日本のエンターテイメント業界というのは、1億2000万人程度の「日本語が理解できる人」が対象ということもあり、市場が限られている。
昨今ではその市場内でポジション取りをするにも、目新しさを訴求しないとならないためか、BABYMETALのようにアイドルとヘビーメタルといった異なるものを融合させ、化学反応を起こそうという試みがされている。詩吟、和楽器、洋楽器を融合させたロックバンドの和楽器バンドもそういった試みのひとつであろう。
伝統芸能の津軽三味線とポップミュージックを融合させた、“伝統芸能ポップアーティスト”の川嶋志乃舞氏も同系統の試みに挑んでいる人だ。「つい最近まで“キラキラシャミセニスト”と名乗っていたのですが、自分が三味線だけではなく、伝統芸能や日本文化をヒントに歌を歌うことが自分のもう一つの武器であると思い、“伝統芸能ポップアーティスト”と名乗ることにしています」と語る川嶋氏の現在地について色々と話を訊いてみた。
取材・文:6PAC
川嶋志乃舞
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伝統芸能ポップアーティスト。東京藝術大学卒業。津軽三味線全国大会で4度の日本一を獲得。みとの魅力宣伝部長。笠間特別観光大使。テレビ東京系「二代目和風総本家」のメインテーマとして「花千鳥」が使用されている。
「ドラムストリングス(音色の出る打楽器)」である津軽三味線の魅力
2017年リリースの『花とネオンep』に収録されている「キツネ倶楽部」。「和(日本)」のイメージがコンセプトの柱として最初からある、昭和歌謡のスタイルやビジュアルを取り入れることで、三味線がポップスとして違和感のないかたちで取り入れられている。
川嶋氏が津軽三味線に最初に出会ったのは、3歳の時に地元・茨城県のお祭りでのことだったそうだ。「ステージに立ちたい、マイクを持ちたい、三味線を弾きたい」という強い興味を持ったことと、子供に和楽器をやらせたいというご両親の思いも重なり、津軽三味線を始めることとなった。
津軽三味線の最大の魅力は、「細やかかつ派手な演奏ができるのがまずひとつです。また、世界でも唯一と言っていい、“ドラムストリングス(叩く弦楽器)”としての特徴もあります」という。また、「他の三味線奏者よりも、この特異性を活かして楽曲を書き、演奏しています。伝統芸能だけに留まらないグルーヴが生まれることを発見しました。しかし、これまでの三味線奏法に加えてドラムストリングスとして扱える奏者は、日本でも少ないので、是非この魅力を広めていきたいです」と語る。
“伝統芸能ポップアーティスト”として何を成し遂げようとしているのか、率直に訊ねてみた。すると、「“伝統芸能(日本文化)はこうあるべき!”という先入観や固定観念に縛られず、三味線が入った音楽=和風というイメージを取っ払い、全ての伝統芸能の可能性の幅を広げていくきっかけを築きたいと思っています。そのために、葉加瀬太郎さんや高嶋ちさ子さん、シシドカフカさんのように、タレント性のあるアーティストとして、音楽シーンだけでないところからも、“三味線って、伝統芸能って面白そうかも”というきっかけを作っていきたいです。夢は、レギュラーバラエティ番組や、NHKで教育系番組を持つことです!」という答えが返ってきた。
現状、“伝統芸能×ポップス”の融合はまだまだ身近な存在ではないと言うが、その理由について訊いてみると、「伝統芸能としての内容が古典的である以上、いくら民謡や古典邦楽を現代音楽風にアレンジしたところで、現代人に昔話を話すような行為であることには変わりありません。日本は特に、文化がぐんぐん進んでいく先進国です。そんな成長著しい国の生活に、伝統芸能がどんどん疎遠になっていくことは明らかです。たとえば、西部開拓時代のカントリーミュージックを、エンパイア・ステート・ビルが映った映像のBGMには使いにくいです。現代人が“今”見ているものに、“昔”を強いるのは難しいということです。生活の中に当たり前のように存在する”ことを考えるのであれば、もっと柔軟に変わっていく必要があります」と説明してくれた。
2016年のアルバム『ファンタスティック七変化』の収録曲「遊郭ディスコ」。2010年代に一世を風靡した4つ打ちロックのフォーマットを上手く利用した「これぞ伝統芸能ポップ」と言える1曲。
具体的に“伝統芸能ポップ”が一般的に広く認知されるには、「ライブハウスという、流行的J-POPが生まれる場所での活躍が必要だと思います。演芸場や民謡酒場、コンサートホールには、その文化に興味のあるお客様しか来ないことが多いです。より一般の方に楽しいと感じていただくためには、ライブハウスや大型フェスなどでの人気を獲得することが大事だと思っています。ですので、今は精力的にそういった環境でパフォーマンスをしています」という。
三味線はジャズなどの他ジャンルの音楽とも相性が良いとのことで、「私の好きなR&Bやハウスなどに三味線が合うことを提示するために“伝統芸能ポップ”の土台固めをしているところです。未だ“じゃかじゃか弾きまくる”演奏法がフィーチャーされているので、他の楽しみ方や起用の仕方があることを多くの方に知っていただきたいです。私はいつでもそういった音楽に乗り込む準備はできていますので、ぜひお気軽に仲間に入れていただきたいです!」と、他ジャンルのアーティストとのコラボについても積極的でオープンな姿勢だ。
2019年4月にリリースされた配信シングル「パンダトニック」。台湾公演がきっかけで生まれたという同曲は、ハウスのビートに中華風のオリエンタルなメロディが乗っかり、ウワモノとしての三味線が小気味よく機能している。
アイドルソングからハウス、R&Bまで自由自在な表現
大手芸能事務所やレコード会社とは契約せず、インディーズでマネージャーと二人三脚での活動をしている同氏だが、すでに音楽だけで食べていけているそうだ。収入源については、「パーティ演奏や海外公演、弟子の稽古、またポップス楽曲提供なども行なっているため、普通のバンドマンより収入の入口が多いと思います」という。
それでも、全国流通盤CDを2枚同時リリースするという目標のため、今年の4月にはCAMPFIREにてクラウドファンディングを始めた。支援期間は5月31日までだが早くも目標額の100万円を達成し、現在の支援総額は180万円を超えている。「“伝統芸能ポップアーティスト”として羽ばたくためには、いつか大手レコード会社さんともご一緒にお仕事させて頂きたいと思っております。ですが、まずは自分たちで出来ることをきちんとこなすアーティストとして、常に初心は忘れないよう心掛けています」と心の内を明かす。
川嶋氏の曲をYouTubeで視聴した、音楽好きなFINDERSの編集者からは、「アイドルグループ『フィロソフィーのダンス』のアレンジャー(宮野弦士さん)を起用したり、ライブの観客がサイリウム振っていたりすることから、 “(楽曲派向け)アイドルポップス”の文脈で発信/受容されているという印象を受けました。この見立てが合っているのだとすれば、それは意図的・戦略的なものなのでしょうか?(ロックフェスに普通にアイドルが出演している現在、そういう分類もほぼ意味をなさない時代になってはきましたが…)」という突っ込んだ質問が飛んできた。
この質問に対しては、「バンドセットでのライブはここ2年くらいの話で、実はそれまではカラオケ音源+ソロアーティストとして、アイドル現場で活動することが多かったのです。その頃に出会ってくださったファンの方は、現場によってはサイリウムを振ってくださいます。お客様には自由に楽しんでもらって構わないので、こちらの戦略的なものではありません。ちなみに今は、アイドルっぽい楽曲はかなり減りました。私は書けるジャンルの幅が結構広い方なので、出させていただくライブ現場もアイドル、弾き語り、バンド、セッションジャムなどジャンルの制限はありません。ファンク、R&B、ジャジーロックなども手札としてあります。民謡も含めて、現場によって使い分けています。“どこに行っても通用する伝統芸能ポップアーティスト”ということで、気になってくださいましたら、ぜひライブに実際に遊びに来てください!」と返答する。
日本という国では、とかく型にはまった物の考え方の典型でもある「べき論」が跋扈しがちだが、川嶋氏がどこまで“伝統芸能(日本文化)はこうあるべき!”という「べき論」に立ち向かい、破壊から創造へと転化できるのか、今後の活動を楽しみに見守っていきたい。ひょっとしたら、海外の大物ミュージシャンと同じステージに立つ日は意外に近いかもしれない。