Photo By Shutterstock
日々仕事を続ける中で、疑問や矛盾を感じる出来事は意外に多いもの。そこで、ビジネスまわりのお悩みを解決するための法律連載を今回からスタート。かつてはSEとして勤務した経験を持ち、企業の法務を中心とした諸問題を手がける、ワールド法律会計事務所 弁護士の渡邉祐介さんに、ビジネス上の身近な問題の解決策について教えていただいた。
渡邉祐介
ワールド法律会計事務所 弁護士
システムエンジニアとしてI T企業での勤務を経て、弁護士に転身。企業法務を中心に、遺産相続・離婚等の家事事件や刑事事件まで幅広く対応する。お客様第一をモットーに、わかりやすい説明を心がける。第二種情報処理技術者(現 基本情報技術者)。趣味はスポーツ、ドライブ。
(今回のテーマ)
Q.自社に勤怠状況が良好でなく、仕事の進捗も著しく遅い社員がいます。ほかの社員に示しがつかないのでできれば辞めてもらいたいのですが、辞める様子もありません。どうすればクビにできるのでしょうか?
どこにでもいる問題社員
どんな会社でもよく見かけることでしょう。遅刻や早退が多かったり、無断欠勤が多かったりする社員。おしゃべりや喫煙所にばかり入り浸って仕事がなかなか捗らない社員……。
「勤怠不良でも何の注意もされなくて済むのだ」という空気が会社内で蔓延すれば、がんばってまじめに働こうというほかの社員たちの意欲もそがれるというものです。
組織の中の問題社員は、当人の生産性に問題があるばかりか、会社内で周囲にも悪影響を与えてしまいます。問題社員の存在は、周囲の社員、ひいては組織全体にとってマイナスになるというリスクにもなりかねません。
簡単に「クビ!」というわけにはいかない
経営者や社長にとって、会社の経営判断や意思決定は自分次第だから、会社に問題社員がいた場合、それなら解雇すればいいと思ってしまいがちです。社員が会社を辞めたくなったなら自由に退職できるのと同じように、会社も使えない問題社員を自由に解雇できて当然。使用者には解雇権があるのだと思われている人も多いことでしょう。
海外のドラマや映画などでは、会社のボスが従業員である主人公に対して「ユー・アー・ファイヤード!(君はクビだ!)」なんてフレーズを言い放つシーンもよく見かけます。しかし、実際にはなかなかそう簡単にはいきません。
労働で賃金を得て生活を送っている労働者にとって、解雇は生活の糧を絶たれてしまうという死活問題です。そこで法律は、労働者を保護しようとする考え方をとっています。
たとえ社長や経営陣が会社にとって不要と判断した社員であっても、簡単にクビにすることはできません。解雇が相応といえるだけの大きな理由が必要になってくるのです。これを法的に「解雇権濫用の法理」といいます。
解雇権濫用の法理とは、使用者が労働者を解雇するには、はたからみて合理的な理由が必要で、なおかつ解雇まですることが社会一般的に見て相当な処分だと認められる場合でなければ、使用者が労働者を解雇したとしても、解雇権の濫用にあたるものとして解雇を無効とすべきという考え方です。
この法理はこれまでに判例により認められた使用者の解雇権を制限する考え方で、これが定着し、現在では法律上に明文化されているのです(労働契約法16条)。
端的にいうと、①解雇に客観的合理的な理由があること、②解雇が社会通念上相当であること、が有効な解雇の要件ということになります。この要件を満たさない場合は、いわゆる「不当解雇」ということになります。
解雇には大きく3種類ある
解雇には大きくわけて3種類あります。会社が経営上の理由で人員削減を行う(いわゆるリストラにあたる)「整理解雇」、会社が労働者に対する懲戒処分として行う「懲戒解雇」、そしてこれら2つ以外の一般的なケースとしての「普通解雇」です。冒頭に挙げられたような勤怠状況や仕事の進捗が良くない社員を解雇する場合、3つ目の「普通解雇」となるケースが多いでしょう。
どうしたら普通解雇として有効になるか?
まずは就業規則において,遅刻欠勤などが多く勤務態度が著しく不良であること、著しく勤務成績が悪いこと、職業上の適性がないこと、社内の規律に違反する行為があったことなどを解雇理由として定めておくことが大切です。
どういう行為をしたら解雇となるかについて、あらかじめ就業規則で定めておくことで、解雇理由は「客観化」されます。そうすることで、「解雇に客観的合理的な理由がない」と判断されにくくしておくのです。
もっとも、就業規則に定められている解雇理由に該当したとしても、労働者の事情、これまでの前例、ほかの従業員との公平性なども考慮した上で解雇が有効かどうかは判断されます。つまり、あらかじめ就業規則で客観的に分かるようにしておきさえすれば安心というわけではないのです。
まずは問題社員に段階的に注意指導することが大切
判断は個別具体的な事情によってなされるため、どのような状況であれば解雇は有効というような一律の線引きはできませんが、たとえば、冒頭のテーマに挙げられたような遅刻・早退・無断欠勤などの勤怠不良を理由とする場合、たった1度の無断欠勤だけで解雇しようと思っても、解雇は無効とされてしまうでしょう。何回も繰り返され、その積み重ねによって業務遂行上の問題が生じてくるようなケースになって初めて解雇は認められるのです。
繰り返された回数や程度がより多ければ多いほど、また、遅刻や早退よりも無断欠勤のほうが、業務へのインパクトは大きいと言えます。また、回数が多くても、会社がその本人にまったく注意や指導をせずにいきなり解雇を言い渡したとしても、解雇が無効とされてしまうリスクがあります。
まずは注意指導を行い、軽い懲戒処分などを行って改善の機会をしっかりと提供した上で、それでも改善しない場合に解雇が認められやすくなるのです。つまり、会社としては段階をしっかりと踏んで対応していくことが大切になります。
サッカーでいうレッドカード一発退場は、会社ではなかなか認められません。イエローカードにより警告したにもかかわらず、ファウルが何度も繰り返されることで、ようやく問題社員を退場に追い込めるのです。
もっとも、サッカーではイエローカード2枚で退場ですが、会社が社員を退場させるためには、イエローカードは2枚ではなくもう少したくさん集めておく必要はあるでしょう。
問題社員の怠慢を証明する証拠が大事
サッカーといえば、ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)というビデオ判定の仕組みが導入されました。これは、きわどい判断の際にレフェリーがビデオ再生を確認するというものです。
サッカーだけでなく、野球や大相撲などでもすでにこれと似た仕組みは導入されています。スポーツ界でも、確たる証拠に基づいて事実関係を判断しようとする流れに向かっているようです。日本では証拠裁判主義の考え方に基づいて事実の判断がされており、そもそも今のスポーツ界以上に証拠というものが極めて重要な世界です。
勤怠状況については、しっかりと出退勤のデータを管理・保管しておくことが大切です。また、社員を注意指導する場合であっても、口頭ではなく「注意指導書」などの書面を作成しておくのがよいでしょう。
このように、確たる証拠をしっかりと残していくことで、勤怠状況が不良であるという事実、注意指導したという事実が証明されることになるのです。こうした証拠をしっかり残しておかないと、会社としては問題社員によって法廷で「解雇無効」を争われた際に、いくら会社側の言い分を主張したとしても、証拠という裏づけがないまま「言っているだけ」になってしまいかねません。証拠による裏づけのない主張は、事実としては存在しないものと見られてしまうのです。
問題社員が懲戒解雇になる可能性は?
では、勤怠不良の問題社員について、「懲戒解雇」として退場してもらうことはできないのでしょうか?
過去の判例では、会社の定める手続きをとらずに7回早退を繰り返し、会社からその都度注意を受け、文書での注意も2回受け、それにもかかわらず改善されず、また、同様の問題で出勤停止の懲戒処分を過去に3回受けていたという社員について、懲戒解雇を認めたケースがあります。
もちろん、懲戒事由にあたるからといって、解雇処分にまで持ち込めるかどうかはケースによります。ただ、懲戒解雇を有効にする場合も、会社としては就業規則への懲戒事由の定めのほか、段階的な注意指導や証拠収集が大切になってくるのは同様です。
まずは話し合いから始めよう!
問題社員がいる会社で働く人なら、おそらく「注意指導や懲戒処分を何回すれば、解雇は有効とみなされるか?」ということは、最大の関心事でしょう。これはとてもよくある質問です。
サッカーであればイエローカード2枚で退場です。これはルールとしても明確です。しかし、会社の場合はそうはいかず、これらの回数以外にも諸般の事情が考慮されるため、一義的な回数の基準は導けません。
また、ある問題社員を退場させたい、有効な解雇を勝ち取りたい、ということに会社が注力し、意識が偏りすぎるのも問題があります。問題社員を退場させることを前提に、注意指導や懲戒処分の回数を稼ごうとするあまりに、恣意的な注意をすることになり、会社側に処分が下されるリスクにもつながります。
レフェリーがファウルで笛を吹いたり、イエローカードを提示したりするのは、その選手を退場させるためではありません。危険なプレーを警告し、あくまでフェアプレーに戻ってもらうための手段です。注意指導や懲戒処分も同様です。これらは、あくまで会社の社員としてしっかりしてもらうために行うものです。これを退場させるための手段としてしまうのは、そもそも本末転倒なことでもあります。
普通解雇にしても懲戒解雇にしても、解雇という方法は会社側から一方的かつ強制的に社員としての地位を失わせるものです。そもそもの要件が厳格で手続きを踏む必要があるだけでなく、解雇された側には遺恨が残ることも多いでしょう。
そうすると、問題社員に退場してもらうために会社は有効な解雇の方法を目指すよりも、あくまでも当事者双方の納得のいく形で雇用関係を解消する方策に意識を向けていくのが最良です。
問題社員に、いかに穏便かつ早期に、「自分はこの会社には合っていない」と実感してもらうか? そのために、会社側としては、解雇よりもまずは問題社員とのコミュニケーションをとることが重要になってきます。その中で会社の思いを伝え、労使双方のギャップを共有し、その上で、社員の中にギャップを埋めながら誠意をもって改善していく思いがあるのか、しっかりと話し合うことが大切です。
膝と膝を突き合わせて向き合い、地道に考えていくことが、紛争化せずに解決するための第一歩です。場合によっては、その問題社員が更生して会社に貢献する人物になることさえあるでしょう。イエローカードを喰らった選手が、その試合でハットトリックを決めることだってあるのですから。