「デザインシンキング」という言葉がもてはやされて幾数年。いわゆる「デザイナー」という仕事の領域は拡張し続けているが、彼の目からすれば、デザインに対する世間の眼差しは本質的なものではないようだ。
エイトブランディングデザイン代表・西澤明洋氏から飛び出したのは、「デザイン業界はよくない状況だ」という衝撃的な言葉だった。
デザインを武器にしたブランディングで企業からの信頼も篤いデザイナーの、逆説的な「これからのデザイナー像」とはーー?
聞き手・文:米田智彦 写真:神保勇揮 構成:年吉聡太
西澤明洋
株式会社エイトブランディングデザイン代表
1976年滋賀県生まれ。「ブランディングデザインで日本を元気にする」というコンセプトのもと、企業のブランド開発、商品開発、店舗開発など幅広いジャンルでのデザイン活動を行っている。「フォーカスRPCD®」という独自のデザイン開発手法により、リサーチからプランニング、コンセプト開発まで含めた、一貫性のあるブランディングデザインを数多く手がける。主な仕事にクラフトビール「COEDO」、抹茶カフェ「nana’s green tea」、ヤマサ醤油「まる生ぽん酢」、賀茂鶴「広島錦」、芸術文化施設「アーツ前橋」、料理道具店「釜浅商店」、手織じゅうたん「山形緞通」、草刈機メーカー「OREC」、博多「警固神社」、iPhoneアルバムスキャナ「Omoidori」、ドラッグストア「サツドラ」、新電力「erex」など。グッドデザイン賞をはじめ、国内外100以上を受賞。BBTオンライン講座「ブランディングデザイン」講師。著書に『ブランドをデザインする!』(パイ インターナショナル)など。大学、企業などでの講演やセミナーなども多数行う。NHKworld『great gear』出演。
デザインだけできても、デザイナーにはなれない
ーー 今、西澤さんの事務所で働きたいという方はたくさんいらっしゃるのではないですか? どういう人を採用されているのでしょうか?
西澤:まず、デザインができるか…そうだ、僕、言いたいことがあるんです。今、僕はデザイン業界ってそんなによくない状況だと思っています。その理由って、はっきりしていると思うんですよね。
ーー なぜなのでしょう?
西澤:それは「分業」に尽きると思っています。デザイナーの仕事が細分化され過ぎていて、特に広告業界に顕著ですが、クリエイティブディレクター、アートディレクター、グラフィックデザイナー、コピーライター、プランナー、ライター…と、分け過ぎています。それにより、代理店の下につくような制作会社のデザイナーは、なんだかオペレーターに近い働き方になっているのではと感じることが多いのです。
ーー 本来、どうあるべきだと思いますか?
西澤:デザインって、本来はもっと大らかな人間活動のはずなんですよね。何かつくりたいものがあったら、全部自分で考えて、つくって、運営するわけです。なのに細分化され過ぎたがゆえに、デザイナーの働き方が何だか窮屈なものになっているなと思います。
ーー ということは、西澤さんは細分化とは逆のことをなさっているのですか?
西澤:僕の会社の組織はすごくシンプル。「ブランディングデザイナー」と「デザイナー」と「アシスタントデザイナー」しかいません。
ーー ブランディングデザイナーという職能は、あまり一般的ではないですね。どんな仕事なのでしょうか?
西澤:ブランディングデザイナーの仕事は多岐に渡ります。デザインは当然できるという前提で、リサーチからプランニング、外部のクリエイターのディレクション、場合によっては経営コンサルティングまで求められます。それが統合された状態の人を、僕らはブランディングデザイナーと定義しています。
かたや、デザイナーに求める能力は、そのブランディングデザイナーの下でプロジェクトをまるごと担当できる能力。リサーチからはじめて戦略立案を一緒にやって、コンセプトのコピーやネーミングをつくり、そこからロゴをつくって、商品やお店もつくる。その後のコミュニケーションでウェブをつくったり広告をつくったり。幅広い分野の企画とデザインの両方を担当します。
ーー 一般的には、デザイナーというと「しゃべらずに黙々とやる」というイメージがあります。ですが、西澤さんの考えるデザイナー像は、対面でコミュニケーションして相手の考えていることを咀嚼する人なのですね。
西澤:ええ、コミュニケーション能力は必須です。そしてプランニング能力も。デザインだけできても、デザイナーにはなれないんです。
ーー ハードルがすごく高そうです。
西澤:でも、鍛えれば誰でもできることだと思っています。そういう働き方は一般的じゃないし学校で教えてもらえるわけでもないから、最初の頃は僕も苦労しました。大変だけど、一度やり方が分かれば、そんなに難しくはないものなんですよ…。
クラフトビール「COEDO」
抹茶カフェ「nana’s green tea」
ドラッグストアチェーン「サツドラ」 写真:矢野紀行
iPhoneアルバムスキャナ「Omoidori」
「ブランディングデザイナー」の出発点
ーー 西澤さんの、ブランディングデザイナーとしての原点はどこにあるのでしょう?
西澤:育ったのは、普通のサラリーマン家庭。ただ、親父はサラリーマンのかたわら、畑仕事をやっていて、それがセミプロレベルでした。ものをつくることが好きな人で、その側で遊んでいたから、自然とものづくりが好きになったんでしょうね。一方で母方の実家は近江商人の家系で、何となく商売も楽しそうだと感じていました。
ーー 今の西澤さんの姿を彷彿とさせますね。
西澤:僕はビジネスとクリエイティブの距離感をまったく感じないんです。むしろ、商売=デザイン。経営って面白いし、クリエイティブなものだと思っています。
ーー デザインを本格的に学んだのは、いつでしたか?
西澤:大学では建築を学んでいました。でも、当時の恩師が「建築はもう古い、これからはデザインマネジメントだ」と提唱して「デザイン経営工学科」という学科を日本で初めて立ち上げられたんです。それはデザインマネジメントを体系的に学べる学科で、僕はそのお手伝いをしていました。元々ものづくりが好きで商売も好きだったから、「デザインマネジメント」というキーワードはしっくりきましたね。
ーー 大学を卒業されて、まずはどこかの事務所に就職されたんですか?
西澤:大学でデザインマネジメントを勉強したところで、働き方のロールモデルがなさ過ぎて仕事にはならないんですよね。ですから、まずは実務の面でデザインマネジメントを取り入れている会社を選ぼうと思って、重電から家電までやるような大手のメーカーに勤めることにしました。それで就職したのが、東芝のプロダクトデザインセンターでした。
ーー そこで、実務としてのデザインマネジメントを経験されるわけですね。
西澤:僕は、デザインマネジメントのなかでもブランディングデザインがやりたかったんですが、「東芝」でブランディングの業務にはタッチすることはありませんでした。なにしろペーペーですから。
ーー 確かに。
西澤:だから、重電系のプロポーザルのデザインを担当したりプロダクトデザインをやったり。実務上でのデザインマネジメントということでは、東芝ではとても良い経験をさせていただきましたが、ブランディングデザインがどうしてもやりたくて、2年で勢い余って辞めてしまいました(笑)。何もできないのにね…。
ーー 独立したての頃は、どういったクライアントを相手にしていたんですか?
西澤:独立してすぐは、仕事も何も縁そのものがまったくありませんからね。仕事はないけど、営業はしたくない。それは恩師の教えでもあって、仕事は自分から押し売りみたいに取りに行くのではなくて、自分のきちんとした専門分野があってやるべきことが世の中に明示されていて依頼が来るのが正しいデザインの仕事の請け方だ、と薫陶を受けていたので。
ーー 確かに正論だと思います。
西澤:ただ、それはジャンルとして確立している建築とかプロダクトとかグラフィックならばまだいいんですが、当時はブランディングデザインという手法が確立されていないわけです。というより、そもそも「ブランディングデザインって何?」って聞かれるところからのスタート。だから、最初は紹介していただいた人に、実績はないけどただただ熱く語りかける、ということばかりやっていました(笑)。
ーー それを、一個一個積み上げていったわけですね。
西澤:はい。駆け出しの頃は、やっぱり、カッコいいデザインをやりたい、作品をつくりたいという考えが強くありました。それは大切だし今でも同じ思いはありますけれど、クライアントと一緒に走り出すと、そこでつくられるものは「作品」ではないんです。「僕の作品」ではなくて、お客様と僕らで生み出す「子ども」みたいなもの。
そう思って、クライアントの言葉を真摯に聞いてお客様の会社の「デザイン部長」として考え行動するような仕事の仕方をしていましたが、独立したての頃は余裕がありませんから、そう多くの仕事は請けられないわけです。2年ぐらいは2つの案件だけを必死にやりました。当時はとても楽しかったけど、とてもしんどかったです(笑)。
ーー その間、生活費はどうしていたんですか?
西澤:事務所の家賃を払ってスタッフに給料を払ってしまったら、生活費なんて残りませんよね。
ーー じゃあ、貯金で?
西澤:いや、嫁に食わせてもらってました(笑)。
ーー(笑)。でも、それがあるから今があるという。
西澤:そうそう。だから、売れない芸人さんの下積み時代の話はグッときますね。分かる分かる、みたいな…(笑)。
仕事は「因数分解」する
エイトブランディングデザインの仕事の方法をまとめた本「仕事の因数分解」
ーー それが好転し、やがて事務所も大きくなっていくわけですね。
西澤:独立したとき、毎年1人ずつ雇っていこうと決めていました。僕は一回決めたら忠実に実行するのが好きなタイプなので、しんどくても毎年採用しています。今年で12年目ですが、採用しなかった年はないですね。今スタッフは18名に増えました。
ーー そうすると、チームビルディングや組織づくりなんて話が出てくると想像するのですが、そのへんはいかがですか。
西澤:まず、基本はOJTでやってみるしかないと思っているんです。ただ、12年目にしてようやく、OJTが非効率だということに気付いて。
ーー 非効率なんですか?(笑)。
西澤:そう。だから今、僕らはそれを「形式知」に置き直す作業をしています。
ーー というのは?
西澤:エイトブランディングデザインの仕事の全フローをスタッフみんなで書き起こしたんです。「仕事の因数分解」というタイトルの1冊の本にまとめました。あらゆる行動フローをテキスト化して、それを使って社員教育を始めています。今、僕が一番力を入れて取り組んでいる仕事です。内容は完全に社内だけのクローズドなものなので公開はしてないですが、ものすごく面白いですよ。
ーー いわゆる「テンプレート化」とは違うんですか?
西澤:ちょっと違いますね。膨大なタスクを書き出して、なぜその行動が起こるのかという理由から、仕事の流れとつながりを言語化するんです。経営全体で見た時に、デザインの仕事や他の業務がどういう意味で存在するのかを明らかにしています。マニュアル化ではなく、なぜそのような仕事があるのかを形式知で教育したうえで、現場で体験を通して暗黙知としてデザインを学んでもらうんです。
ーー 失敗から学ぶ、という手法もあります。失敗はすごくリスキーだけど、腹落ちさせるためには、失敗も含めて経験させないといけないという意見もありますね。
西澤:それもありますが…僕らの仕事で、失敗は、していいレベルとしてはいけないレベルがあります。お客様のブランドに致命傷を与えるような失敗は当然やってはいけないし、僕はそれを許すようなディレクションはしません。踏み外してはいけないラインがあって、それはプロフェッショナルとして絶対に回避すべきですから。
もちろん、デザインにはトライ・アンド・エラーがあってしかるべき。よくないものはよくないよねと、やってみて指摘されて初めて気付くこともあります。そこは体を動かしながら学んでもらうという感じですね。
ーー デザインという視覚的なものに言葉を与える作業は、すごく重要なことですね。
西澤:そうですね。デザイナーはどうしても暗黙知に偏り過ぎですから。とはいえ、形式知がいいとも限らず、両方をバランスよく持つことが大事ですね。
ーー そうしたデザイナーとしてのスキルを磨くためのインプットとして、最近読んだ本などで、役に立ったものはありますか?
西澤:最近ではないですが、ここ数年愛読しているのが、楠木建『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)。ブランディングの「ブ」の字も出てこないですが、僕が考えるブランディングの方法とかなり近いと思っていて、愛読し、リスペクトしています。クライアントにもおすすめしています。僕は、たぶん100冊以上売っていますね(笑)。
ーー いわゆる経営書も、読まれるんですか?
西澤:読みますよ。社内でも勉強会を開催しています。たとえば「全員経営、全員デザイン」というスタッフ全員参加の勉強会では、経営のことを教えたり、今までの仕事の方法を振り返ったりしています。デザインだけやっていてはダメで、常に全スタッフに経営をやっている視点を持ってもらいたいと思っています。
ーー 当事者意識、ですね。
西澤:経営者意識を持ってデザインするとはどういうことかを、2週に一度くらい、いろいろなテーマで切りながら学んでいくんです。もうひとつ開催しているのが「経営リテラシー」という名の勉強会で、これはデザイナーには割とハードな読書会。参加者には3,000字の課題図書レポートを課しています。
エイトブランディングデザイン社内の読書会ではデザイン以外の分野のさまざまな本が読まれている。
テクノロジーはデザイナーを殺すか
ーー 今後、テクノロジーがどんどん進化していくと、今まで人類には不可能とされていたこともできる世界になると思います。そういう時代のデザイナーにはどんな振舞いが求められるようになるのでしょうか?
西澤: 例えば人工知能の話でしょうか。僕がAIを面白いと思うのは、AIが発達することで、職人的な仕事が淘汰されるんじゃないかという話です。それはデザインも例外ではないと思いますが、例えばレタッチャーのような仕事はなくなっていくのでしょうね。
ーー 狭義の、技術としてのデザインは、AIに代替されるわけですね。
西澤:はい。 ただ、デザインの本質的なところは人間活動だと考えてみると、人間がいる限りデザイナーという職業はなくならないと思います。ブランディングデザインというのは、人間活動の中でも複雑な、組織立った人間集団の振舞いを可視化するための技術。ですから、枝葉の技術がテクノロジーでリプレイスされることはあっても、根っこに人間がいる限りはなくならないと思っています。逆説的に言うと、これからデザイナーにとって幸せな時代が来るとも思います。
ーー 幸せになれますか。
西澤: これまで何年も修行して身につけなければならなかったデザインの技術が、今やコンピュータの発達で短時間で習得できるようになる世界が来ているわけですよね。そのぶん時間が余れば、その余剰を別のクリエーション活動に使えるようになるわけで、デザイナーにとって幸せな時代が来ると思っています。面白い時代です。
一方で、ステレオタイプに自分の領域を決めつけて狭く深く入り込んでしまう人たちにはつらい時代かもしれませんね。自分たちのやっていることをもう一度更新していく、見直していく、新しくつくり変えていくクリエーション技術が強く求められていると思います。自分を更新していく作業が、これからのデザイナーには必須だと思います。
今、僕がやりたいのは、「まだやったことのないこと」。やったことのないジャンルの依頼を率先して受けていて、最近では、神社のブランディングデザインの仕事をさせていただきました。福岡市の天神のど真ん中にある警固神社の社紋を400年ぶりに変更させていただいたんですよ。僕らのデザインの中でも、もしかしたら一番長生きするデザインになるかもしれません。
福岡・天神にある警固神社のブランディングデザインの数々。
ーー デザインの拡張ですね。
西澤:ジャンルを拡張する仕事はすごくワクワクします。今、特にやってみたいのは医療ですね。できれば総合病院をやりたいですね。地域のコミュニティの核になりそうな気配があるので、ここを単純に医療のビジネスということだけではなくて、コミュニティとの接続も考えてやってみたいと思っているんですよね。
もう一つ、デザイナーでなく経営者として思うのは、僕以外のブランディングデザイナーを育てたいということ。そういった教育も楽しそうで、それが今のところ一番の夢かな。どちらも面白いです。ブランディングデザインの仕事は当然楽しいし、人を育てるのも楽しいと思っているんです。