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最新のテクノロジーを駆使することによって、今まで見えなかったものが見えるようになり、見えにくかったものが鮮明に見えるようになってきた。「する・みる・ささえる」といった多面的なスポーツの楽しみ方に、より幅と奥深さをもたせることになったスポーツICT。現在までに、どのような技術が開発されているのか。また、それによってどのような未来を創ることができるのだろうか。その課題と共に、神武直彦教授に解説いただく。
取材・構成:飯塚さき
神武直彦
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授
慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、宇宙開発事業団入社。H-IIAロケットの研究開発と打上げに従事。欧州宇宙機関(ESA)研究員を経て、宇宙航空研究開発機構主任開発員。国際宇宙ステーションや人工衛星に搭載するソフトウェアの独立検証・有効性確認の統括およびアメリカ航空宇宙局(NASA)、ESAとの国際連携に従事。2009年度より慶應義塾大学准教授。2013年にSDM研究所スポーツシステムデザイン・マネジメントラボを設立・代表就任。2016年日本スポーツ振興センターマネージャー。2017年同アドバイザー。2018年度より教授。総務省「スポーツ×ICTワーキンググループスポーツデータ利活用タスクフォース」主査。博士(政策・メディア)。
テクノロジーでパフォーマンスを客観視する
スポーツICTはすでにさまざまな事例があります。例えば、採点競技である体操の審判はその専門家が行いますが、近年、技の難易度が高くなっているため、審判がそれぞれの技を常に正しく評価することが難しくなってきています。そこで、選手の動きを3Dレーザーセンサーで検出し、骨格の位置を推定し、体操競技としての動きを導き出すシステムが日本体操協会と富士通、富士通研究所によって開発されています。これによって、競技の採点の精度を上げることができますし、また、体操コーチが少ない地域や国では遠隔コーチングなども可能になるのではないかという期待があります。
また「ホークアイ(Hawk-Eye・鷹の目という意味)」という、競技場に設置された複数のカメラ映像を使ってボールの軌跡・回転量などを分析し、CGで再現するシステムもあります。テニスやバレーボールといった球技の「チャレンジ」の際などに、実際のボールの着地点を確認する際に利用されています。こうした人の目では判断しにくいものを客観的に判定するシステムは、競技者や審判のためだけでなく、観戦する人にとっても、そのスポーツを理解し、楽しむことに役立っています。
このようなシステムは、現在、トップアスリートが利用するのみに留まっていますが、今後は大学・高校、そして地域のスポーツクラブなどでも導入されるようになっていくでしょうし、そうなればいいなと思っています。そのようなことが当たり前になれば、より多くの子どもたちがスポーツに興味を持つのではないかと期待しています。私たちは、地域の小学校や小学生と連携してにスポーツICTの取り組みを広げているのですが、それはなぜかというと、子どもたちに、彼らが小学生の間に、スポーツだけでなく、自分が好きなスポーツを通じてテクノロジーにさらに興味をもってもらえる機会を提供できればと考えているからです。
例えば、ある小学校では、毎年行われる体力テストの結果を分析し、どのようにすれば、どのような体力が向上するのかということをそれぞれの小学生にフィードバックするというプログラムをスタートします。小学校にある百葉箱を覗いて気温の変化を記録するということでも様々な学びが得られますが、体力に関するデータは、それぞれの小学生にとって自分事のデータなので、興味がわくことが多いようです。過去の自分やほかの子とのデータを比較することで、それぞれの小学生にとって行動変容などの動機づけになりますし、どうしたら強くなれるのか、速くなれるのか、うまくなれるのか、といった対話も盛り上がります。「なんとなくうまい」「なんとなく苦手」というように主観的で曖昧だった理解が、明確に自分の特徴や課題を可視化できるようになることで、スポーツにあまり興味がなかった子が興味を持ったり、好きになったりすることもあります。
スタジアムにみる最新技術と多面的な活用方法
「みる」にフォーカスしたテクノロジーは、スタジアムやアリーナなどで体感することができます。例えば無料かつ高速のWi-Fi、個々のスマートフォンに知りたい情報が簡単に手に入るシステム、多言語対応のサービス、ボタン1つでフード・ドリンクが席までデリバリーされるサービスなど、スポーツを楽しむ仕組みが増えてきています。また、スタジアムやアリーナでのビジネスには地域とのつながりも大事で、横浜スタジアムを中心とした「横浜スポーツタウン構想」は、まさにその好例です。単なるスポーツ観戦のためのスタジアムではなく、食やエンターテイメント、ヘルスケアといった新しい要素が加わることによって、より多くの人が楽しめる構想になっています。このように、スポーツ観戦をとりまく多面的な楽しみ方の提供が、近年見えてきました。
地域の交流拠点であるスタジアムやアリーナは、災害施設にもなり得ます。災害時にそこに避難したときに、家族の安否や同じ場所に避難している人の情報などが手に入るようなインフラ整備も進んでいます。エンターテインメントを提供する地域の安全な施設であり、かつ災害時にはテクノロジーによって適切な情報が供給される場所にもなる、デュアルユースに対応した拠点になりつつあります。
スポーツICTの課題と将来のための人材育成
2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を契機に、スポーツICTの更なるイノベーションが国内外で創出されています。スポーツを様々な視点で捉えることができれば、その価値は高まりますし、その価値は次世代にも引き継がれていくことでしょう。
しかし、課題もあります。スポーツICTがまだ世間に広がっていない理由は、単に認知されていないこともありますが、スポーツICTで扱う多様なデータについて、その収集、保存、分析、活用といったデータの循環がうまくなされていないというところに起因しているようにも思います。そのスポーツデータの循環を支える仕組を実現していくことが大切です。また、そのための人材育成も重要だと考えています。
現状、日本ではトップアスリートは競技に関係する多様なデータを収集していますが、彼ら・彼女らがトップアスリートになる前のデータについて収集、保存されていることはあまりなく、存在しないことが多いです。もともと収集していなかったり、収集したデータを自分では保存していなかったのでどこかにいってしまったり、ということをよく聞きます。幼少の頃からの成長や怪我、競技力に関するデータを計測的に収集、保存し、その変化や他者との違いを把握できるようにすることと、それによってアスリートやコーチのデータに対するリテラシーを高めることが大切です。自分のデータを自分で保管して活用するという考え方を浸透させ、仕組みを実現することが重要ですが、日本では、まさにそれを総務省や経済産業省が中心となって議論しているところです。例えば、小学校に入ったら、通信簿や健康診断に関するシートと共にスポーツパフォーマンスシートを手渡すなどして、スポーツに関する自分自身の特徴や課題、成長について常に考える文化を醸成していくのが理想だと思います。今まで見つけられなかった、タレントの発掘にもつながるかもしれません。
今後は、スポーツができる子だけが運動部に入るのではなく、スポーツに携わることが好きな子やデータ収集・分析が好きな子が、スポーツICTを楽しみ、それでチームに貢献するといった形で運動部に入るということがトレンドになるかもしれません。私が所属する大学のいくつかの体育会では、少なくない数のコーチやトレーナー、アナリストマネジャーがスポーツICTを活用しています。また、そのスポーツICTを専門とするスタッフの勧誘も始めています。ドローンの操縦とそれによるデータ収集・分析を担当するマネジャーも出てきたほどです。スポーツを軸に、こうして多様な才能が活躍できるチャンスが増えてきました。運動能力の高い人に限らず、多くの人材がスポーツ現場に関われるようになることは、東京オリンピック・パラリンピック開催にも大きな影響を与えられると考えています。
今後いかにデータを収集・保存し、分析・活用していくかは、日本の競技力向上に直結する重要なことでもあります。2020年に向けてこの仕組みが確立されれば、大会のレガシーとして後世に引き継ぐことができるでしょう。本連載では、スポーツICTとその応用、今後の可能性について、幅広く紹介していきたいと考えています。
(次回は8月20日頃公開の予定です)