ITEM | 2018/08/27

ジャブでもフックでもなく、ストレートを打て――1分で「ちゃんと伝える」技術【ブックレビュー】


神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏...

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神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

全てを伝えることはできないから、「1分で話す」必要がある

「ちゃんと伝える」ことは本当に難しい。伊藤羊一『1分で話せ』(SBクリエイティブ)は、グロービス経営大学院で教鞭をとる著者が、その秘訣を自身の経験談をまじえながら惜しみなく綴っている。

何の苦労もせずにいきなりプレゼンが上手い人というのは存在しない。著者も以前はプレゼンが苦手で、試行錯誤を繰り返して土台を築いていった。その経験を通じて得た最も重要な発見は「いかに素晴らしいプレゼンをしても、そのすべては伝わらない」ということだったという。

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相手の理解力が悪いわけでもなく、自分の伝え方が悪いわけでもなく、コミュニケーションというものはそういうものなんです。すべては伝わらないんです。
自分の話を聞いてほしいなら、まず「みんな人の話を聞いていない」ということからスタートしてほしいのです。(P18-19)

筆者も、映画による表現を職業としているが、映画を上映して人に見てもらうと一番よくわかることは、人の頭の中にはそれぞれ違う脳みそが入っているということだ。

10歳の少年が、夜中に「死」が怖くなって、両親の寝室に話しに来るというシーンが私の作品の中にある。そのシーンを見て、私も同じようなことがあったので当時の「恐怖」が懐かしくなったという人もいれば、少年が淡々と「死」のことを話すのでとてもクールな少年に思えたと話してくれた人もいた。つまり、1シーン1シーンの印象というのは観客個々人の思い出や経験に左右されるので、そのすべては予測しきれない。それを踏まえた上でないと、映像という言語を操ることはできないという私の発見もまた、「すべては伝わらない」という観点に立脚している。

結論をハッキリさせることを避けてはいけない

「全てを伝えることはできない」という前提に立ったうえで、それでもなお、どうしても伝わってほしいことは何か。それは前置きでも余談でもなく、結論であるはずだ。

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すべてのプレゼンは、ゴールを達成するためにあります。聞き手のことを考え、聞き手をどういう状態にもっていきたいかを見定めてから、それを実行するために何をすればいいか、何を伝えればいいのかを逆算で考えていくのです。(P31)

例えば、聞き手のことを考える手段のひとつとして、プレゼンする相手の席に座ってみることを著者は薦めている。相手から自分がどのように見えるのか、客観的に思い浮かべながら話すのだ。

さらに、根拠を3つ用意するというロジックを紹介している。「安い、旨い、早い」「ホップ、ステップ、ジャンプ」、以前ご紹介した『「少年ジャンプ」黄金のキセキ』の中でも「友情」「努力」「勝利」が少年ジャンプの三本柱であることが書かれていた。

関連記事:「少年ジャンプ」で育った、全ての元少年・少女たちへ【ブックレビュー】

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「あのお店に行こう。美味しいから!」だけですと「いやいや、美味しい店はほかにもあるよ」となってしまいます。「美味しくて、安くて、雰囲気もいいから、あの店に行こうよ」と言えば、「それだけ言うなら、行ってみようか」となる可能性が高まるわけです。(P57)

しかし、3つのキーワードをまとめて長くなってしまっては元も子もない。プレゼンの結論としては、何か聞き手に持って帰ってもらえる、響きのいいまとめの一言を生み出すことがコツだという。

著者は、孫正義の後継者を育てることを目的としたソフトバンクアカデミアで、欲しい日にキッチリ商品が配達されるサービスのモデルを「キチリクルン」という言葉とともにプレゼンしたところ、孫正義から好評価をもらったという。

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この言葉を孫さんは覚えていて、私の後、15人ほどプレゼンしたのですが、全員のプレゼンが終了した後、「君のキチリクルン、いいねえ〜」と、キチリクルンというキーワードとともに声をかけてくれました。(P136)

筆者も経歴がやや変化球系なために、人に説明すると「なぜ映画監督になったのか」「秘境専門旅行会社とはどんなものか」「どんな映画を監督してきたのか」「今はどんな映画をつくっているのか」「なぜ福岡に住んでいるのか」など質問されることが多い。「移住監督」「辺境系映画監督」などと言われたりしているが、自己紹介の時などにどうにか自分がしていることを一語で表せないかいまだに悩んでいる。

「キチリクルン」のように短くキャッチーなフレーズは、覚えてもらえやすいというだけでなく、「どんな意見なのか」「どんなビジョンなのか」を小細工なしで示せる可能性を持っている。むしろそのストレートを打たずに試合を終えてはいけないのだ。

「1分で話す」ことによって生まれる余白が、人を巻き込む

本書では応用編として、著者は「なにかと意見を否定してくる聞き手」への対策も紹介している。人前で意見を言うことをためらう人が多い日本で、そもそも意見を言ってくれる人がいることのほうが楽なように思えるが、たしかに粗探しのようなツッコミを入れることを良しとしている人の前でのプレゼンは厄介だ。

しかし、そうした聞き手のことも考え抜いた上で、著者は「ツッコミどころをあえて用意しておく」という手法を提案する。

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「相手を操縦している」ような言い方に聞こえたら申し訳ないですが、やっぱり、突っ込みたいという相手には、突っ込んでいただく。それでその意見も取り込んでいく。そうすれば、「共同作業」になるわけです。つまり「共犯」になるので、否定しづらくなってくる。そういう道をあらかじめつくってコントロールするのです。(P182)

この次元に至るまでに乗り越えるべきことが多くあるが、このテクニックが卑怯なのではなく、これも「すべては伝わらない」ということを前提にしたコミュニケーション技術のひとつなのだ。ツッコミどころと同じように、「あれも言いたい、これも言いたい」となるところをあえて空白にしておいて、聞き手の参加を促すのが賢い伝え方なのだということが本書を読むとわかってくる。

人生は長いようで短い。1分で自分の意志を伝えようとすることは、自分にとっても、聞き手にとっても限りある時間を大切にする、良いサイクルを生み出すはずだ。