取材・文:舩岡花奈 写真:グレート・ザ・歌舞伎町
最近、日々の疲れを癒す場として「銭湯」が人気だ。雑誌やテレビで特集が組まれ、2023年2月には銭湯を題材にした映画『湯道』が公開されるなど注目を集めている。
なかでも昔ながらの銭湯をリノベーションし、現代的でお洒落な空間としてリニューアルした銭湯には、若者を中心に癒やしを求める多くの人が足を運んでいる。
そんな“リニューアル銭湯”を数多く手がけるのは銭湯設計士の今井健太郎氏だ。町田の「大蔵湯」、新宿の「栄湯」は間接照明で明るさを抑え、浴室にモダンアートを取り入れるなど、これまでの銭湯にはない空間が特徴的だ。
町田の「大蔵湯」 今井健太郎建築事務所ホームページより
新宿の「栄湯」 今井健太郎建築事務所ホームページより
人々が集まる空間はどのように作られているのか。今井氏がリニューアルを手がけた銭湯のひとつ、新大久保の「万年湯」にて、話を聞いた。
リニューアルによって人気を集める銭湯
ーー 今井さんが手がけられた“リニューアル銭湯”は、近所の利用者だけでなく、遠方からやってくる若者も少なくありません。これまで手がけた銭湯はどのくらいあるのでしょう?
今井:都内だけで19の銭湯を設計しました。有名なところでいうと渋谷の「改良湯」や、直近の竣工物件では目白の「五色湯」、インタビューを行っているここ、新大久保の「万年湯」もです。多くが大規模改修の際に要望を受けリニューアルを行いました。
「万年湯」浴室
「万年湯」 浴室
おかげさまで、銭湯以外の施設も依頼されるようになりました。最近は銀座・グランベルスクエア内の「コリドーの湯」や山形・寒河江市の温泉施設「ゆるり寒河江」、台湾のスポーツクラブ「ジェクサー・フィットネス&スパ」など銭湯以外の温浴施設も設計しています。
風呂なしアパートからはじまった銭湯生活
ーー 銭湯の設計を数多く手がけられていることから「銭湯設計士」とも呼ばれていますが、銭湯が好きで始められたのでしょうか?
今井:もともと銭湯に行く習慣すらなかったのですが、設計事務所に勤めていていた若手の頃に、少しでも家賃を浮かせたいという思いから風呂なしアパートに引っ越したことをきっかけにさまざまな銭湯を巡る生活が始まりました。
そのアパート周辺に、たまたまいい銭湯がたくさんあったこともあり、日替わりでいろいろな銭湯に行っているうちにハマり、次第に都内の銭湯を巡るのが趣味になっていきました。
ーー 趣味だった銭湯を設計しようと思ったきっかけはあるんですか?
今井:ある日「KING OF 銭湯」と言われる足立区の「大黒湯」で、まるで大黒湯のヌシかという存在感と超然とした所作で入浴を行う仙人のようなお客さんと出会ったんです。あまりのインパクトのある出会いが「銭湯を設計してみてはどうだ?」という神のお告げのように感じてしまいまして(笑)。以来銭湯の設計を志すようになりました。
加えて、当時は今ほど銭湯に注目が集まっておらず、その数はどんどん減る一方でした。いちファンとして銭湯の魅力をアピール出来るんじゃないかと思い、自分で設計しはじめてしまったわけです。
前例がない、資料もない、実績もない
ーー そこからすぐ設計を始められたんですか?
今井:いえ、そもそも設計に必要な資料すらない状態のスタートです。レストランやマンション、住宅であれば、ある程度設計の参考になる資料はあるんですが、銭湯の場合それがほとんど無かったんです。そこで、まずは設計に必要な寸法を集めるための銭湯巡りがはじまりました。
さすがにメジャーを持って銭湯内を測るわけにはいかないので、タイルの規格を覚えて、お湯に浸かりながら「ここの壁はこのサイズのタイルが◯個だから…」といった感じで覚えたものを脱衣所でメモする。その繰り返しで、情報をコツコツ2年ほどかけて集めていきました。
情報を集めていくうちに、自分だったらこういう銭湯をつくるという設計のイメージが湧くようになりました。その完成予想図のような資料をイラスト化して様々な銭湯に持参して巡るようになったんです。
ーー 飛び込み営業的なことですか?
今井:そうですね。そもそも銭湯設計をはじめようとしたのが、設計事務所から独立したタイミングだったんですね。設計事務所としても実績がなく、やろうと思っても仕事は依頼されない状況でした。とにかく行動するしか無いと思って、無理は承知で銭湯の設計資料を持って、銭湯を巡る生活を続けていました。
ーー すごい熱量ですね。
今井:銭湯を巡りながら飛び込み営業を続けていると、ある銭湯の方が銭湯組合のフリーペーパーである『1010』の編集者さんを紹介してくださったんです。「自分が考えているイメージの銭湯を連載してみたらどうか」というお話をいただき「ケンタローの夢銭湯」という連載が始まりました。
連載2回目くらいのタイミングで、フリーペーパーを見た足立区の「太平湯」から銭湯のリニューアル設計の依頼をいただきました。そこから銭湯設計に携わるようになったんです。
「ここでしか味わえない」をどう抽出するか?
ーー 銭湯のリニューアルのお仕事はどのように始めるのでしょう?
今井:それぞれの銭湯ごとにコンセプトを設定することから始めます。これが一番重要で、そのお風呂屋さんだからこそ持っている魅力を引き出すことに繋がるんですよね。
具体的には3つの要素からコンセプトを考えます。ひとつは、その時代ごとに求められている「社会的要件」について。例えば2023年だと、銭湯の人気はありますが、10年前、5年前だと全く状況が違うわけです。そういった時代ごとに異なるニーズに焦点を当てていきます。
ふたつめは「地域的要件」です。渋谷やインタビューを行っている新宿を立地とする銭湯と世田谷など住宅地に立地する銭湯では当然設計条件が異なります。
もう一つはエリアごとの特性に着目する「個別的要件」です。住宅地にあるのか、公園のそばか、角地で非常に人の往来が多いのかなど、それぞれの立地ごと特性が異なります。地歴や立地もその銭湯が持つ特徴のひとつになるので、コンセプトを考える要素として重要です。
最後にその銭湯が持つ歴史やオーナーさんの想いといった、その銭湯にしかない特徴である「個別的要件」も取り入れます。例えば木造の銭湯で創業100年の歴史があることは、その銭湯しか持っていない魅力ですよね。
これら3つの要素からその銭湯にふさわしい内容のコンセプトを紡ぎ出していきます。例えばオーナーさんの想いが強い場合やその銭湯に歴史的な背景を持っている場合は、個別要因からコンセプトを練ります。改良湯のように渋谷という人の往来が多い立地の場合などは地域を軸にコンセプトを考えるところからはじめる場合もあります。
ーー ここ、「万年湯」はどのようなコンセプトだったんですか?
今井:万年湯は「隠し湯」というコンセプトをもとに設計しました。
万年湯は新宿に近い新大久保という繁華街のなかでちょっと奥まった場所にあります。一見分かりづらい立地をヒントにコンセプトを考えていきました。
万年湯の入り口
ーー 繁華街の奥まった意外性のある場所にあるから「隠し」なんですね。
今井:加えて、都市生活のなかで忙しく働く人々を癒やす場という意味もあるんです。もともと「隠し湯」は、戦国武将が戦いで傷ついた兵士の手当てや保養に利用されていたもの。特に武田信玄の「隠し湯」は有名で、山梨や長野、静岡などの奥地に数多くあるそうです。
忙しく働く人たちを侍と捉え、そんな現代における侍を癒やすための場所という「社会的要件」の要素も含んでいます。
ーー 繁華街に近い万年湯だからこそ都心で働く人々を癒やす場としてぴったりのコンセプトですね。
今井:これは偶然なんですが、万年湯のオーナーさんが武田信玄と書いて「のぶよし」さんということもあって、コレだなと。
懐かしいのに古くない
ーー 今井さんが銭湯を手掛ける際、「懐かしくて新しい」というテーマを大切にされているとのことですね。その理由について教えていただきたいです。
今井:銭湯って入浴する場所なので、要は日々の生活行為を担う場所ですよね。生活機能に関わることは、歴史や文化的なものと繋がりが深いと思うんです。
例えば、西洋的な文化の流れを持つレストランや美容室は、西洋的な要素で成立しているデザイン領域だと思うんです。ただ、入浴は日本独特の文化です。これまでの入浴に関する歴史やそれに伴う文化的な背景は切り離せないはずだと思います。
そういった歴史的なものが「懐かしい」と感じる要素になっていて、今、若い方々を中心に銭湯に興味を持たれている理由かなとも。私個人的にも特に銭湯空間においては、そういった要素がないと面白さ、魅力に欠けるのではないかなと思います。
ーー 確かに内装として新しさはありつつも、「ああ、銭湯に来たな」と感じさせる要素に溢れていますね。
今井:ありがとうございます。かといって、歴史や古いものだけではダメなんです。そもそも銭湯の数がかなり減っている現状の中で、やはり若いお客さんをはじめとする新しい層に来ていただかないといけない。そのためには、「懐かしさ」だけでなく、現代的な要素も必要になってきますよね。
その両方が必要で、少しでも懐かしいところ、少しでも新しいところがあるように、設計コンセプトに合わせてデザインを考えています。
ーー 「懐かしい」はイメージしやすいんですが、「新しい要素」は具体的にどういったことでしょう?
今井:言い出したらきりがないんですけど、伝統的な銭湯では取り入れていない要素を柔軟にデザインに落とし込んでいます。旅館だったり温泉施設などのエッセンスを持ち込む場合もあります。
例えば万年湯の場合は、窓に格子がついているのがそういった要素のひとつです。サッシの上から被せ、二重窓にすることで結露を防ぐ役割にもなっています。温泉の風情の演出として採用しましたが、サッシの上から被せ二重窓にすることにも一役買っています。
温泉の要素を取り入れた格子
「ホッとする」とか「リラックスする」って懐かしさと親和性が高いと思います。そこに今の時代に要請される癒やしを取り入れていることが、結果的に魅力として感じてもらいやすいのかなと。
ーー お話を伺う前後で今井さんが手がけられた銭湯の見え方がよりクリアになったように思います。最後に、こちらも今井さんが手がけられた、4月24日にオープンのサウナ施設「Sauna Tokyo」のコンセプトと楽しみ方を教えて下さい。
今井:赤坂の「Sauna Tokyo」は「和流」というコンセプトで設計しました。日本人は輸入した文化を独自に発展させるというのが得意だとよく言われますよね。サウナはフィンランドやロシアに昔からあった文化ですが、形態や提供方法、空間演出、ストーブなど日本独自に発展してきました。それを前面に押し出したデザインとなっています。
ーー 施設には趣が異なる5種類のサウナがあるとか。
今井:冷たい温度のサウナを入れると6種類のサウナを楽しんでいただけます。温度や湿度、座り方、空間演出などそれぞれ異なった形式で設計しています。サウナだけでなく、水風呂も3つの温度を用意していて、ユーザー個別のニーズにに対応出来るものを用意する「おもてなし」的な機能も「和流」かなと思います。