ITEM | 2018/04/23

世界最先端のクリエイティブ地区・ブルックリンを引き寄せる【ブックレビュー】


神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏...

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神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

コンパクトだがパワフルなブルックリン地区

アメリカは国内で時差があるほど巨大な国だ。ロサンゼルス、ニューヨーク、シカゴ、サンフランシスコ…そうした代表的な大都市・産業都市と張り合えるほど注目度が上昇しているのが、ブルックリンだ。安部かすみ『NYのクリエイティブ地区 ブルックリンへ』(イカロス出版)では、掲載されている全ての場所を思わず巡ってみたくなるような、アメリカ最先端の魅力が紹介されている。

ニューヨークと並列したものの、ブルックリンは厳密に言うとマンハッタンと同じくニューヨーク州に属している。面積は東京23区の半分以下、人口は263万人(2017年1月時点)で京都府と同じくらいで、マンハッタンを眺められる立地にある。

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Are you originally from New York? (ニューヨーク出身ですか?)

ブルックリンに住む人々の誇りは、その存在をニューヨークから独立させるほど強く、ブルックリンを訪れる人はそれに引きつけられる。

元々工場地帯だったブルックリンは、工場や倉庫が役目を終えた後もそのままの状態で犯罪の温床となり、治安が悪い一帯だったが、マンハッタンから地下鉄で数駅の距離ということで、ポテンシャルを秘めている場所だった。1990年代から、マンハッタンの地価高騰などにより段々とクリエーターやアーティストが拠点をブルックリンに移し始め、工場や倉庫をうまくいかしてスタイリッシュな町並みを作り上げられた。

古いものを独創的な形で蘇らせる発想の柔らかさは、従来の考え方から脱却し、サステイナブルな未来を築かなければいけないと勘付きはじめている世界中の人々の関心の的となっているのだ。今では「ブルックリン・スタイル」というリノベーションのトレンドまで生まれ、レンガや古材の利用・木目の流れ・インダストリアルデザインを特徴とした雰囲気は日本でも人気を集めている。

ジャズレーベルのブルーノートが経営する「ブルックリンパーラー」という店(東京・大阪・福岡・札幌にある)が良い例だ。本屋とカフェ・バーを組み合わせた店で、飲食客は本を気に入ったら購入することが可能だ。店内はフローリング、緑にあふれたインテリア、レンガによって彩られていて、健康的な食事やブルックリン産のラガービールを楽しむことができる。

世界一クリエイティブな町に住む人々の、生の声

著者はブルックリン在住の日本人ライターで、写真を多く使いながら、カフェ・レストラン・バー・ファッション関連店・雑貨屋などはもちろんのこと、クラフトビール専門店など、最新の流行りやユニークな店まで網羅している。

多くの場所に共通するのは「元々◯◯だった場所を□□にしたお店」という工夫や、前述のブルックリンパーラーのように「◯◯屋と□□屋を組み合わせたお店」という発想の意外性だ。本書は旅行ガイドとして有用なのはもちろんのこと、世界最先端の地区にある店のラインナップから柔軟な考え方を学ぶことができる。

いくつか掲載されている場所を紹介しよう。まずは、「ロイヤル・パームズ・シャッフルボード・クラブ」だ。大きなメタルの加工工場をリノベートした場所で、棒を使って円盤を点数の書かれた枠の中に入れる、シャッフルボードというカーリングに近いゲームをのびのびとプレイすることができる。

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幼少のころ、祖父母の住むフロリダでシャッフルボードをはじめて知ったオーナーのジョナサンは、「飲みながら楽しめる場所をブルックリンにもつくりたい」と、2013年にオープン。瞬く間に人気となり、今ではリーグトーナメントも開催されるほどだ。(P72)

個人的な思い入れと、町の歴史がうまく融合した例といえるだろう。組み合わせという点では、「シカモア・バー・アンド・フラワーショップ」からも学ぶ点が多い。2008年にオープンしたこの店は名前の通り、バーと花屋という意外な組み合わせで、ニューヨークにおける混合店ブームの先駆けだという。

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私がこの店を好きな理由は、ハイセンスな花屋があるというのももちろんだが、昼間のバーが明るく、女性一人でも入りやすい雰囲気だから。ママたちがストローラー(ベビーカー)と一緒にバックヤードで、お一人様(&ベビー)もしくはママ友らとビールやワインを飲みながら午後の息抜きをしているのもよく見かける。(P112)

店のメニューや雰囲気だけではなく、現地に暮らす人々のライフスタイルまで見えてくるということで、「暮らすように旅をする」という近年の旅のトレンドに非常にマッチした場所だ。

20年以上前には誰も予想していなかった、ブルックリンの変貌ぶり

Airbnb、Uber、シェアオフィスなどシェア文化の先駆けとしてもブルックリンは有名だ。こだわりのものづくりをする職人たちが、工場地帯だったブルックリンの立地を活かしたシェア工房も一般的だという。

本書には、ブルックリンで活躍する職人たちのインタビューも収録されている。

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「他人からすれば不要なものでも、それを素材として使い、いかに価値あるものに変えるかが私たちの使命」(P125)

こう語るのは、廃材を使って新たな価値あるものを生み出す「アップサイクル」に取り組む、家具デザイン会社Reduの創業者アンバー・ラシャック氏だ。自由の女神を眺められるオフィスにはアップサイクル家具が置かれていて、彼女のライフスタイルに憧れてしまうこと間違いなしだ。また、リサイクルより一歩踏み込んだアップサイクルという考え方は、これからのより一般的になっていくことだろう。

ブルックリンははじめからこんなに輝かしい町だったのかというと、前述の通りそうではなく、現在の賑わいを予測できていた人は少なかったという。

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ここ20年で、この街はめまぐるしく変化した。なかでもジェントリフィケーション(再開発によりエリアが高級化すること)という言葉は、この街の特徴を語る上で切っても切り離せない。

ブルックリンの歴史や変化の理由を知ることは、自分の住む町、そして自分自身の今までとこれからを見つめるきっかけにもつながるはずだ。旅に出る時間がなかなか確保できない方も、ぜひ本書を手にとって最新のトレンドをチェックして頂きたい。