マイケル・ジャクソンの性的虐待疑惑に迫った告発ドキュメンタリー『Leaving Neverland』は今年1月のサンダンス映画祭で初公開された後、3月にアメリカのケーブルテレビ局HBOで放送され、その内容を巡って世界中で物議を醸した。日本でも6月7日よりNetflixで日本語字幕付きで配信されている。そこで今回、日本屈指のマイケル・ジャクソン研究家である西寺郷太さんに、ドキュメンタリー映画の内容も含めて、一連のマイケル騒動についてズバリ聞いてみた。
聞き手:米田智彦 文・構成:久保田泰平 写真:有高唯之
西寺郷太(にしでらごうた)
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1973年、東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成し、2017年にメジャー・デビュー20周年を迎えたノーナ・リーヴスのシンガーにして、バンドの大半の楽曲を担当。作詞・作曲家、プロデューサーなどとしてSMAP、V6、岡村靖幸、YUKI、鈴木雅之、私立恵比寿中学ほかアイドルの作品にも数多く携わっている。音楽研究家としても知られ、少年期に体験した80年代の洋楽に詳しく、これまで数多くのライナーノーツを手掛けている。文筆家としては「新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書」「ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い」「プリンス論」「ジャネット・ジャクソンと80’sディーバたち」などを上梓し、ワム!を題材にした小説「噂のメロディ・メイカー」も話題となった。TV、ラジオ、雑誌の連載などでも精力的に活動し、現在NHK-FM「ディスカバー・マイケル」、インターネット番組「ぷらすと×アクトビラ」にレギュラー出演中。
巧みな「モキュメンタリー」
米田:6月25日はマイケル・ジャクソンの命日。早いもので、亡くなってからもう10年になりますね。そんな中、今年のはじめに『Leaving Neverland』というマイケルの性的虐待疑惑に関するドキュメンタリー映画が話題になりました。このタイミングで改めて郷太さんの意見を聞きたくて。
西寺:アメリカで公開されてから4カ月弱経ちました。まさか日本語に訳されて公開されるとは最近まで思ってなかったんですよね。元々は新勢力であるNetflixなどに対抗し、巻き返しを狙った老舗ケーブルテレビ局HBOが、バズり狙いで勇み足したのかな?と、僕は思っていたし、そう見る人も多かったんです。
米田:それが、世界中のテレビ局に買われ、日本のNetflixでも配信されるということになったと。
西寺:ガクっときましたよ、正直。Netflix、『ROMA/ローマ』大好きだったのに、そういうメディアだったのか、と……。公開が本国と同時のタイミングであればまだしも、ね。数カ月のさまざまな検証によってこの番組が「ドキュメンタリー」ではなく、そういう風に見えるように巧みに構成された「モキュメンタリー」「フェイク・ドキュメンタリー」であることが明らかになり始め、放映を見合わせた国もあるので。何より、この「ドキュメンタリー」が話題になった3月時点でウィキリークスが、FBIによるマイケルへの少年性的虐待疑惑捜査資料を再公開しているのに。
米田:ウィキリークスが?
西寺:FBIは、生前のマイケルが1993年に最初の民事訴訟を起こされてから、ずっと内偵し、捜査を続けていたんですね。盗聴やハッキング含め、マイケルの身辺は丸裸にされていました。捜査費用は、すべてアメリカ国民の膨大な税金です。
米田:ですよね。
西寺:だから、どうしても国家の威信をかけて「有罪」の証拠、少年に性的な悪戯をしているという証拠や証人、証言を集めたかった。二度目の2003年から2005年にかけての「刑事裁判」は、その流れで起こりましたが、結果「無罪」。FBIは「マイケルは無実」だったという10数年に渡る捜査結果を隠蔽していたんですが。
米田:なぜですか?
西寺:罪なき人をあたかも罪人のように取り調べ、ミスリードし、リンチしていたわけですから、そりゃ恥ずかしいでしょう。無駄金を投入して。マイケル亡き後、ジャーナリストに執拗に要求されて渋々公開したんです。
米田:ほう。
西寺:でも、最近気づいたら知らぬ間にまたアクセス不可になっていて。そのファイルをウィキリークスが暴いたんです。
米田:捜査ファイルは、僕らでも読めるんですか?
西寺:今、ネットで簡単に見れます。つまり、マイケルに関してはその辺に暮らしているどこの誰よりも無実である証明がなされているくらいなんです。なのに、まだ疑っている人がいる。で、話を聞くと皆全然知らないんです。多くの人は冷静な事実よりもスキャンダルやゴシップが好きなんだなぁ、と改めて。
米田:ただ日本のメディアはほとんど様子見で取り上げなかった気がするんですが。
西寺:マイケルが亡くなってから、新聞やテレビ、ラジオ、メディアの方々と直接、散々話して、僕の本を読んでもらい、今に至っていることが少なからず影響していればいいな、とは思ってます。これから早稲田大学エクステンションセンターで弁護士の高木良平さんと「少年性的虐待疑惑」に関する講座も開きますし(編注:6月25日現在ではキャンセル待ち状態となっている)、この前もジョー横溝さん、ダースレイダーさん、宮台真司さんとニコ生の番組「深掘TV マイケル・ジャクソンの真実 ~少年への性的虐待疑惑、死因の真相に迫る~」で2時間半話しました。
米田:話題になってましたね。
西寺:地道ですが、ひとつひとつ時間をかけて説明していけばわかる話なんで。この連載もまさにそうです。ただまぁ、今回あんまりニュースにならないのは、今さら亡くなったマイケルがどうだこうだ、って絵にはなりにくいからっていうのが大きいと思いますよ。スーパースターが生きていたら、痛めつけられたり慌てるその姿が映像で撮れて放送出来ますけど。まぁ、監督のダン・リードも「僕はマイケル・ジャクソンのことをたいして知らない」って答えているくらいですから。この監督ダン・リードが討論で論破されまくりの姿を見ることで、あれ?って多くの人が気づいてほしいと祈るこの頃です。
米田:マイケル側は反論しないんですか?
西寺:彼の遺産管理を取り仕切るマイケル・ジャクソン・エステートは、ジョン・ブランカっていうスーパー腕利きの弁護士がリーダーで。マイケルとも『Thriller』以前から仕事をしている人です。彼の最大の武器は「アーティストの価値を高め、スーパースターを不当な裁判から守る」こと。制作したHBOとの裁判はすでに始まり、ジョン・ブランカは別にダン・リードも訴えると話していますが、マイケル本人が亡くなっているんで色々難しいんですよね。ただ1年以上かかるかもしれませんが、この映画がフェイクであることは明らかになるでしょう。
米田:HBOの損害賠償の金額は1億ドルと言われています。
嘘を真実に見せるために散りばめられた「本当の話」
西寺:ま、最終的に今、僕が思っているのは「これはこれで良かったな」と。こんなこと起こらない方がいいに決まってるんですが、起こってしまった以上、改めて真実を追求するしかない。もしかしたら彼ら告発者が本当のことを言っているかもしれない、という立場にまずは立つ。その上で僕は映像を見て、日本語版も英語版もメモを取りながら、何度もチェックしながら、結果おいおいマジか、と(笑)。
米田:これを観て信じている人も当然いますよね。
西寺:もちろん、ダン・リードはプロですから、そういう風に見える映像には作ってはあります。一種のホラー映画みたいに。とはいえ良かった、とまで僕が言うのは今回の疑惑が晴れたとき、初めて本当にマイケルが「少年性的虐待者ではない」ことがハッキリして、そういう風に扱った人、特にメディアの人が大恥をかいて逃げられない立場になる、と思えたからです。
米田:郷太さん、この件に関して最初はあまりリアクション自体をしてないように思えました。
西寺:当初は静観しておこうと。というのもマイケルが亡くなって数年後から、告発者のひとりでダンサー、振付師のウェイド・ロブソンと、その動きを見て「俺も同じです!」と突然同調してきた元子役のジェームス・セーフチャックによる「少年性的虐待疑惑」問題は、何度か軽めのニュースになっていましたから。彼らは裁判ですでに負けているんですね。ただ、「Me Tooムーヴメント」と、R・ケリーの問題、マイケルが亡くなって10年というタイミングに重なるようにして「ドキュメンタリー」という形でゾンビのように生き返った、という感じで。
米田:エステートも、ファンもこの件を軽く見ていたと?
西寺:僕はまさにそうでした。ただ何より驚いたのが、この「ドキュメンタリー」、前編後編に分かれていて、なんと3時間56分もあるんですよ(笑)。そのボリュームです。
米田:よほどの情熱がないと全部観るの無理ですよね(笑)。
西寺:僕はこれこそが彼らふたりと母親たち、ダン・リードが嘘をついている何よりの証拠だと思うんです。あまりの長さにともかくうんざりするんですよ。一種の取り調べ、みたいな感じで、「わかった、わかりましたから」と普通の人なら思ってしまうほどの長さと単調な映像の繰り返しなんです。
米田:では、すべてが嘘だということですか?
西寺:いや、その逆でこの「ドキュメンタリー」の話の、ほとんどが本当なんです(笑)。例えばウェイド・ロブソンとジェイムズ・セーフチャックの家族の話や、マイケルとの出会いや基本的な関係性なんかはね。本当の話が8割、9割だと思いますよ、そこに嘘である「マイケルによる少年性的虐待」の話を混ぜる。もっと言うと、僕はウェイド・ロブソンとジェイムズ・セーフチャックが過去に誰かから性的虐待を受けたことがあるかもしれない、被害者であるかもしれない、そのことまでは否定しません。ただ、相手はマイケル・ジャクソンではない。彼らが明かしたくない別の誰か。そこに嘘が混じるから、ややこしいんですよ。あと、彼らにとって不都合な歴史や人物はまったく消されている。なかったことにしている。そして、ダン・リードは登場人物をひとりずつバラバラに撮影しています。
米田:そうでしたね。家族もバラバラに登場していました。
西寺:ウェイドとジェイムズの家族しか登場しない不思議なドキュメンタリーです。それなのに、わざわざ一人ひとりをバラバラに撮影した。それは一緒に撮れなかったからです。複数で話すとなると演技も編集も格段に難しくなるからでしょう。嘘じゃなければ、一緒に撮影した方がいい。
米田:確かに。
西寺:話のつじつまを一度に合わせなければいけないし、表情にも出てしまう。あくまでもウェイドやジェイムズ以外の登場人物は家族のみで素人ですから、中には信じ込まされている人もいるはずです。お婆ちゃんとか。
米田:だから、ある種の信ぴょう性が出てきてしまう、と。
西寺:ただ、結局のところは首謀者であるウェイド・ロブソンの母親ジョイ・ロブソンが考え出した「嘘」なので時系列やストーリーが不自然でおかしなことになる。彼女と息子とのメールのやりとりは今、ネットに出回ってます。
米田:そのようですね。
西寺:実は、監督のダン・リード自身が少年の頃に、性的虐待を誰かから受けていた被害者だと告白しているんですね。なので彼自身の体験も混ぜているかもしれません。ただ、だからと言って、性的虐待をしていない人を犯罪者のイメージに誘導するのはもってのほかです。
「女性は信じられない」はずだった男の浮気癖
米田:大方、決着がついているようなところではありますね。では改めて郷太さんにドキュメンタリーの内容と、その矛盾点を振り返ってもらおうかと。
西寺:告発者のひとり、ウェイド・ロブソンは元々ダンサーであり振付師で、ブリトニー・スピアーズや、ジャスティン・ティンバーレイクの在籍した大人気ボーイバンドのイン・シンクを10代の若さで手掛けていた才人です。オーストラリアのメルボルン育ちで。
米田:オーストラリアっていうのが意外でしたね。
西寺:そこが、彼と彼の家族を語る割と大きなポイントですね。5歳の時に地元メルボルンのターゲットっていうスーパーで行われたダンス・コンテストで優勝したのがきっかけでマイケルに会うことになるんです。1987年11月27日が「BAD・ワールド・ツアー」のメルボルン公演で。日本公演の次が、オーストラリアだったんですよ。コンテストの優勝者はマイケルに会えたんですね。翌日の公演で彼はステージで踊っていいとマイケルに言われ、その時の映像も残ってます。その後、ウェイドは芸能学校に通って、週14回ショッピング・モールでパフォーマンスしていたそうなんです。まぁ、マイケルの舞台で踊ったことに比べれば、地味な繰り返しですよね。で、2年2カ月後、7歳になった90年に、その芸能学校でカリフォルニアのディズニーランドに呼ばれ、パフォーマンスをすることになって。
米田:はいはい。
西寺:この90年1月の渡米時に母親のジョイは何度も必死に電話してマイケルとの再会にこぎつけるわけです。会えたのがスタジオ、レコード・ワン。マイケルが後の『DANGEROUS』のレコーディングを始めていた時期です。金曜日だったらしく、「このまま週末来ない?」とお爺ちゃん、お婆ちゃん、父デニスと母ジョイ、姉のシャンタルとウェイドはネバーランドに呼んでもらえて。
米田:「ドキュメンタリー」では、その後、ウェイドを月曜から週末までネバーランドのマイケルに預けて、自分たちはグランドキャニオンに観光に行った、と母ジョイは言ってましたよね?その時に、性的虐待された、と。
西寺:不思議なのが、この家族、めちゃくちゃ写真や映像を残していて。何気ない部屋の中での写真とか散々出てくるのに、グランドキャニオンでの映像や写真が一切出てこないんですよね。ウェイドがいない家族集合写真が何枚もあればいいと思うんですよ、そのことを証明するのであれば。散々写真撮る家族なはずが、グランドキャニオン観光で一枚も撮らないなんて信じられないんですけど(笑)。これまでは子供達(Kids)、両親(Parents)、自分(ジョイ)と夫で行ったって証言してるのに、変えてるんですよね。
米田:そりゃ、子どもたちとグランドキャニオン行ったら、子どもの写真撮りますよね。
西寺:だから出せなかったんだと思います。で、その後、マイケルが当時契約していた「L.A.GEAR」のCMに登場する子役のひとりになることに成功するんですね。それで、もうお母さんは心を決めてしまったわけです。次男ウェイドのマネージャーとして一旗揚げようと。可哀想なのが、そのディズニーランドやネバーランドやグランドキャニオンでの旅行、父親のデニスが「家族皆で、アメリカに移住しようよ」と提案するほど楽しかったそうなんですが。後に父親はジョイに捨てられるんですね。母親ジョイは、ウェイドの姉シャンタルを連れて、3人で渡米しちゃうんです。ウェイドの9つ離れた長男のシェーンと父親のデニスを置いて。逃げるように。長男シェーンは「名声のとりこになった、母親ジョイは僕を育てたママじゃなくなった」って言うんですけど。
その後、この父親デニスは自殺してしまうんです。ジョイは今、「ジョイ・ロブソン・プロダクションズ」っていう事務所を作ってます。そのことについてあの「ドキュメンタリー」では触れてないんですが素人じゃないんですよ、彼女は。当時も今も彼女は単なる「母親」じゃなく超ステージママで。ウェイドはその後、91年秋『DANGEROUS』からのリード・シングル「Black Or White」のショート・フィルムにも出演しました。
米田:マコーレー・カルキンとか何人かで踊ってる子のひとりですかね?
西寺:そうです。で、その時共演し、マイケルも可愛がっていた、ジャッキー・ジャクソン(ジャクソン家の長男)の娘でマイケルの姪にあたるブランディとウェイドは7年ぐらい付き合っていたんですが、そのことは完全に今回の「ドキュメンタリー」では隠されています。本当ならそのこともオープンにするべきだと思うんですよね。自分の可愛がっている姪ブランディを紹介し、2人が付き合っているのをマイケルが当然知りながら、その少年に性的虐待するって本当にねじ曲がってますけど、もしそうだとしたらなぜそれも普通に公表しないのか。4時間もあるのに、なぜブランディとの仲を隠すのか。ウェイドは「女性は信じられない」みたいなことをマイケルから植え付けられたって語るんですが、10代の頃、親友で作詞作曲などのパートナーでもあったジャスティン・ティンバーレイクの当時の彼女、ブリトニー・スピアーズと浮気して縁を切られたほどの女好きなんですよ、彼は。
米田:それはもう完全に嘘じゃないですか(笑)。
西寺:いや、若くて仕事で成功したカッコいいダンサーが魅力的な女性と浮気をした、ということを僕は責めたいわけじゃなくて。調子乗って当然だとも思うんですよ。ただ彼の元恋人ブランディはウェイドの度重なる浮気が原因で別れたと今回告白しているんですが。ウェイドは、ブランディを紹介したマイケルや、ブランディの親であるジャッキーや、ジャネット含むジャクソン・ファミリーを敵に回すことを恐れていないんだな、と。そのある種の勇気にまず驚くわけです。
米田:マイケルは、師匠というか、恩人なはずですよね。
西寺:ですよね。で、何より作詞作曲のパートナーにもなり自分の親友であるジャスティンをも裏切ったことが彼の人間性を表しているんじゃないか、と。当時のジャスティンとブリトニーは全米一注目されていたスター同士のカップルです。「ミッキーマウス・クラブ」時代からの人気者。ブリトニーのスーパーボウルまで、ウェイドは仕切ってるんです。で、イン・シンクのラスト・アルバム『Celebrity』でシングル曲「POP」をはじめとして数曲の共作と共同プロデュースをしてます。19歳でですよ。とんでもない額の印税も入ったはずです。大成功です。で、そういう大きなプロジェクトにプロとして、ビジネスとして関わっていたはずなのに親友ジャスティンの彼女と寝て仕事をなくしたんです……。それは縁切られますよね。ジャスティンはこの裏切りを「Cry Me a River」って曲にしてシングルにしてます。
フィクション認定された暴露本を参考にしている?
米田:もうひとりのジェイムズ・セーフチャックは?
西寺:彼は、マイケルが登場する『BAD』期のペプシのCMに抜擢された美少年です。80年代後半から92年までの間。彼の背が伸びて成長しマイケルが興味をなくす、つまりマイケルはいわゆる「少年」が好きだからという理屈ですけど、次のお気に入りの子が登場してお役御免となるまでネバーランドのあらゆるところで「何百回もSEXされた」って言ってて。ネバーランドの駅の二階にもベッドがあって、そこでも虐待されました、って話すんですけど、まず、そもそも92年にはまだ駅はできてなかったよ、と突っ込みが入って。駅が完成するのは94年なんですよね。
米田:明らかな矛盾ですね。93年と言えば、最初にマイケルが訴えられたのもその頃でしたよね?
西寺:まさに、そうです、マイケルが「Dangerous」ツアーでアジアを回ってる最中、ネバーランドに捜索が入ったのが93年の8月でした。セーフチャックがなぜ「ドキュメンタリー」の中で「92年まで虐待を受けていました」って証言したかというと、93年夏以降、警察やFBIはめちゃくちゃマイケルを見張ってるし、マイケルのことを取り上げるとタブロイド紙は売れ、テレビ番組の視聴率も上がったから、マスコミのヘリコプターもネバーランドの上空をバンバン飛んでるわけですよ。盗聴も内偵捜査もスパイも含め。四六時中、ずっと見張られ続けていて。
米田:その時期のネバーランドでのマイケルの様子は世の中にだいたい知られている、それ以前だったら知られてないことが多いはずだ、ということですよね。
西寺:そう思ったんでしょうね、最初は。「駅の2階で毎日のように……」って、いやいや、92年にはまだ駅がないよって。それをネットで「おかしくない?」って言われたら、「あっ、間違ってました。94年まで彼はやられてました」ってダン・リード監督は言ったっていう(笑)。どんな「ドキュメンタリー」やねん、と。「駅の記憶は嘘でした、勘違いでした」ならわかるんです、まだ。ただ、1994年になるとマイケルはエルヴィス・プレスリーの娘、リサ・マリーと結婚し、当の本人のジェイムズ・セーフチャックも16歳でマイケルより背が高くなってるんです。自分が話してる「マイケルは12-13歳の少年が好きだから、僕は捨てられた」みたいな話との辻褄が合わなくなってくるんです。94年もニューヨークのヒット・ファクトリーやシカゴのCRCスタジオでずっとマイケルは『HIStory』のレコーディングをしてて、忌々しい記憶が生々しいネバーランドにはほとんど戻って来てないんですよね。
米田:それはもう、セーフチャックの言ってることが真実だとは思えませんよね。
西寺:で、セーフチャックがなぜ「性虐待」を本当のことのように話ができるかっていうと、90年代半ばに出版されたヴィクトル・グティエレスという作家の『Michael Jackson Was My Lover』という本、その内容を暗記してるんですよ。でもその本って、ある種のボーイズ・ラブというか、「やおい本」っていうのか、全くのフィクションで、最初に訴えたジョーディ・チャンドラー少年に謝辞を書いたりしてもっともらしいんですが、全部嘘で彼らからも否定されていて。マイケル側の弁護士から訴えられ、3億円の賠償金を払わされている完全な嘘なんです。その話を暗記しているんです、あまりにも似てて。検証もされています。ひとつの嘘がどんどんまた違う嘘を増殖させてゆく悪循環というか。
米田:あえて炎上するようなことを書いて、ページビュー稼ぎを狙ったようなものですかね、現代の感覚で言えば。
西寺:セーフチャックの母親ステファニーは、マイケルが亡くなったという報せを聞いた時に、これ以上子どもたちが悲しまなくていいからってめっちゃ踊って喜んだっていうんですよ。今回の「ドキュメンタリー」の中でも彼女は家まで買ってもらって、援助されていたことを話してますけど、後半生は疎遠だったんだと思います。でもね、息子のジェイムズ・セーフチャックは、自分はまさか2013年までマイケルに性虐待されていたなんて気づいてなく、誰にもそのことを言ってなかった、母親にも言ってなかったけど、ウェイド・ロブソンが訴えたことで記憶が甦ってきて……って語ってるんです。なんで、それなのに母親はマイケル亡くなってジャンプして喜ぶの?と。ここでもう話が合ってないから、この後、もっと話がめちゃくちゃになっていくだろうなって。
米田:むしろ、マイケルの冤罪を晴らすことができそうですね。
西寺:そこに来て、ダン・リードが「この話はあくまでも、ウェイドとジェイムズの話であって、マイケルに関してはよく知らないから」って言い出したと。おいおい、そもそもちゃんと調べておけよって話ですけど(笑)。だいたい、二部構成でトータル4時間のドキュメンタリーが、公開された途端にどんどんツッコミが入って、短くなってる。かつての裁判で「マイケルは無実」と証言したマコーレー・カルキンやブレット・バーンズも、さまざまなメディアを通じて映画に対する反論をしていて、ブレットは「僕が映っている部分は削ってくれ」と制作側に要望したんだけど、拒否されたようなんですね。制作側からしたら、削っていったら本編なくなるわ〜って話なんでしょうけど(笑)。
抗議かどうかは定かではないものの、ブリトニー・スピアーズは、暴走するゴシップやタブロイドに断固対抗するとのメッセージを込めたマイケルとジャネットのデュエット曲「Scream」のダンス動画をInstagramに投稿した
ティト・ジャクソン(ジャクソン家の次男。西寺のソロ作『TEMPLE ST.』 で共演)からも「ゴータ、ニッポンでがんばってくれてありがとう」ってメッセージが来てたんで、地道ですけどこうしてあの「ドキュメンタリー」の矛盾と、噂や作られた映像であることを判断することの恐ろしさについて語っていこうと思ってます。
次回の公開は7月20日頃になります。