EVENT | 2018/09/10

「そんなの常識でしょ」という知識にこそ潜むビジネスチャンス。リアルテックファンドの「Mitaxis Class vol.1」レポート

微細藻類研究やミドリムシ関連製品で有名なユーグレナグループらが運営する研究開発特化型ベンチャーキャピタルファンド「リアル...

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微細藻類研究やミドリムシ関連製品で有名なユーグレナグループらが運営する研究開発特化型ベンチャーキャピタルファンド「リアルテックファンド」は、「サイエンス&アート」 をテーマとした創造性拡張実験プロジェクト「Mitaxis(ミタクシス)」を始動した。

同プロジェクトは、普段は交わらない「科学者」、「アーティスト」などが一堂に会して未知なるものへの向き合い方を学び、これまでにないアウトプットを生み出していくための思考法や表現力を育むことを目的としている。 

その第1弾企画として、レクチャーとワークショップを行う「Mitaxis Class(ミクタシス・クラス)」を開催。毎月1回のペースで実施され、1stシーズンは全3回を予定している。第1回目では現代アート作家であり同時にサイエンティストでもある脇田玲氏を講師に迎え、レクチャーとワークショップを行う「Mitaxis Class Vol.1 -見えないものを表現する-」が、7月20日にユーグレナの田町オフィスにて開催された。 

取材・文:立石愛香 写真:神保勇揮

永田暁彦

リアルテックファンド代表

独立系プライベートエクイティファンド出身。2008年に株式会社ユーグレナの取締役に就任。ユーグレナにおいては、事業戦略立案、M&A、資金調達、資本提携、広報・IR、管理部門構築、東証マザーズ・東証一部上場など、技術を支える戦略、ファイナンス、管理業務分野を担当し、当該領域に精通。リアルテックファンドでは、代表としてファンド運営全般を統括する。

脇田玲

慶應義塾大学環境情報学部教授

目の前にありながらも知覚することができない自然界の姿を可視化することに興味を持つ。特に近年は、流体力学や熱力学のモデルに基づくソフトウェアを開発し、科学と美術を横断するビジュアライゼーションに注力している。これまでに、アルスエレクトロニカ・センター、WROアートセンター、文化庁メディア芸術祭、SIGGRAPHなどで作品を展示。(HP

世の中には「理解が足りないがゆえの損失」が多すぎる

 まずはじめに、リアルテックファンドの代表、永田暁彦氏による挨拶とプロジェクト始動に至った経緯が語られた。

永田暁彦氏

「人っていうのは、他者やその人がやっていることに対するイメージができないとか、理解できていないといったことが積み重なって、目の前にある本質的価値を失ってしまっていると常々思っています。世の中に、本当はしなくちゃいけないこと、お金が集まらなきゃいけないこと、人がもっと力をかけなくちゃいけないことなんかが、すぐそこにあるのに、気づかなかったり、分からないふりをしたり、わかりやすいものから手を付けてしまうということが溢れてすぎている」(永田)

同氏はそうした想いのもと、解決策のひとつとしてリアルテックファンドを設立した。FINDERSでは彼の単独インタビューも掲載しているので、ぜひ一読いただきたい。

関連記事:本質的な価値を持つ「研究者」に投資し、カネでカネを生む資本主義に立ち向かう─リアルテックファンド代表・永田暁彦

今回のイベントは前述の通り、「科学者」、「アーティスト」などを集め、「サイエンス」と「アート」に共通する未知なるものへの向き合い方を学ぶという趣旨だが、なぜそのように考えるのか。同氏はその理由をこう説明する。 

「僕は元々サイエンティストとアーティストがかなり近い人種なんじゃないかと思っています。いずれも自分たちの内面から湧き出す好奇心があり、それを表現・可視化させているからです。そして世の中の多くの物事は、研究者とアーティスト、そしてビジネスやファイナンスを担う経営者がつくったもので構成されていると考えているんですが、今までのリアルテックファンドはファイナンスとサイエンスだけに集中してきました。しかし、これにプラスして、アーティストの要素がこれからは絶対に必要だと考えています。うまくいけば、今までの資本経済から異次元のステップアップができるかもしれません」

新しい技術が我々の生活にどう影響を与え、変化していくのか

続いて、今回のゲストである脇田玲氏(慶應義塾大学環境情報学部教授)のレクチャーが行われた。同氏は大学院時代には3D CADの研究をしていたサイエンティストであり、同時に小室哲哉とコラボした現代アート作品などを発表するアーティストでもあるという、今回のテーマにピッタリな存在だ。

脇田玲氏

今回は脇田氏の過去作品の制作行程を説明しながら、「ものを視るという行為を通じてどんな発見が得られるのか」ということを改めて考えるという内容のレクチャーが行われた。 

脇田氏の作品は「Aを行うとBが発生する」といったような科学的な現象をビジュアライズしたものが多い。例えば2014年から16年にかけて発表された「Furnished Fluid(家具付けられた流体)」では「展示会場に設置されたイスのミニチュアが、室内の空気の影響をどのように受けているか」ということを独自開発した流体力学ソフトウェアを用いてビジュアライズし、スクリーンに投影している。

同氏の作品は目に見えないものを見える化することで、そこには確かに「それ」が存在するのだということを知覚し、新たなインスピレーションを提供しているとも言えるだろう。そしてそれは、広義のアーティストに対してだけではなく、サイエンティストにとっても有意義なものになるはずである、ということがMitaxis Class開催の意義でもある。

では、一体それがどう有意義なのか。例えば部屋の空気の流れがシミュレーションで可視化できたことによって「このツールがあれば部屋のどこに埃がたまりやすいのかを可視化できる!」という発見を得る人がいるかもしれないし、「空気の流れが集中力をコントロールする一つの切り口になるかもしれない」と新たな実験を始める人が出てくるかもしれない。

そうした実験の繰り返しと知見の積み重なりによって、いずれ家電メーカーが「集中力が高まる扇風機」を開発するかもしれないし、「ナイアガラの滝に匹敵する風を作り出すエアコン」が開発されるかもしれない。IoT家電がより普及すれば、「暖かい空気をプレゼントする」という文化が生まれる可能性もある。

「我々がものを見た時に頭の中で何が起こっているか。この隙間が通れそうだなとか、この椅子は座れそう、この壁は登れそうだとか、すでに獲得した知識とか経験を前提として理解しているのではないでしょうか。だからこそ、“知っていること”が増えれば、感じる内容も変わってくるはずです」(脇田氏)

「視えないもの」を実際に描いてみる

脇田氏によるレクチャーを終え、参加者によるワークショップの時間に移った。

 今回のお題は「視えないものを紙に書いて可視化する」というもの。自分が関わっている研究や事業の内容、思い入れのあるもの、物理現象、光や匂いなど、物理的なものでも概念的なものでもいい。制限時間は20分だ。

作業机には、普段とは違う方法論を試した方がクリエイティビティを発揮できるだろうということで、白いペンと黒い紙が用意された。

永田氏はこのテーマを選んだ理由をこう語る。 

「初めて脇田先生の作品を見た時に、僕は正直『サイエンティスト側からしてみれば、ここで起こっている現象の理論の多くは当たり前に知ってるよな』と感じたんですよ。でも僕らは、それをわかりやすくビジュアライズして表現することで、こんなにも多くの人に気づきを与えられることを知らなかった。サイエンティストが普段接している世界の中に、世の中の人がアートだと感じるものがたくさん流れている。でもこの現実に、アートサイドもサイエンティストサイドもまだあまり気づいていない。そうしたものを自分自身もっと発見したくて、こうしたお題にしました」

「今は非科学的と思えるようなものとか、根拠は無いけどこうなんじゃないかという、いわゆる勘・直感みたいなものを英語ではハンチ(hunch)っていうんですけど、ハンチを逃さないような発想がすごく大事なんですよ」(脇田)

「単なる妄想だと思われていることが、科学的な法則につながることもあるということですよね」(永田) 

「その辺りの曖昧さを皆で表現して見せ合う。こんなことをやったら怒られるんじゃないかと思うものでも、あえて出しちゃうというのが、今日のキーのような気がしています」(脇田)

ワークショップの模様

20分はあっという間に過ぎ、参加者の作品を一斉に壁に張り出しての講評会が始まった。

描いてわかった「視えないもの」、あるいは視えるようにするアイデア

品評会:作品が飾られると自然に会話が生まれる

ユーグレナ広報担当者の作品。「デスクワークが多く、コンタクトレンズをしているので目がとても乾く。ドライアイの時の目の周りの空気の流れを可視化してみました」

グラフィックデザインの制作会社でプロデューサーをやっている方の作品。「先祖が徳を積んでくれたから、今のお前は幸せなんだと言われたことがあって、先祖の可視化をしてみました」

電車内の呼気総量内のアルコール変数を見える化するというアイデア。真っ赤な車両に乗らないようにすれば酔っぱらいとの遭遇を避けられる。

自身の身体を投影し、痩せられる箇所がリアルタイムにわかるというアイデア

目が見えない方や、もともと海底にいて目が無い生き物はどうやってものを感じ取っているのか。そもそも、目が視える人でもものをどうやって認識しているかを描こうとしたんですが難しかったです」

理化学研究所で原子核の研究をしている方の作品。「原子を回っている図をよく書くんですが、これって実は回ってなくて、かつ球体だというのも人間がわかりやすいようにするためのイメージ図でしかないんです。つまり原子の動きはもっと自由に描いても良くて、実際にはいろんな形があります」

講評会中には随時脇田氏からのコメントも挟まれた。「おもしろいですよね。いかに、世界認識が、かつての昔の科学者の考えによって縛られてしまっていることですよね」(脇田)

小学校の教員の方の作品。『火星の香りをみてみよう』

SPACE TEA という、宇宙飛行士が宇宙空間から戻ってきて脱いだときの香り(「溶けた金属のような甘い香り」と言われている)を味わえる紅茶をヒントに考えてみました」

象形文字ならぬ、象「像」文字。文字をよりイメージしやすいような、絵に近いものにしてはどうかというアイデアだ。

「解釈をより自分ものにするための方法論でもあるし、さらに、漢字からさらなる別のイマジネーションをひろげようという意義もありますね」(脇田)

品評会も終盤になる頃、会場から永田氏はどんな作品を書いていたのかという問いが発せられた。永田氏が描いていたのは「かわいい」についてだという。「動物、子ども、異性のかわいいは生物的に理解できるが、女性が洋服に対してかわいいと感じることに対しては生物的理解に至れない。何のためにかわいいと思うというところにどうしてもたどり着けなくて。一生懸命分解していました」(永田)

最後に、永田氏・脇田氏それぞれからまとめの挨拶があった。

「皆さんこの価値に気づいてしまったと思いますが、各人がまったく違うバックグランドを持っていて、これを中心につながった人達が生み出すものって、今までになかった面白さがあるとおもいます。今回は第1回目なんですが、毎回趣向を変えて、全員がアウトプットしながら共有するという形をとっていって、この場自体の価値を高めて、それが結果的に、文化的価値や社会的価値に繋がるということを目指していきたいなと思います」(永田)

「参加者全員がクリエイターであり、世界を普遍的に理解する方法論を持っていると思いました。ここからそれぞれがどうコラボレーションを紡いでいくか、面白くなりそうな予感がしますよね」(脇田)

この作品はどんな見えないものを可視化したのだろう、聞かずにはいられないと言わんばかりに、参加者同士が会話を始め、賑やかな雰囲気の中、イベントは終了した。

Mitaxis Class vol.2は8月29日に、生命科学研究者でバイオアートの先駆者でもある岩崎秀雄氏を迎えて行われた。またvol.3は9月25日に開催される予定だ。