去る11月28日、デジタルマーケティング業界をリードするグローバル企業「セールスフォース・ドットコム」の東京オフィスにて、「デジマMeetup Event!」第1回目が開催された。
セールスフォースといえば、クラウド上での顧客管理「CRM」向けソフトウェアを提供する「SaaSビジネス」のパイオニアであり、その規模は世界最大級を誇る。
今回、パネリストとして登壇したのは、同社専務執行役員 ジェネラルマネージャの笹俊文氏と、デートラマ マネージング・ディレクター・ジャパンの布施一樹氏。モデレーターを務めたFINDERS編集長の米田智彦が新規事業立ち上げの実際の話について切り込み、本音をまじえたトークが展開された。
創業20年足らずで1兆円を超える売上を叩き出し、今もなお成長を続けるセールスフォースが実感するビジネス立ち上げ時のリアルとは?イベント当日のトークセッションから抜粋して紹介したい。
聞き手:米田智彦 取材・文:庄司真美 写真:松島徹
笹俊文
株式会社セールスフォース・ドットコム/専務執行役員 ジェネラルマネージャ/デジタルマーケティング・ビジネスユニット/クラウド・セールス/韓国リージョン
2011年よりセールスフォース・ドットコムに参画。公共・金融 業界を担当する営業技術部を統括し、2014年6月より同社 にてMarketing Cloud本部を立ち上げ、現在はB2C Digital Marketingのソリューションのみならず、すべての製品営業部 を統括。趣味:音楽制作と語学(英語、中国語を話すトライリンガル)。
布施一樹
株式会社セールスフォース・ドットコム/Datorama, a Salesforce Companyマネージング・ディレクター・ジャパン
デートラマの日本代表として、国内のオペレーション、営業・ 成長戦略の立案・実行を担当。2015年の国内オペレーショ ン開始後、国内組織の構築・拡大、電通デジタル、博報堂 DYデジタル、Yahoo JAPAN、ネスレ日本へ導入を実現。 デートラマのソリューションを通じて、ますます深刻化する マーケティング・ビッグデータ統合/可視化/分析の課題解決 に従事する。デートラマ以前は、サイズミック(旧メディアマインド)の日本代表を10年務め、2018年8月のセールスフォースによるデートラマ買収により、セールスフォースの一員となる。趣味は、マラソン、料理、旅、子育て。
業界最速で成長したセールスフォースの強さの秘訣
1999年に米サンフランシスコで創業した、CRM(顧客関係管理)の世界シェアでトップを誇るセールスフォース。ソフトウェアの切り売りではなく、これまで一貫してクラウドでビジネスの立ち上げをしてきたベンダーだ。『フォーブス』誌では「世界でもっとも革新的な企業」として4年連続で1位に選ばれるほか、創業20年以内に売上1兆円に達したのは、業界最速と言われている。
―― セールスフォースが評価されるポイントはどこにあると捉えていますか?
笹:クラウド上で全世界の顧客が常に最新のバージョンにあって、開発リソースをすべて新しいバージョンに投入し、その上で新技術を取り入れるのがうまいということで評価いただいています。セールスフォースが提供するサービスや製品は、企業が持つ顧客情報を一元管理するものなので、顧客をよく知ることができます。その上でそれぞれに最適なサービスを提供できるのです。そもそも創業当時から、「セールスフォース・オートメーション」というソリューションを提供する事業から始まり、企業の営業やコールセンター、メッセージ・アプリケーションなどのすべての接点を網羅しながら現在まで進化を続けています。
セールスフォース・ドットコム専務執行役員 ジェネラルマネージャの笹俊文氏
―― 笹さんは4年半前に日本の市場にはなかったプラットフォーム「マーケティング・クラウド」を立ち上げ、日本での市場を成熟させ、さらにグローバル展開も兼務されていますよね。
笹:今年の5月からは韓国のジェネラルマネージャも兼務しています。
―― では、布施さんが日本代表を務めていたデートラマは、セールスフォースのM&Aにより統合されましたが、この背景について伺えますでしょうか?
布施:M&Aの背景としては、デジタルが進化していく中で、マーケッターは、複数のブランド、領域、キャンペーンで施策を管理していかなければなりません。マーケティングのゴールを達成するにはターゲットにリーチするための新しいチャネルが必要ですが、代理店やメディア、データ分析会社など、チャネルもデータも分断化しているのが現状です。
一方で、顧客が複雑化していて、それぞれのマーケティングの施策に沿ったチャネルごとの最適化が求められています。たとえば、企画したキャンペーンの売り上げにどのくらい貢献できたかどうかなど、明確な答えを求められるのです。マーケッターが直面する課題はデータの波に溺れてしまい、それを活用することが技術的にも管理する上でも難しいということ。その点、デートラマは、AIのソリューションを活用し、あらゆるマーケティングに関わるデータを瞬時に統合します。自社のキャンペーンデータに加え、消費動向や競合などの調査データを接続・統合することで、リアルタイムで求められる意思決定ができるソリューションになっています。
セールスフォース・ドットコム デートラマ マネージング・ディレクターの布施一樹氏
―― 布施さんはセールスフォースの強みについてはどのように捉えていますか?
布施:ジョインしてわずか3カ月ですが、「SaaSビジネス」のリーディングカンパニーとして、数あるテクノロジー企業の中でも、“カスタマー・サクセス”に対するコミット力が非常に強いと感じています。デートラマは、スイート製品(※)であるセールスフォース・マーケティング・クラウドのひとつの製品として、笹率いる組織とともにプロダクトの専任チームに所属しています。これからマーケティング・スイートのデータのハブとして統合し、新しいステージを迎えようとしています。
※スイート製品:単体としても発売されている複数のアプリケーションをセットにした製品。
リーダーに重要なのは、リーダーシップはもちろん、ソリューションへの興味と理解
―― セールスフォースの強みは、他社にはない独自性や他社に先駆けたスピード感にあると、お話を聞いて感じました。また、デートラマがジョインしたことで、ソリューションがよりパワーアップするのではないかと思います。入社前の印象はいかがでしたか?
笹:顧客視点でみると、うちの商品はサブスクリプション型のビジネスなので、すぐに始められるし、いつでもやめられるという点においても使い勝手がいいと思います。一方で、それぞれの業務にオンプレミス(※)のソリューションを導入してしまうと、高額な投資をした分、融通が効かなくなります。
※サーバーやソフトウェアなどの情報システムを企業の設備内に設置し、自社運用すること
私は、業務アプリケーションのベンダーに勤務していた時期が長かったのですが、そこはソリューションの売り切り型のビジネスなので、「顧客満足度」の向上を掲げつつも、結局は売ることしか考えていないところがありました。入社前からセールスフォースは常に顧客視点で文化を作っているということを聞いていましたが、実際入社してからの方がその実感は強いです。
新規事業立ち上げの経験を豊富に持つ笹氏と布施氏。笹氏は以前、ERP(※)の中堅ベンダーの立ち上げに関わり、ソリューション導入のコンサルティングや組織編成などを経験。さらに、シリコンバレーのアリバ社(現在はSAPに買収)にて、ソフトバンクの孫氏と組んだジョイントベンチャーの立ち上げにも参加。3社目のセールスフォースでのデジタルマーケティング事業の立ち上げが、自身の集大成だと語る。
※ERP(Enterprise Resources Planning )の略で、企業経営の基本となる資源要素(人・物・お金・情報)を適切に配置し、有効活用する考え方。
布施氏はスタートアップの立ち上げを10年、その後、デートラマの立ち上げを経験。振り返ると、最初のスタートアップでの10年の経験が、デートラマでの事業の礎になっていると語る。しかも、スタートアップでの10年間で、M&Aが2回、ボスが5回替わり、会社の名前も5回変わるという先行き見えない状況を経験。
―― さまざまな事業立ち上げの経験をお持ちのお2人ですが、事業を軌道にのせ、成功に導くために必要なことは何だと思いますか?
笹:逆説的に言うと、「ソリューションを分かっていないリーダーには任せるな」。まずはこれが一番重要だと、経験上思います。90年代の外資系企業の多くは、社長が持つ人脈を買っているところがあって、「あの有力者を知っている」という社長さんばかりが交代で雇われていたのです。それよりも大事なのは、リーダーシップ。特にスタートアップ立ち上げのときは、そのビジョンの如何によって大きく左右されるからです。
布施:次に何が起きるか分からない状況で、どのように成功を定義し、今後の事業の成長を担保していくかということを考えなければなりません。よく、「VUCA(※)」の時代と言われますよね。私はまさにその渦中でもがき、前向きな性格が功を奏したのか、気づいたら10年経って、その変化の中での成功法則を見つけることができました。その10年間で感じたのは、すでに確立された事例のあるプロダクトがないとどうにもならないということです。特に「SaaSビジネス」のような新しいツールのファースト・ユーザーに日本人はなりたがらないということもあります。だからこそ大事なのは、優れたプロダクトを持った会社とともに、しっかりとしたオペレーション体制を築いて、いかに事例を作れるか。昨今、海外のスタートアップがどんどん日本に参入していますが、プロダクトの質や事例はきちんと見極める必要があると思っています。
※VUCA:「Volatility(変動)」「Uncertainty(不透明)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」を指す。
―― お2人とも、やはり強力なリーダーシップとソリューションの強さを挙げられますね。それから笹さんがおっしゃる「ソリューションへの興味」は基本的なことですよね。
笹:特にリーダーはお客様のビジネスペインを理解したいという興味がないと成り立ちません。そのソリューションに投資したときのお客様の利点や利益についてもリーダーは興味を持ち、理解する必要があるからです。リーダーがネットワークだけで営業をすると、お客様目線での成功をあまり考えない組織になりがちなのです。
採用の見極めは「ポテンシャル」と「パッション」。ただしそれだけでは……。
―― それでは、新規事業を手がける上での面白さや難しさについてはいかがですか?
笹:私が立ち上げた「マーケティング・クラウド」は、eメールエンジン、モバイルアプリへのプッシュ通知、LINEのためのコネクターといった、個別のツールを1つに統合し、複数のチャネルでのデジタルキャンペーンを実現するために構築したものです。日本では初めてのものなので、新しいマーケットを立ち上げていく中で、そもそも経験者がいないのです。しかも立ち上げ初期は、多くの人を雇えません。少数精鋭で人を雇うとなると、人の見極めが重要になります。そうした中で人を見極めるポイントは、“ポテンシャル”と“パッション”。小さな組織から将来を見据えて、やりきれる人なのかどうかという点を見るわけですが、ここが一番難しい部分でした。一方で、事業の立ち上げから3〜4年を経て、今も立ち上げ当時のメンバーが残っていて、苦楽をともにした仲間と一緒に作ってきたという実感があって、そこが面白さでもあります。
当日は、広告代理店やさまざまなジャンルの企業のマーケッターが大勢参加した
布施:面白さで言えば、まずはいろいろなことができること。大企業に属していると自分の仕事は固定化されがちですが、新規事業やスタートアップはゼロからなのでやりたいようにできます。ただ同時に、結果に対しては非常に厳しい。だからこそ、結果にコミットしながらやり方を自分で決めて、スピードに乗って結果を出し続けることに、面白さと難しさがあります。
難しい点で言えば、笹同様、採用ですね。たとえば、輝かしい実績の履歴書をリクルーターからもらって、実際会ってみると、非常に好感触で、情熱も感じられるのです。でも、いざ働き始めると、“パッション詐欺”に遭うことが多いのです(笑)。その人の意欲や情熱を感じられるとつい信じてしまいますが、パッションだけではなかなか判断しづらいものがあります。
―― 私も今、スタートアップの立ち上げを経験しているので、とても胸に突き刺さります(苦笑)。スタッフィング・デザインはもちろん、教育も難しいですよね。笹さんはほかに、立ち上げ時に苦心した点はありますか?
笹:私が立ち上げの責任者として一番難しさを感じたのは、この1、2年の短期的なことではなく、いかに継続してビジネスを伸ばせるかということを考えながら意思決定しなければならないことです。それが一番顕著に出るのが価格ディスカウントで、現場の営業は、「はじめは安くしないとお客さんが買ってくれない」などと言うわけです。でも、特にデジタルマーケティング業界の人材は引く手数多なので、お客様の担当者の転職も多い業界です。下手にディスカウントしてしまえば、それが業界で知れ渡ってしまうのです。
顧客は増やしたいけれど、一度値切ってしまうと市場が崩れる。私と営業現場とディスカウントのせめぎ合いがありましたね。結果的にそこで市場を崩すと、デジタルマーケティング・プラットフォームの市場が日本に根付かなくなるだろうと思い止まりました。
セールスフォールスの「マーケティング・クラウド」は汗と涙の結晶でできている!
―― 市場や人材を見極めながらリーダーとしてのさまざまな葛藤があったのですね。セールスフォースにおけるデジタルマーケティングの立ち上げは、登山にたとえると、現在何合目まで来ていると思われますか?
モデレーターを務めたのは、FINDERS編集長の米田智彦
笹:ステップ10まであるとしたら、まだ5ぐらいだと思います。4年半前にリリースした「マーケティング・クラウド」は多くの大手企業にも導入いただき、どんどんバージョンアップしていますが、あくまでツールを駆使することで、どんなことをするかが重要です。現状はまだサポート人材含めて市場環境がすべて揃っていないので、弊社としてはその環境をまだまだ作っていく必要があると考えています。
―― どれくらいのスパンで10合目を目指していますか?
笹:理想は2020年までですが、現実的には2023年くらいまでかかると見込んでいます。あと5年の間に、弊社がこれまで買収した製品を含め、一気通貫で顧客を支援できるシステムを築く必要があります。また、コンサルファームや広告代理店を含めたマーケッターがクラウド上で満足のいくデジタルマーケティングができる環境を築いていきたいと考えています。
―― 布施さんがジョインして3カ月目の視点から見た、セールスフォースのデジタルマーケティング事業についてはどのように感じていますか?
布施:そもそもセールスフォースのデジタルマーケティングの事業自体は、8〜10社のM&Aを通じて構築されました。そう言うと簡単に聞こえますが、そのためには十分な調査と検討が不可欠です。さらに、そこでテクノロジーを作る人と既存顧客との関係を維持していくためのマーケティングも必要で、その上でプロダクトの質を高めていくことは、実は汗と涙の結晶の賜物なのです。単純にお金をかければ何かが変わるものではないので、そこに対するコミットが重要です。その点、セールスフォースは、私が想像していた以上にコミットしてきたと感じています。
実際にユーザーと現プロダクトについてお客様とお話しする機会があったのですが、「最初は他社のソリューションの方がいいように思えたけれど、この3〜4年間でプロダクトが進化していますね」とおっしゃっていました。それは、プロダクトに投資しながら事業をしっかりと成長させていった結果であり、それが数字にも表れています。
今、まさにセールスフォースは5合目から10合目に登ろうとする過程にあります。大企業でありながら、スタートアップ・スピリッツを持って日々アップデートされていく空気があることに驚きました。それが私自身にとっても安心材料であり、共感できる部分であり、これからも一緒にやっていけるという確信に変わりつつあります。
―― 企業におけるプロジェクトリーダーの役割とはどのようなものだと考えますか?
布施:会社の成長ステージにおいてリーダーの役割は変わりますが、笹が言ったように、たとえばディスカウントすることが一番容易な判断だと思える場面に直面したとき、3年、5年を見据えて最適な意思決定をいかにできるかだと思います。そんなときこそ、信念のもと、全員から反対されても押し切れる力が必要です。
笹:布施の話に続きますが、物事を判断するのは難しいことです。何を判断理由にすればいいか迷う時に、私がこの会社で学んだのは、お客さんにとってどうなのかを第一に考えれば、外すことはそんなにないということです。逆に、自分の個人的なアジェンダなどが先に来てしまうと絶対にブレてきます。腹を括っていないと、カスタマー・ファースト志向で動けないこともあります。ただ、その志向があれば、お客様と話す時にパッションが沸き起こります。パッションの源はお客様であり、「あなたのために考えてきた」という部分が軸足として完全に自分の中で腹落ちしているかどうかがポイントで、そこがリーダーに求められる部分だと思います。
―― 最後に未来のセールスフォース像についてはどのように考えていますか?
笹: 2004年にセールスフォースはニューヨーク証券取引所に上場したのですが、ティッカーマーク(日本でいう証券コード)は、通常だと社名を略して「SFDC」となるところを、「CRM」として上場しています。そこに顧客接点、顧客関係、顧客エンゲージメントのベンダーというスピリットが現れていると思います。その気運は今も変わりません。
これまでの立ち上げを振り返ると、あらためてデジタルマーケティング事業は、おもてなし文化を有する日本の文化と合っていたと思います。デジタルマーケティングをやる上で、まずはお客様をよく知ることが重要であり、その上でお客様が期待するものを提案するという、おもてなしの考えとマッチしているからです。だからこそ、速いスピードで成長することができたのだと考えています。
今後は、日本ならではのおもてなし文化に基づき構築したデジタルマーケティング事業を韓国、台湾、中国にも展開していきたいと思います。グローバル視点で、日本ならではのおもてなし精神を自分たちのビジネスに紐づけていければと考えています。
―― 笹さん、布施さん、本日は興味深いお話を誠にありがとうございました。参加者のみなさんも「デジマMeetup Event!」第1回目のご静聴誠にありがとうございました。ぜひここでのつながりを通じ、これからのビジネスに役に立つものを持ち帰っていただければと思います。