文:照沼雄太郎 写真:神保勇揮
どうすれば「ロボットの動き」が「人間らしく」映るのか
ミクシィ、大阪大学石黒研究室(アンドロイド開発:小川浩平)、東京大学池上研究室、ワーナーミュージック・ジャパンが、人間とのコミュニケーションの可能性を探るために開発されたアンドロイド「オルタ3」に関する4社共同研究プロジェクトの始動を、2月28日に新国立劇場にて発表した。
世界初公開となる人工生命を宿したアンドロイド「オルタ3」。抽象的な見かけや動きから、人の想像力を喚起し、男性に見えたり女性に見えたりなど、対峙する人にとって理想的な存在に感じることができる作りになっている。
オルタシリーズは、機械が露出したむき出しの体、性別や年齢を感じさせない顔といった特徴を有し、人の想像力を喚起し、これまでにない生命性を感じさせることを目指して開発が進められてきたアンドロイドロボット。対峙した人の想像力を強く喚起するデザインを採用し、力強い上下運動だけでなく、表情や手などの細やかな動きも同時に表現でき、「女性と思いたい人にとっては女性らしく、男性だと思いたい人にとっては男性らしく見えるようなトリック」が仕組まれているという。
オルタ3はその3号機で、両目のカメラ、口からの発声機能といった、人間により近いセンサーシステムの搭載や、歌唱のための口周りの表現力や身体表現の即時性の向上などの改良が加えられている。
もともとは先述の大阪大学石黒研究室、東京大学池上研究室らが開発を進めてきたものだが、プロジェクト始動によってさらにパートナーが増え、新たな可能性を追求していく格好となる。
今年3月以降、オルタ3は音楽家でアンドロイド・オペラの発案者である渋谷慶一郎氏による『Scary Beauty(スケアリー・ビューティ)』の世界各地での公演、日本科学未来館キュレーターの内田まほろ氏による世界各地での展示が行われ、オリンピック開催年である2020年8月には新国立劇場で行われる特別企画の新作オペラにも出演する予定となっている。
ミクシィ代表取締役社長執行役員の木村弘毅氏。「コミュニケーションを通して世の中を鮮やかに変えていく」ということを本プロジェクトのミッションに掲げているという。
ミクシィは「機械と人とのコミュニケーションを研究するという本プロジェクトを通して、人類のコミュニケーションの根源にあるものを探るというという取り組みに共感した」(代表取締役社長執行役員の木村弘毅氏)として、コンピューター上でオルタ3の動作確認ができるシミュレーターを開発。これにより、オルタ3の本体を用いずとも動作テストや演出チェック、衝突検知といった確認作業をすることが可能になった。
想像することさえできない自律的な人工生命の搭載
写真左からワーナーミュージック・ジャパン エグゼクティブ プロデューサーの増井健仁氏、ミクシィの木村氏、大阪大学教授の石黒浩氏、東京大学教授の池上高志氏。
オルタ3の動作生成に必要不可欠な人工生命「ALIFE Engine」の開発に携わってきた池上高志氏は、世の中で流行している人工知能(AI)を引き合いに出し、「人間が行うことを自動化したシステム」がAIで、人工生命(Alife)については「自律的に動くシステム」とし、自分たちにもどのように動くのかわからないアルゴリズムを使用していると話した。
このような人工生命を搭載したオルタ3のプロジェクトについて、大阪大学教授の石黒浩氏は「非現実的なもの(アンドロイド)を日常生活の中に落とし込んで人をつなぐ」と語り、それは「非現実を仮想体験できる」VRとは異なり、実際に非日常を日常で体験ができてしまう新しい試みであるとする。
また、実証実験の場を提供するワーナーミュージック・ジャパンの増井健仁氏は「人間と人間とのコミュニケーションではない、新しいアートや音楽の形が世界に響くのではないか」と語り、オルタ3の今後の活躍に期待を寄せた。
オルタ3による『Scary Beauty』で揺らぐ、生命と非生命の境界
オルタ3による『Scary Beauty』の様子。ピアノ演奏は渋谷慶一郎氏で、2018年にはオルタ2との『Scary Beauty』も上演している。実際の演奏時に起こるであろう人間の想像を超えた急激なテンポや強弱の変化、それに伴う歌唱表現の極度な振れ幅は全てアンドロイドが自ら決定し、作曲された音楽作品の新たな可能性を引き出す場合もあれば、破壊する可能性も孕む「奇妙な、不気味な美しさ」を醸し出すとしている。
「最近は『テクノロジーとアートの融合』というコンセプトのプロジェクトがたくさんあり、心地良いものや面白いものはあるものの、心に刺さるものがない」と、かつて初音ミクによるボーカロイド・オペラ『THE END』を手掛けた渋谷慶一郎氏は語る。記者たちの前で実演された『Scary Beauty』は、オルタ3がまるで舞っているかのようななめらかな動きで指揮を取り、(動きの内容はオルタ3側が決定しているとはいえ)プログラムされた存在だとわかっていても豊かなジェスチャーと表情で歌う姿を見るうちに、「何が生命を持つもので何が生命を持っていないものだと言えるのか」という感覚が揺らぐのを感じた。
今後『Scary Beauty』の世界各地での公演、さらに世界中から東京に注目が集まる2020年8月には、新国立劇場にて人間の子ども達と共にオルタ3が物語の核となる役で出演する新しいオペラの上演も予定されている。新作オペラは大野和士氏が指揮・芸術監督を務め、小川絵梨子氏が演出、島田雅彦氏が台本、渋谷慶一郎氏が作曲を担当する。想像することのできない自律的な人工生命を搭載したオルタ3の今後の活躍がとても楽しみだ。