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日々仕事を続ける中で、疑問や矛盾を感じる出来事は意外に多い。そこで、ビジネスまわりのお悩みを解決するべく、ワールド法律会計事務所 弁護士の渡邉祐介さんに、ビジネス上の身近な問題の解決策について教えていただいた。
渡邉祐介
ワールド法律会計事務所 弁護士
システムエンジニアとしてI T企業での勤務を経て、弁護士に転身。企業法務を中心に、遺産相続・離婚等の家事事件や刑事事件まで幅広く対応する。お客様第一をモットーに、わかりやすい説明を心がける。第二種情報処理技術者(現 基本情報技術者)。趣味はスポーツ、ドライブ。
(今回のテーマ)
Q.最近、会社の業績が下がったので、君たちも我慢してもらいたい」ということで、給料が一律2万円下げられました。これは法的に許されるのでしょうか?
給料引き下げの可否は、「合理性」の有無がカギ
「会社の売上が落ち込んでしまっている。そこで、君たちにも我慢してもらいたい」と社長からの発表が。社員たちは一斉にザワついています。
生活がかかっている社員たちにとっては、受け入れがたいニュースです。そもそもこのような従業員にとって不利益となるニュースを素直に受け入れなければならないのでしょうか?会社が従業員の給料を一方的に下げることが法的に許されるのかどうか、該当する労働契約法第9条を見てみましょう。
「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない」
つまり、労働者の不利益変更となる内容である会社側からの一方的な賃金の引き下げについては原則として許されず、労働者と合意しなければ認められないとしているのです。
ただし、例外があります。同法第10条は、「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない」と定めています。
とても長い条文ですが、ものすごく端的に言うと、「合理性」が認められる場合には、例外的に労働者との合意がなくても会社側からの一方的な不利益変更も許されるとしているのです。
同法第10条は、この合理性判断の考慮要素を規定するもので、これまでに最高裁判所が蓄積してきた判例法理を条文として定めたものなのです。
賃金引き下げの合理性が認められるケースは?
では、どういったケースであれば合理性が認められるのでしょうか?合理性判断の考慮要素について、賃金引き下げのケースを前提に見てみましょう。
1.「労働者の受ける不利益の程度」とは、いくら賃金カットするのか、何割カットになるのかという賃金減額の度合いです。
2.「労働条件の変更の必要性」とは、使用者側で賃金引き下げをしなければならない必要性がどの程度あるのかということです。つまり、会社の支払能力や会社の業績といった状態がどの程度悪化しているのかということです。
3.「変更後の就業規則の内容の相当性」とは、使用者側の必要性を前提にしたときに、労働者の賃金カットが行き過ぎではなく妥当な範囲なのか、賃金カットの態様が妥当なのかということです。賃金引き下げの必要性が小さいのに、大幅に賃金カットするのは妥当とは言えません。また、会社の中で賃金が多い人も少ない人も一律の固定額で減額するといった、末端の社員の負担が大きくなるカットの仕方も妥当とはいえない可能性があります。賃金カットと引き換えに何かしらの代償措置があるような場合には、相当性が認められやすくなるでしょう。
4.「労働組合等との交渉の状況」でいう、「労働組合等」には、労働者の過半数で組織する労働組合その他の多数労働組合や事業場の過半数を代表する労働者のほか、少数労働組合、労働者で構成され、その意思を代表する親睦団体等労働者など広く含まれます。こうした組織と使用者側との交渉がどの程度まで進んでいたのかという点も、合理性判断では考慮されます。
5.「その他の就業規則の変更に係る事情」とは、上記1から4以外の一切の事情をいいます。裁判例では、労働者からの意見聴取が不十分であること重視して、合理性判断で否定的な評価をしたものもあります。
なお、これらはいずれも、合理性を判断する際に総合的に考慮される要素であって、ひとつひとつが必須の要件ということではありません。
賃金引き下げに関する過去の判例
では、裁判例にはどのようなものがあるのでしょうか?
過去に合理性が認められたケースに、日本鋼管事件(横浜地裁平成12年7月17日判決)があります。
定年退職の年齢を55歳から60歳に引き上げることにともない、若年層・中堅層の待遇改善を図る一方で、55歳以上の組合員に対しては、月額最大約3万円の給料引き下げをしています。経過措置も存在したことから、55歳以上の者にとって過酷であるとまでは言えないと判断されています。
また、同じく合理性が認められたケースとして、ハクスイテック事件(大阪高裁平成13年8月30日判決)があります。前提として、会社側が収益改善のための措置が必要であり、労働組合と合意には至らなかったものの、実施までに制度の説明も含めて8回、その後の交渉を含めれば十数回におよぶ団体交渉が行われていました。さらに、労働組合に属しない従業員は引き下げ後の新賃金規程を受け入れていることなどから、合理性が認められています。
さらに、ノイズ研究所事件(東京高裁平成18年6月22日判決)でも合理性が認められています。主力商品の競争が激化し、従業員の労働生産性を高めて競争力を強化する必要性が前提としてありました。引き下げ後の賃金制度は、従業員に支給する賃金配分の仕方をより合理的なものに改めようとするものでした。しかも会社側は、全従業員に対して、がんばって仕事の能率をアップしたら昇格や昇給できる平等な機会を保障していました。こうしたことを会社側は従業員に周知徹底し、労使間の合意に基づく制度変更に努めていたことなどから、合理性が認められています。
他方で、合理性が否定されたチェースマンハッタン銀行事件(東京地裁平成6年9月14日決定)では、銀行側は業績悪化を理由とした賃金・一時金・退職金の平均30%減額の合理性を否定しています。
また、東豊観光事件(大阪地裁平成13年10月24日判決)でも、業績不振などを理由とした固定給15%減額について、代償措置を講じた形跡がないこと、原告らが賃金減額を容認せざるを得ないほどの必要性がないことなどから、合理性を否定しています。
いずれのケースも、会社の業績不振を前提としながらも、代償措置の有無や、交渉の程度、実際の減額率など、従業員にとっての不利益の程度、交渉努力の程度などが具体的に考慮されていることが分かります。
業績不振となった会社側としての対応は?
以上のように、合理性を判断する基準は明確に要件化されているわけではなく、ケースに応じた具体的な事情を考慮して判断されます。ですから、会社側としては、実施しようとしている自社の賃金引下げのケースが、裁判所によって「合理性あり」と判断される範囲かどうかは、見通しを立てにくいところかもしれません。
分かりやすい点で言えば、減額率が大きいケースで合理性が否定される傾向にあるということが着目点となるかもしれません。上記のケースは、15%、30%の減額の合理性が否定されています。ほかにも20%減額が否定された例もあります。
労働基準法91条は、「就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない」として、制裁の場合の減額率を最大10%としています。
従業員に非があって制裁されるようなケースでの減額が最大10%であるという法的な価値観、温度感から、従業員に非がなく会社の事情による減額の場合に、10%以上の減額をするのはいかがなものかという考え方も参考にできるかもしれません。
会社の業績がダウンしたら、賃金を一律引き下げるのはありかなしか?
冒頭の質問に戻りましょう。そのほかの事情にもよりますが、仮に会社にたくさんの従業員がいて、給料が40万円の人も20万円以下の人でも、みんな同じように一律2万円引き下げられたとしたら、合理性は否定される可能性があるでしょう。また、会社側が従業員に対して、賃金引き下げの合意を求めるための交渉がどの程度行われていたのかが気になるところです。
従業員との合意を得られるのが一番ですが、会社としては、従業員に対しては事情を十分に説明して理解と納得を得られるように働きかけていくようにしたいところです。賃金交渉の話にかぎらず、相手に一生懸命に事情を伝え理解してもらうこと、相手の心を動かすことがどんな場面でも同じように大切なのではないでしょうか。