神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。
中国政府もお達しを出すほどの勢いを持つSNS×動画アプリ
全ての産業は動画化する。「そこまで言っていいのか?」と思う人を納得させる黄未来(こう・みく)『TikTok 最強のSNSは中国から生まれる』(ダイヤモンド社)は、中国のショートムービー・アプリTikTokの既にすごい現状とさらなる展望を概括している。
1989年、中国生まれの著者は6歳から日本で育ち、東京の大学を卒業後に大手商社に勤め、30歳を目前に控えた2018年に休職してMBA留学のため上海を訪れた。そこで目にしたのは日本の数段先を行くキャッシュレス文化の浸透、そして本書のテーマである動画革命だった。
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たとえば、電車の中。日本で電車に乗ってまわりをみてみれば、SNSをいじっているか、スマホゲームをやっているか、もしくはニュースアプリなどで記事を読んでいる人が大半ではないでしょうか。もちろんなかにはNetflixやYouTubeをみている人も若干いますが、中国では、実に半数以上がなにかしらの動画、しかも長くて数分の短尺動画をみているのです。(P5)
中国では屋台のおじさんやおばさんも暇つぶしで頻繁に動画を観ていて、著者の肌感覚では店番をしている人の99%は動画を観ていて、5~10人に1人はライブ配信をしているという。
TikTokは動画視聴とSNSの要素をかけ合わせたアプリで、15~60秒の動画を投稿・閲覧する機能を基本としている。中国国内ではDouyin(抖音、以下TikTokに統一)と呼ばれていて、ローンチ後「TikTok動画を眺めていたらいつの間にか数時間経っていた」というような人が続出するムーブメントを起こした。この「タイムキラー」と形容されるアプリを警戒した中国政府は、90分以上を使用しているユーザーにアラートを出すように通達を出したという。
著者は現在、そのTikTokを開発・運営するバイトダンスに勤務しており、「本書はバイトダンス社入社前の個人的見解をまとめたものであり、同社の公式見解とは一切関係ありません」と巻尾に注意書きがされているものの、限りなく「中の人」に近い見解を本書では確認できる。
YouTubeやインスタよりTikTokが強い理由は、コミュニケーション要素
TikTokは2016年にアプリ配信が開始され、投稿・閲覧だけでなく、動画クリップに特殊効果を追加したり、リストの中からBGMを選んだりする編集機能も備えている。また、特徴的なのは動画のダウンロードができる点だ。
著者によると、中国では生活のさまざまな場面で本人確認がされ、利用履歴は吸い上げられているという意識があるため、個人情報の保護意識が希薄だという。そうした中国独自の背景が、ダウンロードした動画を自由に編集することで連帯を生み出すというスタイルのSNSの誕生につながったという分析がなされている。
爆発的ヒットのもうひとつの秘訣は、下記に例示しているような「ハードルの低さ」だ。
・「#TikiTokで有名になりたい」というハッシュタグなど、承認欲求を前向きなものとしている雰囲気
・つながりが顔見知りベースではなく、「映え」を気にする必要がないしSNS疲れもない
・BGMや特殊効果で容易に「それっぽい」動画がつくれる
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撮影する場所は自宅でもいいし、教室でもいい。音楽もフォーマットも用意されているので、極端な話、自分でネタを考える必要すらありません。
それでいて、SNOWのような加工フィルターやクールな音楽のおかげで、誰でもかわいく自分を映すことができる。(P48)
TikTokは日本で「中高生向けのアプリ」というイメージがあると著者は認めている。その上で、著者はTikTokの優れている点が「ニュースアプリ開発で磨かれたレコメンド機能」と「SNSとしての設計」にあると主張し、YouTubeの弱点を下記のように挙げている。
・縦動画を前提としていない
・SNS的機能に欠ける
・興味のあるものにリコメンドが偏りやすい
TikTokはYouTubeのようにCMで中断しない。初心者の投稿でも必ず一定数のアクセスが保証される、つまりアップすれば必ず誰かの画面に表示されるという、意外性のあるリコメンドがなされて、動画単体だけではなくアプリそのものへの没入感を味わいやすい。スマホで観やすい縦動画を重視して、スピーディーに「動画によるコミュニケーション」を交わせる。こういった点にTikTokの強みがあると本書では紹介されている。
動画化した世界の新次元。現実はただのショールーム、肝心要はオンライン
動画はもはや広告・宣伝という用途だけではなく、ひとつのコミュニケーション回路になっている。インドは2019年4月に一時ダウンロードが禁止されるほどTikTokが流行り、「ショートムービーの輪」の波がひときわ強い国だというが、その理由はインド独自の言語事情に起因している。
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国内の言語の差がインドほど大きくない中国では、ショートムービーと同じくらいライブ配信が人気ですが、インドには国内に言語の壁があるため、ライブ配信以上にショートムービーが流行りやすい土壌があるのです(ライブ配信は、どうしてもトークが中心になります)。(P110)
言葉が通じないから、動画で伝える。ただ単に「バズる動画」を追い求めるよりも、コミュニケーションをベースにした動画のほうがワクワクする。そう信じる著者は、冒頭に紹介した通り「全ての産業は動画化していく」と大胆に言い切る。
中国での動画を活用したインフルエンサーマーケティングは、ワインから漢詩までさまざまなカテゴリーでのインフルエンサーが成長してきていて、マーケティングの鍵となっているそうだ。また中国のネット通販サイトが毎年11月11日に大規模セールを行う「独身の日」は日本でも有名になってきたが、2019年にはアリババグループだけで4兆円を超える売上を叩き出したことも記憶に新しい。この日も有名インフルエンサーたちが総動員されてテレビショッピングさながらのライブ動画配信を行い、売上アップに欠かせない存在となっている。
観光にも活用されており、西安市のPRでは同市をテーマとした動画が61万本アップ、再生総数36億回、いいね総数1億という莫大な効果が発揮された。もちろん、オンラインで出たこの視聴実績は実経済にも前年比約50%増の総収入を同市にもたらした。
このように中国のビジネスシーンでは、オフラインとオンラインのかけあわせがうまく行われている事例が多くあり、店舗はショールームのような扱いで、実際の売買はECで行われることが主流だという。もちろん、こうした流れが日本に全く無いわけではない。店で下見をして、ネットで買うという経験をしたことがある方は多いのではないだろうか。日本における実店舗とECサイトの使い分けの問題点について、著者はこのように説明している。
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しかし日本のように、実店舗こそが販売の主役であり、オンラインは副次的とされていると、オンラインとオフラインの「掛け合わせ」は一気に難しくなるのです。これは、多くの店舗がECの普及前から存在していた日本ならではの事情ですが、マーケティングの観点からは、構造的に解决すべき課題といえるでしょう。(P197)
4Gから5Gへ移行してさらにネット上のやりとりが加速されても、そこで交わされる「コミュニケーション」をどのように意味のあるものにしていくかという点がなおざりになっては意味がない。下記に引用している、著書がバイトダンス社入社に至る原動力となった初期衝動は、読者にそう感じさせてくれるはずだ。
TikTokの原語である「抖音」は「音の短い動画に震える」を意味する。新たな時代の揺れ動きを見逃さないために、ミレニアル世代やZ世代を魅了するTikTokがどんなものなのかを、本書をテキストにしっかりとつかんでおいて損はないだろう。