岡村靖幸の2017年春ツアー「ROMANCE」で販売されていたコットンセーター。現在は完売。
(C)Amimono Horinouchi
取材・文:6PAC
編み物☆堀ノ内
ニットデザイナー
桑沢デザイン研究所卒業後、グラフィックデザイナーに。2012年頃より編み物☆堀ノ内名義で編み物活動開始。手編みと機械編みの二刀流。
https://www.amimono.tokyo/
https://www.instagram.com/amimono_horinouchi/
時代のアイコンがデカデカと編み込まれた「ダサかっこいい」ニット
おしゃれに敏感な人であれば、キャラクターや有名人が“プリントされた”Tシャツを持っているという人は多いだろう。では、キャラクターや有名人が”編み込まれた“セーター”を持っている人はどれだけいるだろうか。キャラクターや有名人が“編み込まれた”1点もののセーターやバッグなどのニット製品を製作しているのがニットデザイナーの編み物☆堀ノ内氏だ。
編み物☆堀ノ内氏
(C)Amimono Horinouchi
同氏がセーターに編み込んだ人物は、デヴィッド・ボウイ、プリンス、グレイス・ジョーンズ、ビズ・マーキーといった海外アーティストから、横山やすし、松田聖子、たのきんトリオ、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)といった懐かしい顔が揃う。また同氏のインスタグラムではこうした超有名アーティストのみならず、80年代から活躍し続けるニューウェーブ~ポストパンクバンドのFRICTION、芥川賞作家の町田康がボーカルを務めたパンクバンドのINUなどコアな音楽好きが思わず反応してしまいそうな顔やCDジャケットのセーターもアップされている。
INUの1stアルバム「メシ喰うな」のジャケット柄のセーター
(C)Amimono Horinouchi
若い世代には馴染みがない時代のアイコンがデカデカと編み込まれたニット製品は、「ダサかっこいい」と話題になったDA PUMPの「U.S.A.」とどこか共通点があるように見える。同氏がインスタグラムで発信しているセーターやバッグなどの新作ニットは、国内はもとより「VICE」や「ELLE」、「Electronic Beats」、「Laughing Squid」など海外のメディアからも注目されている。その同氏に詳しく話を伺った。
ほのぼのとしたイメージの編み物で、ほのぼのとしていない人物を編む
女優の鈴木砂羽のインスタでプリンスのセーターが紹介されている
だいぶ前に、あるウェブサイトでロックをモチーフにした手作りセーターを集めて特集しているのを目にしたという同氏。「セーターといえば、ほっこりとした手芸のイメージがあったので、パンクやニューウェーブのミュージシャンをモチーフにしたセーターに釘付けになった」ことがきっかけで、手編みに挑戦することを思い立ったという。
とはいえ、編み物はおろか簡単な裁縫やボタン付けすらできなかったため、まずは初心者用の編み物ハウツー本を読み漁り、独学で半年かけて手編みを習得した。中でも、小説家として有名な橋本治が1984年に出版した『男の編物 橋本治の手トリ足トリ』(河出書房新社)は、教則本として圧倒的にわかりやすかったそうだ。同書に掲載されていた「山口百恵やデビッド・ボウイの顔が写真のように編まれたセーターが衝撃的だった」という同氏は、「今の私の編み物のスタイルはそのまま橋本先生の影響と言っていいと思います」と語る。編み物は、毛糸を編むという一見素朴な手法で、技術次第ではほぼ無限な表現の可能性がある点が面白いという。
編み物にはおばあちゃんやお母さんのする手芸といったほのぼのとしたイメージがあるが、およそほのぼのとしていない人物を編むという意外性も気に入っているそうだ。
同氏のセーターに編み込まれるモチーフとなる人物は、横山やすしといった芸人からビズ・マーキーのようなヒップホップ・アーティストまで、かなり振れ幅が大きい。どんな観点で決めているのかを訊ねてみると、「モチーフは素直に私が好きな人、尊敬している人、そしてその時代のアイコンとなった人です」という答え。さらに、「横山やすしは、まだ編み物を初めて間もない頃に、絶対うけるはず!という初期衝動だけで作りました。ビズ・マーキーはゴリゴリのラッパーではなく、昔のヒップホップの自由な雰囲気があって好きだったのでモチーフにしました。ピンクベースのセーターであっても全然違和感ないキャラクターも好きです。松田聖子やたのきんトリオは80年代アイドルのアイコンそのものなのでモチーフにしてみました」と、説明してくれた。人間以外のモチーフには対する興味はないのかと問うてみると、「人間以外のモチーフでも、たくさんデザイン画は作ってはいるのですが、実際に編みたい!と思うのが結局のところ人間」だそうだ。
ビズ・マーキー本人のインスタでも紹介された
ニットを編む際は、「全体的に地味にならず、身につけるものとして綺麗な色になるように心がけている」と語る同氏。編み始めて完成するまでに、かなり手間と時間がかかり、後戻りすることはできないので、編む前のデザインの時点でかなり悩むともいう。そのため、デザイン画の時点でボツになることも多いそうだ。
人物の顔を編み込んでいく上で難儀な点は、「いかに顔を簡略化しながらも、リアルな顔になるように製図へ落とし込むということでしょうか」とのこと。手編みで作っていた頃は、完成するまでに1カ月以上かかっていたそうだが、最近は家庭用編み機で作っているため2週間くらいで完成するという。
“アーティスト”ではなくあくまで“デザイナー”として仕事に取り組む
ニット製品の販路だが、同氏のSNSやサイトを見た人から直接連絡をもらい、オーダーメイドで作る場合が多い。
購入者の比率は、6:4で外国人のほうが多いという。同時に、アーティストとのコラボレーショングッズとしてセーターやストールを量産する割合が増えている。これまでに、の岡村靖幸のツアーグッズとして販売されたほか、元BLANKEY JET CITYのドラマーである中村達也が展開するアパレルブランド『GAVIAL』の10周年記念アイテムとしての制作、女性向けファッション雑誌『NYLON』の企画では木村カエラとのコラボレーションセーターを発表している。来年からは株式会社メディコム・トイと協業し、ロックや映画やコミックをモチーフとしたセーター、ストール、ニットブルゾンを主力とした『Knit Gang Council』というニットブランドが正式にスタートする予定だ。
同氏の“ニット製品”を見ていると、ここまでくるともはや“アート”や“作品”として目に映る。それでも、「“ニットアーティスト”と呼ばれることもありますが、自分の中ではこれも普通の仕事のひとつと考えています。編み物を見てくださった方が“アート”と言ってくれることは、もちろんとても嬉しいですが、長い間グラフィックデザイナーとして仕事をしていて、その延長線上に編み物もあるので、特別なことをやっているという意識はあまりないんです」と語る。
一昔前の時代のアイコンではなく、まさに今の時代を切り取ったアイコンであるアリアナ・グランデやテイラー・スウィフトたりをモチーフにする予定はないのか訊いてみると、「アリアナ・グランデもテイラー・スウィフトも好きなんですが、やはり自分的にもうひとつグッとこないと作るまでには至らないです」とのこと。また、同氏のニット製品はピクセルアートっぽいので、ゲームキャラクターとの親和性が高いのではという質問を投げてみたところ、「マリオやパックマンも世代的に大好きなんですが、ゲームキャラは仰る通りドット絵で手芸との親和性が高く、すでに作ってる方も多いです。なので私は“編み物的ではないモチーフ”で作らせていただいています」という答えが返ってきた。
ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手、プロテニスプレーヤーの大坂なおみ選手、歌手の安室奈美恵氏、日本ボクシング連盟前会長の山根明氏など、時代のアイコンと呼べる人は今年もたくさん出てきた。こうした人物の中から、編み物☆堀ノ内氏のモチーフとなりうる人物がいるのかどうか、非常に興味深いところである。