EVENT | 2020/02/12

オープンイノベーションを武術の世界にたとえて考えてみた【連載】令和時代のオープンイノベーション概論(1)


角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO
1972年生まれ。2015年より、新規事業開発支援のスペシャリスト...

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角 勝

株式会社フィラメント代表取締役CEO

1972年生まれ。2015年より、新規事業開発支援のスペシャリストして、主に大企業において、事業開発の適任者の発掘、事業アイデア創発から事業化までを一気通貫でサポートしている。前職(公務員)時代から培った、さまざまな産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、必要な情報の注入やキーマンの紹介などを適切なタイミングで実行し、事業案のバリューと担当者のモチベーションを高め、事業成功率を向上させる独自の手法を確立。オープンイノベーションを目的化せず、事業開発を進めるための手法として実践、追求している。

聞き手:米田智彦 文・構成:庄司真美 写真:神保勇揮

方法論の「オープンイノベーション」に頼っても課題解決にはならない

まず、「オープンイノベーション」という言葉を僕なりに定義させて下さい。

オープンイノベーションとは、「自社内では起こせないイノベーションを起こすために、企業間をはじめ、企業と大学、または企業と自治体が、自分たちでは持ち得ない知見やリソースを持ち寄ってイノベーションを起こしていくための方法論」というふうに僕は考えています。

方法論とは手段です。手段とは目的を達成するためのものであって、それ自体は目的ではありません。ところが、オープンイノベーションを使えば何かできるんじゃないかと多くの人は夢想します。

これはオープンイノベーションに限った話ではありません。たとえば、IoTや5Gや6Gが登場すれば、それらを使って何かすごいイノベーションが起きることを夢想するでしょう。でも、これらはなんらかのサービスを提供するための手段やツールであって、それを使うのはあくまでも自分たちです。

スキルとアイデア、熱意ある人がオープンイノベーションを有効活用できる

オープンイノベーションやIoTといった画期的なツールを活用する大前提として、「この課題を解決したい!」という人の熱意が必須です。その解決の手段としてこれらのツールが有効な時、初めてその真価が発揮されます。

この話を武術の世界に置き換えると、「柳生新陰流」、「一刀流」、「無住心剣術」といった流派はあくまでも方法論の違いであるという捉え方になります。宮本武蔵が強いのは、(おそらく自分に適した)画期的な流派という理由だけではなくて、大前提として、武蔵本人のスキルや熱意があるからこそなのだと思います。

オープンイノベーションも同じで、効果をあげるには個人の熱意やスキル、経験によるところが大きいです。つまり、そういうことを差し置いて方法論に依存しても成果はあげられません。

現在、多くの企業がイノベーションを生み出せない理由は、まさにそこにあると思います。たとえば、画期的な流派の「柳生新陰流」に飛びついて、それさえマスターすれば強くなれるという幻想を抱いているわけです。

経済効果で言えば、「柳生新陰流」のツールは儲かるかもしれません。でも、それよりも一生懸命練習して武術を磨くことの方が尊く、真に強くなる近道だということを見失ってはいけません。

デザインシンキングもいつかは死語になるのが理想

デザインシンキングも昨今広く注目されていますが、これも同様です。結局、課題を解決できるのは、知恵を出しながら方法論を上手に使って一生懸命動いた人です。

新しい方法論が開発されたり流行ったりすると、「これがすべてを解決してくれる」と期待したり幻想を抱いたりしがちですが、そうではありません。

歴史を学ぶとわかるのは、人が歴史を動かしてきたという事実です。これまで人は、目の前にあるさまざまなハードルをクリアして歴史を進めてきました。それは今でも変わらないし、だからこそ、そこに人間の尊さがあると思うのです。

新しい考え方、概念が生まれてくること自体はとてもいいことです。そうした新しいものを吸収するためにビジネスカンファレンスやトークショーを受講することで、学びや気づきも多いでしょう。そしてその気づきはかならずどこかで役に立つはずです。

デザインシンキングもアートシンキングも、そのブームが終わったから価値がなくなるわけではありません。これからも新しい概念、考え方が生まれては流行ることでしょう。

たとえば今から15年くらい前、いつでもどこでもPCなどで情報通信処理ができる「ユビキタス」が画期的だともてはやされましたが、今では当たり前の話で、その名称自体が死語になってしまいました。

そう考えれば、今後、オープンイノベーションが死語になる世界が望ましいわけです。現状オープンイノベーションがもてはやされているのは、その世界観が現実にはまだないという感覚がみんなにあるからです。

こうしたことは、これまで日本企業の多くが閉鎖的で、社外交流が許容されない雰囲気があったことに起因します。おそらく今もそういう企業は少なくないでしょう。

だからこそ、それを打破するためのなんらかの概念が必要でした。社外のリソースを取り入れるための一種の起爆剤が、オープンイノベーションやデザインシンキングだったわけです。

オープンイノベーションを成功させる重要なポイント

僕のクライアントである、関西電力が主催したビジネスコンテスト「DENTUNE!!」はオープンイノベーションの成功事例です。

同イベントの趣旨は、関西エリアにある電柱約270万本を利用した新しいアイデアを広く集めることにありました。そこで出たアイデアは社内でも高く評価され、いくつかは実証実験フェイズまで進みました。

関西電力の場合、イベントを通じて出てきたアイデアを仮説検証しながら、実際にローンチして、それを運営してみるところまで社員の皆さんががんばった結果、成功しました。

客観的に見ると関西電力の社風は、一度やると決めたことに対して、みんなが一丸となって動く体育会系の機運がある組織という印象でした。

仕掛けとして僕たちがしたことは、ビジネスコンテストを提案し、その審査員として関西電力の関係組織の副社長お2人に入っていただいたことです。1人は新規事業を統括する方、もう1人は電柱を所管する事業の方です。

これまでの企業コンサルティングの経験上、よくあるのは、新規事業を立ち上げる部署と事業を回していく事業部の間に温度差があるケースでした。

社内で新規事業を立ち上げたものの、まだマネタイズできていないという理由で運営側の事業部から拒否されてしまうケースはよくあることです。

こうしたことを防ぐためには、新規事業立ち上げの組織と、実際にその事業を回していく組織の両方を巻き込むことが重要です。そこで、各代表の方にビジネスコンテストのジャッジをしていただくことにしたのです。

関西電力の場合も、両者に意思決定してもらったことで、事業部サイドも本気でやる気になったことが成功要因だと考えています。結果、各組織に大きなメッセージとして発信でき、社員にもトップの本気が伝わり、新しい事業がスムーズに運ぶようになりました。

オープンイノベーションを起こすぞ!と息巻くだけではダメで、組織全体はもちろん、関連組織までを総括して巻き込むような呼びかけができるかどうかが、成功するための重要な鍵となります。

実は「ポケモンGO」はオープンイノベーションの好例

オープンイノベーションの好例としてもうひとつわかりやすい例に、Google社内のスタートアップ「ナイアンティック」が手がけた「ポケモンGO」があります。

ポケモンGOはこれまでオープンイノベーションの文脈で説明されることはあまりありませんでした。なぜなら、ポケモンGOはオープンイノベーションを目的にしていなかったからです。

そもそもナイアンティックが手がけていたオンラインゲーム「イングレス」は爆発的に儲かっているわけではありませんでした。しかし、「イングレス」を手がけることで、物理的に存在するリアルな建物、モニュメントなどを管理する位置情報ゲームのノウハウに熟達することができました。

世界広しといえども、その分野に精通し秀でているのは、Googleマップと連動してイングレスを手がけるナイアンティックしかないわけです。

それを使って自社だけで新しいものを作ろうとしても広がりに限界がありましたが、知財としてコンテンツ力の強いポケモンの世界観を使ってやってみたらどうだろうということで、両方のリソースを掛け合わせたイノベーティブなゲームが「ポケモンGO」だったというわけです。

大企業とスタートアップのコラボがオープンイノベーションにあらず?

近年、オープンイノベーションといえば、大企業とスタートアップをつなげるムーブメントに見えがちですが、実際はそうではありません。

うまくいくのは、大企業かスタートアップのどちらかに、やりたいことが明確かつ主体性がある場合です。たとえば、①大企業がテーマを出してオープンにアイデアを募集するケース、②大企業のリソースを利用してスタートアップ側がやりたいことを実現するためにジョインするケースです。

新規事業を開発する中で新しい価値を生み出すには、自社内だけではほぼ完結しません。

やるべき内容を先に決めてそのパーツとしてアライアンス先を見極めることで、コスト削減にもなり、ローンチまでのスピードも早まるのです。