EVENT | 2019/06/27

あの日夢見た未来の服へ、ファッションテックよ、加速せよ。【連載】デジハリ杉山学長のデジタル・ジャーニー(11)

フィクションの中にしか存在しなかった、未来の衣服。ファッションテック(Fashion Tech)の興隆は、その可能性を徐...

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フィクションの中にしか存在しなかった、未来の衣服。ファッションテック(Fashion Tech)の興隆は、その可能性を徐々に現実のものにしようとしている。しかしそれでも、まだまだこれからなんだと、デジタルハリウッド大学学長・杉山知之さんは鼓舞する。だって今も私たちは、暑いだの寒いだのと言っては、クローゼットの前で頭を悩ませているのだから。好評連載第11回目のテーマは、道半ばのファッションの行く末についてだ。

聞き手:米田智彦 構成:宮田文久 写真:神保勇揮

杉山知之

デジタルハリウッド大学 学長/工学博士

1954年東京都生まれ。87年よりMITメディア・ラボ客員研究員として3年間活動。90年国際メディア研究財団・主任研究員、93年 日本大学短期大学部専任講師を経て、94年10月 デジタルハリウッド設立。2004年日本初の株式会社立「デジタルハリウッド大学院」を開学。翌年、「デジタルハリウッド大学」を開学し、現在、同大学・大学院・スクールの学長を務めている。2011年9月、上海音楽学院(中国)との 合作学部「デジタルメディア芸術学院」を設立、同学院の学院長に就任。VRコンソーシアム理事、ロケーションベースVR協会監事、超教育協会評議員を務め、また福岡県Ruby・コンテンツビジネス振興会議会長、内閣官房知的財産戦略本部コンテンツ強化専門調査会委員など多くの委員を歴任。99年度デジタルメディア協会AMDアワード・功労賞受賞。著書は「クール・ジャパン 世界が買いたがる日本」(祥伝社)、「クリエイター・スピリットとは何か?」※最新刊(ちくまプリマー新書)ほか。

ファッションにはまだ、テクノロジーが足りない

ファッションテックという言葉が人口に膾炙するようになり、私が子どもの頃に思い描いていたような“未来の服”にトライする人が、ようやく増えてきたような気がしています。

私たちの少年時代は、21世紀になったらみんなビシッとしたジャンプスーツのようなものを着ていて、その服がさまざまに機能を持っていて何でもやってくれる、と思っていました。SF漫画を読んでいても、特殊なジャケットを着ていれば、バンバンと相手に撃たれてボロボロになってしまっても、自動的に修復されていく。そんな服が生まれたらいいな、と夢見ていたものです。

今はまだ、ファッションにはテクノロジーが足りません。とはいえ、一足飛びに、ファッションに未来のテクノロジーを――といってしまう前に、ファッションにはまだまださまざまな段階の技術が入り込む余地がある、と思っています。実際、人間の基本的なニーズに基づいた“機能”という面において、多くのメーカーや技術者、あるいはクリエイターが乗り出してきているんです。

人間の身体というニーズに耳を澄ます

たとえばデジタルハリウッド大学の卒業生、守矢奈央さんは、多汗症患者に優しいライフスタイルブランド「athe」を立ち上げています。

彼女自身が多汗症で、その経験を基にしつつ、いろんな当事者の意見も取り入れながら、靴下などを作っているんです。今まで浴室用のマットにしか使われてこなかった、吸水性と速乾性に非常に優れた素材を用いて特殊な編み機で試作しているんですね。医療用として発展していく可能性もあるし、多汗症に限らず汗っかきの人はたくさんいますから、一般的な衣服になっていく可能性もある。とても面白い試みだと思っています。

また、ある院生が手がけている、命を助けるウェアラブル。具体的には、トライアスロンの競技者を対象にしています。トライアスロンはその過酷さゆえに、心臓発作に襲われ、突然死してしまう事例があるようなんです。特に、競技者が水中にいて、外からは様子がわかりにくいスイム(水泳)の場面が危ないらしい。今開発されているのは、体内の状況が感知されるウェアラブルが、危険な場合には光って信号を発し、それを見た周囲が助けにいくことができる、というものなんです。

コミュニケーションを可視化するウェア

暑さや寒さに左右されず、快適に過ごさせてくれる空調服にしても、どんどんとデザイン性も改良されてきています。近い将来、タウンユースにも使えるものになるのではないか、と思いますね。このように、衣服において人間の基本的なニーズに応えるという意味において、テクノロジーはさまざまな段階で導入可能だと思います。

そして、ファッションテックの可能性は、生理的なニーズだけに限られません。人の感情というものに着目したテクノロジーも発展してきているのです。

現在デジタルハリウッド大学大学院で教鞭をとっている、Olga(オルガ)というファッションテックデザイナーがいます。彼女が手がけるファッションブランド「Etw.Vonneguet(エトヴァス・ボネゲ) 」は、メンターに富士通クラウドテクノロジーズを迎えて、「   - A - C - T -   」(アクト)という新たな“スマートコミュニケーションウェア”を開発しました。

このウェアを着た複数の人物が、抱き合う、肩を組む、ハイタッチするなどのコミュニケーション行動をとると、それをトリガーにして、服の中に搭載された電子回路が接触して光るんです。お互いの触れ方、コミュニケーションの取り方によって、光り方も変わります。フェスや競技場などで使われることで、みんなの多様なつながりが見えてくるものなんです。

ファッションの社会的な意味合いの変化

そもそも、ファッションのあり方そのものが、時代と共に変化しているのではないでしょうか。特にハイファッションは、ヨーロッパの限られた裕福な人たちが買うものだったのが、アジアを含めて皆が経済力をつけていく中で、ステータスシンボルとしてのファッションという意味は失われがちになっていると感じます。むしろ大衆が楽しむものですよね。

AIなどを持ち出すまでもなく、「みんながたいてい着ることのできる服」というデザインは、だいたいわかってきているでしょう。それを安く、大量に販売することができたのがファストファッションです。スティーブ・ジョブズのように、IT企業の経営者も、普通のジーパンにタートルネックで、ミニマリズム流の格好をするようになってきた。これはスーパーリッチといわれる人たちにも広がってますね。

アイデンティティ、自らの属性を表現するという意味でのファッションは、かなり後退してきているように思います。

ファッションテックの極点で、クラフトマンシップと出会おう

とはいえ、伝統的なファッションの価値がすべてなくなったわけではありません。最近、山本耀司のインタビュー映像を見かけたことがあるのですが、「自分はデザイナーでもアーティストでもない、クラフトマンだ」と言っていました。今、若い人の間でヨウジヤマモトの人気が復活しているのですが、そうしたクラフトマンシップを新鮮に捉える人たちも出て来ているのでしょう。

そうしたクラフトマンシップは、誰かがきちんと守ると信じてます。だからこそ、ファッションは一回、その対極に振れていい。冒頭でお伝えしたように、ファッションにはまだまだテクノロジーが足りません。まずはテクノロジーを、思いっきり導入すべきだと思います。そうして飛躍的に進歩していった近未来において、きっとファッションテックは、クラフトマンシップと出会うのではないでしょうか。


次回の公開は7月31日頃です。

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