YouTubeやInstagramなどの投稿サイト、そして各種SNSの浸透に伴い、人々が日々摂取する情報やコンテンツの量は未だかつてないまでに増大している。そうした中でますます強まるのは「話題にならない、認知されない情報やコンテンツは存在しないも同様」という考え方だ。
そうした環境下で頭角を現してきた若きプランナーの一人が、栗林和明氏だ。「忍者女子高生」(サントリー)や「猫バンバン」(日産)など、同氏が前職のTBWA\HAKUHODO時代に手がけた広告ムービーの多くで数百万から数千万の再生数を叩き出し、広告×コンテンツの可能性を広げてきた。
栗林氏は2017年に、「企画を軸として番組、アニメ、映画から、漫画、ゲーム、空間など、あらゆるエンターテイメントを越境して作り出していく“コンテンツスタジオ”」のCHOCOLATE Inc.に参画。今年2月には異なる分野に出自を持つ若手プランナー20名が同社に参戦し、話題となった。
CHOCOLATE Inc.は自社オリジナルのコンテンツ制作に注力していきたいとしている。質の高いコンテンツを作るための資金はどう生み出すべきか、企業発でブランディングやプロモーションを目的としたコンテンツ制作はどうすればもっと自由になれるのか、会社員でいるべきかフリーランスでいるべきか、広義の「コンテンツ制作」に関わる多くの人が悩んでいるであろうあれこれをどのように突破しようとしているのか。話をうかがった。
聞き手:神保勇揮・立石愛香 文・構成:神保勇揮 写真:多田圭佑
栗林和明
CHOCOLATE Inc. CCO
10万本を超える映像の分析を基にして、番組や空間、商品、レーベル、ボードゲームなどを企画。
JAAAクリエイターオブザイヤー最年少メダリスト。
米誌Ad Age「40 under 40(世界で活躍する40歳以下の40人)」で、アジアから唯一の選出。
Twitter : @kri1226
次のビジネスにつながる「コンテンツ企画力」とは何か
―― CHOCOLATE Inc.は2017年の設立ですが、どんな経緯で起業したのでしょうか?
栗林:僕自身は3人目ぐらいに入ったんです。創業メンバーの渡辺裕介と三倉征也が2人とも広告会社出身で、次の時代のコンテンツ作りに注力したいということで独立した格好です。
どんな事業であれば勝ち筋があるかを模索している中で、海外ではYouTubeチャンネルをベースとしてファンを獲得し、そこからIPビジネスを展開させる、次世代のコンテンツビジネスのあり方が成立している事例がどんどん増えているのを見て、これはもっと発展させられると考えました。
実は僕も独立後に自分で立ち上げた会社があったんですけど、その戦略を聞くや否や「それは最高だ!」と思いたち、瞬時に自分の会社をクローズさせました。
―― 御社は「コンテンツスタジオ」を標榜しているわけですが、今のところの代表作と言える作品を挙げるとすれば何でしょうか。
栗林:今のところは「6秒商店」ですね。たった6秒の動画で「欲しい!」と思ってもらえるような雑貨を作ってみよう、という企画です。3つ目の投稿でいきなり数千万再生に至りました。
―― スマホのワイヤレス充電器ですけど、台に置くと魔法陣のように光るという、中二心が刺激されるやつですね(笑)。
栗林:初めてだったけど、遊びながらやって、かつ僕らの動画に関する技術・経験みたいなものを持ち寄って徹底的に詰め込んだものでもあったんですけれど、それが要因で成功出来たのではないかなと。
―― 実際に商品が販売されるのがゴールだとすると、どのぐらいの計画段階で動画を出しているんですか?
栗林:アイデアができた段階で出しています。
―― それは早いですね!
栗林:商品化できるかどうかは動画制作段階では重要視していなくて、みんなが面白いと思うかどうかを重視しています。だから、これは実はCGなんです。「とにかく映像上ですぐできそうだったらやりましょう」みたいな感じなので、面白いアイデアでも映像で表現しにくいもの、プロトタイプづくりに時間がかかるものはボツにしたりもしています。
―― でも、アイデア段階で動画を出してしまうと、他社から真似された商品が販売されてしまいませんか?
栗林:実はそれってそこまで気にしていないんです。僕らの一番の武器は企画力であって、そのアイデアが拡散されることによる副次効果を期待しています。
魔法陣充電器の場合だと、あれをSNSにアップするだけで8万人ぐらいにフォローしてもらえたんですよ。それを続けていくと、これを一緒にやりたいというプランナーも集めやすいし、「これを実際に作れるメーカーさんいますか?」と募集してみた時に手を挙げてくれる企業も増えてくると思います。あとは実際に「一緒に組んで何か面白い映像を作ってほしい」みたいな引き合いもあるんです。
―― そういうニーズはすごくありそうですね。
栗林:はい。実際にメーカーの方から「一緒に商品開発しませんか」というお声がけもいただきましたし、僕らのアイデアの、企画力のプレゼンテーションの場でもあると捉えているので、ある種僕らが考えるべきは「どれだけ実験できるか」ということだと思っています。
―― 実際に製作・量産が可能かどうかは別の人が考えてくれれば、みたいなことですね。
栗林:そうですね。一方で、魔法陣充電器はすごく類似品もたくさん販売されちゃっていて、それはちょっと悔しいと思うところもあったので、「これはさすがにめちゃくちゃ売れるだろう」ということが分かっていたら先に作ろうかなとも思っています。
強力なフリーランスが多数集う「ギルド型」の組織づくり
―― 続いてCHOCOLATE Inc.という組織そのものについてもお聞きしたいのですが、今年2月に出したプレスリリースでは、陳暁夏代(ちんしょうなつよ)さん、あさぎーにょさんなど、多くの人が誰かしら名前を聞いたことがあるような新進気鋭のコンテンツクリエイターたちが、まるでスマブラのキャラクターのように多数“参戦”したことが話題を呼びました。フリーランスとしてバリバリ活躍してきた方も多いですが、この方々は正社員になったというわけではないですよね?
CHOCOLATE Inc.公式HPに掲載されているプランナー一覧。現在は栗林氏を含め20人が名を連ねている。
栗林:組み方は様々で、正社員もいれば、業務委託の人もいます。だから出勤義務とかは基本設けていなくて。ただ、CHOCOLATE Inc.には面白い案件があったり、面白い人が集まったりしているので、結果的にみんな自発的に来てくれるというか。それが一番いいかたちと思っていて。ただもちろん、囲い込んで縛り付けることはしません。
会社全体で見ると正社員が多くて、プロデュースとかプロダクションユニットは基本的にみんな正社員ですが、プランナーはできる限り自由な参加の仕方にして、個々人のコンテンツづくりのフィールドを残しておいたほうが、予想だにしていないネットワークや知見が蓄積されて、結果的に組織に還元されるものが大きいので。巷で言われている「ギルド型」にしたいと思ってそうしたというよりも、最適な組織のあり方を考えたら必然的にこうなった、という形です。
―― シンガーソングライターやバンドメンバーがたまに別の人とユニットを組んだりすることがあるじゃないですか。で、アルバムを1枚出してツアーをやって元に戻って、また3年後ぐらいに動きだすみたいな、ああいうイメージですかね。
栗林:そんなイメージですね、まさに。
―― そもそも、会社としてはどんな組織になっているのでしょうか?
栗林:現在はユニットが6つあって、
1.プランナーが所属するユニット
2.コンテンツ制作進行を統括するプロダクションユニット
3.オリジナルコンテンツのビジネスプロデュースをするユニット
4.ブランドとのコンテンツづくりをプロデュースするユニット
5.メディア特性を分析してファンを拡大するユニット
6.総務や人事などのコーポレート部門
に分かれています。正社員、業務委託の方などを合わせて50人超です。
制作するコンテンツは映像が一番多いですが、雑貨を作ることもあればアナログゲームを作ることもある。展覧会の企画制作もやるし、そこで流す音楽自体も作ったりできるというかたちで、とにかくジャンルに縛られないでやっているところが強みだと考えています。
―― しかもクライアントからの依頼を請けるだけでなく、さっきの魔法陣スマホ充電器のように、何かしらのコンテンツを作り上げて自社事業を積極的に展開していきたいと謳っているところがユニークですね。
栗林:はい。クライアントさんのプロモーションを請け負う、という広告会社という立ち位置ではなく、僕らが本気で信じているコンテンツにスポンサードしていただいて、結果的にこれまで以上に効果を還元できるようにしたいと思っています。
YouTubeチャンネルで番組を作って、そこにスポンサーとして入ってもらうという事例が海外ではかなりあって、例えば全12話の連続ドラマに豪華客船のクルーザー会社がスポンサーとなって「豪華客船の中だけで展開する恋愛ドラマ」というような展開にしたものが人気を得て、シーズン3まで制作決定、みたいなことが増えているんですよ。
―― これまでですと、ハリウッド映画に中国資本のスポンサーが入って、作品の世界観やディティールを壊してしまうようなかたち、つまり必然性が感じられないかたちで中国を舞台にしたり中国人が登場したりするようなものが目立ち、観客の不満点になってしまっているというケースがちらほらあったと思います。でもそれとはまた違った状況になっているということでしょうか?
栗林:そうですね。そこが僕らの強みでもあって、広告代理店出身者のプランナーもいるので、いかにスポンサーのニーズをしっかり酌み取りつつ、ちゃんとコンテンツとして立ったものに昇華させるっていうことは得意だと思います。
十分に実績のあるフリーランサーがCHOCOLATE Inc.に参画するメリット
―― フリーランスのプレイヤーたちとうまく連携する「ギルド型」の組織運営は今後クリエイティブ系の会社でもっと増える気がしているので、プランナーとしてCHOCOLATE Inc.に参画するメリットをもう少し詳しく教えてください。基本的には正社員、ないしは業務委託として毎月の給料が発生している状態なんですか?
栗林:基本的に発生していますね。
僕らが考えているのは、次のエンタメを作るためには、作り手自身が次のステージにいかなければいけなくて、そのための環境を整えることです。フリーの立場で発生しがちな「やりたくない仕事もお金のことを考えてしょうがなく請ける」という機会を減らすこともその一つで。固定収入がないと、どうしても先が心配になっちゃって「つまらない案件でも取りあえず請けておくか」みたいな思考に陥っちゃうじゃないですか。それがすごく勿体無いと思っています。だから、自由な時間もありつつ固定給としてちゃんと生活できるレベルでお渡しすることで、社内外問わず“面白い”と思える案件に全力で集中してもらって、作り手としての質を高め、それをまたCHOCOLATE Inc.に還元してもらえればなと。
―― 「こんなプランナーと一緒に仕事をしたい」と思う基準みたいなものは設けていますか?
栗林:僕らはよく「一緒に遊びたいかどうか」という言い方をしています。楽しいコンテンツって、いろんな物事を楽しんでいる人にしか作れないだろうと思うんですよ。
任天堂やピクサーなどの働き方を見ていると、すごく平和というか明るい空気を感じるんですが、ああいう世界観に憧れていて。みんなが遊んでいるかのように仕事をしちゃうような環境を作るために、そういう基準を設けています。
―― 「いろんな物事を楽しむ」って言葉にするのは簡単ですけど、それを探すアンテナや飽きないように遊びこなすセンスも必要で、ずっと続けるのは結構大変なことですよね。
栗林:そうなんです。そこが一番アイデアの出しどころだと思いますし。それを実現するためにやっているのが、映像、展示会、アナログゲームみたいな感じで、アウトプットを多様にしておくということです。考え方や仕組みを変えることで常に遊べる状況を作っていければと思っています。
考え抜いた末での「脱広告」
―― 御社が今後、何をしていくか、なぜやりたいのかという話も伺っていきたいと思います。別のインタビューでは「もう僕らは脱広告していこうと思っているんです」ということをおっしゃっていたと思いますが、その話をまずお聞かせいただけますか。
栗林:僕はそもそも広告がめちゃくちゃ好きで、博報堂にめちゃくちゃ憧れて入社したんですけど、その中で、改めて広告というものの素晴らしさや、広告クリエイターの価値と凄みを感じました。その一方で、世の中の環境変化で、生きる人みんながどんどんコンテンツクリエイター化していく中で、広告が作り出す “コンテンツ”の力は、相対的にどんどん弱くなってしまっているなと。それは、広告の世の中を動かす力が弱まっているのとほぼ同義です。世の中の中心にいる感じがしなかったんです。もっと世界に衝撃を与えたい。意味のあるものを作りたい。きっとこれまでの広告で学んだものが、絶対そこで武器になると思って、一度本気で“コンテンツ”の世界に飛び込もうと決断しました。全く広告をやりたくないというわけではなくて、やるとしたら、世界トップクラスのコンテンツ企画力を持った上で、意味のあるものを作れるようになりたいと思っています。
―― 栗林さんはそれを実現するためにCHOCOLATE Inc.に参画したと。
栗林:例えばネットのバズムービーだけで難しいなら、CMを一緒に活用してもっと話題にするとか、商品開発そのものに介入してもっと話題になる商品を作るという道も考えていたんですけど、このままの延長線上でやってしまうとやはりスピードが出せないと感じてしまったんです。
仮にそんな風になるはずだと確信できる商品が誕生しても、広告会社にいるとやはり「出資して一緒に盛り上げよう」ということは難しいですし。
―― この数年、広告やPR業界を取り巻く話題をみていると、栗林さんのように単発のCMやSNSキャンペーンなどだけでやれることには限界があると痛感した人たちが独立して、ブランディング全般に関わることを志向したり、なんなら製品開発にもタッチしたい、という動きが多いように感じます。
栗林:そうですね。でも現状の枠組みだとたとえそれが実現したとしても、量をこなすのはなかなか難しい。そのためには自社で投資できるようにならなければと思って、まずは事業を死ぬほど作ろうと。
そう考えてるうちにCHOCOLATE Inc.創業者の渡辺と出会って、世の中を揺り動かす方法としての商品も事業もあるけれど、「コンテンツをがっつり作るということもあるはずだ」ということを改めて思って、僕の今までの強みを活かすとしたらやっぱりそっちだなと。
企画として考えていること
―― 自社事業、自社コンテンツとして今企画しているものはどんなものがあるんですか?
栗林:今はいろいろあるんですけど、例えば一つ始めているのが自作のアナログゲームを紹介する『NEW GAME TV』です。
―― YouTubeで展開しているコンテンツですね。
栗林:そうですね。まだまだ、あれ自体の再生数がぐんと伸びるわけはないと思っていますが、ああいう風に僕らはたくさんゲームを作っていて、実際にトップYouTuberさんたちが遊んでくれていたりして、その延長で「次は一緒に作ってみましょう」という感じでやってみたり、いろいろやろうと考えています。
あとはYouTube上で次の「ミュージックステーション」というか、音楽番組の決定版、みたいなものを作ってみたいと思っています。
―― それはどんな内容になるんですか?
栗林:例えばドリカムを好きな有名アーティスト3人が集まってドリカムの曲を歌いまくるみたいな、10曲・10本の映像が個別にめちゃくちゃ強い、みたいなフォーマットの番組ですね。
―― 芸能人が入れ代わり立ち代わりで有名J-POPをカラオケで歌いまくる『THE夜もヒッパレ』っていうバラエティ番組が2002年までやってましたけど、あのミュージシャン版みたいなやつですね。
栗林:そんな感じですね。あとは以前関わった案件で、秦基博さんの楽曲「鱗(うろこ)」とあだち充さんのマンガ『MIX』がコラボレーションしたミュージックビデオがあったんですよ。
これは約1370万再生(5月27日時点)もされたのですが、この手法を応用してマンガ×ミュージックビデオのチャンネルもやってみたいですね。もちろん、音楽だけでなくいろんなジャンルをやっていきたいです。
今の実力ある若者は「新卒フリーランス」になった方が良いか
―― 最後に「若者に向けたメッセージ」じゃないですけど、たとえば今後御社のようなギルド型に近い組織、つまりこれまでフリーランスとして活動していたクリエイターともうまく連携して成果を上げたり大企業ともコラボするような組織が増えるとすると、腕に覚えのある若者はよく言われる「迷うならとりあえずまず大企業に入れ」みたいな状況が変わってくると思いますか?
栗林:広告のクリエイティブという文脈だけで言うと、僕は会社に入った方が得られるものは多いと思っています。「広告のクリエイティブ」と一概に言ってもめちゃくちゃいろんなやり方があるので、そのプロたちからノウハウを教わるのは、広告会社でないとできないところがまだまだ多いです。
一方で、「コンテンツを作る」という広い文脈で考えると、会社組織に入る意味は薄まってきているかもしれません。今は個人で世の中に出していくらでも反応が得られちゃうし、いろいろなノウハウも手に入れられるので、そこでやってある程度実績ができたら、誰かと一緒にチームを組むということがいいんじゃないかと今は思っているんです。
もちろん、最初の実績を作る、そのためのスキルを培うという部分ではフリーじゃなければできないものでもないでしょうし、大手の会社で培って、もっと自由にやりたいからギルド型に行くとか、個人で培ったからもっと仲間を増やすとか、そういうモデルがこれから増えていくと思います。
―― 個人制作でも、低予算でも話題になるコンテンツがいくらでも出てきている中で、いよいよ「とにかく1つ作って完成させてみなよ」ということに対する言い訳ができなくなる時代になってきたなと感じますね。
栗林:そうですね。あとはコンテンツを作る中でもマンガを作りたいとか映画を作りたいとかテレビ番組を作りたいとかいろいろあると思っていて、もし明確にそのフォーマットが決まっていたり、プロデュースという立場でステージを上げていきたい人は、会社に入ってノウハウを学ぶのは今でもすごく有効だと思います。そこにしかない知見やつながりが膨大にあるからです。
1つビジネスの流れを学ぶと、ほかのビジネスモデルも見えてきやすいと思うので、そういう人は大きな組織に入るということも全然ありだと思います。いずれにせよ、この時代、力がある人は組織にいることも一人でやることもどんどん変幻自在に選べるようになると思うので、まずはちゃんと自分の力を磨くことが何より大事だと思います。