CULTURE | 2023/09/27

SNSには載らない デザイナーたちの「秘密の本音」。 41人が寄稿した『私的デザインの現在地』が示す場所

聞き手・文・写真:赤井大祐(FINDERS編集部)

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聞き手・文・写真:赤井大祐(FINDERS編集部)

クリエイティブの現場のみならず、ビジネスや研究などあらゆる場所で使われる「デザイン」という言葉。あまりに解釈の幅がひろがり、ほとんど「人それぞれ」とも言える。

では当のデザイナーやデザインの現場に関わる人々は「デザイン」という言葉をどのように捉えているのか、その個人的な解釈を聞き、集めた同人誌が『私的デザインの現在地』だ。作ったのは、自身もデザイナーとして活躍する、よりデザイン代表の吉竹遼さん。

吉竹さんに制作の背景やその過程で考えたこと、キャリアを通じてのデザインとの歩みを伺いながら、話は「デザインの現在地」へと向かっていく。

吉竹遼

よりデザイン

フェンリル株式会社にてスマートフォンアプリの企画・UIデザインに従事後、STANDARDへ参画。UIデザインを中心に、新規事業の立ち上げ・既存事業の改善などを支援。2018年に よりデザイン として独立後、THE GUILDにパートナーとして参画。近著に『はじめてのUIデザイン 改訂版』(共著)など。東洋美術学校 非常勤講師。

記されるのはデザイナーたちの「秘密の本音」?

―― 『私的デザインの現在地』はどのような本なのでしょうか?

 吉竹:この本はデザイナーやデザインに関わる出版社の編集の方など、41名に参加いただいた寄稿集です。「デザインとは〇〇かもしれない」というフォーマットを用意して、これに当てはまる言葉やイメージを皆さんから集め、まとめました。特徴は、誰が参加したかはクレジットでわかるけれど、誰がどんな言葉を寄稿したかは明かされていないことです。

―― なぜそのような作り方に?

吉竹:読み手にバイアスをかけたくなかったからです。参加いただいた中には名前が知られている方も多く参加されています。名前がバイネームで書かれていると、「これは○○さんの言葉だから正しい」とか、良い言葉だ、みたいになってしまうことを避けたかったんです。もう一つ、書き手にとっても半匿名性は利点になるとも思っていました。つまり、表ではなかなか言い出せないこと、言いづらいことをここに書き出していただく、という目論見です。

今のSNS上の雰囲気を見ていると、ちょっとした覚え書きであっても予期せぬ反応みたいなものが来てしまうことがあり、いろいろなことに言及しづらい感覚がありますよね。見知らぬ人同士が「デザインの定義」みたいなトピックでヒートアップして、それを見ている第三者としてはどちらの言い分もわかるけど、背景や文脈が欠けていると相互理解に至るまで時間がかかることもあったりして、SNSで議論するのがちょっと難しいという印象。「秘密の本音」というと言い過ぎかもしれませんが、こうして半匿名にすることで、書き手の無意識のブレーキを取り除けるのではないかと思いました。

吉竹遼さん

―― どの業界でも共通する問題ですね。吉竹さんとしてはデザイナーの方々にもっといろいろな考えについて表明してほしかったということでしょうか?

吉竹:いえ、どちらかと言えば自分が聞きたかったというのが強い理由です。この企画には元ネタがあって、学生時代にデザインを学んでいたのですが、卒業のタイミングでお世話になった先生に「卒業するんだから、はなむけにアドバイスをください」って言ったら「デザインの定義のストックをたくさん持っておきなさい」と言われたんです。

その先生は海外留学の経験がある方で、留学先のいろんな国の人が集まる場所では「デザインとは」みたいなディスカッションでよく盛り上がったらしいんです。文化も、文脈も、視点の持ち方も全然違う人が集まるから、そこでストックを持っておけばその場に適した返し方ができるよ、と。僕はそれを結構真に受けて、卒業してからも年に1回は「デザインの定義」を考える習慣を続けていて、今回コミックマーケット102に参加が決まったタイミングで、自分の言葉だけじゃなくて、色々な人のデザインについて考えていることについて聞こうと思いました。

―― 人選はどのように行ったのでしょう?

吉竹:僕が思う「デザインとある程度距離感を持っている方」にお声がけさせていただきました。つまりデザインが好きで、純粋な「楽しい」みたいな気持ちも持っているけれど、その価値について客観視している人、と言いましょうか。

たとえば、地球環境のことを考えると、経済活動や消費活動を支えているデザインが持つ影響力には自覚的である姿勢が求められます。デザインに対して向き合っていて、扱う側としての自覚を持っていそうだと感じた人に参加してもらえたら、なにか面白い答えが返ってくるのではないか、と思ったんです。この基準で基本的には自分の知り合いと、参加いただいた方が声をかけたい方、に寄稿いただきました。

―― 半匿名もですが、本が綴じられておらず、ポストカードのセットのようになっている点も大きな特徴ですね。

吉竹:本に綴じてしまうとどうしても順番ができるので、それ自体にバイアスがかかると思ったんです。たとえランダムな順番にしても「最初」とか「最後」とか流れにも意味があるように思えてくるものじゃないですか。それは今回の趣旨にはあまりそぐわない気がしたんです。だったらポストカードをまとめた「綴じない本」で作ればいいと考えました。

ポストカードをまとめるのは全部僕が手作業でやったんですが、実はひとつひとつ順番をランダムに変えています。より曖昧にするというか、手に取った人が読むときに順番を気にしなくていいし、そうすることである種、言葉も自由になってくる。印刷された物に対しての扱い方も、その方が自由度が高いと思います。発売後買ってくださった方のSNSで「一枚だけ部屋に飾っておきたい」という感想があって、言ってなかったけれど、そうなったらいいなと思ってたんですよ。「今月はこの言葉を立てかけておこうかな」とか。思っていたふうに扱ってもらえてすごく嬉しかったです。

―― そもそも吉竹さんの中で「デザインの定義」は多様であるということが前提になっている点は興味深いと思います。 

吉竹:ポール・ランドという、IBMのロゴなどを作った有名なグラフィックデザイナーがいて、彼は「デザインは関係性である」と言っていたのですが、その言葉は自分にとても強い影響を残しています。ビジネスシーンで頻繁に言われる「課題解決」などもそうですが、デザインというものを最大公約数的に表している言葉ですよね。多くの人に伝わりやすく、機能する言葉です。一方で、全員がこの言葉だけでデザインをしてるかというと、多分違うと思うんですよね。デザインに携わっている年月に関わらず、何かしら自身が考えているデザイン観みたいなものが、それぞれの経験の中にあるという気がしています。

やっぱり「デザインとはこうである」とひとつの正解として提示されると、たぶんその人の中で一度区切りがついてしまう気がする。それはそれで大事なことですが、僕としては、ページを綴じなかったこと、半匿名性にしておくこと、に通じる「曖昧さ」こそ、この本のユニークな部分だと思っているので、読み手にとって区切りがつく定義づけされた言葉にはならないようにしよう、というのはずっと念頭にありました。

「学びの場の変化」はどんな影響をもたらすか

―― 吉竹さんのデザイン観を伺っていきたいと思います。これまでのキャリアを振り返ると、どんな道筋を辿ってきたと思いますか?

 吉竹:1990年代〜2000年代前半ごろまでは、日本のものづくりがまだまだ活発で、なおかつそれが世界中に輸出されている時代でした。だから「日本のプロダクトデザインやインダストリアルデザインはかっこいい」という印象が社会全体にありました。自分がデザインの勉強を始めたのは2006年ですが、まだまだその影響下にあっておそらく今の学生たちよりも、「デザイン=かっこいいもの」というイメージで捉えていたんじゃないかと思います。ただちゃんと学んでいくと、どうもそれは違うらしいということがわかってくる。要はスタイリングだけじゃない、ということで、これは僕に限らずいろんな人が最初に経験することですね。

2002年にスタートした『au Design project』シリーズは、深澤直人、吉岡徳仁らによる携帯電話のデザインで話題となった2000年代前半を代表するプロダクトデザイン。写真の4モデルはMoMA(ニューヨーク近代美術館)の永久収蔵品にもなった(ケータイのデザイン革命! 『au Design project』誕生の知られざる構想

それから時代を追うごとにだんだん雰囲気が変わってきて、次第に「体験」という言葉が増えてきました。あるいはデザインというものの領域や、「デザイン」という言葉が使われる領域が増えた。自分のキャリアとしても、最初はモバイルアプリのUIデザインから始まっていて、要は目に見える部分のデザインの仕事が大半でした。それが少しずつサービス全体の話や事業の立ち上げなど、目に見えない領域のデザインを任されることが増えて、自分の中でもデザインに対する見方や捉え方が変わってきたことを覚えています。

―― 吉竹さんは東洋美術学校で講師をされていますが、学生たちと接していて時代の変化は感じますか?

  吉竹:変わった部分、変わっていない部分どちらもあります。学びはじめて間もない学生たちは何かしら自分が触れたデザイン、特にグラフィックデザインに衝撃を受けて、「あ、これがやりたいかも」と思って入って来てくる人が多いので、そういう意味で人気はまだ衰えていないように感じています。

一方で学校のカリキュラムとしてはどんどん広範に扱うようになってきていて、たとえば多摩美術大学には2014年に統合デザイン学科という学科ができました。いわゆるグラフィックデザインやプロダクトデザインだけじゃなくて、それらを含め、総合的にデザインを学べる環境になってきています。

つまりこれまではグラフィックデザインを学んだら、グラフィックデザイナーになる、というのが一般的なキャリアでしたが、いろいろな領域にデザインというものが作用し始めている中で、統合的にデザインを学んだ後、各々の領域でその場に求められるかたちでデザインを活かしていくようになる、というのは実はかなり大きな変化だったと捉えています。

―― そもそもデザイナーとしてのあり方自体に変化が強いられているのですね。

吉竹:あとは間口の広がりも重要なポイントだと思います。デザインに限らず、インターネットの発達とSNSの普及や、無料・安価で使えるツールの登場によって、これまでデザインを学んでこなかった方が、ちょっとしたきっかけで学習できるようになっていますよね。デザイン系ではない大学の若者がスタートアップを立ち上げて、プロダクトを作るのに必要だからと独学でデザインを勉強する、というシチュエーションとか。

これも一つの大きな変化ですし、もちろんそこには良し悪しがあると思いますが、僕個人としては良い面はかなり大きかったのかなと思います。「デザインの民主化」という言葉がありますが、こういった環境の変化によってデザインがデザイナーと呼ばれる人だけのものだけじゃなくなってきたんだな、と思います。

―― 最近で言えばFigmaのようなブラウザで使用できる無料のツールも登場して、敷居は下がっていますね。

 吉竹:一方でそれ自体はデザイナー自身にとってそれほど重要じゃありません。結局のところどんな姿勢でデザインに向かうのか。自分がどういった気持ちや哲学を持ってデザインを続けていくのか、ということの方が重要であると感じます。この姿勢に関してはひたすらデザインに向き合うことでしか見つからないですよね。今回こうしてまとまった言葉に触れたときに、デザインに携わる方もそうじゃない方も、大なり小なりなにかを考えるきっかけになってくれたら嬉しいです。そしてデザイナーの中にはこういうことを考えて、デザインと向き合ってる人もいるんだ、ということに気づいてもらえると、この本を作った甲斐があったのかなと思います。

41人の言葉から示される「デザインの現在地」

―― ではこの本をまとめ41の視点を集めたうえで、デザインの現在地をどのように感じましたか?

吉竹:色々な見方があるし、その時々によって変わるものかもしれませんが、現時点の自分にとっては「責任」という言葉なのかなと思います。デザインが影響を及ぼす範囲についても責任を持って考えることの重要性を強く感じます。たとえばこの〈やがて、『歯止め』になる〉を書いてくださった方の言葉を見ると、デザインが地球環境に対してどうするべきかということを、とても広く、長い目線で考えられているんです。物自体を作らないほうがいいんじゃないかとか、歯止めとして機能した方がいいんじゃないかって話をされている。これは楽しんでいないという話ではなく、デザインの面白さや楽しさを感じつつも、デザインは良くも悪くも「作用する」ことに意識して向き合っていることを意味します。

カードの表面には「デザインとは○○かもしれない」という言葉が記され、裏面にはその説明が書かれている

一方で、〈ねえねえ、これ良いと思わない?〉という個人的な感情を書いた人もいるのが面白いところで、つまり、どれかひとつを固定してそれが「現在地」だと言いたいのではなく、多分、どっちの感覚も同時に皆さん持ってるんじゃないか、ってことです。そういう意味でこの41枚のカードそれ自体が一つの人格みたいになっているというか、一人の人にしても時代にしてもグラデーションであって多面的であるわけです。

曖昧な結論ではありますが、デザインに向き合い続ける41人の言葉が詰まった一冊ですので、良い刺激になることは間違いありません。パラパラと眺めていただいて、「デザインってこうなのかな」「自分が考えるデザインってひょっとしたらこうかもしれない」「この人たちが考えていることってこうなのかな」とか、思いを馳せてもらえたら良いですね。

実は本の中には、一枚こういう空のカードを仕込んでいるんです。クレジットにも「あなた」と書いてあるんですが、これは手に取った人が自由に書いていいカードとして用意しています。もし実際に手にとって読んでいただく機会があれば、ご自身が思うそのときの「デザインの現在地」をここに記していただけると嬉しいです。


『私的デザインの現在地』(STORES)

よりデザイン