ヨーロッパでは、6月は夏のシーズンの始まりでもあり一年のうちで最も過ごしやすい季節でもあります。毎年、この6月に政治関係機関や各国の大使館など国際関係機関が集まる都市、オランダのハーグで開催されるのが、ボーダーセッションです。
もともとはオランダ版SXSWとなるべく始まったこちらのカンファレンス。すでに今年で開催7回目を数えますが、すでにヨーロッパ的というか、オランダ的な価値観に根ざした独自の進化を遂げ、非常に濃いコミュニティとして盛り上がっており、様々な交流が行われています。
筆者も今年で3年連続3回目の参加となりましたが、日本や世界で行われる各種カンファレンスとは明らかに違ったノリを感じます。
今回は、このボーダーセッションをご紹介しながら、ヨーロッパのクリエイティブやビジネスなど全てに通底する、ある価値観についてお伝えします。
吉田和充(ヨシダ カズミツ)
ニューロマジック アムステルダム Co-funder&CEO/Creative Director
1997年博報堂入社。キャンペーン/CM制作本数400本。イベント、商品開発、企業の海外進出業務や店舗デザインなど入社以来一貫してクリエイティブ担当。ACCグランプリなど受賞歴多数。2016年退社後、家族の教育環境を考えてオランダへ拠点を移す。日本企業のみならず、オランダ企業のクリエイティブディレクションや、日欧横断プロジェクト、Web制作やサービスデザイン業務など多数担当。保育士資格も有する。海外子育てを綴ったブログ「おとよん」は、子育てパパママのみならず学生にも大人気。
http://otoyon.com/
あなたのビジネスはサステイナブルか?
さて、早速ですがヨーロッパを通底する価値観とは何か? 結論から先に言ってしまうと、それは「サステイナブル(持続可能)」です。
あなたの仕事はサステイナブルか? あなたの関わるスタートアップはサステイナブルか? あなたの生き方はサステイナブルか? ヨーロッパにおいては、この価値観が全ての物事に通底しており、そして最も大事にされます。
何か新しいプロジェクトを始める時など「そのプロジェクトはサステイナブルか?」ということが常に問われます。
逆に言うと、たとえ大企業であっても、サステイナブルなビジネスでなかったり、社会貢献活動をしていないとみなされる場合は、軽蔑の対象になったりもします。それくらいシビアに、このことを捉えているのです。
ボーダーセッションは、「テクノロジーによって人間の暮らしを豊かにしていく」ということを表題にしていますが、いわゆるシリコンバレー的な考え方とは少し違う気がしています。置きかえると「テクノロジーによって、いかに持続可能な社会環境を作っていけるのか?」ということを目指しており、例えば一人勝ちするようなビジネスモデルは志向されません。また当然、自然環境の破壊や、コミュニティの崩壊を進めるようなビジネスやテクノロジーも評価されません。
今年はおよそ24のカンファレンスと、35ほどのラボ(それぞれのテーマに基づいて、ワークショップやリサーチ、ツアー、プレゼンなどを行う)が4日間に渡って開催されましたが、テーマは「HUMANITY」「SOCIETY」「CITIES」「NATURE」 「AND BEYOND]」の5つに分かれており、テーマ設定からして、「サステイナブル」な意義を感じるものでした。
もちろんフィンテック、ブロックチェーン、AI、ビッグデータなども扱ってはいるものの、そのものがテーマになることはない、という点がオランダ的、ヨーロッパ的でもあるかな?といったところでしょう。
商業ビルをリノベーションして農場へ
さて、それでは実際に筆者が参加したラボやカンファレンスを、いくつかご紹介します。
少子高齢化、そして人口減が進む日本に住んでいると、あまり実感がわかないかもしれませんが、世界的なトレンドでみると、実は今、大人口爆発期にあります。そこで問題になっているのは食糧難。深刻な食料不足が懸念されているエリアが数多くあります。そうしたエリアや、これからの都市政策においては、人間がどうやって食にアクセスするのか?ということが重要な課題になっているのです。
オランダは現在、世界第2位の農業輸出国です(1位はアメリカ)。日本の九州ほどの面積しかないことを考えると驚異的なことですが、オランダはこれをさらに推進しようとしています。というのは、地球上における人口爆発もそうですが、さらには人類が近い将来、火星など他の惑星に移住した時の食糧生産技術でリーダーシップを取ろうと考えているからです。
さて、そんな農業技術の結集でもあるのが、今回参加した「LOW & HIGH TECH FOOD LAB」。会場はハーグ市内にある、「The New Farm」というビル。現在、リノベーションが90%ほど終了しており、まさに「新しい農場」という内容に生まれ変わっています。
ビル内には、アグリテックのスタートアップが集まるシェアオフィス、コワーキングスペース、Vertical farmの先端技術を集めた農場、広々として大イベントなどにも対応可能なキッチンスタジオ、アグリテック系のスタートアップに投資をするベンチャーキャピタル、生産者によるマーケット、レストラン(今後、入居予定)、5,000匹もの食用のティラピアノ養殖場、そしてその養殖場の水を濾過して使用している広大な屋上オーガニック農園と、ビルの外観からはとてもうかがい知ることができない、自然環境に溢れ、そしてサステイナブルなビルなのでした。
もともとはオランダの誇るグローバル企業でもあるフィリップスの電話事業部で、電話の基盤工場と倉庫を兼ねていたビルだったのですが、使用されなくなった建物をリノベーションして農場に変えてしまったということ自体が、まさにサステイナブルを体現しており、ラボのプログラムに組まれていたビル内ツアーに感動しました。
このビルの農場は、Urban Farmという企業が運営しており、地元のレストランに食材を卸しているようで、魚も含めて産直ということでフードマイルも非常に短くて済むとのこと。農場は農薬などは一切使用せず、全てオーガニック。都市のど真ん中にあるので、逆に色々な配慮がされており、全てサステイナブルに繋がっているわけです。
ラボ中のランチは、ビル内で収穫されたものだけを使って、キッチンスタジオにて自分たちで料理するというもの。いわば農場にて、採れたての新鮮野菜を使ったBBQ的なイメージでしょうか。食材も豊富で楽しいランチとなりました。
ちなみに、こちらのラボでは2時間ほどのワークショップが予定されていたのですが、あまりにも参加者同士の話が盛り上がりすぎて、自己紹介から流れで始まった雑談で終わるという、これまた極めてオランダらしい展開でした。
多くの女性起業家が活躍
その他のカンファレンスを見てみますと、今年は全体的に女性の登壇者が多かったように思います。
例えば「Border Labs Award」という、5人のアントレプレナーによる公開ピッチ。このピッチはボーダーセッションの主催者の一人でもあるThiemがファシリテーションをする毎年人気のプログラムです。今年はなんとノミネート全員が女性。
ここでは5人中3人が廃棄プラスチックに注目したソリューションを提案していました。個人的にイチオシだったのは、廃棄プラスチック問題に心を痛めたイスラエルの女性起業家が、プラスチックから「石」を作ることを思いついた、というプロジェクト。
いまや世界の海にはフランス国土の3倍もの廃棄プラスチックが溢れているようで、その量も毎年増える一方。最近だと、死亡した海鳥などを解剖したところ、胃には廃棄プラスチックがたくさん詰まっていた、といった写真を見たことがある人も多いのではないでしょうか?
ちなみにこのピッチの優勝者は、同じく廃棄プラスチック問題に端を発したプロジェクトの主催者の若い女性起業家。プラスチックを原料に3Dプリンタのようなかたちで立体物をつくることができるというマシーンを開発しているそう。こうしたマシーンが開発されて、気軽に誰もが使えるようになると、廃棄プラスチックの有効活用の幅が飛躍的に広がるかもしれません。
今年に入り急に、中国が廃棄ペットボトルの受け入れを中止したことで、にわかに話題になりだした廃棄プラスチック問題ですが、今回の登壇者たちは、遅い人でも2015年くらいからプロジェクトをスタートしていたそうです。ここでもやはり根底にあるのは「サステイナブル」という価値観。
また他には、元Wikileaksで働いていた女性3名が登壇した「Women,Whistleblowing,Wikileaks」というインタビューセッションも、ファシリテーターのみ男性で、登壇者は全員女性。しかも一人は、1週間前に双子の赤ちゃんを出産した、ということでベルリンからスカイプで登壇。
フェイクニュースや、ここ近年、世界で保守的な政党や指導者が支持を受けていることなどについての話でしたが、「サステイナブル」な価値観に合わない傾向にある現状を憂いているという印象を強く受けました。
このように全体としてはオランダ的な、前向きなコミュニケーションが積極的に展開されるカンファレンスで、日本からはEyes JAPANの山寺純さん、博報堂i-studioの望月重太朗さんが「Beyond Singularity」と称して、「日本酒と出汁」の紹介セッションを行うなど、非常に間口が広く、参加者も非常にフラットに誰とでも気軽にネットワークが作れる環境です。
アメリカで開催されている本家SXSWに比べると、まだまだ規模が小さいこともありますが、当初の目論見であった「オランダ版SXSW」というより、完全に独自の存在感を示すカンファレンスになりつつあります。
世界のトレンドを知りたい方は、ぜひ、来年のカンファレンスに参加されることをオススメします。