CULTURE | 2018/08/31

ウナギもマグロも牛肉も食べられなくなった未来で何を食べるか?【連載】DEAR HUMANITY(2)

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2050年には世界の人口が100億人近くにまで増加します。今回は、将来の食料問題の解決策を模索する...

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2050年には世界の人口が100億人近くにまで増加します。今回は、将来の食料問題の解決策を模索する研究施設「イーストワールド」のお話です。今食べているものが食べられなくなる、食べ物だと考えていなかったものを普通に食べる。その変化は後から振り返らないとわからないものだとつくづく思います。私たちは将来何を食べて生きていくのでしょうか。ある未来の家族を覗いてみてください。

文:未来予報株式会社(曽我浩太郎/宮川麻衣子) イラスト:アベタケル

未来予報株式会社

未来像<HOPE>をつくる専門会社

大手メーカーやスタートアップとともに、リサーチに基づく未来のストーリーやビジュアルを作り出している。『10年後の働き方』(インプレス)を発売中。

イーストワールドへようこそ!

アクアポニックス施設。昆虫が飛び交っている。

男の子がこの夏一番楽しみにしていたイーストワールドに行く日がやってきた。農業など人類の基盤を支える分野を中心とする、世界最先端のシステムが体験できるアトラクション施設だ。構想から20年、ついに昨年オープンした。遊べるだけでなく”学べる”という触れ込みが教育熱心な親たちに人気で、半年先まで予約がいっぱいだという。

今や、世界の人口は100億人に達しようとしている。みんなが肉や魚を食べたがったせいで、ウナギやイワシ、マグロに、牛肉は、政府公認の指定店でしか食べられない希少食材となった。世界的な取り決めで資源保護が強化されているが、年々供給量が減り続けている。

イーストワールドは開かれた場所で実証実験を行い、社会実装を加速させることで、サスティナブルな未来を実現させようというのが狙いだ。東の都トーキョーに、世界の最新技術を集約し、桃源郷を作ろうとしているのかもしれない。物珍しさもあって海外からわざわざ視察や旅行で訪れる人も多い。トーキョーから自動運転の無人バスで3時間。山の中に突如として現れるイーストワールドは、森の木々と一体になった巨大な植物園のようであり、他のどんな建物より未来を感じさせてくれる。

男の子と家族は、ゲートでブレスレットを装着してもらうと、大人気の巨大な水槽に走った。

「わぁ!大きいね。海だ!」

マグロ、マンタ、イワシの群れに、色とりどりの魚たちが優雅に泳いでいる。見上げるとトマトやハーブが生え、それを囲うように咲くクロッカス、ヒヤシンス、スイレン、バラ。

水産養殖と水耕栽培を合わせた循環型農業「アクアポニックス」の実験が行われている。魚の排泄物が野菜の生育に使われ、バクテリアの力で水が綺麗になる仕組み。開発された特殊な水によって、海水魚も生きていけるし、植物も育つという奇跡の水槽だ。

培養されたフルーツとコオロギパン

「海の生き物図鑑」に載っていない”山に住む魚”を観察した後、細胞農業棟に向かった。途中の渡り廊下から、ビルの3階分はあろうかという高さのレタス棚が見える。赤紫のLEDに照らされたレタスは、摘んで持ち帰ることができる。

男の子たちは、貸与された白衣と帽子と靴に着替え廊下を進んだ。青紫色のトンネルの向こうに無数の透明なビンが見える。よく見ると一つ一つに牛、豚、鶏、ミルク、卵と書いてある。これらは全て一つの細胞から培養されたものらしい。肉はミンチのようで、卵は卵白だけなのか白い液状だ。

他にも、培養されたリンゴやイチゴ、ブルーベリー、桃などもあった。見た目はジャムのようだ。乾燥させて粉末状になったものは、3Dプリント料理の材料として使用される。男の子は妹とともに桃のクリームを作り、ケーキの上に絞って飾り付けた。全ての材料がメイド・イン・イーストワールドだ。不思議なケーキを口にしたところで、いよいよ男の子が大好きな昆虫の農場へ。

ガラス越しに見る100万匹のヨーロッパイエコオロギは圧巻だ。全て食用。サイズ別にケースに分けられ、蜂の巣状に組まれた小さな仕切りの間を忙しなく動いてる。男の子も興奮して妹たちにコオロギの生態について説明する。お父さんはその間ずっと鳥肌がたっていた。虫に対して世代間のギャップがあるのだ。日本では長らく虫を嫌厭する生活が普通だったので無理もない。まさか、コオロギパンやコオロギパスタが完全食として食卓で重宝されるとは思いもよらなかっただろう。

男の子たちが興奮冷めやらず建物を出ると、外に巨大なテントがあった。中を覗くと床の模様が何やら動いている。いや、よく見ると大量のミルワームだ。お父さんは思わず「うわっ」と声をあげた。ミルワームはここで育てている豚、鶏、魚たちの飼料になる。今や虫たちは大切なタンパク質源として食用に飼料にと、人間の生活を支えているのだ。

ショックを受けたお父さんが木かげで休んでいると、ドローンが何機か飛んできた。

「ダイジョウブデスカ?」

男の子が事情を説明する。どうやら彼らは樹木が専門のドクタードローンらしく、具合が悪ければ人間用の救護班を呼んでくれるそうだ。

「閉館も迫ってるので、少し休んだら進みます。ありがとう」

お父さんは少し弱々しい声で返事をした。

桃源郷へようこそ

ガラス張りの無人カーに乗って森を抜けると、最終目的地の植物園に着いた。ちょうど巨大水槽の真上にあたる。木々の真ん中に、花が彩り豊かに咲いている。夕日に照らされ、その美しさに家族3人で見とれていると、ブーンという音を立てながら何かが近づいて来た。

「あ!ハチロボット。はじめて見た、本物!」

「そうか。ミツバチも見たことないもんな。お父さんは小さい頃、ミツバチに追いかけられたことがあるんだよ」

ミツバチはすでに絶滅の危機に瀕している。今や貴重な生き物だ。彼らがいなくなり、世界の作物に大打撃を与えた。打開策の一つとして開発されているミツバチ型のマイクロロボットが、送粉者としてこの植物園や農園を支えていた。

無数のハチロボットが飛ぶ幻想的な風景に喜ぶ子どもたち。それを見ていたお父さんは、ふとある考えが浮かんだ。

(まるで、世界が滅んだ後に残されたみたいな場所だな…人類滅亡の危機に、選ばれた子どもたちと生き物の遺伝情報を乗せて旅立つ宇宙船…そんなSFマンガが昔好きだったな…)

「もしかして、迷子防止用のブレスレットで何か測ってたりして。…まさかね!」

呟いて身震いした。

「ほら!遠くにいくなぁ。帰るぞぉ」

「はーい」「はーい」

家族3人は手を繋いで家路に急ぐ。

その時、男の子の腕だけが鈍く明滅した。

"テキセイリツ99% イーストワールドヘようこそ"ー

男の子とハチロボット。よく見るとミツバチではなくロボットだとわかる。

技術革新があってもなお懸念が残る、動物性タンパク質の供給

2050年には人口が100億人近くにまで増加。それだけの数の人間を私たちは養うことができるのでしょうか?

現在76億人の世界人口は、インド、ナイジェリアなどの地域を中心として増加し30年後に100億人近くになる事が予測されています。これらの地域で増えた人々は都市部に流入していき二極化。都市に住む人たちは地方で暮らす人たちよりも多くの加工食品を口にし肉食も増えると言われています。世界的な食の欧米化により肉食化が進んでいるのです。この状況を踏まえ、動物性タンパク質である肉・魚類、卵・乳製品は供給が追いつかないだろうと言われています。

畜産物の供給増が難しい理由としては、農地面積拡大の難しさ、飼料・飼料添加物の高騰、人手不足などが挙げられます。大量の水が必要かつ大量のCO2とメタンガスを発生させるという環境問題的な側面もあります。

開発が急ピッチで進む「代替食」と「昆虫食」

さて、このタンパク質危機(Protein Crisis)について、さまざまな提案がなされています。そのひとつが、いわゆる「代替食」で、肉・魚類に代わるタンパク質源として注目されているのが下記の4つです。

(1) 野菜や豆類を使った植物肉、擬似肉

(2) 藻類

(3) 昆虫食

(4) 細胞農業による人工培養肉や培養ミルク、培養卵

今回のストーリーには、昆虫食と細胞農業が登場します。(4)人工培養肉については著書「10年後の働き方」に詳しく載せていますが、New Harvestが細胞農業を事業化しようとしています。

私たちは2014年のSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)で昆虫食スタートアップの「Bitty Food」に出会い、その場でコオロギの断片が残るクッキーをいただきました。とてつもなく抵抗感がありましたが、4年ほどの間に状況は変わりました。アメリカ西海岸ではコオロギ由来のプロテインバーが売られ、健康への意識が高い人たちにウケており、2017年フィンランドでは昆虫を食用として育て販売を許可するよう法律を改正し、コオロギ入りパンやナッツがにわかにブームになっているとか。最近では、IKEAのイノベーションラボ「Space10」が食用昆虫や藻類、人工肉を使ったハンバーガーやミートボールの試作を発表しました。

実際に、私たちも1年前にコオロギパウダーを使ってパウンドケーキを作り食べました。

via GIPHY

日本でも、葦苅晟矢(あしかり・せいや)氏が率いるECOLOGGIEというプロジェクトでは、コオロギを大量繁殖させるシステムの確立と食用・養殖飼料用に供給する研究を進めています。コオロギの餌に食品加工の途中に出る大豆粕などを用いてより持続可能でエコな仕組みを検討しています。

昆虫食というブームはこれまで何回か起こっているそうで、直近は2013年から始まりました。日本やアジア圏には昔から昆虫を食す文化があり、ブームで終わらせずにSUSHI”のようにMUSHI”を定着させることができるかどうかが鍵です。虫粉パンケーキミックスがスーパーで売られる日も遠くないかもしれません。

ただし、育成の過程での衛生面や、食用の虫に何を食べさせるかによってそもそもの栄養素が変わるといった食の安全面についても同時に議論されなければなりません。

「自然」をテクノロジーやロボットが担える未来に、私たちは何を選択するか

ストーリー冒頭に登場する循環型農業のアクアポニックス施設は、地産地消を叶える都市型農業の一つとしてオランダ、オーストラリア、アメリカなどで研究されています。SXSW2019でセッションを行ったUrban Organicsは、アクアポニックスを開発するスタートアップの一つです。

循環型農業の利点は多いものの、この分野の先頭を走っていたオランダのUrban Farmersが先日経営破綻するなど、社会に広く実装されるにはまだまだお金と時間がかかることも事実です。

自然や生き物を相手にする方々の努力というのは、計り知れないものがあります。実験や工夫を繰り返し、数多の失敗の末に成功を掴み取る体力・気力。蓄積されたノウハウと新しい仕組みによって発展するものもあれば、一方で、ミツバチの例で代表されるように自然のバランスを崩し絶滅に追いやってしまい、取り戻すことが困難なものがあることを、忘れてしまいがちです。

ここに紹介した人たちや技術は、解決が非常に困難な課題に立ち向かっています。毎日、一口一口食べながら、その事を思い出さずにはいられません。食べ物が豊富にある今だからこそ、私たちは何を食べて生きていくのか、考えなければならないのでしょう。


(次回の未来予報「DEAR HUMANITY」は9月20日頃公開です)