CULTURE | 2018/11/22

「小さく勝ち続ける」ことの大切さ。 Chihei Hatakeyamaが考えるビジネスとクリエイティブの両立【後編】

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アンビエント、ドローンという音楽ジャンルで活躍する、Chihei Hatakeyama(畠山地平)氏のインタビュー後編をお届けする。

前編では畠山氏が音楽を始めたきっかけや、どのように独立したビジネス基盤を築いたかという話を中心にうかがったが、後編ではアンビエント・ミュージックの歴史や同氏のオススメアーティスト、そして今後の活動について話を訊いた。

一般的にロックやポップスよりもマネタイズが難しいこうした音楽ジャンルで、それでも「やりたいこと」を貫きビジネスを続けていくということ。彼の活動はアンビエントに限らず多くのアーティストが参考になる部分があると思う。

(※今回の取材は2018年5月25日に行いました)

聞き手・文・構成・写真:神保勇揮

Chihei Hatakeyama

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1978年生まれ。神奈川県出身。Chihei Hatakeyamaとしてソロ活動を行う。電子音楽ユニットOpitope、佐立努とのLuis Nanook、ダブ・ロックバンドAll The Frogs Are Our Weekendとしても活動。独自の楽曲制作の他、映画などにも楽曲を提供。2006年にKrankyよりファーストアルバムをリリースし、世界中から何重にもプロセッシングされた楽器音が構築する美しい音色が評価された。以後各国のレーベルから積極的に作品の発表を続けている。

アンビエント・ミュージックはどこから聴くべきか

―― 後編になって今さらではありますが、FINDERSは音楽メディアではないこともあって読者がアンビエントと言われてもわからないかもしれないので、どんな音楽であるかもお聞きしたいと思います。アンビエントの和訳「環境音楽」というと、90年代末ぐらいに流行ったヒーリングミュージックを想起する人がいるかもしれません。坂本龍一の『ウラBTTB』がその文脈でヒットしたりとか。ただそうした癒し系というか、サプリ的・効能的な音楽とはまたちょっと違うわけですよね。

畠山:それは全然違いますね。アンビエントのことを分かりやすく言うと、一つにはすごく静かな音であるということです。ロックやテクノのような気持ちを盛り上げるための音楽ではなく、逆に心を落ち着かせるようにチューニングする音楽というか。

ちゃんと歴史的背景もあって、最初期の代表的な音楽がエリック・サティというフランスの作曲家が1920年に作った「家具の音楽」と言われています

―― 「家具のように、そこにあっても日常生活を妨げない音楽、意識的に聴かれることのない音楽」なんて言われたりして、今でいうところのBGMのはしりみたいなものですよね。

畠山:サティはクラシックの作曲家ですが、フランス人というところがポイントで。クラシックのメインはドイツ文化圏じゃないですか、ワーグナーとかもそうだし。

―― あとはベートーヴェンとかバッハとかですね。

畠山:そうですね。ドイツ人が作る壮大なゴシック建築みたいな音楽に対して、サティなんかはもうちょっと身近な音楽を作りたいと思ったんじゃないかなと思います。聴いても聴かなくてもどっちでもいいというめちゃくちゃ早すぎるコンセプトで、サティの意思を継いだのがブライアン・イーノになるわけです。彼はもともとロキシー・ミュージックというプログレバンドにいた人ですが、ある時交通事故に遭って入院しちゃったんです。

その時に、ふとしたきっかけでラジカセで音楽を聴こうと再生してもらったんだけど、音量が小さかったと。でも病院のベッドから動けない。仕方ないかとそのまま聴いていたら、その時に流れている小さな音と、外の雨音が混ざって何とも言えない甘美な瞬間が訪れたと。その体験から着想を得て1978年にAmbientシリーズが生まれるんです。

―― 第1作目のタイトルが『Ambient 1: Music for Airports』で、まさにサティ直系のタイトルですよね。

畠山:環境音って多くの人は意識して聴いていないじゃないですか。冷蔵庫の出すブーンという音もそうですし、小鳥が外で鳴いていたり雨の音とか風の音もそうですが、そういった自分の身の回りの環境音と一緒に聴けるし聴かなくてもいい。ただ流れているだけでいい、というところから始まったのがアンビエントです

もちろん、ブライアン・イーノ以外にも静かな音楽をやっていた人はたくさんいて、それが時代によってロックやテクノ、エレクトロニカとか色んな音楽と混ざったりして細分化・多様化しています。死滅することなく、しぶとくほぼ変わらずに続いているというのがアンビエントですね。メインストリームになることもなく(笑)。

しかし本当に近年ここ2、3年の話ですが、欧米方面ではアンビエントのポップ化というか、音楽自体はそこまで変わっていないんだけど、アンビエントという線引きをなしにしてポップスとはいかないまでも、主流のアーティストとして扱われているというか。あともしかしたら、そもそも線引きやカテゴライズが好きなのは日本人だけなのかもしれませんね。向こうのリスナーとかは、アンビエントだ、ノイズだ、即興だ、とか気にしてないのかな?良くわからないですけどね。

よく言われるのは、文学でも向こうはエンターテイメントと純文学って分かれていないっていう話があるじゃないですか。日本だと純文学は固くてつまらないイメージがある。なのでやっぱり海外文学の方が個人的に面白いですね。ドストエフスキーとかも難しいイメージがありましたけど、読んでみたらミステリーの要素とかもあって、一気に読んでしまえるくらい面白かった。

話が逸れましたが、アンビエント・ミュージックの歴史にとってはまだ現在は序章なのかなと、最近思ったりしますね。まだこれから伸びるし、発展する音楽だと思います。一つの根拠としてはテクノロジーとの相性がいいんですね。楽器や機材関係のテクノロジーが進むにつれてアンビエントもどんどんと進化していくんじゃないかなと。まああとは今の世界情勢が不安定なので、こういう不気味なものとかも受けているのかなと思ったりもしますけどね。

Chihei Hatakeyamaがオススメするアンビエント作家

―― この記事を読んでで何かアンビエント作品を聴いてみたいなと思った人は、何から聴き始めるのが良いでしょうか?

畠山:やっぱり初めはブライアン・イーノが良いと思いますが、他にオススメなのはStars of the Lidというアメリカの2人組ユニットで、ブライアン・イーノ以降でアンビエントを完成させたグループだと思っています。今はポストクラシカルに接近していたりするんですが、2007年にリリースされた2枚組の『And Their Refinement of the Decline』というアルバムがめちゃくちゃ良いんです。

Stars of the Lidがアンビエント保守本流の王道路線で、そのメンバーがやっている別バンドのA Winged Victory for the Sullenもめちゃくちゃ良いです。あとはChristina Vantzouという作曲家がいて、その人も僕の1stアルバムをリリースしているKrankyというレーベルから出しているんですけど、この人はStars of the Lid以降の音楽を作っています。

他には結構話題になりましたけどGrouperは絶対に聴いたほうがいい。アンビエントの極致という感じ。あとTim Heckerはちょっとうるさいアンビエントで、あそこまでいくとOPN(Oneohtrix Point Never)と親和性もある。アンビエントの中から出てきた、アンビエントを壊す人ですね。あとそうだ、William Basinskiは絶対に聴いたほうがいいです。

William Basinskiはとにかくミニマルで、ラ・モンテ・ヤングとかスティーブ・ライヒの時代のミニマルミュージックの手法を極限まで押し進めた人という感じです。あとはStephan Mathieuはいい。あと、僕が好きなのはLoren Connorsと、アンビエントから離れるかもしれないけど、ジム・オルークは絶対に聴いたほうがいい。

―― ジム・オルークは歌モノアルバムの『Eureka』が一番有名ですけど、bandcampで売っているような実験作の方が良いですか?

畠山:初期のやつとかインスト作品、あるいは昔やっていたドローンがいいんじゃないかと思います。

「アンビエント・ホテル&スタジオ」を実現してみたい

―― 今後の話についてお聞きしたいんですが、畠山さんはミュージシャンとしても多作で年間にアルバムを5枚ぐらい出しているじゃないですか。ミュージシャン、レーベル、エンジニアリングの3本柱で、今後こういうふうにやっていきたいということはありますか。

畠山:レーベルは本当に時代を見てやっていかないと、ということがあるので、例えばFamily BasikとかShellingみたいなインディーロックっぽいアーティストの作品も出してきたんです。今挙げた人の作品はこれからも出していきますけど、時代もまた変わってSpotifyとかApple Musicなどの定額制も広がってきているので、逆にもっとアンビエントものを増やしていこうかなという感じで考えています。

マスタリングの方は、本当はミックスの仕事も含めてやりたいと思っていて、去年はジャズの仕事で録音、ミックス、マスタリングというのをしました。今はどこもなかなか予算が取れなくて、インディの人でエンジニアにトータルで依頼できる人がそもそもそんなにいないのかなと。あとは自分でやった方が早いですしね。今の機材なら安くても90年代の廉価なレコーディングスタジオよりもいい音だったりします。

―― マーライオンというシンガーソングライターの今年出たアルバム『ばらアイス』のマスタリングもされていましたね。エレキギター1本だけの歌モノ作品ですが、全体を通して静謐な雰囲気で、歌がまっすぐに刺さるのがとても良かったです。

畠山:そうですね。今後はスタジオというか、もうちょっと人が来やすい場所を借りて、そこを拠点にしていろいろ人のミックスとか録音とかプロデュースワークができるといいのかなと思ったりすることもあるけど、それイコール自分の作品を作る時間が減るということになるじゃないですか。

―― 伸びていけばいくほど、みたいな。

畠山:そうです。なのでそこに思い切りアクセルを踏み切れないというか、そっちでもいいんだけど、とりあえず今はこのままでいいかなというスタンスです。

あとは日本でももっとアンビエント・ミュージックのシーン自体の認知度を上げたいということは常々思うんです。単にみんな知らないというだけの話で、知ったら好きになるかもしれないじゃないですか。もう少し触れる機会をつくりたいと思います。けれどもそこでリスナーに音楽性を寄せていくのではなく、このままでどう聞いてもらえるかというふうに考えています。

―― 具体的に、聴ける場所みたいなものを作るお考えがあったりとか?

畠山:そうですね。僕が今構想として持っているのは、アンビエント専門のライブハウスというかコンサート会場みたいなものです。例えばサッカーのスタジアムが今そうですけど、試合がない日でも行って買い物ができたり、いろいろな複合施設があったりする。アンビエントのそういう施設があれば、ライブがない日でもCDやレコード、グッズが買えるとか、さらにスタジオがあれば楽しそうだなと思うので、それをさらに日本の建築でやりたいんです。

イメージとしてはお寺のお堂のような建築物です。日本の伝統的な木造建築で、足利義政の築いた銀閣寺のように庭園とセットで作りたいんですけど、それを構想したら数億円かかるんです。全然無理だなと思って(笑)。

――  ごく小規模ではありますが、お寺でやっているライブイベントなんかもたまにありますよね。

畠山:僕もお寺で年に2回ぐらいイベントをやっています。お客さんもたくさん来てくれるんですけど、あくまでお寺なので法事優先になったりといろいろ大変な面もあったりするので、例えば毎月やる、みたいなことはやっぱり難しいんですよね。

―― あとは全国的に古民家を改装したカフェやホテルなんかも増えていますよね。

畠山:僕もそれを思っていて。一回フォーマットができたら全国展開を考えられるじゃないですか。ホテル機能もあれば外国人も来るし、それを基盤するかたちが一番可能性があるんじゃないかと思うんです。でもそこまでいくと一大事業ですからね、その間は曲を作る暇がない(笑)。

―― 本末転倒になっちゃいますね(笑)。

畠山:かなりのベンチャービジネスじゃないですか。ちょっと、それも違うかなと思って(笑)。

――  ミュージシャンないしエンジニア志望の若い子に日々の雑務をやってもらいつつ、代わりに曲の作り方や機材の扱い方を教えるみたいな、徒弟制度みたいな感じがいいのかもしれませんね。

畠山:確かに。ビジネス面の話は今日の最大のテーマは、CDがまったく売れないので、ミュージシャンがこれからの時代にどうやってマネタイズしていけばいいのかという話ですね。ミュージシャンだけじゃないかもしれないですけど、僕が思うにあまり大きな勝負に出ないほうがいいかもしれないということですね。たとえば1,000円の利益でもいいから赤字にならないように行動するというような、すごく小さいことの積み重ねを我慢してやっていくことが大事かもしれないなという気がします

ミュージシャンとしては、どこかで音楽的には勝負しなきゃいけないですけど、あまり無理し過ぎて身の丈に合っていないライブ会場を借りちゃったとか、身の丈に合っていないレコーディングスタジオを借りてしまってものすごい赤字になっちゃったりということが周りでも本当に多いです。そうすると音楽自体も嫌いになっちゃったりすることがあるんです。

だから、いつかは大きく勝とうとすること必要だけど、序盤はやっぱりドラクエのスライムをひたすら倒すみたいな時期も必要なんですよ。それをしないでいきなりボスと戦っても全滅しちゃうだけだから。

―― 小さくとも確実に勝っていくことが大切なんですね。

畠山:そうですね、会社を辞めてから何年もそれをやっていて、そろそろこのスライムモードから出ないと、ということを近頃思っているんですよ。あと音楽ビジネス的なやり方としては、サブスクリプション時代にアルバムというフォーマットは時代遅れかもしれないという話がよく出るじゃないですか。

―― アルバム単位で聴く人がどんどん減っているから、シングルというか曲単位で出していっても変わらないじゃないかというか。

畠山:やっていて思うのは、常に露出していることが一番大事なんじゃないかということです。それはどんなことでも良くて、配信で1曲出してみたり、その2カ月後にはMVを出してみたりTシャツを販売したり、そうしたフットワークの軽さは大事ですね。

あとはミュージシャンはライブ演奏が一番な大事なのかなと思ってます。なのでライブの演奏クオリティを上げるというのも、継続してやっていきたいと思ってますね。それとツアーですね。まあ音楽家としては一番普通のやり方で、真新しい事は何もないんですけど。

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