LIFE STYLE | 2020/03/24

「転売」ではない新ビジネスを。新型コロナウィルス危機を乗り切る発想転換【連載】幻想と創造の大国、アメリカ(15)

写真左は3月11日にMacBookの修理をするため、アップルストアのある巨大ショッピングモールに行った時の様子(駐車場は...

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写真左は3月11日にMacBookの修理をするため、アップルストアのある巨大ショッピングモールに行った時の様子(駐車場は満車状態)、その後アップルストアは14日に突然閉店。右の3月23日の写真ではほぼすべての店が閉まっている(いずれも筆者撮影)

過去の連載はこちら

渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott

エッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者

兵庫県生まれ。多くの職を体験し、東京で外資系医療用装具会社勤務後、香港を経て1995年よりアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)など。最新刊『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)。ニューズウィーク日本版とケイクスで連載。翻訳には、糸井重里氏監修の訳書『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)、『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)など。
連載:Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク日本版
洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者。

大統領よりも州や地方自治体が活躍

新型コロナウィルス(COVID-19)について、当初アメリカではトランプ大統領が「インフルエンザのようなものでたいしたことはない」と軽く扱い、保守メディアのFOXはそれを繰り返すだけでなく「大統領を弾劾するためのリベラルの陰謀」といったプロパガンダを行ってきた。大統領自らがCOVID-19のことを「中国ウィルス(Chinese Virus)」とツイートし、アジア系への憎しみや差別を助長している(筆者も嫌な体験をした)。

カリフォルニア、ニューヨーク、イリノイ州などの州知事は、このような大統領の指導力には期待せず、どうしても必要な場合以外には自宅から出ないよう住民に求める「ロックダウン」の命令を出した。筆者の住むマサチューセッツ州も3月上旬に知事が非常事態宣言をし、17日からはレストランとバーは閉鎖され(テイクアウトは継続)、学校はすべて休校。23日にはロックダウンの命令も出され、必要以外は外出せず自宅待機するよう指導されている。

地域により大きな差があるが、今のところアメリカでは大統領よりも州や地方自治体の方が信頼できる対応をしている。筆者が住む町では、今回のCOVID-19でもそうだが、緊急事態にはEメール、ランドライン電話(固定電話)、携帯電話、テキストメッセージなどで即座に連絡が入る。

近所の町議会議員から今日伝送されてきたEメールには、食料品や医療での援助が必要な人への情報、学校閉鎖で給食を食べられない低所得の家庭の子どもへの食事提供、食料品を無料で配達してくれる店の情報が詳しく綴られていた。ボランティアで動いてくれる人の情報も入っており、一人暮らしの人や高齢者にとって、何かあった時には誰かが助けてくれると安心させてくれる内容だった。

近所の町議会議員から実際に送られてきたメールの内容。自治体や教会などの支援内容がまとめられている

この辛い現実を直視すること

国レベルでも事態は急速に変化しており、3月19日には国務省が突然渡航勧告をレベル4に引き上げ、すべての海外渡航の中止を発表した。

COVID-19で即座に影響を受けたのは、ホテル、レストラン、旅行、エンターテイメントなどの産業だ。これらの産業に頼っている二次的な産業も打撃を受けている。このロックダウンが長期化すると、COVID-19の問題が収まった後にも回復できない企業はかなりあるだろう。

今回の件を2001年9月の同時多発テロや2008年の世界金融危機(リーマンショック)と比較する人もいるが、ビジネスをしているほとんどの人は、COVID-19がもたらす経済後退がもっと深刻なものになると考えている。それどころか、第二次世界大戦か1929年にスタートした世界大恐慌の規模に匹敵すると語る人もいる。

筆者夫婦の場合も他人事ではなく、株の大暴落で資産の2割ほどが一瞬にして消え、共同経営の会社では予定されていた仕事のキャンセルが続いている。あと1年ほど収入がほぼゼロになる想定で夫と「危機管理計画(contingency plan)」をディスカッションしているところだ。

暗い状況だが、大統領が現状否定をしていた頃から「新しい現実」を受け入れて「変化」しているビジネスもある。つまり、ダーウィン式の考え方だ。

新しい現実に対応している組織に共通するのは、「人々が現在、最も必要としていること」を考えていることだ。

この連載で何度も語ったことだが、良いマーケティングとは、「人が必要としていないものを売りつけること」ではない。「人々の困りごとに解決策を提供すること」である。

オンライン診療と処方薬の宅配料金無料を展開するCVS

COVID-19で家に閉じこもっているアメリカ人が現状困っていることは何だろうか?

まずは、健康問題だ。

例えば筆者の夫が先週経験したような、COVID-19とは無関係の症状の場合だ。腹痛と微熱が数日続いていて受診したいけれども、COVID-19に感染している可能性がある患者が押し寄せている病院は避けたい。病院の方も、すでに対応しきれない数の患者が来ているときに緊急性が低い患者には来てほしくない。

こういう場合にどうしたらいいのか、患者は困ってしまう。

筆者と夫が過去20年以上通っている病院では、電話での問診でCOVID-19ではないと判断した場合には担当医師が電話をかけ直すという。患者も医師も自宅にいるままで診察を行い、指導したり、投薬したりするシステムを採用したようだ。触診したり、血液検査をしたりする必要がなく、緊急性が低い問題の場合には、これで十分対処できるし、感染を広げるリスクもない。

すでにこの方法を活用している企業もある。

アメリカ最大の薬局チェーンCVS/ファーマシーは、処方薬や市販薬だけでなく、化粧品やトイレットペーパー、そして牛乳といったスーパーマーケットと同様の製品を販売しており、最近では処方薬の配達も始めている。今回、COVID-19で自宅に籠もることを余儀なくされている人が増えていることと、慢性疾患や高齢でハイリスクな人が外出せずにすむよう、3月9日には処方薬の配達料金を無料にすることを発表した。

それに加え、CVSはビデオ通話で医師の診察を受けられる「Video Visit(ビデオ受診)」を全米のほぼ40州で展開している(※なお、このVideo VisitのURLは米国外からは閲覧できない)。

CVSの「Video Visit」の受付画面。米国内からのアクセスにのみ対応している

医療保険料が高いアメリカでは、保険に加入していない人がかなりいる。ちなみに、筆者夫婦は保険に入っているが、自営業なので毎月20万円以上の保険費を自分たちで払い、そのうえで1回の受診に35ドル(約3800円)の自己負担額を払っている。もし、救急治療室を受診したら100ドル(約1万1000円)の自己負担だ。

それを考慮すると、遠隔であっても、保険なしで1回につき59ドル(約6500円)で受診できるのは安い。加えて24時間オープンしているので、深夜の不安な時間帯にも受診できる。このサービスは人気が高まり、現在は予約が取りにくくなっているらしい。

農家や個人商店の食料品を配達するサービスに注目集まる

人々にとって医療の次に深刻な問題は、食料品や日常必要品の買い出しだ。

一人暮らしの高齢者や病気の人はもちろん、COVID-19での感染を避けるためにできれば外出したくないと思っている人も多い。

そこで今、爆発的に人気が出ているのが、Amazonが買収した高級スーパーマーケットのWhole Foods(ホールフーズ)による自宅配達サービスだ。ホールフーズの場合には、Amazonのプライム会員になればオーダーから2時間以内の無料配達をしてくれる(COVID-19で需要が増え、現在は2時間が守れなくなっているらしいが)。

Amazon内のホールフーズ商品の購入ページ

このような大手に比べ、農地から直接販売する「ファームスタンド」や個人経営の店は同じようなサービスができず、ますます経営が苦しくなる。

そうした中で話題となっているサービスが、2015年に誕生したMercato(メルカート)だ。イタリアの食料品市場「メルカート」から名前を取ったこの会社は、個人経営の食料品店が大手と対抗できるように、オンラインでの注文を受け付け配達もしてくれるというものだ。利用者は、ここで月会費を払えば、近隣のいくつかの個人経営店から何度でも無料配達をしてもらえる。

Mercatoを使うと、筆者の自宅周辺ではこんな食料品を注文できる

自分が働いている産業、自分のスキルで何ができるのか?

危機のさなかには、どうしても「自分だけが安全で生き残りたい」という自己中心的な発想になりがちだ。あるいは「これを利用して儲けよう」という誘惑も。

アメリカのテネシー州では、ハンドサニタイザー(除菌ジェル)を1万7700個も買い占めてAmazonやイーベイで高く転売しようと計らった男性がいた。だが、Amazonやイーベイがそれに気づいて出品を削除されたうえ、数々の新聞で実名報道までされてしまったので、男性は売れ残った膨大な数のハンドサニタイザーを抱えて困る羽目になってしまった。結果、この在庫は病院や協会などに寄付したという。

自分が生き残ることはもちろん重要だが、それを考えるさなかに人間性を失ってしまうのは避けたいものだ。

今の時期だからこそ、マーケティングの基本である「ユーザー(バイヤーペルソナ)」の視点に戻ってみよう。

現実に困っている人、悩んでいる人たちがいる。その人たちが求めているものは何なのか?

自分が働いている産業、自分のスキルで何ができるのか?

その答えは、自分の生き残り術になるかもしれないし、これから激しく移り変わる未来への答えにもなるかもしれない。