CULTURE | 2018/07/11

映画会社がハリウッドに集中する理由【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(1)

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現在アメリカでは、ディズニーが20世紀フォックスという映画会社を買収するこ...

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現在アメリカでは、ディズニーが20世紀フォックスという映画会社を買収することが話題となっている。713億ドルという買収額については、ミャンマーのGDPが約660億ドル、パナマのGDPが約610億ドルということを比較することで、いかに莫大なものであるかを理解できる。ではなぜ、そこまでしてディズニーは老舗の映画会社を欲しがるのか?

その理由のひとつには、例えば人気作である『アベンジャーズ』シリーズの権利を保有しているディズニーが、20世紀フォックスの保有する『X-MEN』シリーズの権利を獲得して『アベンジャーズ』シリーズと合流させることを目論んでいるという類いのことが指摘されている。

『X-MEN』は『アベンジャーズ』と同じマーベル・コミック社から出版されている漫画作品。出版元である同社が、かつて各映画会社にその実写映画化権をバラ売りしたことから、キャラクター同士が作品内でクロスオーバーできないという大人の事情があったのだ。その解決策のひとつとして「権利をひとつにまとめるため映画会社そのものを買収した」というわけなのである。

もちろん理由は『アベンジャーズ』だけに依るものではないし、映画会社の買収劇というのは今に始まった話でもない。これまでも映画の都・ハリウッドでは、様々な企業買収によって業界が大きな力を持ってきたという歴史があるのだ。本連載ではハリウッドの歴史を紐解くことで、現在のハリウッド映画におけるビジネス事情を紹介。第1回目は「そもそもハリウッドには、なぜ映画会社が集中しているのか?」について解説していく。

松崎健夫

映画評論家

東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『WOWOWぷらすと』(WOWOW)、『japanぐる〜ヴ』(BS朝日)、『シネマのミカタ』(ニコ生)などのテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。『キネマ旬報』誌ではREVIEWを担当し、『ELLE』、『SFマガジン』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。キネマ旬報ベスト・テン選考委員、田辺弁慶映画祭審査員、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門審査員などを現在務めている。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。日本映画ペンクラブ会員。

ハリウッドの天候に左右されない地理が映画製作に向いていた

映画が誕生して20年ほど経過した1910年代から1920年代にかけて、アメリカ西海岸のハリウッドでは映画会社による撮影所が次々と開設された。雨天が少なく、海岸や山並み、砂漠までありとあらゆる自然の広がるハリウッドの地理は、天候に左右されない巨大な施設を必要とする映画の撮影に向いていたのである。

サンタモニカ丘陵の一角に<HOLLYWOOD>と設置されたハリウッドサインは、誰もが写真や映像で一度は見たことがあるであろうランドマークだが、もともとは宅地として売り出す際に建てられた屋外広告だった。当初は<HOLLYWOODLAND>とされていた文字のうち、老朽化によって1949年に<LAND>部分を撤去のうえ修復したのが現在の原型となっている。1920年代のアメリカは禁酒法の時代でもある。

ハリウッドはもともと禁酒を掲げていたメソジスト派の信者に向け、平和な町づくりを目的として開拓された土地だったという経緯もあり、実はこれら背景には現代に通じるアメリカ訴訟社会の歴史というものが影響を与えているのだ。

トーマス・エジソンの思惑によって、映画の独占市場が形成された

当時の映画会社はアメリカ東海岸にあるニューヨークを拠点にしていた。映画はもともと、アトラクション施設のひとつとして仮設の設備によって人々が楽しむものであった。やがて人気と共に常設の映画館が普及すると、映画は演劇などと同じような“興行”として成立し始めるようになった。すると撮影機器や映写機の特許を持っていた発明王トーマス・エジソンと、後発の業者との間で訴訟が起こるようになったのである。それらの訴訟を解決するための策として生み出されたのが、エジソンと映画製作会社・映画配給会社との間で結ばれた<トラスト>と呼ばれる協定だった。

<トラスト>は<企業形態>とも訳されるが、同一業種の企業が資本的に結合した独占形態のことを指す用語でもある。この<トラスト>は<エジソン・トラスト>とも揶揄され、映画業界に公平性をもたらせるというよりも、エジソンが映画業界を管理し、利益を吸い上げるためのものであったと解釈されている。1908年には、映画を発明したエジソン、映画を商品として製作する映画製作会社、映画を上映する映画配給会社、この三者の特許権を一元管理するための映画特許会社であるMPPC(Motion Picture Patents Company)が設立された。

MPPCはアメリカ国内における映画の製作・配給・上映を独占。特許料を求めるだけでなく、加盟した映画会社のみが映画の撮影フィルムを購入できるなどの権限を持っていた。これによってアメリカ国内ではヨーロッパで製作された映画の上映を徐々に排除。結果的にアメリカ映画の配給や興行網に対する独占市場を築いてゆく礎となったのである。

映画にとってビジネス的な興行は黎明期から重要な要素だった

映画史において、映画の誕生は1895年にフランスでリュミエール兄弟が映画の上映を行ったことを指し、映画を発明したとされるエジソンのことを指さないという点も重要なポイント。映画はヨーロッパで大量生産され、それを輸出することで世界市場を席巻していた。ところが<トラスト>によってアメリカ製の映画は質を高めながら競争力を養い、アメリカ式の興行システムを標準化してゆくことになったのである。つまり、映画というものにとってビジネス的な<興行>という側面が、映画史の黎明期から重要であったということは見逃せない点だと言える。

一方で、<トラスト>に反発する人たちが決していなかったわけではない。例えば、映画館でMPPCに加盟しない映画会社の作品を上映した場合、今後一切その映画館に対しては作品の供給を打ち切るという処遇が成されていた。これに不満を持った人たちは<反トラスト派>と呼ばれ、独立業者として東海岸のニューヨークを離れて映画の製作を試みるようになったのである。そう、その新天地こそが、西海岸にあるハリウッドだったというわけなのだ。

それだけではない、MPPCは暴力行為を伴った強固な監視活動を行っていたのだが、その実行部隊となっていたのは、いわゆるマフィアのような存在だった。映画業界と暗黒街との繋がりは古くから噂されてきたが、そのこととアメリカ社会がやがて禁酒法の時代へと移行してゆくこととは無縁ではない。映画の歴史は社会背景と微妙に結びついているのである。


※ 出展:

『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)

映画.com「米司法省、米ディズニーによる21世紀フォックス買収を承認」

IMF World Economic Outlook Database