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米ホラー映画の新潮流と、各作品に潜む「アメリカの罪」【連載】添野知生の新作映画を見て考えた(5)
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  • 2018.11.21
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米ホラー映画の新潮流と、各作品に潜む「アメリカの罪」【連載】添野知生の新作映画を見て考えた(5)

『へレディタリー/継承』
(c)2018 Hereditary Film Productions, LLC

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添野知生(そえの・ちせ)

映画評論家

1962年東京生まれ。弘前大学人文学部卒。WOWOW映画部、SFオンライン(So-net)編集を経てフリー。SFマガジン(早川書房)、映画秘宝(洋泉社)で連載中。BS朝日「japanぐる~ヴ」に出演中。

新興の配給会社による、新潮流のホラー映画が3本連続公開

私は、映画については、だれがなにを言ってもいいと思っている。もちろんあからさまな嘘や悪意による曲解は論外だが、そうでなければ、長く多く映画を観てきた人の言葉も、生まれて初めて映画を観た人の感想も、同じように耳を傾ける価値がある。映画はそういうものなのだ。

(ほとんどの)映画は大衆娯楽であり、商業活動である。それはあらゆる人に開かれているし、観た人の言葉を縛ることはできない。映画はあらゆる人の言葉を引き受ける。この特異なありようは、映画がとにかく金のかかる表現形式だという点に由来している。映画は観客から広く木戸銭を集めることでしか、作ることも公開することもできない(そうでない映画もあるがここでは触れない)。

映画の商業的成功というと、すぐに「大ヒット」と思うかもしれないが、もしあなたが映画の製作会社や配給会社を経営しているなら、めざすべきは一本の作品の大ヒットではなく、長く安定して業務を続けることだ。映画はほんとうに厄介なしろもので、ヒットの可否はコントロールできない。損をしないように一定の本数を作り続け、公開し続けて、そのなかからヒット作が生まれるのを待つ(信じる作品をまじめに作り、できることはなんでもしたうえで)――というなかなか辛い業態なのである。

安定して続けるためには、固定ファンのいるジャンルに特化すればいい。純文学よりも読み物。ホラー映画は製作規模よりもアイデアが重要なので、小さな会社に向いている。そう考えた人は昔からいて、その最新の成功例として、ジェームズ・ワンやジェーソン・ブラムのような人たちがいる。

プロデューサー、監督のジェームズ・ワンは、『インシディアス』『死霊館』という二つのホラー映画のシリーズを作り続けて成功した。プロデューサーのジェーソン・ブラムは、自らのブラムハウス・プロダクションズでひたすらホラー映画を作り続けてきた。製作費の上限を1,000万ドルとするブラムハウス・ルールは有名で、これならヒットせずとも大きな損はしないし、10本に1本でも、興収1億ドルを超えるような大ヒットが出たときは利益が大きい。

私自身は『死霊館』シリーズの大ファンだし、ブラムハウスが『ザ・ギフト』『ゲット・アウト』といった新世代のホラー映画を後押ししてきたことに感謝している。だがこれらは極めてよくできた現代のジャンル映画であり、今回取り上げるのはそれではない。

いまホラー映画のなかに新しい潮流が生まれている。それはホラー映画のかたちをしたなにか、と言ってもいい。 「A24」というアメリカの製作・配給会社がある。そのA24の映画が3本、示し合わせたように、3週連続で公開される(日本の配給会社はそれぞれ異なる)。

ア・ゴースト・ストーリー』(11月17日公開)
イット・カムズ・アット・ナイト』(11月23日公開)
へレディタリー/継承』(11月30日公開)

地域によっては順次公開なので、3本すべてを観られるのは少し先になるが、楽しみにお待ちいただきたい。

A24は、ほかにもアカデミー賞受賞作『ムーンライト』をはじめ、『レディ・バード』『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』『20センチュリー・ウーマン』『ルーム』といった傑作を数多く配給してきた。中小規模の、独立系の、だれが見てもおもしろいわけではない、どちらかといえば賛否両論の映画を引き受けることが多い。設立7年目の新興スタジオだが、大胆な作品選びで信頼を勝ちとってきた。16ミリフィルム風の粗いアニメーションによる簡潔なスタジオ・ロゴは、熱心な映画ファンにはもうおなじみだろう。

そのA24のホラー映画がまとまって公開される。ホラー映画のかたちを取ることで、うまく言えることがある。すこしはったりを効かせて言えば、「A24革命」が進行中なのだ。

各作品の共通点①初めて映画を撮るように撮る

『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』
11月17日(土)全国ロードショー
監督:デヴィッド・ロウリー/出演:ケイシー・アフレック、ルーニー・マーラ
配給:パルコ
(c)2017 Scared Sheetless, LLC. All Rights Reserved.

『ア・ゴースト・ストーリー』の舞台は、現代アメリカの地方都市。男(ケイシー・アフレック)と女(ルーニー・マーラ)が小さな住宅で暮らしている。家の前には空地が広がり、遠くで列車の音が聞こえる。二人は引越しの準備をしているが、男は交通事故に遭い、死んでしまう。男は病院のベッドでシーツを被せられた姿のまま、幽霊となって起き上がる。

この幽霊が、頭からすっぽりかぶった白いシーツを野原に長く引きずりながら、歩いて家に帰ってくるシーンがいい。幽霊は家に憑く。彼は悲嘆に暮れる女を黙って見ていることしかできない。

ポルターガイスト現象の強烈なシーンなどもあるが、3本のなかでこれがもっともホラー映画から遠ざかっている。読み物ではなく純文学であり、これ1本だけのジャンルに属している。監督デヴィッド・ロウリーのオリジナル脚本だが、テキサス州ダラスで育ちつつ、イギリスの作家ヴァージニア・ウルフに強い影響を受けたという彼は、冒頭のエピグラフと劇中のいくつかのセリフを、ウルフの短篇「憑かれた家」から引用しており、これが実質的な下敷きになっている(ちくま文庫『ヴァージニア・ウルフ短篇集』収録)。

37歳のロウリーはこの直前にディズニー製作の『ピートと秘密の友達』も撮っているキャリアを積んだ監督だが、ここでは前例のない奇妙な映画を成立させるために、撮影・編集・録音の手法を徹底的に見直し、まるで初めて映画を撮る人のような繊細さで、この映画を撮っている。

(c)2017 Scared Sheetless, LLC. All Rights Reserved.

今では使う人の少ない、正方形に近いスタンダード・サイズの画面を選び、そのうえ四隅はアールが付いて丸く欠けている。まるで幽霊がこの世をのぞき込んでいるのぞき穴のようでもあるし、古いアルバムに貼られた写真のようにも見える。家のなかの撮影も、ほとんど照明を補わず、自然光で撮影されたように見える。そのために家の造りと開口部には工夫がある。すべてのシーンが一台のカメラで慎重に撮影され、マスターショットと個別のショットを別に撮るハリウッド流儀を避けている。長回しのカットは、傍観している幽霊の時間を感じさせるためで、その間も、周囲の自然音、通奏低音のようなエアコンの音、生者の鼓動や息づかいがドラマを作り、飽きさせない。

そして重要なのは、この「初めて映画を撮るように撮る」やり方が、3本の映画に共通していること。これから紹介していく『イット・カムズ・アット・ナイト』は、夜の暗さを暗さのまま体験させる。『へレディタリー/継承』も、厳密なフレーム、自然光による撮影は同じで、さらに浅い被写界深度でミニチュア感を出し、この世界をだれかが見ているという強迫観念を作り出している。3本に共通しているのは、撮ることは「見ること/見られること」であるとはっきり意識している点だろう。

各作品の共通点②「家」にこだわる

『イット・カムズ・アット・ナイト』
11月23日(金・祝)、新宿シネマカリテほか全国順次公開
配給:ギャガ・プラス
(c)2017 A24 Distribution,LLC

『イット・カムズ・アット・ナイト』の舞台は、現代アメリカの人里離れた森のなかの一軒家。感染症の蔓延による文明崩壊後の世界らしいが、外の状況はわからない。木々に隠れた三階建ての家には、父(ジョエル・エドガートン)、母(カーメン・イジョゴ)、17歳の息子(ケルヴィン・ハリソン・ジュニア)、祖父が住んでいるが、冒頭で祖父の感染が明らかになり、男二人は老人を射殺し、死体を焼く。一家は、外からの侵入者、家の存在を知られることをもっとも恐れているが、ある夜、真っ赤に塗られた二重扉を抜けて、見知らぬ男(クリストファー・アボット)が家に入り込む。

感染者を放っておくとどうなるのか。それを見せないことが恐ろしい想像を刺激し、さらに「それは夜やってくる」という題名が最大の仕掛けとなって恐怖を煽る。ホラー映画としては一度しか使えない禁じ手だと思うが、人間の恐怖と哀れを見つめた物語としては完成度が高い。

(c)2017 A24 Distribution,LLC

山奥の大きな一軒家をシェルターに改造し、サバイバリスト(武装主義者)のように立て籠もって暮らす。アメリカ人が夢想する生き方のひとつだろう。外に灯りが漏れないように窓は板で塞がれ、廊下は複雑な迷路のように仕切られ、外部に通じる通路は二重の扉で防衛されている。見張り塔のような屋根裏部屋に住む少年は、家のなかを自在に移動することができるし、どの部屋の音も盗み聞きできる。だが家はもうひとりの登場人物のように少年に取り憑き、悩ませるようになる。

監督・脚本のトレイ・エドワード・シュルツは、これが長篇二作目の若手だが、彼はなんとテキサス州ヒューストン出身で、『ア・ゴースト・ストーリー』のデヴィッド・ロウリーと背景を共有している。

そして、3本の映画に驚くほど共通しているのは、「家」という場への強いこだわりである。『ア・ゴースト・ストーリー』の一軒家は、木造の小さな平屋だが、主人公はなぜか気に入っていて、仕事場もそこにある。『へレディタリー/継承』の主人公はミニチュア造形作家で、立派な邸宅のアトリエには、その立派なミニチュアが鎮座している。3本の映画の家は、それぞれ安穏に暮らせる場であると同時に、『ア・ゴースト・ストーリー』では時を超えて、『イット・カムズ・アット・ナイト』では迷路となって、『へレディタリー/継承』では呪いの力で、主人公を閉じ込めている。

各作品の共通点③アメリカの罪を掘り起こす

提供:ファントム・フィルム/カルチュア・パブリッシャーズ 配給:ファントム・フィルム
原題:HEREDITARY|2018年|アメリカ映画|ビスタサイズ|上映時間:127分|PG-12
11月30日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
(c)2018 Hereditary Film Productions, LLC

『へレディタリー/継承』の舞台は、現代アメリカの町から離れた一軒家。造形作家のアニー(トニ・コレット)は、大学教授の夫(ガブリエル・バーン)、息子(アレックス・ウォルフ)、娘(ミリー・シャピロ)とともに幸せそうに暮らしている。だが祖母の死をきっかけに、不幸と怪事件の連鎖が一家に襲いかかる。

これは3本のなかでもっとも、ホラー映画と、ホラー映画の形を借りたなにかが均衡している。つまりいちばん恐い。

映画は目的のために、これまでのホラー史上の武器を、手垢の付いたものでもなんでもすべて利用している。ゴシック小説の雷鳴から始まって、朦朧とした幽霊、壁を這うもの、生首、うなり声、降霊会、ドッペルゲンガー、野火、カラス、忌まわしい昆虫、オカルト映画ブームの悪魔教徒、エクソシスト(「汝を滅ぼす!」のセリフ)まで。あいだに意外性もおりこみ、一家をまあ、追いつめる追いつめる。その被害者をトニ・コレットとガブリエル・バーンという超の字が付く名優が演じるのだから、恐ろしくないわけがない。

(c)2018 Hereditary Film Productions, LLC

一家の住んでいる三階建ての邸宅が、町の中心から離れ、森に囲まれて建っているのが重要である。隣家までの距離が離れすぎている。叫んでもだれも助けに来てくれない。そして家と森のあいだにはツリーハウスがあり、娘はときどきそこで寝起きしている。

『ア・ゴースト・ストーリー』にも未開の森が出てくる。『イット・カムズ・アット・ナイト』の一家は、森を恐れて家に籠城している。アメリカ人にとって「森」とはなんなのか?

ここで補助線として、去年公開された1本の映画のことを思い出してみる。『ウィッチ』は、17世紀のニューイングランド入植地を舞台に、魔女の実在を考察した高純度のホラー映画。これもじつはA24作品だった。

『ウィッチ』の一家は、家長である父親の信仰上の思い込みから、柵で囲まれた安全な入植地を出て、森のなかに家を建てる。森は未開の、非西欧の、非キリスト教の世界であり、入植者を攻撃し、おびやかし、堕落させる。しかし神と父親の権威に嫌われ、家父長制のなかに居場所を失った女たちは、魔女として森で生きる。

アメリカ人にとって、森は危険で堕落した場所であり、そんな森に囲まれていても家は安全な場所だった。同時に、彼らは先住民から森を奪い、森のなかに国を作った。その罪の意識もある。そのことは『ア・ゴースト・ストーリー』でも描かれているし、『へレディタリー/継承』で、家と森の中間にあるツリーハウスで暮らす娘が、森に惹かれて魔女になろうとしているのも明らかだろう。

『ウィッチ』も『ア・ゴースト・ストーリー』も『イット・カムズ・アット・ナイト』も『へレディタリー/継承』も、これらのA24のホラー映画はどれも、アメリカという国が過去のなかに、闇のなかに、森のなかに埋めてきた罪を掘り起こそうとしている。今だからこそできることとして、国の歴史が最初から背負っているものと向き合おうとしている。

宗教についていえば、3本の映画のなかでとくに『ア・ゴースト・ストーリー』の設定は、はっきりとキリスト教に基づいているように見える。死んだ主人公は目の前に現れた光のドア=天国の門に入らなかったことで、家に憑いた幽霊になる。

だが映画は後半で無神論についても語っている。「アメリカーナ」などというふやけた言葉ではなく、はっきりと「ゴシック・カントリー」の歌い手であるウィル・オールダム(パレス・ブラザーズ、ボニー・プリンス・ビリー)が、まるで俳優のような顔をして、だれよりも長いセリフを喋る。信仰を失っても人にはできることがあると熱弁をふるう。

3本の映画はどれも、A24のスタジオ・ロゴで始まって、A24のスタジオ・ロゴで終わる。誇らしげに。

結論をいえば、3本のホラー映画はどれも、アメリカを疑う映画である。自分の国を疑うというのは健全なことだよなあ……と改めて思う。

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