今年3月にタイのスラナリー工科大学が、日本の大学とスタートアップベンチャーの視察旅行を行うということで、筆者がスタートアップの中でもアジアからの留学生採用に関心の高い企業を集めたミートアップを企画した。場所はエンジニア向けのイベントスペースとして有名な「TECH PLAY SHIBUYA」である。
登壇したのは筆者が勤めるフレンバシーと、AI開発ベンチャーのインキュビット、クラウドセキュリティサービスを提供するHDE、アジアのオフショア開発では大手のモンスター・ラボ。加えてタイの留学経験があり現在はサイバーセキュリティの会社OrigoneでCMOを勤める在日韓国人のHui-Sung, Son氏にも登壇してもらった。今回はこのイベントのレポートをお送りする。
優秀な学生を採用できないと嘆く人事担当者は、こうした「日本企業での勤務に興味を示す外国人」にも目を向けてみてはどうだろうか。
高見沢徳明
株式会社フレンバシーCTO
大学卒業後金融SEとして9年間勤めたあと、2005年にサイバーエージェントに入社。アメーバ事業部でエンジニアとして複数の案件に従事した後、ウエディングパークへ出向。システム部門のリーダとなりサイトリニューアル、海外ウエディングサイトの立ち上げ、Yahoo!などのアライアンスを担当。その後2012年SXSWに個人で参加。また複数のスタートアップ立ち上げにも参画し、2016年よりフリーランスとなる。現在は株式会社フレンバシーにてベジフードレストランガイドVegewel(ベジウェル)の開発担当。
工業化政策で理系学生が増え続けるタイ
日本はこの数年、空前の就職売り手市場に沸いている。厚労省の調査によると、平成28年度(2016年度)大学卒業者の就職内定率が97.6%と、本人が希望すればほぼ就職はできるという状況である。1990年前後のバブル時は、面接で一芸を披露しただけで内定が取れたという都市伝説まであった。現在の採用バブルはデフレを脱却し業績好転したことによる企業側の採用意欲向上が背景となっている。
その一方、有名企業への就職は相変わらず狭き門である。また採用側としても優秀な学生の獲得競争は熾烈であり、インターン制度などをフル活用してふるいにかけた上で囲い込むのは当たり前。内定を出してからも、都度内定者の交流会や入社前アルバイトを斡旋したりと辞退されることがないよう細心の注意を払っている。
いつの時代も優秀な学生が一握りであるのは言うまでもなく、今後益々中途並みにスキルや経験を持った即戦力な人材が求められていくだろう。
優秀な学生の獲得に向けて、外国人採用を積極化している企業も散見される。人材総合サービス会社のディスコの統計によれば、今後採用したい留学生で東南アジアは1位であるという
オフショア人材と考えるとアジアで先行する中国、インドネシア、マレーシア、フィリピン、そしてベトナムが一般的だ。しかし、タイも80年代の工業化政策の一環で理系大学を増やしてきており、急激に追い上げてきたと言われる。
加えてタイの人口は2016年時点で約7000万人とASEAN諸国の中でもそこそこ多く、一人あたりのGDPもASEAN内ではシンガポール、ブルネイ、マレーシアについで4位と高い。すなわち内需があるためマーケットとして考えると魅力的である。
上位校に通う学生を囲い込むことはそのままホワイトカラーとつながりを持つことになるのである。実際に今回プレゼンテーションした企業の中にはタイ進出を検討しているところもあり、その一環で今回のイベントに参加したところもあった。
学生のハートをつかんだスタートアップの英語プレゼン
Origone CMO Hui-Sung, Son氏
今回登壇した企業にはすでに海外支社を持つ企業が多く、外国人の受け入れにはノウハウがあるようだった。
インキュビット Strategy & Operations 担当 佐藤林太郎氏
インキュビットはUXとAI技術が強い会社で、主にクライアントワークを中心に東京と台湾にオフィスを構えている。メンバーは16名と少ないが世界10都市から人が集まっている。
HDE 人事部長 汾陽(かわみなみ)祥太氏
HDEはクラウドセキュリティの会社である。社内公用語は英語とのことで、今回登壇した汾陽祥太氏は人事担当ながら公用語の英語化を推進した人物。HDEもインキュビット同様に10カ国の外国人を採用、オフィスは日本と台湾だ。当然採用にも積極的でインターンも受け入れているので、外国籍で日本で働いてみたいという人にはチャレンジしがいのある会社だろう。
モンスター・ラボ 執行役員 椎葉育美氏
そしてモンスター・ラボである。数々のゲームタイトルや家庭教師のトライのスマホアプリなどヒットアプリの裏にアジアをベースにしたオフショア開発がある。中国、ベトナム、フィリピン、バングラデシュ、シンガポールといったアジア拠点だけでなくオランダ、イギリス、デンマークなどヨーロッパにも拠点を持っている。今回登壇した企業の中では最も有名な企業であろう。
Innopreneurship(イノプレナーシップ)とThailand4.0
各社のプレゼンテーションを聞く学生たちの姿は真剣そのものだった。どんなプロダクトを扱っているのか、どうやってマネタイズしているのかなど、主体的にビジネスを考えた質問が多かった。モンスター・ラボのセブの拠点はかなり大きいオフィスなのだが、写真がプレゼンテーションに出たときにはため息も漏れた。学生たちが考えるキラキラしたITの現場がそこにあるのだ。
このスラナリー工科大学、カリキュラムとして4〜6カ月のインターンシップが義務付けられている。学生の内訳はほとんどがエンジニアリングの専攻だが、フードテクノロジーの専攻やマネージメントを選考している学生もいるとのこと。卒業生も含まれているらしいが、基本的には技術がわかる学生たちである。
会場には「Innopreneurship(イノプレナーシップ)」という聞きなれない言葉で紹介された学生もいる。これはInnovationとEntrepreneurshipのかけ合わせた造語で、新しいアイデアを形にするイノヴェーションと企業家精神を学ぶというコースのようだ。1992年に刊行された『Innopreneurship: Turning Bright Ideas Into Breakthrough Business for Your Company』という書籍が言葉の由来と思われる。
このInnopreneurshipコースの修士で今回の海外視察ツアーの参加者のDarlee Wipavadee Amsungnoen氏に話を聞いた。
「日本に来てすばらしい経験ができました。早稲田大の面白い学生たちに出会えたし、IDEOに行ってMike Pengにも会えました。彼は昔からの私のアイドルです。また若い世代の人たちにビッグデータやフードテックに興味のある人がいるということを知れたのも収穫でした。日本の若い起業家は雰囲気が素晴らしいし、タイの外に出てこういった刺激を受けられたのは良かったです」
近年、こういった自ら事業を起こそうという意欲のある学生は増えており、彼らの質問もビジネスモデルの深いところを聞いたりと知識レベルや文化水準では日本とタイでは差が無いように感じられた。
タイは完全な学歴社会になっており、優良大学出身者は企業でもホワイトカラーとして扱われることも多い。その中でスラナリー工科大学は、世界中の大学を独自基準でランク付けしているuniRankの2017年ランキングにおいて、タイ国内で9位に位置する上位校である。
大学がカリキュラムの一環として学生を海外視察に連れて行くというのは、タイでは一般的なことなのだろうか? 地方創生、民間、ASEAN、IoTなど多様な分野で活躍するコンサルファームのみらい株式会社統括ディレクターで元日本能率協会コンサルティング グローバル開発革新センター長の野元伸一郎氏に話を聞いた。
「タイはThailand4.0という国家戦略でイノヴェーションに力を入れています。上位校であるタマサート大学、チュラロンコン、カセサート大学などは元々こういった海外視察には積極的です。いよいよ中堅大学も同じ取り組みを始めたということでしょう」
今回登壇者でもあったHDEの汾陽祥太氏の話はさらに興味深い。
「スラナリー大学の教授陣とは10分ぐらい、日本そしてタイの国・大学が抱える問題などを話すことができました。タイも日本と同じく少子化の時代に突入し、大学余りが始まろうとしているそうです。政府は5年後までに支援する大学数を減らし、現在200校あるタイの大学は実質100ぐらいに淘汰されるだろうと話しており、そんな中どのように競争力を保っていけるかを真剣に考えていました。日本に対する尊敬の念と追いつきたいという気持ちが強く伝わってきましたね」
タイ人の気質として真面目さが挙げられる。積極的に主張しないという点も日本人と通じるところがある。また、海外で働くことへの抵抗感は少なく、あらゆる国へ働きにいくとのこと。数年前までは第二外国語は日本語が主流だったが、最近は中国語が主流らしい。
スラナリー大学のチーフアカデミックオフィサーであるBongse V Muenyuddhi氏によれば「日本には特定の技術やイノヴェーションが非常に進んだ国としてリスペクトされている。また、アントレプレナーシップやそのエコシステムを醸成しようと国や大学を挙げて取り組んでおり、そういった蓄積から得たものを学びたいというのも我々がここに来た理由である。今後は韓国や中国や台湾、オーストラリアへのツアーも検討している。海外に出ることで学生たちの国際感覚を養いたい」とのこと。
大学からすれば海外への就職斡旋が増えれば実績につながり、日本の受入企業としてはカルチャーギャップの不安が少なく即戦力になる人材が獲得できるというわけだ。
もはや日本国内だけでは優秀な学生の獲得は厳しいかもしれない。こうした自らイノベーションを起こせる学生を海外から受け入れることは理にかなっている。今からパイプを作っても遅くはないだろう。