CULTURE | 2018/12/26

ノンスタ石田のツイートでバカ売れしたCOACHならぬ「高知の財布」デザイナー、中島匠一氏の生存戦略|幸せに生きるためのおカネと働き方のリアル

他人の一言でガラっと人生が変わるということは昔からよく聞く話だ。最近だと、SNSでインフルエンサーによるなにげないつぶや...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

他人の一言でガラっと人生が変わるということは昔からよく聞く話だ。最近だと、SNSでインフルエンサーによるなにげないつぶやきや動画がきっかけで、企業や個人をとりまく環境が激変することも珍しくない。これまで「スーパーの半額おにぎりや、もやし炒めを食べていた」というアーティストの中島匠一氏も、同じように人生が一変した1人だ。

中島氏がどういう人か名前だけでピンとくる方はそれほどいないかもしれないが、「NON STYLEの石田さんのツイートで話題となった「高知の財布」のデザイナー」と聞けばピンとくる方も多いであろう。

一夜にして「高知の財布」が人気沸騰商品となったことで、兄弟で会社を立ち上げることになった中島氏に、幸せに生きるためのおカネと働き方について訊ねてみた。

取材・文:6PAC

中島匠一

メディアアーティスト株式会社ブランド高知 代表取締役社長

中学校時代に不登校となりフリースクールに通う。その後高知北高校、大阪芸術大学へと進学し、2017年に大学卒業。大学時代にはさまざまなアートイベントに作品を出展。2018年にはアパレルブランド「高知」を旗揚げし、COACHと似て非なる「高知の財布」が人気となる。同年11月には株式会社ブランド高知として法人化し、代表取締役社長に就任。
ブランド「高知」公式サイト
https://kochi.fashionstore.jp/

「高知」の良さが拡がることがアートにもなる

中島匠一氏
c 2018 SHOICHI NAKAJIMA

中島氏は元々「アートで世界に衝撃を与えることで、面白いアートを地道に数多く生み出せたらと思っていました。作品を作り続けることで、僕の生きた証を残したいという欲求もあります」という夢を描いており、大阪芸術大学在学中からテクノロジーを駆使したメディアアーティストとして活動していた。

100kg超の石にQRコードを刻み込んだ「時空カラミ石」。生野ルートダルジャン芸術祭のアーティストレジデンスにて制作。
c 2018 SHOICHI NAKAJIMA

ところが、今は株式会社ブランド高知を弟と起業し、代表として多忙な日々に追われている。「高知の財布」の初回生産分200個を引っさげて、第2回テスト販売としてのクラウドファンディング(1回目は資金調達に失敗している)を行い39名のパトロンから約31万円の調達に成功したのが2017年12月のことだが、その半年後には数千個の予約販売をしても即完売するほどの人気ぶりで、販売総数は1万個を超えた。今年11月、12月には新色や二つ折り財布などのバージョン違いも展開している。

11月には女性向けにデザインした「ホワイト×カラフル」、幅広い年齢層の男性にフィットする「グレー×ブラック」の2バージョンを販売開始した。
https://kochi.fashionstore.jp/blog/2018/11/02/175227
c 2018 SHOICHI NAKAJIMA

メディアアーティストとして、コツコツと面白いアート作品を作れるような立場にはまだ戻れておらず、「アーティストとしてやるべきことを逸脱してるようにも感じる」というジレンマを抱えながらも、「会社自体が末永く、高知の良さを拡げる存在になることがアートだと思っているので、この活動も疎かにはできません」と言い切る。

“高知”という場所をブランドに掲げてアーティストや経営者として活動する目的は?と訊いてみると、「僕は高知県が大好きなのに、県のことを知らない人が多いのはとても悲しいことです。自分の好きな場所を多くの人に知ってもらえることは嬉しいです。目指しているのは、世界的なブランドにすることです。高知県産の鹿革製品を軌道に乗せ、高知県を代表とする一大産業にまで押し上げたいと思っています」と壮大なビジョンを語ってくれた。

バカ売れしても無借金経営で堅実に

c 2018 SHOICHI NAKAJIMA

フリーのアーティストという立場から起業という選択をした理由は、「素人ながら、税金の問題には不安を感じました。大きな金額が動いている中、この収入がどれだけ次の生産費用に充てられるのか、どれだけ税金を払わなければいけないのかがわからないのは、とてつもない不安でした。高知県の起業推進課の方や、税理士さんに聞いて、やはりどの方からも法人化を勧められたので決意しました」という。法人化したことで、「高知県の幅広い人脈と、さらなる事業拡大の可能性。実務的に仕事を分担して手伝ってくれている仲間たち」を得たが、一方で「何をしてもいい余りある時間と、ゆっくりとした時間の流れ、無理をしなくてもいい生活」は失った。

起業する前と後でなにが変わったのか訊ねてみると、起業前は交通費や食事代なども作品の材料代に充てたいが故に、パンの耳、スーパーの半額おにぎり、もやし炒めなどを食べる節約生活をしていたという。ところが、起業後は交通費や食事代など経費で使える金額が増えたため、さまざまな交流に参加してみたりと、視野が広がりフットワークもより軽くなった。「応援してくださる皆様、購入してくださったお客様にものすごく感謝していて、このお金は無駄には使えないなと感じてます」と語る。株式会社ブランド高知の社員は皆仲が良く、悩みや私生活の近況などを分かち合えている。「僕は社長感がないので、ヘコヘコ従業員に助けを求めます」と笑う。

アーティストとしてフリーの立場で活動していた時は、基本的に収入は低く、安定もしていなかった。ひどい時には友人のシェアハウスに転がり込み、食と住を世話になったこともある。ところが、「高知の財布」がヒットした起業後は、「銀行の口座の残高の桁数を見て目玉が飛び出しました」というほど経済状況は一変した。それでも、月20万円もあれば生活は維持可能だという。

赤字が続くようになったらどうするのか?と少し意地悪な質問をぶつけてみると、「高知ブランドの商品にかかる製造コストは元手の範囲内に留めており、借入金もありませんが赤字にならないよう心がけています。もし赤字が数カ月に渡って継続したりするような場合は、売上が大幅に落ち込んでいるということだと思うので、店頭販売に力を入れてネットを利用できないお客様に販路を拡げたり、物流を委託ではなく、自宅を倉庫に変えるなどして事業規模を縮小することも考えられます」とぬかりない。

ADHDだからこそ「約束はキチンと守る」と心がける

中島氏はフリー時代から「約束はキチンと守ること」を心がけているという。相手が誰であれ、約束は必ず守るというが、自身がADHD(注意欠陥・多動性障害)であることに加え、身体が弱いこともあり、スケジュール管理には人一倍苦労しているそうだ。重要な用事は2~3日に1回程度に抑え、ダブルブッキングを避けるために、1日のスケジュールで2件以上の約束を入れることはしないようにしてきたという。さらに株式会社化してからは秘書を雇い、スケジュールや仕事の管理を任せるようにした。おかげで比較的円滑にタスクをこなせるようなってきたそうで、現在では「1日に2~3件営業したり、3日間で東京、香港、大阪、高知を行ったり来たりすることもできるようになりました」とのこと。

起業家(事業主)という会社員ではない立ち位置で仕事をするメリットを聞くと、

・何か新しい物事を始める時、組織の一員であると、組織全体のことを考え、リスクを恐れて動けなくなったり初動が遅くなったりするのではないかと思います。そういった意味では、自分が主体的に動いても誰からも止められないのは、大きなメリットと思います。

と答えてくれた。逆にデメリットを聞くと、

・僕は会社員経験がなく、バイトすらしっかりやったことがありません。稟議書の概念すらなく、一般企業のルールや空気感がわかってないため、やりたいことをするために何をどうすればいいのかわからなかったのがとても不自由に感じました。なので一度は会社員を経験しておいたほうがいいのではないかと思っています。

と答えてくれた。

夢や希望がたくさんあることが幸せ

c 2018 SHOICHI NAKAJIMA

最後に人生の設計図について聞いてみると、「僕の人生は常に実験と発見の繰り返しです。新たな驚きや感動を追い求めて、試行錯誤し続けることが生きがいなので、一生を通じてモノづくりを続けたいと思っています。ただ、究極的には“死”を乗り越えることを目標としています。特に生死に関わる差し迫る病気があるわけではないのですが、常に“死”から逃れたい、身を隠したいという思いで不安な夜を送っています。会社員ではない働き方には死を先延ばしにしてるような感覚があります。安定した会社に勤めて、変わりない日々を過ごし、家族を持ち、幸せに死んでいく。そのイメージが僕にとってはなぜかたまらなく怖いです。ホリエモンこと堀江貴文さんも同じように死について悩んでおられたそうですが、今はどんな考えでいらっしゃるのか、いつか教えを請えたらと思っています」と語ってくれた。

あなたにとっての幸せとは?と聞いてみると、「夢や希望がたくさんあることが幸せだと思います。また、僕は他者も自分の家族のように考えています。自分の幸せだけが本当の幸せではなく、すべての人が幸せで初めて本当の幸せだと思っています。できるだけ他人の苦しみを目の当たりにしなければ良いのではないかとも思えますが、まずは身近な人から幸せにできたらと思っているので、まずはできる限り、身近な人が幸せになれるよう心を尽くすのが僕の幸せです」とのこと。

会社組織に縛られない生き方を模索している人達へ中島匠一氏からのメッセージ
「スタートアップ、ベンチャーといった考え方や空気感に日頃から触れておくことは大事だと思います。自分の中の常識を覆しておくことは重要なことで、社会の当たり前と最先端の当たり前が違うことを認識しておくことです。大阪ならスタートアップカフェや産業創造館、高知なら高知スタートアップパークなど、お世話になった起業推進機関は官民問わず数多くあります。そういった場所で、絶えずチャレンジしたり交流したりすることは貴重な経験や知見につながります」

幼い頃から周囲に馴染めず、中学校でいじめられて不登校になったという同氏は、学校や会社という同調圧力が強い集団の中で自分の居場所を探している人たちに向けてこんな話もしてくれた。

「学校が苦痛であった身として、多くの子どもたちや親御さんに“別の選択肢もある”ということを伝えたいです。学校という世界の集団性には、今でも恐ろしさを感じています。日本の学校教育を受けた子供たちがそのまま大人になった時、今の閉塞的な日本社会のジレンマが再生産されていきます。

僕は“自由を尊重し、強制には反抗する”という精神を尊重しています。強制は人を苦痛にさせるだけで、従順になることで幸せになるという教えはまったくの間違いであると考えています。フリースクールを増やしたり、学校教育以外の方法も選択肢として増えていくといいのではないかと思っています。

だからといって、今の学校制度が完全に間違っているとは思いませんし、がんばって通い切った人たちにも尊敬の意を表します。今の学校に苦痛を感じてるお子さん、親御さんに伝えたいのは、同じように苦しむ仲間がたくさんいること。その仲間とつながり、一緒に乗り越えていく方法もあるのだということを伝えたいです。

フリースクールはネットで検索して出てくるものもあれば、教育委員会などが運営する無料の適応指導教室(名称にはいささか疑問も感じますが)も存在します。僕が通っていたのは後者です。たまたま良い場所と巡り会えたのかどうかはわかりませんが、とても素晴らしいところで、本当に救われました。助けを求める声を上げれば、きっと新たな道が見えてきますよ」

中島匠一氏のある一日のスケジュール
(実際には起床時間も就寝時間もバラバラです、とのこと)
9:30 起床
10:00~10:30 電話でアポ取りや業務連絡
10:30~11:30 朝食
11:30~13:00 仕事
13:00~14:00 昼食
14:00~15:00 買い出し、散歩
15:00~16:00   昼寝
16:00~17:00 取引先と商談
17:00~18:00   夕飯
18:00~20:00   仕事
20:00~21:00   休憩 散歩
21:00~04:00   仕事したり休憩したり
04:00  就寝


ブランド「高知」公式サイト