LIFE STYLE | 2018/04/27

日本の働き方改革、あるいは未来的な日本人らしさ|山下正太郎(『WORKSIGHT』編集長)【後編】

(前編より続く)
クリエイティビティを刺激するオフィス、あるいはワークスタイルの変革。どちらも日々あらゆる情報が飛び交...

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前編より続く

クリエイティビティを刺激するオフィス、あるいはワークスタイルの変革。どちらも日々あらゆる情報が飛び交うなかで、それらのトレンドを追い、デザインプロセスに目を配るのが雑誌・ウェブサイト『WORKSIGHT』編集長の山下正太郎氏だ。

前編ではロンドン駐在の経験から、今後のビジネスシーンで注目が高まると目されるロンドンについて聞いた。後編は、日本の「働き方」にフォーカスしていく。

聞き手:米田智彦 構成・文:長谷川賢人 写真:神保勇揮、長谷川賢人

山下正太郎(やました・しょうたろう)

コクヨ株式会社クリエイティブセンター主幹研究員 / WORKSIGHT編集長

コクヨ株式会社に入社後、オフィスデザイナーとしてキャリアをスタートさせる。その後、戦略的ワークスタイル実現のためのコンセプトワークやチェンジマネジメントなどのコンサルティング業務に従事している。コンサルティングを手がけた複数の企業が「日経ニューオフィス賞」を受賞。2011年にグローバルで成長する企業の働き方とオフィス環境を解いたメディア『WORKSIGHT(ワークサイト)』を創刊し、研究的観点からもワークプレイスのあり方を模索している。2016-2017年ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA:英国王立芸術学院) ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザインにて客員研究員を兼任。

「日本人らしさ」が生産性を下げている

―― 先ほど、「ロンドンは日本の10年先のモデル」という言葉もありましたが、世界のオフィスや働き方を見ている山下さんからは、「日本」の現状はどう映りますか。

山下:そうですね…これは海外に一定期間、滞在された方は共通で抱くかもしれませんが、やはり「日本人は異常である」というか。課題はさまざまな分野にわたりますが、多様性の低さがさまざまな問題の根源となっているのでしょう。

企業の生産性が低いという話をとってみると、ロンドンの企業にとって「お客様は神様“ではない”」ので、提供側として「ここまでしかやりません」と線引きをします。宣言したこと以上の案件が発生した場合はもちろん追加費用がかかります。

日本の場合は、ユーザーのクレームなり何なりに無償で対応することもありますよね。これは実に日本人らしいことで、つまり「同じ人間なんだからわかってくれるはず」という思いに対して、言葉よりも行動で答えるのが義務であるという感覚です。

ロンドンではそれがまったくありません。なぜなら、たとえば中東人と白人の議論にはバックグラウンド的なものを含めて「共通性」がないので、そもそも「分かり合えない」ことからコミュ二ケーションがスタートしているんです。だからこそ、お互いのゴールを決めてから取り掛かろうとするんですね。

また多様性が高いと、プレイヤーの能力にばらつきがあるので、提供側のゴール設定も必然的に低くなります。ユーザーからすればサービスは物足りなく思える。でも、それは提供側の生産性を高めることになります。ある程度のレベルでもユーザーがみんな「妥協する」からです。

あとは、ユーザーが自らがんばったりもします(笑)。たとえば、モノが壊れた際、日本なら業者が電話一本で駆けつけてくれますが、向こうだと修理を依頼するときに「今はこんな状況で、こういうふうに壊れているから、たぶんこう診てくれたらいいはず」とユーザーが伝えないと、うっかり呼ぶだけでもコストが発生してしまいます。

つまり、数字に表れないコストをユーザーが補っており、そうしたDIYのカルチャーが社会に浸透していると思います。だからこそ、日本と比べて提供側の生産性は高まるわけですね。

―― では、グローバルで日本人が戦うとしたら、その辺りのサービス精神は強みになるのでしょうか。あるいは弱みになってしまう?

山下:日本的な文脈のままだと難しいのではないかと思います。例えば「おもてなし」と言いますが、あれって海外からすると「かなり冷たい」という印象のようなんです。

―― ほう。

山下:旅館の中居さんが見えないところで提供するサービスは、海外の宿泊客にはそもそも伝わりづらい。彼らの言う「サービス」は、もっとコミュニケーションしたり、それこそハグや握手をしたりと、直接的なところを評価する。

日本文化ってとてもハイコンテクストなので、受け入れられる国が決まっています。ロンドンはかろうじて通じていますね。インデックスとして捉えやすい無印良品も売れていますし。中国やアメリカにしても、日本的ハイコンテクストなサービスを提供するなら、相当の都市部でしか勝負できないはずです。特定の場所で勝負するアートや建築の領域でなら戦えるでしょうが、広く流通するプロダクトやサービスがうまくいきづらいのもそのせいではないでしょうか。

―― 日本のアートや建築が評価されたりもするのは、ハイコンテクストが前提だからですか。

山下:そうですね。

「働き方改革」の前にやるべきことがある

―― 「働き方改革」がある種のバズワード化していますが、これからのワークスタイルという観点についてはいかがお考えですか?

山下:『WORKSIGHT』で挙げている事例に通底するポイントは、“ワーカーが働き方を自分で定義していること”にあると思います。つまりワーカーが望む働き方を企業側が提供しているという構図があります。働き方改革の先進国と呼ばれるオランダやオーストラリアでなぜ働き方改革が成功したかと言えば、ワーカーの「働き方」と「生き方」が独立しているからなのではないかと。

―― 日本でよく言われる「 ワーク・ライフ・バランス」ではない、と。

山下:ワークとライフがべったりと重なっていることへのワーカーの反発こそ、働き方改革がうまくいく原動力です。言い換えれば、その2つが重なることで人生が窮屈になっているから、「仕事」と「生活」を両立したいというのが根幹にある。オランダも労働者が不足した時期に、共働きを100%推奨してしまうと家族生活が破綻してしまう、だから夫婦で1.5人分働ける制度をつくってほしいとユーザー側がリクエストしたことが現在の制度設計につながっています。オーストラリアも同様の流れです。

 ―― あくまでユーザーからの要求に行政が動いていったわけですね。

山下:でも、日本の場合は政府や企業が主導していて、そこにはユーザーの意志はないですよね。結果的にワーカーは早く帰れても、やることがなくて持て余したりする。プレミアムフライデーなど典型的な例です。それもこれも、「働き方」と「生き方」がべったりくっつきすぎているからなんです。主体的に自分はどう生きたいかというイメージがないから、働く以外の生き方をイメージできない。

僕自身としては「早く帰れ」というのはまったくの間違いで、むしろ日本のワーカーに対しては「もっと働け」と言いたい。「副業・兼業をもっとやれ」ということですね。べったり重なっている「働き方」と「生き方」の外側に、もう一つの「働き方」を作って、外側から「生き方」を見直せるようにするんです。そうすれば、メインにしている仕事の意味ややり方について良し悪しが見えてくると思います。

―― 日本は戦後、「会社=人生」のような状態でずっときたわけですよね。

山下:あえて言うと、その2つが重なっていてもいいんです。でも、重なっていること自体に無自覚すぎるのがよくない。あえて重ねているわけじゃないですよね。「それでいい」と思えていない状態こそがまずい。結局、働き方のデザインは「どう生きていきたいか」の延長でしかありませんから。

―― それを聞くと、オフィスを変えるとか、働く環境を整えるとかといったことは、それ単体では考えられない問題なのでしょう。ワーカーの意識がそれぞれで揃わないと、そもそも「快適さ」が成り立っていかない。

山下:究極的にはそうですね。加えるなら、自分がパフォーマンスを持続的に発揮できるオフィスは何かということがわからず、旧態依然とした環境で育ってきた人が決済権を持つ立場にあるのも問題です。彼らは自分が成功してきた時代のイメージを引きずってオフィスをつくるわけなので、「オフィス」というものへのイメージが貧しく、なおかつ現実や現場感からも離れてしまう……。

日本は人材の流動化が進んでいないせいもあって、ワーカーの持つ職場のイメージがかなり限られている。それがオフィスの質を下げている面はありますね。けれど、ロンドンはそうではありません。嫌な環境では人が出ていくし、優れた環境なら人は来ます。そういうツールになっているということに、みんなのコンセンサスが取れている。

流動化で言うならば、「転職しよう」と思う大方の理由は環境が良くないからなのであって、自分の生き方に無自覚だとその気持ちも起きにくいわけです。そういった根幹の部分からして、日本は非常に弱いですね。

空気で管理せず、空気を「活かす」

―― その中で『WORKSIGHT』がテーマをたえず伝えたり、あるいはそれを運営しているのが大企業のコクヨであったりすることから、日本でも変わっていける可能性はきっとあると信じたいところです。

山下:やはり、日本が良くも悪くもハイコンテクストなカルチャーであることを、どう捉えるかがポイントになると思っています。僕らが紹介してきた諸外国は、ほとんどがローコンテクストです。文字にすれば見たまま伝わるから、「週に2日は在宅ワークOK」と書くと、そのまま在宅ワークをする人たちです。放っておくと、どんどんオフィスから離れていく。

一方で、ハイコンテクストというのは、みんなが場を読む「空気で管理する」ということなので、常に一緒にいないと不安でしょうがないわけです。だから、どんどんオフィスに集まりますし、オフィスから引き剥がすのが難しい。

要は、バラバラの場所で働いて、ライフスタイルを分けた生活をする場合にはハイコンテクストが邪魔になる。まさに、今叫ばれている働き方改革とは真逆の意味合いを持っていますね。でも、モノをつくる時にはハイコンテクストじゃないと絶対に無理です。今、シリコンバレーのオフィスが何に苦労しているかというと、オフィスに人を集めることなんです。

―― なるほど、日本と逆のことをしているんですね。

山下:とにかく四六時中、オフィスに人がいてほしいと考えているんです。そうしたら食事も、寝床も、遊ぶところも全部与えるから「とにかくこの場所にいて、1行でもコードを書いてくれ!」と(笑)。

日本はすでにハイコンテクストなカルチャーがあるのだから、あとはそこで「イノベーティブなことをやりましょう」というコンセンサスがあれば大きく変わるかもしれない。ただ、そのハイコンテクストを「管理」の視点で使って人を制御しようとしているからボタンの掛け違いが起きる。そうではなくて、もっとワーカーを自由に動かせるように使っていければいいんだと思います。

―― 古き良きイノヴェーティブな企業はその性質を持っていたのでしょう。いわゆる「闇研(会社が公認していない研究)」と呼ばれる活動もその一つです。それがコンプライアンスや労働時間の管理として削がれていったことで、ハイコンテクストなカルチャーの良さを失っている。

山下:そうですね。あとは、ワーカーたちに刺激をいかに与えるかですね。そこはみんな困っているところです。

―― 研究をしながら作っているような会社、いわば「ラボ・ドリブン」のワークスタイルも相性がよさそうです。

山下:ええ。今後もテクノロジーが世の中の行動を変えることは間違いないと思いますが、テクノロジーを活用しなくても価値を刷新できるという世界も間違いなくある。

そもそももう人間はそこまでハイエンドなものを必要としていないのではないでしょうか。もっとローテクでありながら、価値観を書き換えたものこそが、世の中にイノヴェーションを生んでいく。iPhoneしかり、Nintendo Switchしかり、人のインサイトに深く切り込んだ製品をもって、仕組みやマインドを書き換えることが最も効率のいいイノベーションだと思います。

―― 日本は対処療法的なオフィス環境や働き方の整備をする前に、もっとやるべきことがありますね。

山下:結局は、良質なサッカーコートを与えても、優れた選手がいなければどうにもならないのと同じですから。


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