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新型コロナウイルスへの感染リスクを避けて、楽しみに予定を立てていた旅行や海外渡航を中止する人も多いだろう。
急遽、予約していたホテルをキャンセルしなければならなくなった。ところがキャンセルポリシーにより、予約当日が近いほど全額に近い金額がかかってしまう。でも、その予約権を誰かに売ることができたら?
そんな発想から生まれたのが、元ヤフーの山下恭平氏が立ち上げたサービス「Cansell(キャンセル)」だ。
日本が観光立国を目指す今、インバウンドやグローバルを見据えた、これまでにない新しいサービスとして注目を浴びている。
コロナパニックの余波により、ホテルの予約券を売りたいユーザーが増えて追い風に乗る同サービス。スタートアップの社員から買収先のヤフーに移籍した後に起業し、2017年には4000万円、2018年には2億円の資金調達に成功し、時代の波に乗るCansell代表の山下恭平氏に話を聞いた。
取材・文:庄司真美
山下恭平
Cansell株式会社 代表取締役
1985年生まれ。神奈川県横浜市出身。大学院修了後、2010年にシステムインテグレーションのネットワークエンジニアとしてキャリアをスタート。その後、ドリパスに転職し、2013年3月に同社がヤフー株式会社に買収されたことでヤフー株式会社に移籍する。2015年12月に退社し、翌1月にグルメハント株式会社を創業、代表取締役に就任。2016年7月にCansell株式会社に社名変更。現職。
ホテルの宿泊権を売りたい人、買いたい人が自由に売買できるマーケットプレイスで、高額転売は不可。
国内外の有名ホテルを筆頭に、お得に泊まれる宿泊先が多数掲載されていて、日程さえ合えば、リーズナブルに旅行できる。
大企業での昇進よりも起業してチャレンジする面白い人生を選択
―― そもそも起業しようと思った動機は?
山下:当初から、起業できたら面白いなと漠然と考えつつ、大学卒業後はインフラ寄りのエンジニアとして就職しました。ウェブの仕事に関わってあらゆる知識を身につける中で、リクエストの多い映画を映画館で上映できるオンデマンドサービス「ドリパス」の創業者と出会ったことが大きな転機となりましたね。
自分で起業も考えていたタイミングでしたが、それよりも「ドリパス」の事業を一緒にやりたいと思いジョインすることにしました。やがてドリパスがYahoo!に買収されたため、期せずして超絶ホワイト企業の社員に(笑)。
Cansell代表取締役の山下恭平氏。
―― 少数精鋭のスタートアップから大手IT企業Yahoo!の組織に入り、両社で感じたギャップ、それから会得できたことはありますか?
山下:「ドリパス」では、企画から営業、サイトの構成、オペレーション、サポートも含め、経営以外のことはすべて経験することができました。
一方でYahoo!では、日本最大級のサイトの運営がどのような組織で回っているのかを体感できたことが大きかったです。最近、Yahoo!ではLINEと経営統合するなどの大きな動きもありました。Yahoo!の前社長は生え抜きの人でしたが、現社長の川邊さんはスタートアップ出身です。川邊さんは創業者だからこそ、思い切ったことができるのだと思いました。
ご存知の通り、Yahoo!自体は超絶ホワイト企業として知られていますし、ずっと勤めることもできました。ヤフーという大きな組織の中で色々なことにチャレンジしていく道も模索していましたが、やりたいことを実現できる立場になるには数年かかります。
それならば、さっさと自分で起業してどんどんチャレンジした方が絶対に面白いと思い起業しました。
―― 「Cansell」の構想として、宿泊施設のキャンセル料に目をつけたきっかけは?
山下:最初はインバウンドを狙ったビジネスを立ち上げるつもりでしたが、あえてスタートアップでやるべき分野かな?と立ち止まりました。そこから試行錯誤して、引き続き旅行分野でビジネスを模索した結果、Cansellのビジネス構想を思いつきました。
旅行において必須なのは、移動と宿泊手段。そこまで結論づけた上で、3カ月くらい悶々と考えていたある時、たまたまウェブメディアで「Transfarwise」というオンラインの海外送金サービスが紹介されていて、それと宿泊を重ねてみたら、一気に面白くなりました。
ただ、僕自身、旅行界隈のビジネスに参入しようとしているのに、最近全然旅行してなかったなと思い立ち、沖縄旅行を計画したのですが、時季悪く台風が来てしまったんです。当然、「そんなタイミングでわざわざ行きたくない」と思いますよね。
こんな時に予約していた宿泊先を売ることができたらすごく便利だなと思いました。Cansellのビジネスがいける!と確信したのはその時ですね。
―― ビジネスモデルを思いついてから、どれくらいのスピードでローンチに至りましたか?
山下:3カ月くらいです。エンジニアとデザイナーと僕の3人で始めて、プロトタイプはわりとすぐにできてしまい、やっているうちに不具合が出てきたら改修すればいいよねというスタンスで作りました。
サービス自体は、宿泊先と提携しないとできないサービスではないので、ホテルの予約をキャンセルせざるを得なくなり、その予約権を売りたい人を募集した上でローンチしました。
―― ヤフオク!やメルカリとの違いはどこにありますか?
山下:純粋なC to Cビジネスとは少し違って、サービスの質を高めるために宿泊先と宿泊者の間に僕らが入ることで、信頼と安心の構築と積み重ねに注力しています。
僕らが目指すのは、あくまでもキャンセル料がかかってしまう人を助けるサービスとして提供することです。そのため、高額転売はできず、予約した金額よりは高く売れない仕組みになっています。「ホテルのキャンセル料が発生する!困った!」という時に初めて使っていただくイメージで、基本はマイナスからのスタート。いかに損失をゼロに近づけるかというサービスです。
ヤフオク!などでも、一部コンサートチケットなど、高額転売が難しくなり、閉鎖したチケットサイトもあります。何が目的かということが重要で、僕は起業家として、人から必要とされるサービスを作りたいですし、作った以上は長く愛用いただきたいと考えています。
ビジネス的に儲けの観点からサービスを作ってしまうと、あらゆる問題が生じて業界から受け入れらないことは容易に想像できますし、そんなサービスを作りたいわけでもありません。キャンセル料に困った人を助けて、ちゃんと宿泊業界のサポートもできるサービスを作りたかったのです。
―― 宿泊業界に接触する中で、大きなハードルはありましたか?
山下:宿泊業界自体、古い体質と言われていますが、そこまで大きなハードルはなかったですね。地方などエリアにもよりますが、強いていえばIT化が進んでいないところが多いことくらいです。
人気のリゾートホテルが70%オフになることもあり、旅行者からも注目される同サイト。
―― 「Cansell」の優れた機能として自負している点はありますか?
山下:ちゃんと宿泊先への予約状況を審査していて、ユーザーに安心してお使いいただけるサービスになっている点です。万一、宿泊できないなどの不都合があった時のためのサポート体制も用意しています。
―― ホテルの「予約権」を売りたいユーザーの対象や想定シーンについて教えてください。
山下:出張が多く、スケジュールが変更になってしまったビジネスパーソン、家族で旅行に行くにあたって、せっかく宿泊先をおさえたのに急病などで行けなくなったファミリーなど、あらゆる世代が対象です。買う人のイメージとしては、通常よりも宿泊が割安になるので、学生さんなどにもお買い得だと思います。
―― サービスを立ち上げる上で苦心した部分はありますか?
山下:やると決めるときの意思決定の部分に尽きますね。ほかにはないサービスなので、市場規模というよりも、そもそもニーズがあるのかさえ、当初はわかりませんでした。サービスを立ち上げた上で、宿泊業界とどう向き合っていくかということをいかに考え、意思決定するのが難しかったです。
日本ではキャンセルポリシーがゆるい傾向にある中で、近年は飲食店などでもキャンセルにまつわる刑事事件が発生し、顕在化しています。これから宿泊業界とどのように向き合っていくかということは、時代の流れとともに見極める必要があると考えています。
―― 実際のユーザーからの反響はいかがですか?
山下:評判は上々で、今まで予約した宿泊先にキャンセル料をとられる以外に解決する術がなかったところから、それを救済できるサービスとして反響をいただいています。買い手からはリーズナブルに宿泊できるだけでなく、困っている人の救済もできるという意味でも喜ばれています。
宿泊業界からも一定の評価が認められてきて、同業界の組合や協会でも「いい仕組みだね」といっていただけるようになりました。
宿泊業界とちゃんとコミュニケーションを重ねてきたことが効いているなと実感しています。それから高額転売を禁止にするスタンスにも、一定の評価をいただけたのかなと自負しています。
―― 最後に、今後のビジョンについて教えてください。
山下:これまでの3年間は土台作りに費やしてきました。ようやく2020年からは英語版もローンチし、グローバル展開も始動します。東京五輪の開催でインバウンドがますます盛り上がる国内だけでなく、今後は世界中で、キャンセルについて困っているユーザーをサポートできればと考えています。
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新型コロナウイルスの感染が広がり、予断を許さない状況下、特にキャンセルした宿泊先を出品するユーザーが急増しているという同サイト。
夏に実施予定の東京五輪の開催さえ危ぶまれる中、ますます用途が増えそうな同サービスの今後に注目したい。