ITEM | 2019/02/25

クレーム対応は「反論」ではなく「お手上げ」が有効!?業界の生き字引が教える、完全対策マニュアル【ブックレビュー】


神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏...

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神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

白黒つけにくい人々が起こす、ブラックなクレーム

援川聡『クレーム対応「完全撃退」マニュアル』(ダイヤモンド社)は、いまや社会問題となった「クレーム」や「クレーマー」にどう対応していくか、問題の背後で複雑に絡みあっている事情にまで踏み込み、読者それぞれに応じた解決策を提示してくれる。

「カスタマーハラスメント(カスハラ)」「シルバーモンスター」「モンスタークレーマー」など、クレームにまつわる言葉が本書では冒頭から次々と紹介される。悪質なサービスではなく、悪質な顧客にサービス側が悩まされることが当たり前になってきた。

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コンビニやファミレス、ファーストフード業界では、一部の店舗で24時間営業をとりやめています。また、宅配便では、大手企業が率先して時間帯指定の配達の再検討に乗り出しています。
こうした見直しは、人手不足や過重労働問題などの解決策の一環ですが、言い換えれば顧客に利便性を訴えるだけでは企業として立ち行かなくなったのです。(P54-55)

現在問題になっているクレームの多くは、グレーゾーンと呼ばれる集団に端を発しているという。優良な顧客のホワイトと、明らかにアウトなブラック。その中間の、判定が微妙な層の人々が増えている。例えば、「モンスター化」した高齢者はグレーゾーンに属する。高齢者による暴行の検挙は、20年前と比べると40倍になった。その背後には、個々人が抱える寂しさや、リタイア前の時代からシフトできずにちやほやして欲しいという思いが垣間見えることが多いという。

著者は元々警察官だったが、「困難なクレームを解決し、企業の危機管理を援護する」をモットーに株式会社エンゴシステムを設立した。当初は、マニュアルの存在がクレーム対応の臨機応変さをなくしていると著者は考えた。しかし、多様なクレームに対応するうちに、「完璧なマニュアル」の必要性を強く感じた。題名にある「完全撃退」という言葉はその思いに由来している。

システムをはっきりさせると、対応がはっきりする

サービスを施す側は「できること/できないこと」「OK/NG」のラインを明確にすべきだと著者は主張する。そして、NGなことははっきりNGと伝えなければいけない。そのNGラインを過ぎたら顧客を顧客扱いせず、決して相手を怖がらないことが重要だという。

逆に、顧客を見かけで判断して不当なNGを突きつけてしまうことも避けなければいけない。ある医者に来た強面で刺青の男。看護師がその男に注射をした時の、気が利いた一言の例が紹介されている。

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すると、看護師は「ごっつう立派な刺青! すごく痛かったでしょ!」と声を上げ、「強いんやね」とジョークを飛ばした。
患者は看護師のほうに目をやって、「大したことあらへん」と一言。ニヤリとして、素直に腕を差し出した。 (P76)

現場の連携で言えば、組織の成員同士が当事者意識を喚起させるコミュニケーションをすることが重要だという。リーダーに経過をしっかりと伝えて相談し、リーダーは担当者をしっかり守る姿勢を見せる。組織全体でクレーム対応の姿勢を醸成していくのだ。

基本中の基本は、時間をかけて丁寧に相手の考え・要望に耳を傾ける「傾聴」だ。しかし、言われた側にももちろん別の仕事や用事があるので、何時間でも対応するべきではないと著者は指摘する。例えば、クレーム対応に時間や場所の制限を設けることでそれは実現されるという。

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それは、傾聴の姿勢を念頭に置きながらも、時間を区切って応対することです。 たとえば、あらかじめクレームの発生現場での対応は5分間に限定して、それを過ぎたら別室で対応するというルールをつくっておくのです。場所を移動することで、クレーマーの興奮がクールダウンすることがあります。(P127)

ある程度のルールを設定し、それを組織内に共有することで、クレーム対応は「イレギュラー対応」ではなくなる。落ち着きを持って対応するコツは、入念なシステムの構築にあるのだ。

相手の土俵に上がらなくても、お手上げすれば相手と同じ高さに立てる

クレーム対応がいよいよ大詰めとなった時は、「ギブアップ法」が有効だという。ギブアップというのは諦めるという意味ではなく、相手の土俵に上がらないという意味だ。

「自分が情けないです」「困りましたね」といった自分を卑下する言葉を使うことで「私の立場ではこれ以上のことはできません」というギブアップの姿勢を示し、相手の土俵に足を踏み入れる意志がないことを示す。これは「逃げ」ではない。むしろ逃げ腰だとつけこまれてしまうという。例えば、ミスや不具合を「ネットに晒すぞ」と脅された時も、この手法が有効だということが著者の実体験から示される。

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同行した担当者は青ざめた。そこで私がこう切り返した。
「ネットですか。困りましたね。でも、お客様の行動に対して、私がとやかく言える立場ではありませんから」
男性は一瞬、「アレ?」という表情を見せた。
その後、男性の興奮は徐々に鎮まっていった。 (P167)

クレーム担当の人選も重要だ。菓子メーカーのカルビーは、前述した意識共有・対応時間ルールといったシステム構築に加えて、お客様相談窓口に交渉事が得意な営業職を登用した結果、商品に不具合を感じた顧客の再購入率が82%から95%にまで上がった。

また、高齢者を採用する手法もあるという。ある健康食品メーカーに勤めた75歳のクレーム対応係へのリアクションは、クレームの背後にある社会的な事情を明るみに出す。

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電話を代わってもらえば、しつこいクレームもたいてい解決した。商品に関するクレームだけでなく、寂しい心情を吐露するシルバーモンスターに対しても、同世代の人間として共感を示しながら親身に耳を傾けることで、クレームが収束するばかりか、感謝されることもあった。(P222)

本書では、元警察官という著者の経歴を活かしたマインドセットの構築のしかたにも言及されており、いきなり行動しないこと、いざという時に心を落ち着かせる呼吸法まで掲載されている。一企業、一店舗、一チームに一冊あったら必ず役立つ、大充実の内容だ。