおり運転」の規制なし?
現行の道路交通法(以下「道交法」)には、実は「あおり運転」という行為それ自体を規制する規定はありません。これまで警察は、あおり運転を事実上規制するために、さまざまな法令を駆使し適用してきました。
主に適用されるのは、道交法の車間距離保持義務違反(罰則は高速道路が3カ月以下の懲役または5万円以下の罰金、一般道が5万円以下の罰金)。「あおり運転」は、先行車両の後ろに車間距離を開けずにぴったりと付けて走行し、走行車両の後方から圧力をかけることから、車間距離保持義務違反としての摘発が多かったわけです。
そのほか、急ブレーキ禁止違反(3カ月以下の懲役または5万円以下の罰金)、追い越しの方法違反(同)、進路変更禁止違反(5万円以下の罰金)などが適用されることもあります。
より悪質なケースの場合、相手の運転者に心理的に恐怖を与えたなどとして刑法の暴行罪(2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金など)や、自動車運転死傷処罰法の危険運転致死傷罪(負傷は15年以下の懲役、死亡は1年以上の有期懲役)などで摘発することもありました。
先日の茨城県の常磐自動車道の事件では、蛇行や割り込み、急ブレーキなどを繰り返し、車を無理に止めさせたとして、県警は全国初とみられる強要罪の容疑で男を再逮捕しています。
もっとも、こうした悪質で危険なケースに現行法のみで対応するだけでは限界があることから、「あおり運転」それ自体を規制する条項を規定し厳罰化していく動きもあるのです。
「あおり運転」「ながらスマホ運転」に対する世間の感覚
読者の中にも、少なからずあおり運転をしたり、あおり運転をされたりしたことがある人がいるかもしれません。もしくは、実は後ろからあおられているのにまったく気づかなかったり、逆に、前の車が遅くてあおっているのに気づいてもらえずにいたりしたケースもあるでしょう。あおり運転それ自体は、わかりにくいものでもあり、具体的に危険に至らず過ぎ去っているケースも実は多いのではないでしょうか。
また、ながらスマホ運転についても、具体的に危険な結果が発生していないだけで、運転中に停車しないまま、スマホを見ながら運転をしたことがある、という経験がある人は少なからずいるのではないかと思います。
他方で、東名高速や常磐自動車道でのあおり運転事件に対して世間からの批判が大きいのは、あおり運転により、単に車間距離を詰めるだけでなく、行為態様がそれを大きく超えた悪質なものであったり、結果として死亡事故にまでつながってしまったりした点にあるわけです。関越自動車道でのながらスマホ運転死亡事故も同じで、人を死亡させてしまったという結果への非難が大きいでしょう。
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「ながらスマホ運転」に対する裁判例と厳罰化
前述の関越自動車道でのながらスマホ運転死亡事故は、昨年9月の夜間、運送業務のために男が運転していたワゴン車は、事故当時、時速100kmで走行しており、ドライブレコーダーには、追突の16秒前から女性の乗るバイクのテールランプが映っており、前方を注視していれば防げた事故であると認定されています。
新潟地裁長岡支部が先月言い渡した判決では、「一瞬の不注意による事故とは一線を画する、特に危険で悪質な運転」として、自動車運転処罰法違反(過失致死罪)の罪で懲役3年の有罪判決を言い渡しています(判決はその後確定)。これは同罪で問われた交通事故の判決としては異例の厳しさでした。
こうした「ながらスマホ運転」に対して、より量刑の重い危険運転致死傷罪(最高刑懲役20年)を適用できるように法改正すべきだという意見も挙がっています。現状では、ながらスマホ運転それ自体への同罪適用はできないものの、同罪はこれまで新たな類型が追加されてきた歴史があるため、今後の可能性として、ながらスマホ運転という類型に対して同罪が適用された法改正がなされることも考えられるでしょう。
今では当たり前のように危険なものとして非難されている飲酒運転ですが、ひと昔前までは、飲んでも事故さえ起こさなければ、検問にひっかかりさえしなければ大丈夫といった風潮の時代もありました。
しかし、2006年に福岡で飲酒運転をしていた男に追突され、幼児3人が死亡した中道大橋飲酒運転事故が社会問題となったほか、飲酒した状態で運転することが類型的に死傷事故を生じさせる危険性が高いことから、飲酒運転に対する行政罰などが厳罰化。飲酒運転による死傷事故の刑罰も厳罰化につながりました。
ながらスマホ運転についても、飲酒運転同様、それ自体が死傷事故を引き起こすという検証結果が出てくれば、危険運転致死傷罪の適用範囲とされることも十分にあり得るでしょう。現に、今年12月には改正道交法が施行され、ながらスマホ運転の罰則は強化されます。罰則はこれまで「3月以下の懲役または5万円以下の罰金」とされていましたが、改正で「1年以下の懲役または30万円以下の罰金」となり、違反点数も引き上げられます。このように、ながらスマホ運転は、飲酒運転や酒気帯び運転ほどの罰則とまではいかないものの、厳罰化への動きはすでにあるのです。
厳罰化への道のり
今年4月には、なかなか起訴に至らないことから「上級国民」と揶揄された87歳の高齢者による池袋母子死亡事故がありました。被害者遺族の男性は、加害者に対する重い罪での起訴と厳罰を望んで署名活動をし、最終的になんと約39万人分の署名が東京地検交通部に提出されました。
凄惨な事故や事件が起きると、被害者や被害者の会が中心となって、世論を動かし、法改正への契機となることは多いのです。少し話は外れますが、これまで被害者の声が届かず被害者が無視されているなどとされてきた刑事裁判の場において、被害者が刑事裁判に参加できる制度(被害者参加制度)が新設されるという刑事訴訟法改正の動きがありました。この背景にも、被害者の会や被害者の方の運動が大きく貢献していたという経緯があります。
ハンドルを握ると人は性格が変わる?
自動車免許を取るために教習所に通った人の中には、教官から、車のハンドルを握ると人は性格が変わる(普段温厚な人でもイラっとしやすくなったりする)などと教わったことがある人も多いでしょう。
自動車の運転は、たくさんのルールやマナーが定められている中で、ドライバーはそれを遵守して運転をしなければなりません。そうした中で、ほかのドライバーがルールやマナーを守らない運転をしていると、それが気になり過ぎてイライラしまうことも多いのかもしれません。たしかに、高速道路の追い越し車線を低速度で走るのもルール違反です。前の車が遅いことにイライラしたとしても、後ろから車間距離を詰めたり、ましてや、エアガンで撃ったりなどということはまったくもって論外です。
車の運転をするということ、ハンドルを握るということ自体、その瞬間に、誰もが人命を奪うリスクを負うことになるもの。運転席に座るときは、そのことを強く意識することが必要だと思います。