デジタル技術の第一人者による好評連載、第7回。デジタルハリウッド大学学長の杉山知之さんが今回語るのは、3Dプリンタとファブリケーションだ。クリエイティブの根幹から3Dプリンタを捉え直すと、既知の地図にはない新たな地平が見えてくる。
聞き手:米田智彦 構成:宮田文久 写真:神保勇揮
杉山知之
デジタルハリウッド大学 学長/工学博士
1954年東京都生まれ。87年よりMITメディア・ラボ客員研究員として3年間活動。90年国際メディア研究財団・主任研究員、93年 日本大学短期大学部専任講師を経て、94年10月 デジタルハリウッド設立。2004年日本初の株式会社立「デジタルハリウッド大学院」を開学。翌年、「デジタルハリウッド大学」を開学し、現在、同大学・大学院・スクールの学長を務めている。2011年9月、上海音楽学院(中国)との 合作学部「デジタルメディア芸術学院」を設立、同学院の学院長に就任。VRコンソーシアム理事、ロケーションベースVR協会監事、超教育協会評議員を務め、また福岡県Ruby・コンテンツビジネス振興会議会長、内閣官房知的財産戦略本部コンテンツ強化専門調査会委員など多くの委員を歴任。99年度デジタルメディア協会AMDアワード・功労賞受賞。著書は「クール・ジャパン 世界が買いたがる日本」(祥伝社)、「クリエイター・スピリットとは何か?」※最新刊(ちくまプリマー新書)ほか。
クリエイターと3Dプリンタは、“材質”がつなぐ
デジタルハリウッドでも7年ほど前から3Dプリンタを導入してきました。ただ「好きな形を出力できる」といっても、当初は学生もピンと来ていませんでしたね。それがだんだんと機器も安価になり、良い意味で消耗品として使い倒せるようになってきて、ファブリケーションという概念と共に、浸透してきていると現場で感じます。
普及におけるひとつのキーワードは、“材質”だと思います。
というのも、特にデザインを行うクリエイターは、各素材の材質についてきちんと知っている人々です。ファッション・デザイナーなら、何気なくラフを描いているようでも、その頭の中では、ここはこの布を使って、こういう風合いで……というように、布の種類、手ざわり、撚(よ)れた時や、着ている人が歩いた時の服の流れ方が、思い浮かんでいるはずです。陶芸家の人だってそうでしょう。みんな、自分が扱う材質、あるいは材質ごとの違いについてよく知っている。
3Dプリンタを目の前にした時、最初はこうした材質の点で戸惑うはずなのです。というのも、3Dプリンタで多く扱われているのは樹脂ですから、知悉(ちしつ)している材質と異なる。だから、好きなように造形ができると言われても、すぐさま対応するのは難しい。試しにつくって、考えてまたつくって……という、触りながら理解していく、時間のかかるプロセスが必要だと思います。材料の特性を知ってこそ、発想が花開くわけですから。
金属から食品、果ては肉、臓器まで
その意味で、3Dプリンタで扱うことのできる材料の幅が広がってきていることは、注目すべきだと思います。まだ非常に高額ではありますが、金属を扱えるプリンタが出てきました。これは誰もが期待する、3Dプリンタによる工業製品の生産へと、道を開くものです。もちろん、熱、薬品への耐性、力学の観点からのチェックなどを経てからでないと、たとえば車やオートバイ、飛行機の部品といったものへの応用はすぐにはできません。しかし、その端緒は既に開かれている。
他にも現実的な利用のされ方として面白いのは、今は食品の3Dプリンティングですね。天才的なパティシエであっても難しいような造形の生地をプリントして、それを焼けばそのまま美味しい焼き菓子になる、といったものです。
そこから肉まで扱えるとなってくると、人間の体に必要なものを3Dプリンティングする、ということも可能になってくる。人工の身体や、臓器の世界ですね。いずれにせよ、3Dプリンティングは扱う材質の広がりによって、多様な可能性を見せるようになってきています。
プリントの仕方も、選択肢が広がれば
とはいえ、扱える材料を増やしていくというのは、そんなに簡単なことではない。そして早期に考えるべきは、そもそものプリントの仕方についてであるかもしれません。
一般社会を含めて、私たちがよく知っているプリントの仕方は「プリントした層の上に新たに層を重ねていく」というものですよね。積層として3Dの造形をプリントアウトしていく。ただこれだと、造形のパターンとして限界があることも事実です。
一方で、液体に対してレーザーを当てるとそこだけ硬化して、液体の中から綺麗な造形が出てくる、という技術もあります。
そこからもっと、既存の概念から離れて考えれば、たとえば空中の一点に対して、周囲から多角的に材質を噴射し、それによって造形をしていく、というテクノロジーを夢想することもできるでしょう。あったらいいな、という想像の話ではありますが、3Dプリンティングの仕方自体も、現状のものだけがすべてとは限らないのです。
実は誰もが、潜在的な3Dプリンタユーザー
そして、私が期待するのは、日本社会の皆さんが、実は気づかずにもっている“ものづくり”の技術と、3Dプリンタの技術が出会うことによる、ファブリケーションの融合です。
実は世界的に見ても、日本では教育を通じて知らず知らず“ものづくり”の力がかなり鍛えられているはずなんです。幼稚園ではみんな絵を描くし、折り紙をしたり、紙粘土を扱ったりしますよね。小学校から中学・高校に上がっていっても、図工や美術によって、ある種の工芸的な教育はずっと行われている。実は木を削るみたいな基本から、ものをつくるといったことが多かれ少なかれ皆さんできるんです。働いている間はなかなかそうした技術からは離れてしまうこともありますが、中高年になってから陶芸や絵の教室に通うような方も多いですよね。
そうした文化的な分厚さが、3Dプリンタの技術と出会ったら、それは大きなアドバンテージだと思います。
まだ3Dプリンタの出力はなかなかキレイには出ませんから、伝統工芸の世界で伝承されている“磨き”の技術との融合、ということもできるでしょう。他方で、立体の中に立体が入れ込んである、というような、職人さんでも難しい造形が、3Dプリンタには可能です。
工芸品のような、3Dプリンタによるファブリケーション――テクノロジーと文化が出会うことによる新たな“ものづくり”の可能性に、僕は胸を躍らせているのです。
次回の公開は3月28日頃です。