神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。
さようならマリファナ、おかえりカンナビス。「マリファナ」という呼び名につきまとう負のイメージ
2014年にアメリカ・コロラド州で嗜好目的のマリファナ使用が合法化された。それからマリファナビジネスは急成長し、いまでは4兆円規模の市場となっているという。なぜそのような現象が起きているのか? 佐久間裕美子『真面目にマリファナの話をしよう』(文藝春秋)は、綿密なリサーチをもとにマリファナの歴史や最新の動向がまとめられている。
マリファナという名称は麻の葉を乾燥させたものを指した通称で、英語圏では学術語である「カンナビス」と長らく呼ばれていた。麻の原産は中央アジアといわれていて、広く医療目的で使用されてきた。高揚感を得るために吸引されたのはアフリカが最初であると言われており、16世紀に奴隷貿易が始まったことにより植民地諸国にそうした使用方法が広まっていった。
マリファナという言葉がカンナビスに取って代わったきっかけは、1929年の世界大恐慌だという。諸説あるマリファナの語源のひとつに、ポルトガル語で「酩酊した」を意味する“mariguango”があるが、恐慌後にメキシコから来る労働者に対して差別意識が生じ、彼らに対する蔑称のような意味合いでメキシコ系スペイン語のスラングに由来するマリファナという言葉が使われるようになったそうだ(以下、引用・参考箇所を除き、マリファナとカンナビスの間をとって大麻で統一)。
「麻薬」という負のイメージがつきまとう大麻は、医療用途や心身の健康をもたらす存在として今大きく見直されている。大麻に含まれる高揚感の素・THCを使ったフルコースを出すイベント「ディナー・イズ・ドープ」のシェフは偏見を取り払うために、食事前のスピーチで呼称を変える提案をしているそうだ。
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「ハッシュタグを使って『ノー・マリファナ』のキャンペーンを行うべき。マリファナという言葉には、人種差別の歴史がある。業界全体が、マリファナという言葉をボイコットするべきだと思います。カンナビスという言葉を使ってください」 (P82)
大麻は緑内障・エイズ・ガンなどに効用があるということが実証されており、1996年にカリフォリニア州で医療用途の使用が合法化されている。
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日本に大麻を違法指定することを指示したアメリカですら、大麻に対する科学的・医学的エビデンスがこれだけ積み上げられて、立場の変更を余儀なくされている。伝統的に「ドラッグ」に厳しい傾向のあるアジア圏でも、韓国、タイでは既に認可され、フィリピン、マレーシアなどが大麻の医療使用を前向きに認めようとしている。(P197)
いまアメリカをはじめとした国々でどんな意識改革が起きているかは、大麻の有用性を知る意味でも、既存の先入観をどう払拭していくかという意味でも、日本に住む人々にとって決して無関係な話ではない。
アメリカ各州が大麻合法化を「するかしないか」は、もはや「する」一択
現在、大麻に関する国際会議は頻繁に開催されているというが、アメリカにおける全面合法化や使用目的の議論は数十年前からなされていた。サイケデリック・ムーブメント真っ只中の1969年、ジョン・レノンが作詞・作曲した “Come Together”の主人公ともいうべき「ドラッグの教祖」ティモシー・リアリーは、大麻合法化の政治運動においてこのような答弁をしている。
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若き政治家として頭角を現していたテッド(エドワード)・ケネディの質問に対し、リアリーは、「サー、自動車は不適切な方法で使用されれば危険です。この世の中で人間が直面している危険は、人間の馬鹿さと無知でしかありません」と持論を展開した。また「精神面での成長、知識の追求、または人格発達といった真面目な目的のために」LSDを使用したい人に、政府はライセンスを発行するべきだという意見を述べた。(P130)
アメリカでもかつては1970年代のニクソン大統領時代に「ウォー・オン・ドラッグス(ドラッグ戦争)」という一大キャンペーンを張り、ヘロインなどのハードドラッグのみならず、大麻も目の敵にされて積極的な摘発が奨励されてきた。医療目的での研究すら妨害に遭った時代もあった。では、合法化の進んだ今のアメリカではどこでも誰でもオープンに大麻の話ができるかというと、そういうわけではないし、ディスペンサリーと呼ばれる販売所ではキャッシュレスが浸透しているこの時代でもクレジットカードが使えないという。
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マリファナの買い物が、現金でしかできないのには理由があった。アメリカでは、金融業界を管理するのは連邦政府である。連邦は、金融機関が個人や団体が非合法・違法な活動をしていることを知りながらサービスを供給することを禁じている。これまでのところ、連邦が非合法とする商品の取引を裏書きしようという勇気のある銀行やクレジットカード会社はでてきていない。(P34)
ただ、2016年頃からは地方銀行が大麻ビジネスに参入したり、デビットカードを使用するためのアプリ「CanPay」が普及し始めたりと、変化の兆しが見られるという。その原動力となったのは民意だ。
1998年に大麻の医療使用を認めるための投票がワシントンDCで行われ、69%を獲得し可決されようとしていた。しかし、法が施行される段階になって連邦政府からの横やりが入って実現しなかった。その後も合法化を求める民意は途絶えず、2014年にワシントンDCで21歳以下の成人による下記の行為を合法化する法案が通過した。
・大麻2オンス以下の所持
・1オンス以下(28.35g)の所持
・6鉢以下の栽培
・私有地での使用
ある調査によると18歳から34歳のアメリカ国民の71%が大麻の合法化を支持しているという。このように、アメリカでは大麻が「合法化されるかどうか」ではなく、合法化されることは前提の上で「いつ合法化の手続きを進めるか」という勢いで進んでいるという。
当たり前を疑い、世界をより良くしていくカギは「真面目さ」
大麻解禁について、本書はどちらかというと賛成の立場で書かれている。しかし、大麻使用者による犯罪や、大麻をめぐる暴力・闘争が過去にあったことはまぎれもなく事実だ。
たとえば日本では、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が殺傷されるなどした事件で、容疑者は過去に大麻の陽性反応が出ていて、本人のものとみられるTwitterには「マリファナは危険ではない」と書かれた画像が使用されていたという。
しかし、そうした負の情報のみで大麻のイメージを固めてしまってはもったいない。本書には、医療目的での大麻使用を「生存権の行使」として裁判がなされた日本のケースが紹介されているが、大麻によってQOL(クオリティ・オブ・ライフ)が向上し得るということは覚えておくべきだろう。大麻合法化が急速に推進することになった要因のひとつが、リーマン・ショックという経済危機だったということも、大麻のニーズの多様さと民意の強さを暗示している。
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アメリカにおけるマリファナ合法化の経緯を振り返ってみると、大きく分けて二つの決定的局面があった。ひとつは、深刻な疾患を抱えた患者と、その周りのコミュニティ、マリファナの医療効果を信じた市民たちの民意で起きた、カリフォルニア発の医療使用合法化の波。もうひとつはリーマン・ショックからの回復をかけて経済的動機に動かされた嗜好用マリファナ解禁の波。(P213-214)
著者は大麻合法化を推進するアクティビストではなく、「真面目に」物事に向き合うジャーナリストだ。なぜアメリカは今このタイミングで大麻全面解禁に踏み切ろうとしているのか。賛否をすぐには決めつけず、「真面目に」考える。そのように、大麻を巡る世界の動きから、物事にどう向き合うべきかという姿勢を浮き彫りにするのが本書の目的だ。MeTooムーブメント、働き方改革、飲み会スルー……大小様々なレベルで既存のルールや前提が覆っていく現代社会の荒波の中で、自分の意見をしっかり持つことの大切さを本書は教えてくれる。