神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。
「服が売れない」は本当?「売れなさ」は変化のサイン
日本企業はこれから10年どうあるべきなのか?
福田稔『2030年アパレルの未来』(東洋経済新報社)は、ヨーロッパ最大の経営戦略コンサルティング会社、ローランド・ベルガーの東京オフィスで一部署のリーダーを務める著者が、アパレル業界の分析を一例に、業種に関わらず「今すべきこと」を読者に訴えかけている一冊だ。
「日本のアパレルに未来はないのか?」という単純ながらも大胆な命題に対して、「ある」と迷わず答えることから本書はスタートする。
服の価格は今後もどんどん安くなる。そして、アパレルという業種に限らず企業の数は現在の半分ほどになることが予測されているという。その上で、著者は「いま、服は売れていない」という現状分析の真偽を疑い、消費のされ方が変化している可能性を分析する。
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近年ではクールビズだけではなく、Tシャツやジーンズ、スニーカーなど、オフィスでもラフなスタイルを推奨する会社が増えている。
このようなカジュアル化の流れは、スーツやネクタイ、OLキャリアファッションなどの従来型の仕事服市場を侵食し続けている。(P46)
かつての「会社ではスーツ」というルールが変わったことで、仕事着にTシャツ・ジーンズ・スニーカーが加わる。従来型の仕事服市場の減退は、見方を変えれば消費バランスや判断基準の変容である。また、本書によるとアパレルの消費は2030年までに約半分になることが予測されているが、「消費の減少=利益の減少」ではない。こうした点を把握さえしておけば、「売れなさ」は脅威ではなく変化のサインとして捉えられる。
ビジョン・価値観を纏う意義、「着る」「買う」という意味の拡張
商品そのものではなく、技術やデータを駆使して選び方のほうからファッションを変えていく。その試行錯誤をしている企業のひとつにZOZOTOWNで有名なZOZOがある。グループのITサービス運用や新技術開発などを担う、ZOZOテクノロジーズの代表取締役CINO(Chief Innovation Officer)の金山裕樹氏は、ファッションの数値化によって服の選び方を多様なものにしようとしている。
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「たとえばビジネスのプレゼンの日に着るジャケットを決めるとき、『こちらのジャケットのほうが15%ほど適応率が高く、プレゼンが成功しやすくなる』といったことをAIがフィードバックできるようになる。これがファッションの数値化で実現されることです」(P70)
Amazonが2018年10月に開始した新サービス「プライム・ワードローブ」は購入前の服を自宅で試着でき、同年発売した新デバイス「Echo Look」(日本未発売)は試着している姿を自動で撮影してくれる。将来的には、そうしたデータが蓄積されて新たな服が定期的に送られてきて、結果的には買わないものも含めて消費を楽しむ流れが生み出されるという。
テクノロジーがそのように機能する中で、生身の人間こそができる仕事は何なのか? それはビジョンや価値観を示すことだと著者は主張する。
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プラットフォーマーと強いコンテンツをもつブランドが強くなる未来では、価値のあいまいな企業は淘汰されていくであろう。
淘汰を避けるためには、カテゴリーキラーやエンターテイナーのように、ターゲットとする消費者を定めたうえで勝負できる価値観を持つことが大切になる。 (P191-192)
たとえば服を買うという消費の仕方は、ブランド・ショップ・店員などが纏う「目に見えないビジョンや価値観」に魅力を感じた消費者が、その副次的結果として服にお金を払うに至るという流れになっていく。単に機能が優れているだけでは似たような製品にユーザーを取られてしまうかもしれないし、より安い価格の(企業からみれば利益率が低い)ネットショップで買われてしまう。「どの製品をどこで買うか」というところまで考えたブランディングを企業は求められるようになってきた。こうした「売り買い」という概念の変容・拡張についていくことは、アパレル業に限らずあらゆる業種において今後課題になると著者は予測しているし、小売業ではいかにAmazonでなく自社店舗、あるいは自社ネットショップで買ってもらうかという「オムニチャネル」の確立がこの5年ほどの間で大きな課題となってきた。
ガラパゴス市場を打開するために知るべきなのは、「人の感情はテクノロジーに影響される」と認めること
現状、国内アパレル業界の問題は独自性の欠如と同質化だという。国内視点で見ればいくらかあるように見える差異も、グローバルレベルで見れば微差だとする著者の主張は、他の多くの業種にもいえることだろう。
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同質化の原因は、コレクションからトレンドを拝借して商品をつくり、フォロアー層に消費させるというビジネスを繰り返してきたことにある。結果として、微差のブランドがひしめきあい、消耗戦を繰り返すというガラパゴス市場になってしまった。(P246)
ユニクロや無印良品などグローバルに商品展開をする企業は、生産の拠点を日本の外にかまえている。今後日本のアパレル企業がよりその独自性を打ち出すためにはそうしたビジネスモデルに対して、生産の拠点を国内にし、販売店舗を限定し大量生産を前提としないなど、主流ではない手法による模索が必要とされているという。
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マーケットに素早く対応するためにはリードタイムを極力短縮する必要があるため、生産背景は消費地近接の国内ということになる。
原価は外国生産より高くなるものの、販売・在庫ロスが少ないので無駄がなく、さらに店舗をほとんどもたないため、利益が残るモデルとなっている。(P250)
主流の考え方につられないためにはどうすればいいのか? それは「人間の感情は不変ではなく、変化している」と念頭に置くことだ。これは本書を貫徹している考え方でもある。
歴史的に、時計・印刷・電信といった技術は人間の感覚に変化をもたらしてきた。そして現在。テクノロジーはより人の感覚に対する影響力を増している。EC特化型のデジタル・ファストファッションは、頭角を現してきているという域を超えてもはや主流となっている。従来のストア型ファスト・ファッションは衰退し、「選ぶ」「悩む」という従来の服選びに必須だった感覚は、「届く」「気軽」というパワーに淘汰されつつある。
私が従事する映画でも同様のことが起きている。まず、フィルムからデジタルへのテクノロジー変遷があった。そして、「ストリーミングで観るか」「映画館で観るか」というような鑑賞方法の多様化が起きた。映画の届けられ方や消費のされ方のスピード変化はアパレル業界でおきている変化と多くの共通点があるという確信が、ページをめくる度に増していった。
コンサルタント視点で個別と総体の巧みな往復が行われる本書は、変化の兆しを見据えた上で「じゃあ、今どうする?」と、厳しい指摘を展開しつつも優しく未来を展望する視点を提供してくれる一冊だ。