EVENT | 2022/07/26

創業2年で約200億円を調達。ポケモン大好きCEOが立ち上げた新興テックブランド「Nothing」は次世代のAppleとなるのか?

文:赤井大祐(FINDERS編集部)
ソニーやAppleといった企業は、最新技術と優れたデザインによって革新的なプロダ...

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文:赤井大祐(FINDERS編集部)

ソニーやAppleといった企業は、最新技術と優れたデザインによって革新的なプロダクトを生み出し、我々の生活様式や世界の文化さえも大きく変えてきた。ところがここ数年、そんな驚きや興奮は起きていないと人々は嘆く。

ある年、スティーブ・ジョブズは一度追い出されたAppleへ復帰するにあたって、かつて尊敬と憧れの眼差しを向けたソニーに対してこう言い放った。

「私達はSonyを尊敬している。彼らは何度もイノベーションを起こしてきた歴史がある。(中略)現在のコンピュータ業界はイノベーションも消え失せ、美しいデザインも無い。革新と美をコンピュータ業界に取り戻したいんだ」。

(「iPod誕生の裏側~スティーブ・ジョブズが世界の音楽産業にもたらしたもの(1)」榎本幹朗 )

そしてジョブズは宣言どおり、1998年にiMac、2001年にiPod、そして2007年にiPhoneを生み出し、世界中をワクワクさせてきた。しかし再びジョブズを失ったAppleが、彼の残した遺産を十二分に引き継いだとはいいがたかった。iPhoneやMacBookを中心とした看板プロダクトのマイナーチェンジを繰り返し、新製品のお披露目会である「WWDC」を話題にする人は年々減っていった。

今後私たちは美しく、革新的なデジタルデバイスにワクワクすることはないのだろうか。そういう「時代」だから仕方ない、のか。

気になるスタートアップ企業や、そのサービスをザクッと紹介していく「スタートアップ・ディグ」。第17回はプロダクトが驚きや興奮を失った時代において“Appleに挑戦する”と表明する「Nothing」について紹介する。

2020年10月創業
調達総額約200億円

約2年でテック業界の重要人物たちから資金をかき集める

起業家のカール・ペイは1989年に中国で生まれ、アメリカとスウェーデンで育った。ノキア、Oppoといった企業を経たのち、2013年にOppoの副社長であるピート・ロウとともにスマートフォンブランド「OnePlus」を立ち上げた。キャリアを通して(と言ってもまだ30代だが)、スマホの開発に取り組んできた。

ペイもやはり、近年のAppleをはじめとする業界の体たらくに不満を抱く一人だった。

iPhoneが携帯電話を再定義してみせた功績を讃えながらも、「イノベーションはどこに?画面が大きくなってカメラの位置が変わっていくだけ?」「イノベーションではなく“イテレーション”(反復)ではないか」と、ジョブズがソニーに向けて言い放ったように、Appleを批判する。

そして、「退屈なプロダクトであふれかえるこの状況を変える」と宣言してみせた。

そんなペイが2020年10月に英・ロンドンを拠点に立ち上げたのが、テックブランド企業「Nothing」だ。

Nothingは立ち上げ翌月から驚異的なスピードで資金を集め始める。

11月には元Apple「iPodの父」であり、現在はAlphabetのアドバイザーなどを務めるトニー・ファデルや、RedditのCEOのスティーブ・ハフマン、Twitch共同創設者のケビン・リン、人気YouTuberのケイシー・ネイスタットらから700万ドルの出資を獲得。その後2021年1月には1500万ドルを、10月には半導体大手のQualcommとの提携を発表し、5000万ドルの資金調達を行った。そして今年3月には7000万ドルの資金調達を実施。

この2年間で投資家や世界的テック企業の中心人物たちの期待とともに、日本円にしておよそ200億円もの資金をかき集めてみせた。

コードネームはポケモンのエイパム「ear(1)」

Nothingのプロダクト第1号は、2021年8月にリリースされた完全ワイヤレス型イヤホン「ear(1)」だ。

Nothing より

Nothing より

これといった珍しい機能を備えているわけではないが、充電ケース、本体ともに特徴的な透明のボディを持つ。

定価も1万2650円とAppleのAirPodsと比べてかなり安価だが、アクティブノイズキャンセリング(ANC)などの本格的な機能も備えている。

比較的後発でありながらも、「完全ワイヤレスイヤホンの市場はあまり差別化されていないと感じました」「(完全ワイヤレスイヤホン市場は)最初の旗を立ててNothingの未来を提示できるのではないか」と、ペイは『ギズモード・ジャパン』のインタビューに語っている。

ちなみにペイは同インタビュー内で、大のポケモン好きであること、そしてNothingで開発する製品の社内コードネームにすべてポケモンの名前があてられていることを明かした。「ear(1)」のコードネームはエイパム(Apom)。その他にケーシィ(英語名はAbra)やアルセウス(Arceus)といった、頭文字に「A」を持つポケモンをコードネームとしたプロダクトの開発を進めているとのことだ。

ear(1)は発売1カ月前に、米大手オンラインマーケットプレイスStockXにて1〜100のシリアルナンバーが刻印された限定版の販売を行い即完。その後通常販売を開始し、現在までの売上台数は53万台を超えている。Nothingは上々のスタートを切った。

ワクワクするスマホ?「phone(1)」

そして満を持して発表されたNothingのプロダクト第2号が「phone(1)」、スマートフォンだ。

Nothing より

7月13日に正式に明かされたその姿は、やはり「ear(1)」と同じく、背面が透明で内部のパーツがあらわになっている。さらに背面の4箇所に備えた線形のLEDライトの点灯、点滅パターンとそれと連動するサウンドによる「Glyph Interface」が最大の特徴だ。OSにはAndroidをベースとしたオリジナルの「Nothing OS」を搭載している。

Nothing より

phone(1)はear(1)と同じく、低〜中価格帯にて展開。256GBモデルの定価は6万9800円。同じストレージ容量のiPhone13が13万円を超える価格設定であることを考えると、比較的手に取りやすい。

プロセッサーやグラフィック性能は値段相応とのことだが、これまでのスマートフォンのスタンダードを覆す本体デザインは、やはり、どうしたって魅力的だ。

細かいスペックや機能の紹介等はYouTubeなどで数多く公開されているのでそちらをご覧いただくのが一番だろう。この場では、ブランドのコンセプトについてもう少し深ぼってみたい。

世界観を統一しないブランディングの可能性

Nothingはデバイスのデザインこそ特徴的だが、Appleのように独自のOS開発までしてみたり、新しいコンセプトを持った製品を生み出すことで市場を開拓しているわけではない。となると、Nothingの新規性は、レトロトレンドを取り入れデバイスのボディを透明にして、不思議な形のLEDライトを搭載しただけなのか?

現時点での結論としては、Nothingは世界中をワクワクさせるテックブランドである、とは言い難いし、さすがにこれだけでApple、あるいはかつてのソニーに挑戦しようと大見得をきっているとも到底思えない。

そこでNothingというブランドをもう少し考えてみるにあたって、「コラボレーション」というキーワードを挙げてみたい。

そもそもNothingには、スウェーデンのシンセサイザー・音響機器メーカーのTeenage Engineeringが設立パートナーおよび、ブランドデザインを担う部門として参加している。

Teenage Engineeringはポップでシンプルなデザインのボディと、レトロゲームを思わせる親しみやすいインターフェイスを備えたポータブルシンセサイザー「OP-1」を2011年にリリースしたことで知られる企業だ。

写真はOP-1の後継機である「OP-1 field」 Teenage Engineeringより

見た目からは想像できないような本格的なサウンドと機能(と価格)でもって、プロ・アマ問わず音楽制作に取り組む人々の心を掴み、主にYouTubeやInstagramを通じて知名度を上げていった。

それ以降も、小型シンセサイザー/リズムマシン/サンプラーの「Pocket Operator」シリーズや、IKEAとのコロボレーション製品であるモジュラー式スピーカー&ライティングシステム「frekvens」、スマホサイズの超小型ミキサー兼オーディオインターフェースの「TX-6」など、非常に独自性の高い製品を生み出している。

「Pocket Operator」Teenage Engineeringより

「frekvens」Teenage Engineeringより

「TX-6」Teenage Engineeringより

そんなTeenage Engineeringはただの設立・開発のパートナーではない。その証左に、phone(1)の中にはTeenage Engineeringというブランドの姿がわかりやすく提示されている。例えば、NothingOSのオリジナルボイスレコーダーアプリ。アナログのテープレコーダーを模したインタフェースは、OP-1に搭載されたデザインを踏襲していることがわかる。

Nothing より

「OP-1」の録音画面 Teenage Engineeringより

さらに、phone(1)の顔である「Glyph Interface」を構成する「音」には、まさにTeenage Engneering節ともいうべき、リズムマシーンやシンセサイザー由来の電子サウンドを存分に使用している。

Nothingは似たりよったりの製品であふれかえる市場に一石を投じるべく生まれたブランドだったわけだが、そのブランドの中には、はじめから「Teenage Engineering」というまた別のブランドが共存していた。

ブランディングとは、そのブランドの「らしさ」を作り上げる作業だ。Appleは代表的なデバイスに並び、オリジナルのOS、iTunesなど周辺のソフトウェア、実店舗であるApple Store、そしてイヤホン、アダプター類、ケーブル類、果てはポリッシングクロスに至るまで、すべての品質と世界観を徹底的に統一することで「Appleらしさ」を訴えた。

だがNothigは、本来であればある種のノイズになりかねない外部のブランドを取り込む、その姿を持って「Nothing」というブランドを確立させようというのではないだろうか。目指すのはプラットフォーマーではなくコラボレーターとしての姿。少々無理やり解釈を広げてみれば、最近流行りの“非中央集権型”の形を取ったブランド、とも言えるかもしれない。

とは言ったものの、Nothingは設立からまだ2年も経っていない企業。その全貌はまだまだ明かされておらず、現在の形式を堅持し、従来どおりのブランディングを行っていくことも十分考えられる。

ちなみにphone(1)のコードネームはケーシィ(Abra)なんだとか。となると現在公表されている中で残るコードネームは「アルセウス」のみ。ポケモンの作中では宇宙や世界を創造したとされる、非常にスケールの大きい“幻のポケモン”だ。素直に推測するならば、「Nothingらしさ」を決定づけるデバイス(ラップトップPC?)になるか。あるいはデバイスを束ねるソフトウェアだろうか。とにかく期待が持てそうだ。


スタートアップ・ディグ