デジタルハリウッド大学学長・杉山知之さんによる好評連載、第5回。デジタル技術の歩みを語るうえで、今語らなければいけない大きなテーマのひとつが「ブロックチェーン」だ。
仮想通貨ブームを振り返りながら、それにとどまらない、クリエイターにとっての有用性をも両睨みで捉えていく――インターネットの勃興期を生きてきた杉山さんならではの視点が光る。
聞き手:米田智彦 構成:宮田文久 写真:神保勇揮
杉山知之
デジタルハリウッド大学 学長/工学博士
1954年東京都生まれ。87年よりMITメディア・ラボ客員研究員として3年間活動。90年国際メディア研究財団・主任研究員、93年 日本大学短期大学部専任講師を経て、94年10月 デジタルハリウッド設立。2004年日本初の株式会社立「デジタルハリウッド大学院」を開学。翌年、「デジタルハリウッド大学」を開学し、現在、同大学・大学院・スクールの学長を務めている。2011年9月、上海音楽学院(中国)との 合作学部「デジタルメディア芸術学院」を設立、同学院の学院長に就任。VRコンソーシアム理事、ロケーションベースVR協会監事、超教育協会評議員を務め、また福岡県Ruby・コンテンツビジネス振興会議会長、内閣官房知的財産戦略本部コンテンツ強化専門調査会委員など多くの委員を歴任。99年度デジタルメディア協会AMDアワード・功労賞受賞。著書は「クール・ジャパン 世界が買いたがる日本」(祥伝社)、「クリエイター・スピリットとは何か?」※最新刊(ちくまプリマー新書)ほか。
P2Pの台頭時から問題だった「著作権」
インターネットがその歴史を歩み始めて、すぐに発生したのが著作権の問題でした。
つまり、P2P(Peer to Peer)によって、自分のパソコンと他人のパソコンがダイレクトにつながり、相手とファイルを簡単に共有することができるようになった。これ自体は面白いことだったわけです。
しかし、音楽のファイルをシェアしようとする動きが活発になると、それによって大打撃を受けるアメリカの音楽業界において、「インターネットはけしからん」という風潮が一気に広がります。1999年に設立された、P2Pによる音楽ファイル共有サービス・Napsterが、アメリカレコード協会などから提訴され、敗れたのが象徴的でした。
インターネットにおける著作権は、90年代の頃からずっと解決されずに残ってきた問題です。そこに、ブロックチェーンという技術の登場によって、光明が差したのです。
音楽に限らず、ファイルが共有され、あるいはコピーされていくインターネットの世界においては、本来の製作者や所有者といった情報がうやむやになってしまいがちです。しかし、ブロックチェーンは分散された「台帳」によって常に履歴を追うことができる。これまで難しかったトラッキングが、可能になりました。
仮想通貨は、ブロックチェーンのすべてか?
後で述べるように、これはクリエイターにとって大変な技術の登場でした。一方で、そうした技術を最初にみんなが使いたがったのが、仮想通貨だった、というように私は見ています。
もちろん、ブロックチェーンにはそうした方面の可能性も多く眠っています。偽札などが流通してしまっているような社会においては地域通貨として人々の暮らしを支えるポテンシャルがある。特に、近年は多くの人々がスマートフォンを手にするようになりましたから、新たにリアルな通貨を作り出すよりは、デジタル技術による通貨を流通させる方が、よほど簡単な時代になりました。
もちろん、国家の側からすれば、これまで中央集権的なシステムである銀行においてトラッキングできていた取引が民間に移行し、海外送金の履歴も見えなくなるわけですから、嫌がる向きもあるでしょう。
だからこそ民間だけでなく、公的機関でも使えるようになれば、より波及効果が出てくるはずです。この方面においては、たとえば土地の権利書のようなものにも応用していけるでしょう。
ブロックチェーンの代替技術も考える
ただ、インターネット関連技術の歴史をずっと見てきた私からすると、ひとつ気になることはあります。それは「ブロックチェーンの代替技術はないのだろうか」という問題です。
仮想通貨においては、取引履歴を台帳に追記するという暗号化システムへ、有志が参加すること=マイニングが必要である、ということはご存知の通りです。参加者には分け前が与えられますから、今も多くの有志が演算装置であるGPUを大量に並べ、マイニングに精を出しています。
しかし、マイニングには圧倒的な時間と電力がかかる。仮想通貨の価値を保障するためには、そこまで苦労して計算しなければいけないのか、という理不尽さを感じることも事実です。
仮想通貨は、たしかにブームとなっています。しかしその一方で、私の知り合いの研究者たちは既に、ブロックチェーンの代替技術を模索しています。インターネットの技術の歴史は、何かひとつのテクノロジーが出てくると、それが一世を風靡していきますが、やがてまた次の代替技術が出てくる。そうしたことも考えながら、ブロックチェーンに向き合うべきだと感じます。
期待すべきは「デジタルデータの著作権問題」の解決
やはりその意味で、私がブロックチェーンに可能性を感じるのは、著作権、コピーライトの問題解決、という側面なのです。
デジタル技術が抱えている根本的な問題として、AをコピーしたBというファイルがあったら、AとBは同じものに見えてしまう――データだけ見たら、それが世界にひとつであるということを証明しづらい、という課題があった。
しかし先述したように、ブロックチェーンは、こうしたデジタル技術、およびインターネットの宿痾(しゅくあ)とも呼ぶべき課題を解決してくれるかもしれないのです。
デジタルハリウッド大学で多くのクリエイターを見ている立場としても、この可能性には期待しています。たとえば、ある映像が撮られ、数十年単位の長い時間が経ったとします。これまではそれを二次利用しようとしても、制作者や権利者、あるいは映っている人の情報や連絡先がわからず、たとえ元の制作者がフリーで使っていいと思っていたとしても、利用できないということが数限りなくありました。
キャラクターに関しても、こういうことが多く発生します。「このキャラクター、いいな!」と思って後世のクリエイターが使おうと思っても、誰が作ったのかも、どこに許可をとっていいのかもわからない、ということはザラだったのです。
しかしこれからは、データにそうした情報をすべて書き込んでいけば、所有者が移っていっても、ブロックチェーンによってトラッキングすることが可能です。二次利用、三次利用、四次利用も、圧倒的に簡単になることでしょう。
実際にブロックチェーンによって、どのようにクリエイターを守るのか。あるいは、さらなるクリエイションを創発することができるのか。これもまた、多くの人がいま研究を進めているところです。
インターネット技術の歴史に根ざし、冷静な目を持ちながら、ポテンシャルを追究していく。ブロックチェーンを考えるということは、デジタルの世界に生きる者にとって、非常に重要な観点をも与えてくれるのです。
次回の公開は1月30日頃です。