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聞き手・文:立石愛香
伝統、敬い、空気を読むことの過剰=思考停止のブラック職場
学校とは、本来なら教育を通して未来の社会を作る、クリエイティブな職場である。
しかし、戦後にできた「給特法」(教師に対して時間外勤務手当や休日勤務手当を支給しない代わりに、給料月額の4パーセントに相当する額を支給する法律。本来は教師を長時間労働から守る趣旨があった)は未だ変わっておらず、教師は「子どものため」という大義名分のもと、やりがい搾取の労働で疲労困憊している。筆者も公立の小学校と高校で働いた経験があるので、教員の忙しさについてはよく知っている。
今年の2月に、読売新聞の教育面のコーナー『先生の相談室』で東京都の公立小学校副校長からの「居残って子どものノートにコメントを書く若手がいる一方、先輩が仕事をしているのに午後5時には帰宅し、家でも教材研究をしない教師もいます」という相談が掲載された。回答者の都立高校教頭は「教師の責任は重い。たとえブラックと言われようが、ためらわず指導して」と返している。この記事に関してネット上では、「勤務時間外に働いていることは決して素晴らしいことじゃない」「私生活の充実こそが人を成長させ仕事にもいい結果をもたらす」など、教員の働き方や世代間の価値観の違いについて語られた。
こうした同調圧力は学校のみならず、多くの一般企業でもいまだに見られるものではないだろうか。
これまで外には漏れなかった現役教員の悲痛の声も、ブログやSNSなどを通して世の中に届くようになってきている。その中に、斬新な学校教育案(現実化するかはさておき)をユーモアを交えて発信し、教員の仕事も上手くこなしている「小学校教員若手Aさん(以下Aさん)@wakate_kyouyu」がいる。
AさんのTwitterではこんなツイートが見られる。
極め付けは、職員室居残り教員を居座り型、思考停止型、空気読み型、希少型の4つの群に分けた「妄想!!職員室意識改革」というAさんのブログの記事。
こちらも思わず「自分の職場にもこんな人がいる!」と思い浮かべてしまうような分析になっている。
長く職員室にいること=がんばっていると思われる風潮の中で生き抜く方法を、Aさん(以下、A)に直接聞きに行った。
職業のひとつとして教師を選んだ
―― 教員になってからどれくらい経ちますか?
A:講師時代を含めたら、教員になって今年で6年目という設定です。
―― Twitterでつぶやき始めたのはなぜですか?
A:仕事でのモヤモヤを自分の中で溜めてたら、ストレスが溜まって死んでしまいそうだったんです。だから海に向かって吐き出すイメージで、日々の愚痴だとか理不尽なことをTwitterに書き始めました。
―― まだ始めて1年経ってないですよね。そうした中で先日「watcha!」という、Twitterで情報発信しているミレニアル世代の教員のイベントに登壇されましたが、自分の意見を多くの方に伝えたいという思いがあったのでしょうか?
A:いえ、まったくありませんでした。海に向かって愚痴を吐き出しているのが幸せだったので。はじめは講師のお話を断ったんですけど、主催者や登壇者の方が皆さんいい人すぎて断りきれなかったんです(笑)。SNSは単なる愚痴吐き場として考えていたのですが、そこを始まりとして多くの現教員の方とつながり、自分にとってインプットの場になるなんて予想外でした。
―― Aさんから見た、今の学校現場が疲弊していて、ブラックな職場になっている原因は何だと思いますか?
A:非効率的すぎることです。やらなくてもいい仕事がとても多く、授業の準備をする時間がないのに、さらに教育の質を上げようと教科を増やすとか、現場と政策が噛み合っていないことですね。
例えば、学校評価アンケートや効果測定、いじめアンケート。活用できる時間があればよいのですが、全て取るだけに終わってしまっている現状が今まで勤務してきた学校にはありました。PTA関連の行事で土日に出勤を促されることもあるのですが、蓋を空けてみれば誰も望んでいない行事だったこともあります。文章を読めばわかるのに、紙に印刷してわざわざ集まって会議をします。あとは学習発表会や二分の一成人式の類いの行事など、年間指導計画に明記されていないことに時間を奪われることもあります。
団塊の世代が退職して若い先生が多いので、どうしたって今までの教育現場に比べると、キャパが足りないんです。小学校の先生って、我々教員が真面目というところにつけ込んで成り立っている職業なのだと思います。
来た問題を跳ね返し続けるのではなく、直面する問題の根本的な原因を知り、限られた時間の中でその対策を練る必要がありますが、その気力と時間がない若い先生が多いです。気力と効率の悪さを時間で解決してしまっているのが現状です。
今はたくさん時間をかけたもの勝ちになっている。そうじゃなくて限られた時間の中でどれだけ高められるかにシフトしていく方が絶対いいですよね。
―― Aさんは、一日に何時間ぐらい学校にいるのですか?
A:私は、6時から夜19時くらいまで、大体12〜13時間ぐらい働いています。それでも働きすぎかなと思っています。
長く仕事しても、集中力が持たないんです。放課後残っても、何もできていないこともあったので、頭がスッキリしている朝に来ようと。当たり前ですが、目の前の子どもたちのことを思うと、授業の準備が完璧でも睡眠不足でイライラしているより、しっかり休んで元気な姿で立つことの方が大事だと思います。そのためには自分が多少他の先生たちに悪く言われたりすることも仕方がないのかもしれません。周りのお局さまとかおばさまとかお姉さま方が僕が朝来ている姿を見るわけでもないですから。
―― 若手が帰りづらい雰囲気は感じますか?
A:職員室には暗黙のルールがあります。僕自身メンタルもそんなに強くないので、職員室から浮かないためにも、おしゃべりのために残る時間というのを定期的に作っています。いわゆる「ファッション残業」です。
簡単に言うと、仕事をしているふりをしておばちゃんたちのご機嫌をとる時間です。無駄に相談したりして(笑)。そうすると「たまにはがんばってるじゃない」と言われて、職員室での人間関係も円滑に回るんです。自分がやりたいことをやるだけだと、どうしても考え方の違いがあるので、そういったフェイクを今はまだしていかないといけないなと考えています。職場の先生方は仕事に関する考え方は違いますが、子どもに向き合う姿勢や、指導方法など話していて尊敬できる人ばかりなので、案外その時間も大切なんだなって思う時もあります。
同じ人間じゃないから、働き方はいくらでもある
A:今の教員って、子どもに教えることが好きで、割に合わなくても一生懸命楽しんでやれる人たちしか続かない仕事になっていますよね。例えば「特別好きではないけれど、教えるのが上手いから」といった理由で「職業としての教員」を選びたい人もいるでしょうが、そういった人ができない仕事になっている。
―― 教員に限らず、仕事を楽しめる人がやることが理想なんでしょうけど、もっと多様性があってもいいと思いますね。子どもにとって教師というのは、一番身近な大人のモデルケースですから。
A:ええ。長時間働くことが悪いと言っているわけではなくて、やれる人がやればいいんです。一部の人が発する、空気を乱すネガティブな言葉って、その声が大きくなってしまうし、そのしわ寄せは若い人にきて、非常にやりづらい環境を作ってしまいます。
要は、それぞれ教員が自分にあった働き方ができる環境があればいいんです。
ただ、現場の考え方がスクラップアンドビルドではなく、ビルドアンドビルドになってしまっていて。その計画や発想に、仕事を行う教員のエネルギーとか、モチベーションっていうのは加算されていないんです。だけど、スクラップという発想を教員は持ち合わせていないので「若手なんだから経験のためにやれ」。という丸投げ状態になってしまう。やったからといって給料が上がるわけでもないので、外国語や道徳の教科化で高学年のカリキュラムなんてパンパンですよ。
―― 教員って、本当にやることが多くて、上からどんどん落ちてくるテトリスを片付けるのに精一杯で、どこに向かって日々仕事をしているのか、特に若い先生は分からなくなりますよね。先輩の先生には、「いずれ慣れるよ」とか言われるんだけど、慣れる前に潰れてしまうわって(笑)。
ところで、インターネット上でも学校の中でもいいんですが、今後チャレンジしたいことはありますか?
A:日々を楽しむことですね。これってすごく難しいことだと思う。自分のクラスにも上手くいかないところはいっぱいあるんですが、できるだけできていることに目を向けたいです。
差別だとかいじめだとかをしなくても、学校は楽しいということを理解できる「楽しい」ものを日常的にたくさん投入していきたいと思っています。「楽しい」の積み重ねが、良いクラスにつながっていくだろうなと、この夏休みに考えました。
―― 今後は、Aさん主催のオフ会も開催される予定なんですよね。
A:日頃、謙遜するのが美徳だと思われている小学校教員ですが、単に自分のクラスの自慢をし合って、自己肯定感を高める会を開こうと思っています。
根性論以外にも、やり方はいくらでもある
そして今年の夏休み中旬、Aさん主宰のオフ会が都内の喫茶店で行われた。集まったのは、20代の現役小学校教員、6名。
それぞれのクラスで実践していることを共有し合い、下記のような発言がみられた。
「やっぱり掃除ですかね。10分掃除!とにかく仕事が早い!早く動けばそれだけ自分たちで使える自由な時間が増える。メリットを提示することによって内在的価値観から自発的に掃除をがんばるようになります」
「僕のクラスでは、1週間や2週間で席替えをします。方式は対面式です。新しい子と関わる必然性、そして席替えそのものの価値が子どもたちの中で軽くなる。色んな友だちと、色んな座席で学ぶことによってどの席が集中できるのかを自分でわかってほしい。ただし、好きなもの同士ばかりにならないように意図を話しておく必要があります」
開催は夏休み中だったこともあり、2学期のスタートの切り方や難しい高学年女子への指導法や関わり方まで話は広がっていった。中には初任者もいたが堂々と自分のクラスの実践を話し、その場にいた全員が自分の学級をより良くするために、アイデアを最大限持って帰ろうとしていた。
彼ら彼女ら、ミレニアル世代の現役教員はTwitterでただ文句を言っているだけではない。自らの仕事=教育に非常に熱心に向き合っている。
何度も言うが、これは教員の世界に限ったことではない。あなたの職場にも必ずカットできる仕事はあるはずで、仕事が時間内に終わらないならシステムを変える必要がある。いつの時代にも小学校教員若手Aさんのような、新鮮な目線を持ちながら前向きに仕事に取り組み、新しい風を巻き起こす者が現れる。それを邪険に扱うのならば、その組織は変わるチャンスを失うのだ。