詐欺や窃盗、暴行など、日々巻き起こる事件の数々。大手メディアが追わない事件のその先を、阿曽山大噴火が東京地裁から徹底レポート。先の読めない驚天動地な裁判傍聴記を、しかとその目に焼きつけろ。これが法廷リアルファイトだ。
トップ画像デザイン:大嶋二郎
阿曽山大噴火
芸人/裁判ウォッチャー
月曜日から金曜日の9時~5時で、裁判所に定期券で通う、裁判傍聴のプロ。裁判ウォッチャーとして、テレビ、ラジオのレギュラーや、雑誌、ウェブサイトでの連載を持つ。パチスロもすでにプロの域に達している。また、ファッションにも独自のポリシーを持ち、“男のスカート”にこだわっている。
一人暮らしのマンションで発見された盗んだ長靴271足
罪名 建造物侵入、窃盗
C被告人 無職の男性(53)
まずは、5月16日に行われた初公判から。起訴されたのは、今年の3月15日午前4時21分。東京都足立区内の精肉工場に、C被告人が無施錠のドアから侵入してゴム長靴2足(2000円相当)を盗んだという内容。ニュースでも大きく報じられた珍しい事件なんだけど、傍聴人は2人しかいないという注目度の低さ。なんでゴム長靴なんか…とみんな気にならないということなんでしょう。
検察官の冒頭陳述によると、C被告人は中学を卒業後は鋳物会社で働き、犯行時はデパートの社員だったという。前科前歴はなく、今回が初めての逮捕・裁判になります。C被告人は以前からゴム長靴の臭いに興味があり、前にも盗んだことのある被害会社へ目出し帽をかぶって侵入。ゴム長靴2足をリュックサックの中に入れ、敷地を出たところで警察官から職務質問を受けたという。すぐに罪を認めたので逮捕されたというのが本件の流れになります。
調べに対し、C被告人は「被害会社には5回盗みに入り、合計12足のゴム長靴を盗んだ」
と供述したそうです。金目の物じゃなく、ゴム長靴2足のドロボーというだけでも驚きなのに、他に12足も盗んでいるとは。それもあって被害会社は被害届けを出していたので、午前4時過ぎという時間帯に警察官がいたんですね。
さらにビックリするのが、一人暮らしをしているマンションを捜索したところ、271足のゴム長靴が発見されたそうです。当然、右と左で1足だから542個の靴が自宅にあったってことですよ。どんだけゴム長靴に執着しているんだと。
追起訴があるということで、この日は5分ほどで閉廷。第2回公判は6月18日に行われました。
「ゴム長靴はもう好きじゃない…でも気になる」
追起訴の内容は、去年10月24日午後3時30分。東京都足立区内の小学校に、C被告人がフェンスを乗り越えて侵入して、ゴム長靴2足(2000円相当)を盗んだというもの。
検察官の冒頭陳述によると、C被告人は去年の10月上旬、被害小学校の横を歩いていたところ、給食室前を白いゴム長靴で歩いている人を見かけて盗みたいと思い、犯行日に実行。そして、臭いが弱くなってきたらクローゼットにしまったり、天井裏に置くようにしていたそうです。
和室と長靴の組み合わせは何なんでしょうね。畳とゴムの臭いの化学反応を楽しんでいたのか。畳の上にゴム長靴がたくさん置いてある様がよかったのか。そこは裁判で明らかにならなかったので、想像するしかないんだけど、盗んだゴム長靴をクローゼットや天井裏に置いていたのは、場所を圧迫していたんだろうなぁというのは伝わりますね。間取りはわからないけど、一人暮らしの部屋にゴム長靴が271足ですから。弁護人からは、C被告人の母親が今後の監督を約束するという上申書を提出していました。
そして、被告人質問。まずは弁護人から。
弁護人「多くの長靴を盗んでどう思ってます?」
C被告人「人に迷惑を掛けてしまったと思ってます」
弁護人「被害者に対してはどう思ってますか?」
C被告人「心よりお詫びしたいと思っています」
弁護人「本起訴の工場とは、過去の盗みも含め、示談できてますよね。お金は誰が準備しました?」
C被告人「自分の貯金から」
弁護人「小学校からは示談断られましたね。なぜですか?」
C被告人「この事件を早く終わらせたがっていましたので」
学校としてはもう関わってくれるなって感じだったんでしょう。
弁護人「長い間やめられなかったのはなぜ?」
C被告人「盗んでいるうちにドンドン盗むようになってしまってました」
盗めば盗むほど盗みたくなってしまうようです。窃盗だから犯罪なんだけど、趣味のひとつだと考えれば理解しやすいですかね。他人から見ればムダな物、同じ物に見えても、本人にしてみれば、「限定品だ」とか「色違いだ」とか「保存用だ」とか、そんなコレクションに熱を上げてる人は珍しくないので。
弁護人「今後、その欲を抑えるためにどうします?」
C被告人「長靴を忘れることを肝に銘じてやめたいと思います」
弁護人「今も長靴好き?」
C被告人「今は好きではありません」
自宅に271足ものゴム長靴を収集した男が、好きではなくなったと告白ですよ。何という衝撃的な一言。これについては後で検察官にも裁判官にもつつかれることになるんだけど。
弁護人「今後はカウンセリングを受けると?」
C被告人「母親からも心療内科に行ったらと…」
弁護人「Cさん的には?」
C被告人「自分でも行きたいと思ってます」
病院で専門的なカウンセリングを受ける予定のようです。本件も窃盗症のひとつかもしれませんからね。そう決心しただけで、逮捕にちゃんと意味があったってことなんでしょう。
弁護人「テレビやインターネットで報道されましたけど、どう思ってます?」
C被告人「家族や親戚に迷惑掛けました」
実名報道されることで、より反省が深まるって効果はあると思うんだけど、名前が出るか否かは自分で選べないですからねぇ。
再犯しないと誓って、次は検察官からの質問。
検察官「長靴、今は好きじゃないと。なんで?」
第一問目がこれなので、「今は好きではありません」発言が引っかかっているようです。
C被告人「捕まってからそう思うようになりました」
検察官「ホントは興味あるけど好きになっちゃいけない!…って思ってるんじゃない?」
C被告人「…はい」
と、ホントはまだ好きだろうと確認する検察官。
検察官「本件以外の長靴はどうなってます?」
C被告人「警察にすべて押収されてます」
検察官「それらはもう要らないと伝えてます?」
C被告人「はい」
と、271足のゴム長靴の所有権は放棄しているようです。好きな気持ちは残ってるけど、物はないんだと。
そして、最後は裁判官から。
裁判官「人の趣味を良いとか悪いとか言えないんだけど、まぁ、盗むこと自体が悪いのであってね。長靴に興味なくすって可能なんですかねぇ。人間、なかなか趣味を変えるのは難しいですよ」
ゴム長靴コレクションを趣味だと認め、心の奥底から沸いてくる欲求や嗜好はそう簡単に変わるものではないんだ、と裁判官はC被告人に語りかけるわけです。そりゃそうだ。長靴の臭いに興味があって集めることは犯罪でもないんだから。その前提を言った後に、
裁判官「どうしても人の物に手を出さざるを得ないんですか? 人の物に手を出さないで、自分の趣味として満足する、満たされる方法はないんですか?」
と訊いたんです。裁判ではまったく出てこなかったけど、ニュースによると、「働く男の臭いがする長靴が好きと供述」って報じられてましたからね。新品じゃダメなんでしょう。中古のゴム長靴売ってるところはなさそうだよなぁ。そうなると、使いこんだ人の物になっちゃいますよね。この問いに何も返せずにいると、
裁判官「だから治療受けるってことなんですかね」
C被告人「はい」
と言わせて、質問終了。
この後、裁判官は、長靴の臭いに性的興奮を覚えるという動機で再犯の可能性は否定できないとして、懲役2年を求刑。一方弁護人は、被害額は合計4000円と比較的軽微で、本起訴分は示談も成立しているし、全国放送のニュースで名前と顔が晒されて社会的制裁を受けているとして執行猶予付きの判決を求めていました。そして、6月27日の判決。結果は懲役2年執行猶予3年でした。
みんな頭の中ではいろんなことを考えていて、良くないことや許されないことを想像することもあるでしょう。イメージするまでは人の自由なんだけど、それを行動に移してしまうとね。犯罪に結びつきやすい欲求を持ってる人はホントに大変だ。