CULTURE | 2022/10/12

大量の仕事を眠らずにこなすため、男がSNSで手に入れた大量の薬物…誰もが簡単に薬物へとアクセスできる時代の罠

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阿曽山大噴火
芸人/裁判ウォッチャー
月曜日から金曜日の9時~5時...

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阿曽山大噴火

芸人/裁判ウォッチャー

月曜日から金曜日の9時~5時で、裁判所に定期券で通う、裁判傍聴のプロ。裁判ウォッチャーとして、テレビ、ラジオのレギュラーや、雑誌、ウェブサイトでの連載を持つ。パチスロもすでにプロの域に達している。また、ファッションにも独自のポリシーを持ち、“男のスカート”にこだわっている。

※編集部注:本連載は被告人の名前をすべて本名と関連しないアルファベット表記(Aから順に使用し、Zまで到達した際は再びAに戻して表記)で掲載しております

【連載】阿曽山大噴火のクレイジー裁判傍聴(41)

タクシーから降りたところを職質

罪名 覚せい剤取締法違反、麻薬及び向精神薬取締法違反
J被告人 会社員の男性(51) 

起訴されたのは3件。

1つ目は今年の6月27日に東京都新宿区の路上で、被告人が覚せい剤を含む水溶液0.6ミリリットルを所持した件。2つ目は、東京都内のJ被告人の自宅マンションで覚せい剤を注射で使用した件。3つ目は、被告人の自宅マンションで覚せい剤2.397グラム、コカイン0.885グラム、MDMA1.037グラムを所持した件。

罪状認否でJ被告人は罪を認めていました。検察官の冒頭陳述によると、被告人は大学を卒業後、職を転々とし犯行当時は会社員をしていたそうです。前科前歴はなく、今回が初めての逮捕になります。

J被告人はSNSで売人と連絡を取り、違法薬物を入手していたとのこと。6月27日に、タクシーを降りたJ被告人の挙動を不審に思った警察官が職務質問をしたところ、長財布の中から覚せい剤が入った注射器2本が出て来たというのが事件発覚のきっかけになります。

取り調べに対しJ被告人は「2年前から使うようになり、やめられずにいた。6月27日は新宿へ行き、その帰りに職務質問を受けた」と供述しているそうです。逮捕されるのは初めてですが、実際には2年前から違法薬物を使っていたみたいです。

そして、被告人質問。まずは、弁護人から。

弁護人「まず、3つの起訴状に間違いはありませんね?」
J被告人「はい」
弁護人「覚せい剤はいつから使っていました?」
J被告人「2年前からです」
弁護人「自宅にはコカインとMDMAもありましたけど、こちらも使っていたんですか?」
J被告人「いや、一緒に購入して使わずに持っていました」
弁護人「使うきっかけは?」
J被告人「セックスのときに使ったり、朝まで起きて仕事するためです」
弁護人「起訴された件ですけど、このときに使った理由は何ですか?」
J被告人「仕事量が多かったので」

普通に働いているだけでは処理しきれない量の仕事があり、眠らずに働くために手を出したという話です。

弁護人「使うことに抵抗はなかったですか?」
J被告人「当時はそうですね…否めませんが、今は反省しています」
弁護人「再犯防止として何をしますか?」
J被告人「母親と30年来の付き合いの友人に話しまして。ストッパーを掛けています」
弁護人「お母さんはなんて言ってます?」
J被告人「実家が遠方ですので、まめに連絡を取って、たまには東京の方にも来ると」
弁護人「友人は?」
J被告人「連絡を取り合って、自宅に変な物がないか見てもらいます」
弁護人「仕事はどうなりました?」
J被告人「会社は自主的に退社しまして。復帰は難しくなりました」

親と友人は手を差し伸べてくれたけど、迷惑を掛けたということもあって、会社からは離れたようです。人定質問では「会社員です」と答えましたが、現在無職ということになります。弁護人も検察官も特に主張はしませんでしたが、J被告人はミュージシャンとしての実績もある人物。本人が「復帰は難しくなりました」と答えていましたが、音楽活動は続けて欲しいですよね。つまずきがあったとしても、やり直せる社会が健全ですから。

売人とはSNS経由でコンタクト

続いて、検察官からの質問。

検察官「コカインもMDMAも覚せい剤を買った人物から買ったんですか?」
J被告人「はい」
検察官「さっきまったく使ってないって言ってましたけど、MDMA使ってませんか?」
J被告人「1個だけ使って、自宅にあったのはその残りです」

と、先ほどは否定していたものの、今度は正直に告白するJ被告人。

検察官「持っているだけでも罪になりますよね。捨てようとは思いませんでした?」
J被告人「思いましたけど…ただとっておいてあったというだけです。値段も高かったので」
検察官「注射器に入れた覚せい剤をサウナに持って行ったのは何故ですか?」
J被告人「そこで人と待ち合わせをしてて。ホテルみたいな感じで会いに行っていたので」
検察官「相手と使う約束をしていたんですか?」
J被告人「そうです」
検察官「その人の連絡先は?」
J被告人「もう消去しています」

完全に悪い付き合いは断っているとのこと。

検察官「売人とはどうやってつながったんですか?」
J被告人「SNSです」
検察官「どうやって検索するんですか?」
J被告人「検索はしないんですが、その人のプロフィールを見てです」
検察官「またSNSだと簡単につながれるんじゃないですか?」
J被告人「はい。なので近寄りません」

と、SNSをやらない宣言です。実際にJ被告人のアカウントはまったく更新していないので、固い決意なんでしょう。逮捕前である今年初めからずっと更新してないというのもあるのですが。

検察官「2年半前から使っていたと。こういう裁判の被告人だと、病院で治療するとか薬物依存のプログラムを受けるとか言う人もいるんですけど、どうですか?」
J被告人「症状が現れれば…」
検察官「その前の予防としては行かない?」
J被告人「それも必要かもしれません」

と、半ば強引に検察官に誘導される形で医療機関の利用を約束していました。

最後は裁判官からの質問。

裁判官「自宅からの押収物にガラスパイプがありますけど、これはあなたの?」
J被告人「あぶって吸う人が家に置いて行ったものです」
裁判官「2年前にまとめて8万4000円で購入したと調書には書いてますけど、やめてた時期もあるんですか?」
J被告人「あります!」
裁判官「やめてたのに再び関わったのは何故?」
J被告人「したくないと思えばやらずに済むんですけど、仕事を家に持ち帰ってワーーッと仕事があると…」

職業は違えど、テレワークが普通になっている世の中で、似た状況にある人は多そうですね。

裁判官「大切なのは、いかにして薬物を断つかなんです」
J被告人「近づく方法がわかっているので、一切近寄りませんし、向こうから誘ってきたら関係を切ります」
裁判官「関係を断つのは簡単なんですか?」
J被告人「簡単じゃないかもしれませんが、保釈されてから一切連絡ないですし、今のところはシャットアウトしています」

違法薬物の関係者から連絡はないし、こちらからコンタクトを取ることもないので大丈夫ということなのでしょうか。逮捕によって、原因となった仕事の依頼も減っただろうし、再び手を出す環境はなくなっているのでしょう。

「あなたの更生を期待しての執行猶予判決というのを忘れないでください」

この後、検察官は、所持していた量も多く、2年半にわたって使用していて、依存性があるとして懲役2年6カ月と覚せい剤2本と6袋、コカイン1袋、MDMA1袋没収という求刑をしました。

一方弁護人は、2020年に交際相手に誘われたのがきっかけで、使用頻度も2カ月に1回程度なので依存性は低い。さらに職場や周囲の関係者にも迷惑を掛けて、7年勤めていた会社も退職して社会的制裁も受けているとし、執行猶予付きの判決が相当だと弁論で述べていました。

そして、9月28日に判決が言い渡されました。結果は懲役2年6カ月執行猶予4年、覚せい剤2本と6袋、コカイン1袋、MDMA1袋没収でした。

同じ罪名の事件と比較しても、量も種類も多く、自ら売人と連絡を取って2年間使用していたのは依存性の高さがうかがえると裁判官は断罪。しかし、違法薬物をやめ続けるには相当な覚悟と環境が必要で、J被告人の強い意志と周囲の監督もあり、前科前歴もないので、執行猶予をつけたというのが判決理由でした。

裁判官「あなたの更生を期待しての執行猶予判決というのを忘れないでください」

と一言添えると、J被告人は黙って深くうなずき閉廷でした。

逮捕自体ニュースになっているわけではないので法廷には傍聴人は数人。報じられるとCD回収とか意味不明なことにもなりかねませんからね。意味があるのは再び違法薬物に手を出さないための策なのです。


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