EVENT | 2019/04/25

まだダウンロードで時間とHDD容量を消費してるの? 5Gがもたらす映像の革新。【連載】デジハリ杉山学長のデジタル・ジャーニー(9)

データ通信の速度が圧倒的な変化を遂げる5Gについて語る時、稀代のテクノロジストの語りもますます加速する。デジタルハリウッ...

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データ通信の速度が圧倒的な変化を遂げる5Gについて語る時、稀代のテクノロジストの語りもますます加速する。デジタルハリウッド大学学長・杉山知之さんの連載でこのたび語られるのは、映像をめぐるクリエイションを根底から変えうる、5Gが秘めるポテンシャルだ。

聞き手:米田智彦 構成:宮田文久 写真:神保勇揮

杉山知之

デジタルハリウッド大学 学長/工学博士

1954年東京都生まれ。87年よりMITメディア・ラボ客員研究員として3年間活動。90年国際メディア研究財団・主任研究員、93年 日本大学短期大学部専任講師を経て、94年10月 デジタルハリウッド設立。2004年日本初の株式会社立「デジタルハリウッド大学院」を開学。翌年、「デジタルハリウッド大学」を開学し、現在、同大学・大学院・スクールの学長を務めている。2011年9月、上海音楽学院(中国)との 合作学部「デジタルメディア芸術学院」を設立、同学院の学院長に就任。VRコンソーシアム理事、ロケーションベースVR協会監事、超教育協会評議員を務め、また福岡県Ruby・コンテンツビジネス振興会議会長、内閣官房知的財産戦略本部コンテンツ強化専門調査会委員など多くの委員を歴任。99年度デジタルメディア協会AMDアワード・功労賞受賞。著書は「クール・ジャパン 世界が買いたがる日本」(祥伝社)、「クリエイター・スピリットとは何か?」※最新刊(ちくまプリマー新書)ほか。

さようなら、ダウンロード

データをPCのハードディスクから呼び出すスピードと、インターネットから呼び出すスピードが、同じになったらどうなるんだろう?――これは、私が約30年前に私がいたMITメディアラボでなされていた議論でした。

自分が持っている端末の中からデータを呼び出すのと、外からデータを呼び出すのが同じスピードだったら、外からでいっこう構わない、という感覚は、1980年代の終わり頃にすでに議論の俎上にあったわけです。

厳密に考えれば、もしかしたらデバイス内のデータを呼び出すほうが若干速いかもしれない。しかし、それは人間が感知できるスピードの差ではないとすれば、大量のデータを手元に置いておく必要はなくなるわけです。今でも日本ではCDもBlu-rayも売れるし、たくさんのファイルをハードディスクに溜めこむ人もいるように、データを手元に置きたいという欲求は強いですが、それも5Gがデフォルトの環境になれば、だんだんと変わっていくはずです。

映像クリエイターたちが抱く、圧倒的な期待感

現場にいる映像クリエイターやエンジニアの方たちの意見を見聞きしていても、未踏の速さである5Gの到来に、久々にワクワク感を抱いていると感じます。

ご存知のように、現在の映像技術は飛躍的に向上し、クリエイターたちも細部までこだわって映像をつくっている。しかし、これまでの電波環境では、それが受け取り手に十全に知覚・理解してもらえる精度では届かない、という状況があったわけです

ストリーミングで配信しても途中で止まり、クルクルと読み込みの時間が始まって、せっかくの流麗な映像を味わってもらえない。あるいは、電波が弱ければ、自動的に画質が落とされてしまう。現状のストリーミング配信の環境で見慣れた光景は、常に「自分がつくった通りに見てもらいたい」と願う映像クリエイターたちにとって何よりのフラストレーションでもあるのです。

しかし、5Gが普及すれば、クリエイティブの環境に、ようやく配信の環境が追い付く。しかも、2時間の映画が――その必要はないまでも――数秒でダウンロードできるような圧倒的な速さが到来すれば、映像自体のフェイズが変わってくる可能性さえあります。それがどのような映像なのかは、まだ想像を絶する世界です。しかし、これから数年で、映像のつくられ方そのものが一気に変わるのでは、という予感はあるんですね。

映画館もストリーミング配信をするようになる?

5G技術がもたらす映像環境の“革新”は、スマートフォンといった小さなデバイスでのストリーミングだけに限った話ではありません。昨今、たとえば『ボヘミアン・ラプソディー』のヒットに代表されるように、みんなでひとつの会場に集まって映像を“体験”するという意味で、映画館は注目され直されています。ストリーミング全盛時代となっても、劇場がなくなることはないでしょう。

そして、全世界の劇場に映画を配給しているハリウッドであれば、5Gを使ったコンテンツ開発も十分に考えられると思っています。現在、ハリウッド映画はまだ、全世界でロードショーするために上映用データをハードディスクで送っているわけです。データ容量がとてつもなく大きいですし、どこかでデータが盗まれたり流出でもしたら怖いから、現状としては仕方ない。

超高速度で映像データをやりとりできる環境が整い、セキュリティ問題もクリアされたならば、ハリウッド映画が全世界の映画館でストリーミング配信されるということは起こりえます。データをストリーミング配信すれば、どこの劇場で何回上映されているのかといったデータが簡単に集計でき、それに基づいて、リアルタイムに対応するマーケティングもできるでしょう。また観客の5G対応スマホからの反応で、インターラクティブに観客がコンテンツに関わるというもできるでしょう。このように5Gがもたらす影響は、広い範囲にわたることでしょう。

ARとVRも本来の「興ざめしない、没入の世界」へ

圧倒的なデータが、地球の表面を大量に行き来する未来。そうした時代が訪れれば、ARやVRといった技術も、次のフェイズに至ることができます。

実は現状のデータ環境ですと、私たちはARやVRの本来的な魅力を味わうことができない、ということがしばしば起こります。たとえば街中でARを楽しんでいても、現実空間でのデバイスの移動にARデータの反映が追い付かず、カクカクしてしまう。ヘッドギアでVRを堪能していても、ちょっと首を振ったら対応できず、首の動きに遅れてVR世界が動く……ARやVRに関心がある方なら、きっと体験したことがある状況でしょう。そして、こうした若干の誤差は、私たちを一気に興ざめさせてしまいます。

しかし、5Gが普及した未来では、私たちは興ざめせず、先端技術が提供する世界に、今度こそ完璧に近く没入することができるはずなのです

映像クリエイターたちが抱いているワクワク感という話も、改めて察知いただけるのではと思います。5Gが持つポテンシャルは、クリエイティブな世界にとっても計り知れないものがあるのです。


次回の公開は5月28日頃です。

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