EVENT | 2019/03/25

吉本興業とタッグを組み、エンタメ起業をゼロからサポートするスタートアップスタジオ「VERSUS」が始動

「スタートアップスタジオ」という言葉をご存知だろうか?
ここ数年、雨後の筍のように生まれてくるスタートアップ企業だが、...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

「スタートアップスタジオ」という言葉をご存知だろうか?

ここ数年、雨後の筍のように生まれてくるスタートアップ企業だが、熾烈な競争にさらされて多くは撤退の憂き目に遭っている。そうしたリスクを減らすためにアクセラレータープログラムというものが存在しており、先輩起業家によるメンタリングや他社協業・アライアンスの斡旋、そして資金提供などの支援を行うのだが、基本的にはすでに存在する企業に対して手ほどきを行うものだ。

これに対してスタートアップスタジオは会社どころかメンバーすらもいなかったりする、まさしくアイデアの種の状態から支援するという取り組みだ。面白いアイデアに対しては事業化し、場合によっては資金援助も行う。この仕組みはハリウッドの映画製作のスキームから来ているのだが、今回この方法について、エンターテインメントの分野に持ち込んだVERSUSという企業にフォーカスを当てる。

高見沢徳明

株式会社フレンバシーCTO

大学卒業後金融SEとして9年間勤めたあと、2005年にサイバーエージェントに入社。アメーバ事業部でエンジニアとして複数の案件に従事した後、ウエディングパークへ出向。システム部門のリーダとなりサイトリニューアル、海外ウエディングサイトの立ち上げ、Yahoo!などのアライアンスを担当。その後2012年SXSWに個人で参加。また複数のスタートアップ立ち上げにも参画し、2016年よりフリーランスとなる。現在は株式会社フレンバシーにてベジフードレストランガイドVegewel(ベジウェル)の開発担当。

エンターテイメントの巨人も動かす山口哲一という男

山口哲一氏

VERSUSは2018年11月に立ち上がったばかりの会社だ。取材では代表の山口哲一氏が人懐っこい笑顔で出迎えてくれた。

同氏は知る人ぞ知る音楽プロデューサー。SIONや村上"ポンタ"秀一など数々のアーティストを手がけるとともにITビジネスにも事業領域を広げ、2011年から著作活動も開始し、著書の数は10冊に上る。『デジタルコンテンツ白書』(経済産業省編集)の編集委員なども担当している。

また14年からはエンタメ領域のビジネスコンペティションである「START ME UP AWARDS」の実行委員長として立ち上げた。世界的音楽ハッカソンイベント「MUSIC HACK DAY」も復活させるなど、業界団体の理事や省庁の委員などを歴任する一方でスタートアップの新規サービスをサポートする、新旧双方のコンテンツビジネスに通じた異業種横断型のプロデューサーだ。

「音楽業界の成長が頭打ちになってから15年以上経ちますかね?コピーコントロールCDをやろうとした頃からずっと迷走してるじゃないですか。その最大の理由は、業界の中心にいたレコード会社がデジタル展開に後ろ向きだったことです。デジタル化にしっかり取り組めば、日本の音楽は有望だなと思いましたし、日本音楽制作者連盟という、音楽系事務所の業界団体の理事を8年やる中で『業界を内側から変えよう!』と頑張った時期もあったんですけど、やはり日本は“黒船”含めて、外からの力がないと変われないと痛感しました。なので、音楽業界の外、特にスタートアップとの連携や人材育成などを通じて、新鮮な空気を入れていく活動をやるようになりました。最近は『音楽プロデューサー/エンターテックエバンジェリスト』と名乗っています」

彼が大事にしているのはコミュニティの熱量。あらゆることはエンターテイメントに通じ、何かを作りたいと思うさまざまなルーツを持つ人たちのクリエイティビティを形に変えてきた。そんな山口氏がコラボレーションしたのは、「笑い」というエンターテイメントの巨人である吉本興業だった。日本でエンターテイメントのスタートアップがどんどん生まれる土壌ができて欲しい。山口氏のそんな熱い想いがエンターテイメントの巨匠を動かして、VERSUSが生まれた。

「日本のエンタメ業界も最近ようやく危機感が出てきたようで、今後のあるべき姿について相談を受けることが増えてきました。僕としては既存のシステムをちょっとずつ直すとか、海外の仕組みをそのまま持ってくるというのでは本質的な解決にならないと思っています。スタートアップを育てて、支援する中で成功した会社に、逆に引っ張り上げてもらうようなイメージです。もちろん既存の業界でも有効なところは沢山あるので、それはパーツとして考えて使えばいい」

「また、僕や吉本の大﨑社長も含めた上の世代としては業界全体の抜本的改革をして復活したいという思いはありますが、それは若い人たちには関係ないので、自社のサービスが成功することだけ考えて、のびのびやってもらうつもりです。スタートアップの成功がVERSUSの収益源でもありますし。それから僕の出自からVERSUSで扱うジャンルは音楽系専門なのかと思う方もいるかもしれませんが、全くそんなことはありません。すでに音楽ビジネスという領域だけ切り取ること自体がナンセンスだと思っています」

VERSUSが担う役割と山口氏の想い

スタートアップスタジオは冒頭で記した通り、事業アイデアから一緒に考えるための組織だ。このワークショップ参加を経ずとも案件の持ち込みも可能だが、いずれも事業化に際しては投資委員会を通すことになる。スタートアップスタジオではアイデア考案からある程度巣立てるところまで支援するため失敗の確率がかなり下げられるし、起業する前の段階で事業として見込みがなさそうだとわかればすぐに止められるので、時間的にも金銭的にもダメージが少なくて済むのが利点だ。

なお、山口氏の出自ジャンルは音楽ではあるが、公式サイトに記載されたメンター陣は他業界からも続々集結しており、あくまでもVERSUSが求めるスタートアップはエンタメ系全般である。

VERSUSとしてはベンチャーキャピタル(VC)から資金を集め、再投資を行う形で支援を決めた事業の株を持つ。実際にはシリーズAくらいまでは引き上げられるよう並走して支援したいと考えているという。

現在のVERSUSの取り組みとしては3カ月単位の「起業ワークショップ」がメインとなる。2019年春期は「インバウンドビジネス」をテーマとして参加者を募集中だ。4~6月まで、毎週日曜日開催・全7回で最新ビジネス動向のキャッチアップや事業計画の立て方講座から始まり、チームビルディング、ビジネスプランの発表・講評まですべてを行う。またゲスト講師には観光庁の太田雄也氏、弁護士でナイトタイムエコノミー議員連盟アドバイザリーボード座長も務める齋藤貴弘氏が参加。ちなみにこれらのプログラムはすべて無料で参加できる。

その他にはSTART ME UP AWARDSを今年も継続するほか、よしもと芸人とコラボした「起業家/芸人混合ハッカソン」も現在企画中だ。

山口氏のポリシーとして、どんな人も排除せずコミュニティに参加してほしいという。フリーランスや起業家だけでなく、会社員が参加してもOKだ。もちろん10~20代の若者も歓迎。たとえ人脈も経験もなくとも、ここに来れば何かを作り出すメンバーになれる。

VERSUSにコミュニティマネージャーとして参画している中村裕貴氏は、かつて大学時代にニューミドルマン養成講座を受講して山口氏の活動に感銘を受けた。音楽ビジネスがやりたくてDMMに入社し新規ビジネスの立ち上げに奔走していたが、計画性が足らず失敗した経験もある。山口氏の今回のスタートアップスタジオの話を知って、そうした自分の経験を活かし、スタートアップ支援の役に立てればと思い、飛び込んできた。いろんな起業家と知り合えることにも意義を感じている。山口氏が作ってきたコミュニティがここでも活きている。

世界に羽ばたくからこそ「日本(人)」のアイデンティティを考える必要がある

山口氏の目は常に世界に向いている。いずれはアジアをはじめとした海外の起業家とのネットワークも構築していきたい考えだ。だがそれらの取り組みは、単に海外を礼賛し良いところを取り入れるだけでなく、日本の起業家が「日本で生まれ育ったというアイデンティティ」を今まで以上に意識した方がいいという考えに基づいている。

「グローバルマーケットで戦うにあたって、いち個人、いち企業ではなく『日本』という単位でモノを考えられないと勝てないと思うんですよ。もちろん、今の20代前半以下の世代だと、国籍を変えてもいいぐらいの考えでシリコンバレーやシンガポールに移住するという選択肢もあると思います。ただ、それでも“日系○○人”というアイデンティティからは逃れられない。日本人が2020年代に持っている優位性は何なのか?同時に課題は?という問いかけに敏感でありたいです。日本のカルチャーに興味や憧れを持ってくれている外国人がいるという優位性はあと5年位はぎりぎり持つと思うので活かさないとね。グローバルでみた日本の優位性、可能性に日本人自身が無自覚なので、どう活かして戦っていくかを僕自身もしっかり考えたいし、啓蒙したいです」

音楽の世界では同じアジアで比較すると、日本より韓国の方が進んでいるように感じられるだろう。TwiceやBlack Pinkなど、K-POPアーティストのYouTubeビデオ再生回数が1億回を超えている楽曲はゴロゴロしているし、去年のBTSのアルバム『LOVE YOURSELF 轉 ‘Tear’』が米ビルボードチャートで1位を獲得したのは歴史的快挙だ。しかし、山口氏は「日本人の優位性は多様性と奥行きの深さにある」という。

「日本人は例えば駆け出しのヴィジュアル系ミュージシャンでも、ボサノバやケルト音楽を聴いたことが無いひとは少ない。音楽的教養が備わっている。日本人の感覚だと『プロを目指してるんなら多少は勉強として聴くでしょ』って思うかもしれないですけど、これって世界的に見るとすごく珍しいんです。同時にユーザーの文化的レベルが高いし、ニコニコ動画などで行われてきたn次創作(オリジナルのイラスト・楽曲などから派生して制作された二次創作コンテンツに若干の変更・改良を加えた三次創作コンテンツが誕生、さらに同様の四次…と無数に連鎖していく事象)、UGC(プロではない一般人が投稿するコンテンツの総称)も活発でハイレベルなんです。そこをどう自覚的になって活かすかが問われています」

加えて山口氏は、VERSUSの役割が「場作り」であることを繰り返し強調する。単発のインキュベーションプログラムや、VCなどからの投資が見込まれる有望スタートアップ育成のためのシェアオフィスは増えてきているが、アイデアをゼロから育てるスタートアップスタジオは国内ではまだまだ数が少なく、エンタメ分野では皆無に近い。そしてスタートアップはどの企業が成功するか、アイデア段階で予測するのは非常に困難である。だからこそ、アイデアの数そのものを増やし、試行錯誤の機会を与え、そしてその後の筋道を支えるエコシステム自体をまずは作らなければならないと語る。

「VERSUSが作っていくコミュニティには、起業家やメンターだけでなく、VCやエンジェルも巻き込んでいきたいと思っています。エンタメ業界はまだまだムラ社会で、明文化は一切されていないけれど村民は皆知っているといった暗黙知がたくさんある世界です。そうした業界と投資家の橋渡しを誰かがやる必要がある。エンタメ系スタートアップに興味がある投資家同士で活発に情報交換をするような集いも企画したいですね。」

VERSUSのコミュニティが今後どんなものになっていくのか、そして4月からスタートする第一期起業ワークショップにはどんなアイデアが集まるのか。今後の動きがとても楽しみだ。


VERSUS